燃ゆる王都
後半グロ表現あります。注意。
(見えた!)
夜空をおよそ一晩かけて飛びアーシェを縦断し、リリュ国内に入り山脈を二つ越えると南に小さな光りー・・リリュの王都が見えてきた。
近づくに連れ段々と爆音が聞こえ始め、明かりは燃え上がる炎のせいなのだとわかった。
北に比べ南に位置するここら辺は昼間は初夏のような暑さを与えてくれるというが、空の上ではそれは関係ないらしい。冷たい風を受け続けた手足はとうに冷え切っている。
トリスはグランディの背に固定されていた足を解放させるとその背につかまったままゆるゆると手足を動かし始める。
ちらりと背後を振り返れば、双子とそれに続くようにして紅の旗・白の旗を掲げた機獣隊がいた。
その白の軍隊の先頭にいた更に真白い機体が速度を上げ近づいてくる。
「陛下!」
放物線を描いて横付けしたチェーチは風の音に負けぬように声を張り上げた。
「チェーチ将軍!後続部隊に伝達!白の隊・紅の隊、両隊から半数の兵は紅の隊ロウ副将軍、白の隊サティ副将軍と共に後方援護及びリリュ国民の救助を命ずる!残りは私についてこい!」
「承知!」
速度を下げチェーチが後続部隊へと戻っていく。
そうこうしている内にリリュの王都上空へと差し掛かったー・・南の海からくる北向きの風によってまきあがる黒煙、それに混じってわずかに臭うのは生き物の焼けるあの独特のキナ臭さ。
眼下を見渡せば、港は完全に制圧され都は中心にある城を残してほぼ全域から火の手が上がっていた。
ズンッー・・
王都の中央、少し小高い場所にある城の一角が爆破され火の手が上がる。
(あれが率いる軍相手に一晩もっただけでも奇跡か…)
黒煙を避けながら城の真上へと移動しそこから一気に降下する。
地上に近づくにつれ、目視で兵士の姿が確認できるようになった。
おそらくはリリュの騎士達であろう灰色の鎧の騎士たちは、黒の鎧に身を包んだモーティア兵と応戦している。
あちらこちらに城壁を崩しているモーティア機獣も見える。
「グランディ、お前はあっちだ」
『御意』
地上まで10ツィートほどに迫ったところで、腰の剣を抜き放ちトリスは軽やかにグランディの背から飛び降りた。
「はぁっ!」
着地ざまに黒鎧どもを数人なぎ倒す。
突然、空から降って現れた女にリリュの騎士達がどよめいた。
「その方一体!?」
トリスは迫り来る黒鎧達を切り倒すと血の付いた剣を大きく振った。
「我が名はトリス・デ・ラクーシュ・センチュア!」
ざわ―・・
「ラクーシュの…女王陛下!?」
「女王自ら戦地にっ」
「そんな馬鹿なっ!」
「ー・・静まれ!!」
ざわめきたつ騎士達をトリスは一喝する。
爆音があたりに響く中でもよく通るその声にざわめきは一気に静まり返ったー・・騎士達をさっと見渡すと一番手前にいた騎士達の隊長らしき男に視線をむける。
「遅れながら応戦に参じた、私が率いる部隊も一緒だ。よく今まで持ちこたえてくれた」
「おっ…おぉっ…」
騎士達は突然の大国の女王の登場に驚き、そして歓喜に震えた。
「よくぞっ…よくぞおいでくださいました女王陛下!本来であれば国を挙げてお迎えしたかったところではありますが―・・」
刃を食いしばり悔しそうに目を伏せる騎士隊隊長にトリスはふっと微笑みかけた。
「良い、そう気にやむな―・・してリリュの王は何処におられる?」
「最後の砦となりました城の玉座にて指揮をとっておられます」
「案内せよ」
「はっ、こちらに」
初老の騎士隊長は駆け足でトリスを城の中へと導いていく。
そして城の中枢。
人の出入りがもっとも激しいその部屋の中には叱責を繰り返す、老王デサージュ・ド・コル・マーチク7世の姿があった。
「失礼いたします陛下!ラクーシュより女王陛下御自らおいでなさいました!」
その言葉に五月蝿かったその場がシンと静まり返る。
皆の視線が集まる中、最初に言葉を取り戻したのは王であった。
「おぉっ…!よくぞ参られたトリス殿!…あぁいや、失礼した、ラクーシュ女王」
「いえ、昔のようにお呼び下さい。お久しぶりです、マーチク殿…して?戦況はいかに?」
挨拶もそこそこにトリスが動く。
それと同時に静まり返っていた周囲の人間も、己のやるべきことを思い出したかのように再びせわしなく動き始めた。
「最悪としか言いようがないですな、きゃつらめ"猛る神の海”を竜海扇で鎮めて渡りおった」
「竜海扇?」
初めて聞くモノの名にトリスは眉をしかめる。
「海の良し悪しを左右できる魔具の名です。確かゴルゴリアンの女王が所有していたと思うが…ゴルゴリアンとモーティアは敵対している、そうそう軍門にくだるわけもないだろうに」
「侵攻され魔具を奪われた、ということか」
「考えたくもない…そして上陸したきゃつらは一刻もしないうちに海岸地帯を制圧。その後、城下を焼き払い既に城の外壁をおとされ今はもう取り囲まれて…生き残った女子供、戦えないものたちはこの城の地下深くへと避難させております。だから何としてでもここだけは死守せねば―・・」
「敵の総大将ー・・カルジの今現在の位置はわかりますか?」
「いえ、きゃつの姿を見たものは誰もおらぬようで…恐らくは今だ海上にて停船している本艦隊におるであろう…攻め入りたるはきゃつの部下、副将たちとおぼしき人影が5名ほど確認されているようですな。他は黒い鎧に身を包んだ何ともおぞましいモーティア兵が有象無象に分散しているのが現段階での状況で」
ズゥゥゥン―・・と遠くの方で爆発音が聞こえパラパラと天井から細かなチリが落ちてくる。
「くっ―・・どうやらきゃつら城に穴を開け始めたようですな…」
(…何故だ?)
