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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
17/26

王都陥落


「第一分隊照準合わせぇ敵前方80!てぇっ!」


 大砲と兵士の声が響く。


「敵を中に入れるな!大砲を破壊しろ!飛来してくる機獣は撃ち落せ!」


 トリスも号令を出しながら足早に兵達の間をすり抜けていく。


「ロウ!」


「はっ」


「救助作業は終わったか?」


「生存者は全て後方へと退避させました。紅の隊の半分は中隊長に指揮をとらせそちらの護衛に、サティ副将軍率いる白の隊はこちらに参戦しております」


「よしー・・リリュの王よ、あなたも支度を」


「うむ…」


 トリスに声を掛けられた王はうなずくものの中々腰を上げようとはしない。


「国民をまず先にとおっしゃられたからこそこうしてお待ちしているのです。それとも残される兵のことが気になりますか?」


 眉間にしわを寄せ渋面で王は唇を噛締めた。

 

「わかってはいるのだが…やはり心苦しいものだ」


「だがあなたが奴等の手に落ちさえしなければこの戦、我らが勝利となる。今も必死にたえているあなたの兵や私の部下の心、無駄になさらないでいただきたい」


 いくつもの修羅場をくぐりぬけてきたトリスであるからこそ王の気持ちは痛いほどわかるのだ。


 必要な犠牲。


 理想論を言い並べることはしない、これは戦争なのだ。…だが致し方がないこととはわかっていてもそれはあまりにも重く痛い。


 自国を愛してるからこその痛み。

 上に立つものとしての痛み。


「…あいわかった」


 唇を血の気を失うほど噛締め、王は重い腰を上げるとトリスに深々と頭を下げた。


「この恩は必ずやお返しいたそう、我が国は決してラクーシュを裏切らない。我が誇りと民にかけて誓う。どうか御武運を、後を…お頼み申す」


「まかされよ、ラクーシュは決して属国を見捨てはしない」


 抱擁を交わし、去り行く王を見送りトリスは戦闘へと戻る。


「さぁ!兵達よ!お前達の勇ましさをあの愚かなる者達に見せつけよ!」


「陛下!!」


「何だっ」


 珍しくロウが息を切らしている。

 何だ?


 胸騒ぎがする。


「―・・っ、報告いたします。別働隊として動いておりましたチェーチ将軍、アスク副将軍をはじめとする混合編隊が…落とされました」


「何だと!?チェーチたちがかっ!?」


「生存者もいるとのことですが詳細はわかってはおりません。チェーチ将軍の安否も不明。ならびに―・・」


 普段取り乱すことなどない冷静沈着な腹心の顔は今や蒼白に近い。


(アスクもかっ…!)


「カルジを目撃したとの情報も」


「ー・・!?…くそっ!」


 ギリッと奥歯を噛締める。


(やはり奴か!)


