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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
18/26

幕間-船の中



 轟々と風を切る音がする。

 壁を隔てているため甲板にいるよりは直接的な音ではなく、多少くぐもって断続的に聞こえてくるその音に美阿は耳を傾けた。

 あれだ、あの音に似ている。


「どうしました?」


 眼を瞑って耳を澄ます美阿に背後にいた男が顔を覗き込んでくる。


「波の音に聞こえるの…」


「…あぁ」


 何が、とは言わなかったが美阿のいいたいことが分かったのか彼は頷いた。


「貝殻をね…耳に当てても、同じ音が聞こえてくるの…」


「それは素敵ですねー・・さぁ、終わりましたよ」


 美阿の首には真新しい包帯が巻かれている。


「ありがとう、テンコウ」


 胡坐をかいた彼の上に座っていた美阿は男の胸へとそのままもたれかかった。


「浅くてよかったです、これなら傷も残らない」


 彼女が座りやすいようにとその細い身体を腕で抱きとめると、自分の胸の位置に丁度ある小さな頭をあまった手で撫で付けた。


「疲れましたか?」


「うん、ちょっとだけ…」


 撫でられるのが気持ち良いのか美阿は更に身体をテンコウにあずけ再び目を瞑る。


「初めての行軍でしたからねー・・帰りは行きよりも早く戻れますから」


「うん…戻ったらセリスさんに会わせてくれるって…カルジさんがいってた…」


「そうですね、そろそろセリス様も体調を戻されていることでしょう」


「楽しみ…」


 段々と言葉少なになっていく美阿だったが、眠りに落ちる前にふと、何かを思い出したかのようにその瞼を上げた。


「ねぇ、テンコウ…」


「はい?」


「あの…あの女の人…誰だったんだろう…?」


 思い出すのは真っ赤な色彩で身を固めた炎みたいに強い女性のこと。

 年は…私より少し上ぐらいだっただろうか。


「凄く強かったの…あの人も…この船に乗ってるんだよね?」


「えぇ」


「あの人…私の名前を知りたがってたの…」


 何でだろう。

 初めて会うはずなのに、あの人の雰囲気には懐かしさを感じた。


「私…あの人にもう一回…会わなきゃ…いけな…い気がする」


「ミア」


 とろんと瞼が重たくなる。


「今は眠ってください」


「ん…でも…」


「大丈夫、すぐに会えますから。だから」


「…う…ん」


 美阿の瞼が完全に閉じ、やがてすぅ…という穏やかな寝息が聞こえてくる。


「ゆっくりお休みなさい、ミア」


 腕の中で少女が眠りについた後も暫くテンコウはその頭を優しく撫でつけていた。




                     *



 眠りに着いた美阿を寝台に寝かせた後、テンコウは船の甲板へと続く通路を進んでいた。


「お姫様はお眠かい?」


 甲板へと出る扉の前で声をかけられ横を見れば、薄暗い右の通路から女が一人姿をあらわす。

 黒髪を頭の上で簪一本で纏め上げ、女の故郷での民族衣装だという黒衣の着物は体にぴったりと纏わりついている。

 その中でも特に目を引くのが女の左目ー・・そこには深い刀傷で傷つけられた縦一文の傷がある。

 だが女はいつもそれを隠そうとはしない。

 

「レンスウ」


「あんたはあの娘のお気に入り(・・・・・)だからねぇ。全く面白いぐらいに懐かれてるじゃないか」


 くつくつと喉で笑うレンスウに、テンコウは飄々とした顔を変えることなく応えた。


「そうですか?」


「あぁそうだとも-・・だがね、テンコウ」 


 レンスウの顔から小馬鹿にした表情がなくなる。

 無表情の女の顔はその傷も相成って実に不気味だ。


「お前が絆されてちゃ意味がないんだよ」


「私が?冗談はやめてください」


 レンスウの物言いにテンコウの顔からも表情が消えた。

 途端、辺りがぴりっとした空気に包まれる。


 互いに視線を絡め動かぬまま暫く時間だけが過ぎる。

 

 それを先に破ったのはレンスウのほうだった。


「…わかっているならいいさ」


 レンスウは背を向けると元来た道を戻っていく。

 その後姿を見送り、やがて視界からもその姿が見えなくなったところでテンコウも甲板へと続く扉を開いた。


「ー・・わかっていますとも」


 外から吹き込んできた風によってその呟きはかき消された。









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