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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
16/26

閉ざされた瞳



「おぉっそれが噂に聞く邪眼(イビルアイ)かぃ…"邪眼の貴公子"とはよく言ったものさね」


 邪眼。

 

 古来よりそれは魔法とは違う"異能"として畏怖の感情を向けられる力。

 視たものを石化させる、魅入らせる、操る、はたまた殺してしまう…などと歴史の書物を紐解けば古今東西様々な能力がみられるが、どれもこれも歓迎された代物ではない。

 

 邪眼のような特異体質というのは魔法使いの家系に生まれ出でることが多い。

 チェーチの生家、サランティア家も代々魔法使いをを多く輩出してきた名門貴族として有名である。

 そしてチェーチは魔力こそ受け継がれはしなかったものの容姿、文武の才、そして邪眼という力をもってこの世に生を受けたのだ。

 

「ひひっ、珍しいものが手に入りそうさね。実にいい…刳り出してじっくり観察させてもらいものさね」


 チェーチは切っ先を小男に向け直す。


「では行きます」


 化け物の群れへと突っ込んでいく。

 それは無謀としかいえない行為だー・・声にならない奇声を上げて寄生獣たちは自分たちの懐に単身飛び込んできた()めがけてするどい爪を繰り出す。


『ギィ!?』


 やわらかく光る乳白色の影が辺りに燻る炎に反射して白銀に閃いた。

 

 胸を裂かれた肉塊はパックリと傷口を広げ、肉片を飛び散らせる。

 その中、もぞもぞと動く肉塊の間に現れ出でた丸い石をオーロラの右目がしかと捉えた。


「そこ!」


 別たれた肉塊が尚も元の形へと戻ろうとその機獣石へ集まる前にチェーチの剣先は肉の間から顔を覗かせた幾つかの機獣石を瞬時に突らぬいていた。


パリィィィーン―・・

 

 ガラスの割れるような音がする。

 肉塊へと戻ろうとしていた化け物は中途半端な形のまま地へと落ちるとその形状を保てなくなったか、さらさらと崩れ塵へと化していく。

 粉々に砕かれかつての色をなくした機獣石も砂に返り風に舞って空へと溶けて消えていった。

 

 だがソレを見届けることなく、尚も輝きを増す邪眼は次の寄生獣へと向けられた。

 感情を持たない人形のようだった化け物たちはその瞳を向けられるとわずかに怯んだようにその身体を揺らした。


「サクっとやっちゃいましょう」


 この場に似つかわしくない笑みを浮かべたチェーチは剣を構えなおし、更に奥へと突っ込んでいく。


 斬り捨てるごとに剣は速さを増し、力を増す。

 そしてどことなく、寄生獣たちの動きも戦うにつれ遅くなっているように見えた。


 塵が積もり、砂が積もり…そしてものの数分とたたない内に小高い砂山が出来上がった。


 その上にユラリと立ち上がる影は一つ。

 そう、その一つだけ。


「ひひっ何てこったい!あんだけいた寄生獣どもがあっという間に全滅たぁねぇ」


 小男は笑いが止まらないのかくつくつと肩を震わせている。


「そうかね…坊やの邪眼は”吸収”かね…くくっ嫌な能力さね」


「ご名答、よくお分かりで」


「これでも魔法使いの端くれさね…さて、ではコレはいかが?」


 小男は手にしていたねじれた杖を目に付きだすとふぅっと息を吹きつけた。

 するとそれ(・・)はいくつかの小さな氷柱を作り出しチェーチをめがけてとんできた。


 しかしそれも無駄なこと。

 身体に触れる一歩手前でその動きは止まり分解され粉々になり魔力は枯れる。

 

 自らの攻撃をいとも簡単に打ち消された小男はといえばー・・悔しがるそぶりも残念がっている様でもないようだ。むしろ心持ちうきうきとした様子で考察を口にする。


「ほぉ…"力"だけでなく"魔力"も奪うかね、しかも"吸収”だけじゃないねその邪眼…そうか"停止"の力も備わっているのかい…くくっコレは素晴らしいっ…見たところまだまだ全てを出し切っているわけじゃないみたいさねぇ…複数の能力を併用する邪眼かぃ、今まで聞いたことがない!