「伝令!カルジを見付けても下手に手出しはするな、精鋭の騎士でも敵うまい」


「はっ」


 トリスは窓辺へと近づき城壁の方を見る。

 何度目かの爆発で壁に穴を開けられたようだ。


 燃えている。何もかもが燃え尽くされていく。


 炎の中からは黒鎧どもがワラワラと入り込んでくる。


 その奥、黒鎧の中でも一際黒い影が浮かび上がった。


 肉眼ではわからないが確かにそれは今こちらを見ているー・・目が合った、いや合っている。

 そしてソレは笑ったのだ。


「…来たか」


 トリスは身を翻すとわきたつ怒りを抑え城を下っていった。






                        *





 混じりあう剣と剣の音。


 飛び散る罵声と悲鳴。


 肉片が飛び血が跳び。


 黒鎧たちは無言のまま斬り捨てられ。


 生身の兵達はその怪物に向かって雄叫びを上げ斬り捨てられ散っていく。


 舞い上がる炎。


 剣をぶつけあっている一陣を挟み黒と紅が対峙した。


「カルジ…貴様、我が部下をどうした?」


 怒号の中でもはっきりとした声でカルジに問う。

 ふっとカルジは嘲笑した。


「紅姫ともあろうお方が何を仰るか。ここは戦場、数多の戦を切り抜けられてきたあなたならそのようなこと聞かれるまでもないでしょう?」


「………」


 落ち着け落ち着け。

 湧き上がる怒りをなだめる。


 ココで怒りをぶちまけても勝機があるとは思わない。

 今は冷静に、心を保て。


 すぅっと深呼吸をする。

 胸のうちで燃え上がっていた炎を抑える。


「…それもそうだ、ならばこれ以上の会話は無意味―・・疾く来よ、グランディ!」


 地を蹴る。


「ヴィカルト」


 カルジも地を蹴り二人と二機はそれぞれ空中で剣と拳を交える。

 

 刃が交わり、火花が散った。

 無言のまま何度か剣を打ち合うと二人は大きく後ろへと跳ぶ。


 トリスの右頬にはうっすらと血の線が現れる。

 対峙するカルジはといえばその右袖が裂け、同じようにその腕にもうっすらと血がにじみ始めた。


「ふむ、体調は万全のようだ。しかもこの短期間で更に腕を上げたと見える…こないだよりは楽しめそうだ」


「黙れ下衆が、あの時のようにいくと思うなよ。今こそ貴様の身体、切り刻んでくれる」


 剣を構えなおすとトリスは再び跳躍した。


「はぁっ!」


「ふっ―・・!」


 トリスの剣を片手で難無く受け止めるとカルジも打ち込んでくる。


「くっ」


 やはり強い。

 これ程の男がモーティアに―・・今まで自国に潜伏していたとは…


 トリスはその現実に戦慄する。


 私情も、敵味方も関係無しに本当に恐ろしい男。

 自分が全力を出し切っても勝てるかどうか…否、勝たねばならんのだ。


 それでもやはり客観的に"強い”と思ってしまうこの男にトリスはふと疑問を生じさせた。


 さっきからカルジ自身も本気で打ち込んではきているが決定的な一撃を出してこない、ただ打ち合っているばかりだ。

 まるで自分をここに縫いとめるような…


(まさか!?)


 トリスの微妙な表情の変化に気付いたのかカルジはにっと笑った。


「どうしました?考え事をしていては私には勝てませんよ?」


「ちっ、貴様やはりっ…ぐっ!」


 はじきとばされる。

 と、その時城の中から爆破音が聞こえた。


「しまったー・・!」


「ふむ、そろそろ仕上げに入っている頃合か」


「させるかっ!」


 トリスは懐に所持していた爆石を投げつけると背を翻し城の中へとかけていった。

 カルジは爆破を逃れもくもくと立ち込める煙の中で悠然と微笑んだ。


「さて…間に合うかな?」




                     *



 爆音が上がったのはどうやら城の中庭のようだ。

 爆風により壁や柱が崩れ瓦礫があちこちに散乱している中へとトリスは飛び込む。


「マーチク殿!」


「ぐっ…トリ…ス殿…」


 中庭の左端、唯一爆風を免れたと見える一角には、茶色の機獣に首をつかまれ宙吊りにされているリリュの王がいた。

 もがき苦しむ王は視線をさまよわせ、トリスを視界に入れた。


「マーチク殿からその腕をどけろっ!」


 トリスは大きく跳躍すると王の首を締め上げていたその機獣の手首を切り落とす。


「ぐっ…はっ!はぁっ…かっ」


 地に放り出されたリリュの王が空気を求めむせかえる。


「マーチク殿!ご無事か!?」


 リリュの王をかばうようにその前に立つと剣先を機獣へと向ける。


「助かりましたぞっ…」


「無事なら結構、動けますか?下がってていただきたい」


 茶色の機獣は手首を切られてもその手首をかばうことも決して動じることもなくうなり声をあげトリスを睨んだ。


「そこの後ろにいる奴!隠れていないで出てきたらどうだ!」


 茶色の機獣の後ろに人の気配がする、おそらくはこの機獣の主。

 トリスが叫ぶとその影からふらりと姿を現したのは…一人の少女。


 あまりにも戦場に似つかわしくないその少女に戦慣れしているトリスも眼を瞠った。


(こいつがこの奇妙な機獣の主だというのか?)


