モーティア帝
目を開ける。
辺りは薄暗く、頬が触れる石畳の床が冷たい。
(石牢か…)
身を起こすと後ろで縛られている手からチャリ…と金属音が聞こえる。
両手をしっかりと縛めている鎖は石壁につながれており、手首の枷も手の骨をはずしたぐらいではぬけれないほどの大きさだった。
(ここは…モーティアか…?一体あれからどのくらいの時間がたったのか…)
薬を使われたようで移動間の記憶は曖昧だが、一週間も経過してはいないだろう。
汚れている衣服はそのままだ。
額飾りには機獣石が付いたままだったが、どれだけ呼びかけてみてもグランディからの反応がない。
ふと首にも圧迫感があり少し体を動かして探ってみると、どうやら鎖のようなものが首に巻きつけられていようだ。
推測するに魔具の類か…これによってグランディとの通信が阻まれているようだ。
衣服の至る所に忍ばせていた武器も色々と取り除かれているようだ。
(ふっぬかりはない、か…)
辺りの薄暗さに段々と目が慣れてくる。
出入り口は壁にある小さな鉄の扉一枚だけ。
通気口として一つ穴があったがそれは頭が入るほどの大きさで、しかも高い天井際に設置されている。
わずかに漏れる光源はそこだけ。
その明るさから察するにまだ昼前だろうか…?
しばらくそんなふうに状況を分析していればガチャリと鍵を開ける音が聞こえた。
音のしたほうに目をやれば重い音を立てて鉄の扉が開かれる。
細目の男ー・・確かテンコウといったか・・-と刀傷で片目がつぶれた女がはいってきた。
「お目覚めでございますか?」
テンコウがニッコリと笑って一礼する。
「皇帝陛下がお呼びでございます、鎖をはずしましがおとなしく我々についてきていただきたい」
「ふむ、この状況ではそうするしかないようだが…もし仮に”嫌だ”といったらどうなる?」
皮肉気に聞けば女の方が足を一歩踏み出した。
「おとなしくついてきていただけますようにするだけです」
懐から薬瓶をちらつかせる。
「…わかった、応じよう」
二人に挟まれトリスは石牢を出る。
ご丁寧にも目隠しをされた上に、足枷もされ動くたびに耳障りな金属音がする。
人気のない長い通路を進むと一つの扉の前で足並みがとまる。
そこでやっと目隠しがはずされ、目の前には巨大な一枚の扉。
内側からギシリと音を立てて開かれたその先には(おそらくは謁見室であろう)奥に長い大きな広間へと続く。
広間の最奥、他よりも1ツィートほどにある御簾が囲む豪奢な高御座。
初老は迎えてはいるのだろう、厳しい顔をした男が玉座に腰を下ろしている。
(こいつがモーティア帝)
さっと周りにも視線をやる。
高御座の両側には華美に着飾っただけの上面だけで偉そうにふんぞり返っている奴等ばかり…その中にカルジの姿は見えなかった。
トリスをここまで連れてきたテンコウたちは高御座の手前で皇帝に一礼すると、その役目を別の兵士に交代して下がっていった。
「ふ、こんな小娘がラクーシュの女王だとっ?はっ!!」
お飾りの連中の中でも一番中身がなさそうな男が一人毒づきながら近づいてくる。
「皇帝陛下の御前だぞ!跪かぬか小娘っ!!」
頭を鷲掴みにされ床へと叩き付けられそうになる。
それに抵抗し踏みとどまっていれば、膝裏を蹴られ身体が沈む。
膝を突きこそはしたがそれでも尚、頭を床に押さえつけようとするその力に反する。
ー・・私の誇りはそれを許さなかった。
ぐしゃぐしゃにされた紅い髪の間からギロリとそいつを睨み上げる。
「くっ」
男はその紅い瞳に気圧されたのか手を離すと一歩後ずさった。
だがそんな様子に周りから失笑が漏れる。勿論男に対してだ。
カッと顔を赤らめた男は苛立たしげに舌打ちをするとかわりに足でトリスの顔面を蹴った。
反動に上半身がゆれたがそのまま倒れこむような無様な真似はしない。
それでも苛立ちが収まらないのか男はなおも頭部を蹴り続けるのをやめない。
「このっ―・・小娘がっ!!」
「やめよ、戯け者」
すると御簾の中から、決して大きくはないがずしりと響く声がした。
それにびくりと男は肩を震わせる。
「しっ、しかし父う」
「二度も言わせるな痴れ者めが」
「は…はっ!もっ申し訳ございません…」
消え入りそうな声で男は皇帝を恐れるようにびくびくとしながら元の位置へと下がっていく。
「ふむ…美しい顔が台無しだな。こうして合間見えるのは初めてか、トリス女王」
トリスは口の中に溜まっていた血を吐き出すと真正面からモーティア帝と対峙した。
「あぁそうだモーティア帝。しかし臣下の躾がなっていない」
「ふっ…この愚息どもにも困ったものよ」
「それで?私を捕らえて如何する。
いっておくがこの戦況下において私に捕虜としての価値はないぞ、我が臣下達は愚かではない。
現にラクーシュは動いておらぬだろう」
「確かに、今のところはお前を取り戻そうとする動きもない。相変わらず臨戦態勢のまま攻防を続けておる」
「ならば尋問でもするか?何も喋る気はないがな」
「気丈よな、嫌いではない」
皇帝は不遜な笑みを浮かべると玉座から立ち上がる。
「お前にはまだ色々と使い道があるようだ、暫くは我が手の内にて生きていてもらうぞ」
そういい残すとモーティア帝は玉座の奥へと姿を消した。
彼が姿を消すと同時に張り詰めていた広間の空気が僅かに緩む。
さすがはモーティアの皇帝だけはある、威圧感が半端ない。
(…さて、狐か狸か)
腹の探り合いをするには不十分だったがー・・どちらにしろ食えない男だということは間違いない。