トリスの中に浮かんだ疑問。不可解だ…何故こんな攻め方をする?
「見たところ爆薬は相当ある様子…私ならばただその国を潰すためだけならば城を一気に爆発物で破壊します。王族の首を取るとしてもこんなにちまちまとした爆破や攻撃はしない」
"侵略"ならば後の禍根を断つために真っ当な形での王族の首も必要だろう、そのための戦略だというのならば理解できる。
だがあいつらが行おうとしていることはきっとそれとは違う。
あいつらが、あいつがしようとしていることは"侵略"という"征服"ではないー・・"壊滅"という名の"蹂躙"だ。
「王よ、ここには何かあるのですか?」
「…さすが感が良いのは変わらないものですな。左様、きゃつらはラクーシュへの侵攻の道すがらにこの国へ攻め入ったわけではない。きゃつらの狙いは私…否、正確に言うならば私の心臓なのですよ」
*
「大海の瞳?リリュの王の心臓は大海の瞳という宝石で出来ていると?」
アスクは一人、また一人と敵を切り倒しながら横で同じように戦うチェーチに応えた。
ただ彼の闘いはまるで戦っているようには見えない。華奢な体の割りに素早く切り倒していくものだから一見すると踊っているような華麗さがある。
「そう、リリュの王様はね代々機獣ではなくその宝石を受け継ぐんだ。魔石といったほうがいいかな?
機獣石に近いけど機獣を呼ぶものではなく魔力を増幅させるためのモノなんだ。
リリュの王は機獣は持たないけど代わりに魔法という人智を超えた力を手に入れる。実際、現国王も高名な魔法使いのお一人でもあるんだよ」
チェーチもまたトリスと同様にこの戦に違和感を覚えていた一人であった。
見た所城を落とすのには十分な火薬と兵力を備えているようにみえる敵陣、合流したリリュの兵士たちの話を聞くに上陸してきた時よりも攻めの勢いがないという。
勿論、リリュの兵士たちが奮闘して応戦しているのもあるのだろうがまだまだ敵には余力を感じる。
上陸してそろそろ半日が過ぎるー・・では何故敵方がこうも時間をかけてリリュを攻め入るのか?
モーティア侵攻への足掛かりの中継地点とするためかー・・否、ならば東隣にあるアーシェのほうが地形的に向いているし、こんなに時間をかける必要はない。
ではリリュを統治し支配下におくためー・・それも否、侵略戦争でよく見られる略奪行為が一切行われていないのだ。殺して壊して進む、ただそれだけの行為しかしない敵兵の様はまるで人形のよう。
そして戦いの中で見出した一つの可能性、それが話に聞く王の心臓。
「…モーティアはまだこれ以上何か力を得ようとするのか」
苦々しげに呟くアスクの言葉にチェーチはふっと言葉を洩らした。
「モーティアが力を欲してるだけならいいんだけど…」
「チェーチ将軍?」
「ん?何でもない、ただの独り言」
チェーチはその場にいた最後の一人をなぎ倒すと、さらりと髪をかきあげた。
「さて…何だか拍子抜けするぐらいにあっけなさすぎて逆に怪しいぐらいだけど次いこうか、アスク君」
「はっ―・・」
二人は死屍累々と積み重なっている屍の山をこえて次の戦場へと向かおうとした。
チリィィン―・・
「…鈴の音?」
場違いな音に二人は足を止め周りの兵士達も四周を警戒し始める。
チリィィィン…チリィィィン…
音が鳴る間隔が段々と短くなり、その音も大きくなっていく。
(何だ…何が来る?)