 そう、この機獣は奇妙だった。

 機獣の体色はその機獣石と同じ色だ。

 だからこの茶色の機獣の機獣石は茶色(コルト)―・・機獣石のランクでも低位置に区分されるものだ。

 呼び出せたとしても人型にかろうじて似ている機獣しか呼び出せないだろう。


 だが目の前の機獣はどうだ?


 その外観はしっかりと人型を取っており、その体を頑丈そうな鎧で幾十にも固めている。

 どれだけ呼び出す主の力が強くても茶色(コルト)の機獣石ではここまでのモノは呼び出すことは不可能だ。

 それに茶色如きの機獣に王や騎士達がやられるわけがない。

 

 古代魔法を恐れもなく使う奴らだ、この機獣自体に秘密があるのか…それとも目の前の少女に秘密があるのか…


 どちらにしろ油断はならない。

 そんなトリスをよそに少女は己の機獣を見上げるとその体をなでた。


「…折角生やしたのに…酷いわ」


 グルルと唸り声を上げて茶色の機獣は3ツィートほどあるその身体を屈めその少女に大きな顔を摺り寄せてくる。見た目は人型なのにその動きは獣のようー・・まるで主人に甘える犬を見ているみたいだ。


「あらそう…お腹がすいたのね…丁度いいわ、お食事してて」


(食事?機獣がか…?)


 のそりとその体を反転させた機獣は無造作に―・・瓦礫の下敷きとなって息絶えた兵士の骸を食べ始めた。


「なっ!?」


 その光景に思わず絶句し少しの間そちらに気をとられれば、いつの間にか少女がほんの数歩先まで歩み寄ってきていた。


「あなたの相手は私…」


 小さな声で呟いた少女は胸元から小刀を取り出し躊躇いもなく打ち込んできた。


(こいつっ!?)


 表情を変えることもなく何度も打ち込んでくる。

 一打一打の力は弱いものの的確にこちらの急所を狙ってくるその少女の刀捌きもさることながら、どうやらその小刀も只の小刀ではないようだ。かすかに魔力を感じる。


(中々やる…やはり油断は大敵か)