どうやらソレは実に観察しがいのある瞳らしい…ひひっ…欲しいねぇ」


 チェーチは静かに男へと歩み寄る。


「さて、あなたの持っているその鈴、見たところ寄生獣を操れるもののように見えますが?」


「お察しの通り、といったらどうするのさね?」


「勿論、壊させていただきます」


 一拍とおかずに小男の立っていた足元の瓦礫が粉砕される。


「ひひひっ怖い怖い。しかしそうされては困るのでなぁ、それは遠慮願うとするさね…ひひっ」


 小男は尚も飄々と言葉をつむぎふわりと隣の瓦礫へと着地する。


「けどまぁ困った困った…寄生獣ももうここにはおらんしワシの魔法も通用せん…坊やは素早いからいくら逃げたとてすぐ追いつかれる。拳を交えても力を吸い取られるとなると…いやはや何とも分が悪い、ひひっ…さてどうしたものか…」


「おとなしく降伏することです、あなたの負けはもう目に見えていますよ。それともまだ何か秘策がありますか?」


「ひひっそうさね」


 窮地に立たされているというのに飄々とした態度を崩さない小男はその口元に、にたりとした笑みを貼り付けた。


「こういう時はやっぱりご主人様に助けを請うべきかねぇ、ひひっ」


 トスッ―・・


 胸にじわりと何かが染み出てくる。


 背中が…熱い。


「将軍っ!?」


 後ろの方でアスクの声がした。


「あ…?」


 何が、と紡ごうとした口からは言葉ではなく鮮血が溢れる。

 鉄錆の味が口いっぱいに広がって凄く不快だ。

 足元に力が入らず前のめりに倒れこむ中で、チェーチは背後を振り返る。



 黒イ悪魔。



「カル…」


 身体を無理にひねったせいか肩から地面に倒れこんだ。

 倒れこむ前に自分の身体から引き抜かれた剣をその手に握った黒の男。


「いつまで遊んでいるジュホウ」


 冷たい氷のような声が降ってきた。


「ひひっ申し訳ないさね、若。ちぃとばかり楽しみすぎたようさね…ひひっ」


「紅姫も察しだけはいいようだ、ラクーシュの軍隊がいるとはな…小蝿にあたりをちらつかれても鬱陶しいだけだ、さっさとすますとしよう」


「御意」


 カルジは血に濡れた剣を一振りすると、突然の出来事に狼狽するアスクたちを尻目に何事もなかったかのように城のほうへと進んでいく。


「あれらはよろしいんで、若?」


「捨て置け、どうせ何もできやしない」


「っ!?貴様!!」


 カルジの言葉に、アスクをはじめとする兵士達は一斉に飛び出す。

 それを横目で一瞥したカルジは理解できない、といった風に眼を細めた。


「おとなしくしていればよかったものを…死に急ぐとは愚かだな」


 その冷たく見える瞳にわずかに灯るは、弱者に対する哀れみのみ。


「来い!リドルフ!」


 アスク達は自分達の機獣を再び呼び戻すと、それを身に纏い目の前の悪魔に斬りかかっていく。


『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』


ひゅっー・・


(何が…起こった…?)


 只、判ったのは衝撃波が自分達を吹き飛ばしてそれと同時に身体全体が引き裂かれたような激痛に襲われ地になぎ倒されたということ。

 

 一振り。


 そうただの一振り、それだけでカルジは数体の機獣をいとも簡単になぎ払ったのだ。


「ひひっ…お前たち如きでは若に触れることさえままならんだろうに…ひひひっ」


「行くぞ」


 さして興味がないのか、カルジは背を向ける。


(くっ―・・)


『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 リドルフをまとったアスクが雄叫びと共にボロボロの身体を起き上がらせた。

 武器すら失ったリドルフの腕からはおびただしい体液を流しながらも、一瞬の隙を突いてその背を狙う。


(もらった!)


「ヴィカルト」


 カルジが囁いた。


『ガッ―・・?』


 前の前に現れた黒い機獣が


『ガッ…はぁっ…あ』


 胸を貫いていた。


 霞む意識の中、脳裏に浮かぶは唯一無二の紅と片割れの顔。


(陛…)


 瞼が重い、身体が鉛のように重い。

 あぁまってくれ、置いていかないでくれ、ロウ、俺はまだお前とともにトリス様を…


ー・・アスク


 耳元で聞こえたのは剣を捧げた主君の声。

 トリス様、トリス様、トリス様…


 霞む霧の向こうに消えていく主君の紅の影に追いつこうと重い手を伸ばすがそれは決して届かない。


 宙をつかむだけの腕はやがて力なく垂れ下がった。




 その胸から黒い機獣が腕を引き抜けば、リドルフを纏ったままアスクの身体はその場に重い音を立てて崩れ落ちる。


「行くぞ」


『御意に』「御意」


 胸にあいた穴からとめどなく溢れる血ー・・だがそれらに一瞥もくれることなくカルジは城へと足をむける。


(あぁ…)


 何も出来ないまま地に倒れ伏し、一連の動きを見ていることしか出来なかったチェーチの瞳が最後に捉えたのは城へと向かう奴らの後姿。




 彼らの歩みを止めるものはいない。

 










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