近づいてきているのに四方から聞こえるその音。
チェーチは感覚を研ぎ澄ませる。
「…そこっ!」
右手の崩れたレンガの壁に向かってチェーチは剣を振り下ろす。
その細腕のどこにそんな力があるのか…壁は粉々に打ち砕かれるが、それを避けるようにその影から何かが飛び出してきた。
ソレはヒラリと跳ぶとチェーチ達を見下ろすようにまた別の瓦礫の上に飛び移る。
「ひひひひひっ気付いたかね…さすが十将軍さね…ひひっ…」
モーティアの僧服を身に纏った小男は下卑た笑いをしながら手に持っている鈴をチリィンと鳴らす。
「さて…悪いがね、坊主達はまだまだここで遊んでて貰うよ…ひひっ」
チリィン―・・
今一度、強く鳴らされた鈴の音と共に…足元で変化が起きる。
「ひぃっ」
死した肉塊が起き上がった。
「なっ!?何だコレはっ!?」
うろたえる兵士達。
生々しく傷口をさらしながら明らかに絶命している筈の肉塊は次々と起き上がっていく。
僅かに痙攣しながら動く死体、虚ろな眼は何も映していないはずなのにその白く濁った眼は確かにこちらを見ているー・・いくら戦に慣れている兵士達でさえその光景には吐き気を覚えた。
「くっ…くそぉっ!」
ついに一人の兵士が耐えきれずに目の前の動く死体に剣を突き刺した。
既に先の戦闘で割れていた鎧の間からわき腹に剣を突き立てられたその肉塊は大きく痙攣する。
既にその身体からは血も出ることはなく…
ゾワッ―・・
「!?いけないっ!!」
突如、背筋に走った悪寒にチェーチは我を忘れて叫んだ。
剣が突き刺さった傷口がまるで亀裂が入ったかのように縦にぱっくりと割れた。
ピンク色をした肉がめきめきと盛り上がり鎧を更に割り、増殖する。
盛り上がった肉の表面は複数の筋が覆い突き立てられた剣を呑み込んだままの傷口が更に避けたかと思えばそこに大きな無数の歯が生え
「ひっ―・・」
剣をつきたてた兵士の最後の言葉は呆気のないものだった。
ソレは腹に出来た大きな口でグチュグチュと兵士の身体を頭から咀嚼していく。
見れば他の肉塊にも同様の変化がおこっていく。
そしてあっという間に周りは生きていた頃の面影など到底ない、もはや人間とは呼べない"化け物"が生まれた。
「何てことを…」
それを見ていた小男は心底楽しそうに肩を揺らす。
「ひひひひひっどうだい?素敵じゃないかねっ…ひひっ気に入ってもらえたかね?白将軍の"お嬢ちゃん”ひひっ…おっと失礼、坊やだったか…ひひひっ」
ー・・ぶちっ。
チェーチの白い肌にくっきりと青筋が浮かんだ。
「…アスク君」
「はっ、はいっ」
目の前で壮絶な化け物の誕生を見たばかりだというのを完全に無視させるほどその声は冷たく、アスクは思わず直立不動となる。
「後方でちょっと待機しててください」
「えっ…?いえ、しかし」
「というか命が惜しかったらさっさと動いてくださいね。僕、久々に本気出すんで」
チェーチの"本気"という言葉にその場にいたラクーシュの兵たちが青醒めた。
アスクも直接眼にしたことはないが話には何度もきいたチェーチ将軍の"アレ"。
「…くれぐれもご無理はなさらないでください、陛下に怒られます」
アスクはそういうと迅速に部隊を下がらせた。
「おやおや…何だい?皆怖気づいちまったのかぃ?ひひっ情けないねぇ…まぁいいさ、まずは…坊やが相手をしてくれるんだろう?ひひっ」
「………」
「ひひっ怖くて声も出ないかい?ではこちらから行かせていただくよ」
チリィン―・・
鈴の音と共に肉塊の化け物が一斉にチェーチへと飛びかかる。
だがそれに動じることもせず、チェーチはそのまませまりくる化け物たちの動きを静かに見つめた。
その魔手が顔の先に届く一瞬。
ザッ―・・
チェーチの一振りが化け物たちを真っ二つになぎ払う。
「ほぉ―・・中々やるね坊や…だが」
チリィン―・・
真っ二つになった肉塊はもぞもぞと動き出す。
切られた断面から筋がのび別たれた半身へのびると再び再生を始める。
「…寄生獣、ですか」
「いかにも、まだ改良段階だがぁねぇ…ソレは無闇に斬っても何度でも蘇るさね。ひひっさて?どうするかね?」
「なら」
チェーチは動じることもなく左手を右の仮面へと伸ばす。
「機獣石を破壊するまで」
その下から現れ出でたのは、乳白色の髪と同じ色の長いまつげで縁取られた瞳。
だがいつも晒している左目とは明らかに違うー・・その瞳は光っていた。
この世のものとは思えない色、全ての色が混じったような…そう例えるならオーロラのように色を変えて淡く光っている。
「ラクーシュ王国白将軍チェーチ・ド・サランティア・モーチアス。本気でお相手させていただきます」