 トリスは目の前の少女を"少女"ではなく"敵”とみなす。

 変わらず少女後ろでは”食事”を続けている機獣、そちらも気にはなるが今は目の前の敵にのみ集中することに決める。

 動きが変わったトリスにその少女は微かに眉宇を顰める。


「あなた…強い」


 それまで感情らしい感情を見せなかった少女の顔が表情をつくる。

 目は不気味なまでに硝子のように何も映しはしないがその口角がゆっくりと笑みの形をとっていく。


「強い…強い…あなた、あの人(・・・)にとっても近い…ふふっ、楽しい…」


 それに呼応するように少女の動きも早まってきた。


「はっ…」


 トリスの口からは乾いた笑いが漏れる。

 なんて奴だ、本気を出している自分と対等に渡り合ってくるとは…


「貴様、一体何者だ?」


 喉元に狙いを定めて向かって来た少女の小刀を剣柄で受け止め勢いをそのままに外に逃がすとその反動

を使って弾き飛ばした。


「あっ…」


 少女の瞳が飛んだ小刀を追う。


「余所見をするな」


 剣先をその小さな首元にあてがう。

 そのまま突き刺さなかったのは情けをかけたからではない、まだこの娘には聞きたいことがある。


 少しでも動けば首が切れる位置に剣があるといのに、少女はやはり顔色を一つ変えぬままただ呆然と小刀を握っていたハズの自分の両の手を見つめていた。


「私…負けた…?」


「そうだ、お前の負けだー・・応えろ、あの機獣は何だ?貴様何者だ?」


 技量もある、が明らかにこの娘は戦慣れしていない。

 先ほどのように切り結びの最中に視線をそらすなど死を望む行為に等しいー・・だが娘のその動きはただあどけない。実に不釣合い、この戦場にあっての異質な存在。


 顔の造りはモーティアの民に近い、だがその身に纏う雰囲気は若干違うように感じられる。

 黒に近い栗色のその髪はモーティアの婦女子にはあってはならないほど短く肩口で切りそろえられていて、幼い顔立ちの娘をさらに幼く見えさせる。


「私…?」


 まるで首元の剣のことなど無いかのように少女は首をかしげた。

 うっすらとその白い首筋に赤い線が走る。

 

「私…は…」


ヒュッ―・・


「っ!?」


 風を切る音にトリスはその場から退き、後ろへと跳ぶ。

 大きな音を立てて先ほどまでトリスが立っていた場所が、まるで見えない何かが落ちてきたように陥没した。

 

「あ…」


 少女が風圧を受けて後ろによろける。と、その背後に男が現れその身体を受け止めた。


「テンコウ」


 自分を抱きとめた人物を見上げ少女はわずかに顔を綻ばせる。


「大丈夫でしたか?あぁ、血が出ていますね。後でしっかり消毒をしますから少し我慢できますか?」


「うん」


 男は微笑むと少女の頭をなでた。


「新手か…」


 細目の男は顔に笑みを貼り付け、少女をその腕の中に抱きとめたまま軽く会釈をして見せた。


「初めまして女王陛下、私はテンコウと申します。以後お見知りおきを」


「ふんっカルジの犬か…さて、2対1でも私は一向に構わんぞ?」


 好戦的な態度を崩さず睨み付ければ「滅相もない」とテンコウと名乗った男は両手を挙げて見せた。


「陛下、我等はなるべくことを穏便に進めたい。おとなしく大海の瞳を差し出していただければ結構なのですよ。それに」


 その言葉の続きを聞くまでもない。

 ぞくりと粟立つ背筋ー・・この感覚は… 


「残念ながら2対1ではなくなってしまいましたよ、紅姫」


 すぐ横からカルジの声と共に、今度は自分の首筋に剣が当てられた。

 首元で光る剣に冷めた視線だけを向ける。


「殺すか?」


 ふっ、とカルジが鼻で笑った。


「今はまだ…といっておきましょうか」


「そうか、ならば」


 躊躇することなく、トリスは指笛を吹く。


ドンッ―・・


 中庭の床の一部が盛り上がり、その下にあった地下通路に潜んでいた紺色の機獣が飛び出してきた。 

 そしてそのまま柱にもたれかかっていたリリュの王を抱きかかえると空高く舞い上がって消えていってしまった。


「この戦、私の勝ちだ」


 剣で戦うだけが戦ではないー・・策士としてどれだけ敵の一歩前を見据えているかでも戦況は大きく変わる。

 例えどういった形であれこの男から一手とれたのだー・・にっと笑って見せるとトリスは剣を放り投げる。

  それを見たカルジは…さほど悔しそうでもなく、しょうがないといった感じで肩をすくめた。


「確かに、此度の戦の目標物を奪取されては意味がない。これ以上ここにとどまっていても得策ではないですね」


「さて…で、次はどうするつもりだ?」


 不敵な笑みをそのままに眼だけは射殺さんばかりに憎き敵を睨み付ければ「そうですね」と男はそれ以上の不遜な笑みで応えた。


「…それでは帝国へとエスコートさせていただくことにしましょう、女王陛下」


 ドンッと鳩尾にカルジの拳が入る。


「っ!!」


 トリスの意識は一気になくなりその身体は崩れ落ちていった。

 沈み意識の中、この時ほど視線だけで人が殺せれば、と心の底から願ったことはない。









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