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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
14/26

血の匂い

ちょっとグロ表現があります。苦手な方は注意。


 血飛沫が上がる。


 都のあちらこちらで火の手が上がり悲鳴と怒号と泣き声が聞こえてくる。

 ほんの数刻前まで青空だった美しい空も今では煙にまかれ黒くよどんでいた。


「何ということだ…っ」


 ゴルゴリアン国王は城の中から見える城下の地獄絵図におののいた。


 門前に現れた先発隊と見えるたった一師団。その数、二百にも満たないだろう。


 (それに対してわが国は三千の兵で出迎えたというのに)


 ものの数分にして三千の兵はその半分に減り門内への進入を許したという。


 そして今。


 三の丸、二の丸とおとされ王城のある一の丸へと敵は攻め入ってきている。


「陛下!どうかお逃げ下さい!」


「このままではここも!!」


 先程から食い下がる重臣達の言葉には耳も傾けず、ゴルゴリアン国王は頑として玉座から動かなかった。

 剣を床に付きたていつでも戦える準備をしていた。


「王妃や王子たちは逃がしたのだろうな?」


「それは勿論…ですから陛下も!ここは我等におまかせください!」


「わしはこの国とともにある。モーティアの犬どもを返り討ちにしてくれよう、ゴルゴリアンは不滅だ。きっと次の子らが再び建て直してくれよ―・・」


 と、国王の言葉を打ち消すように天窓のステンドグラスが大きな音を立てて砕け散った。


「陛下!!」


 振ってくるガラス片。そして黒い影ー・・


 グシャ―・・


 沢山のガラスの破片とともに何か大きな物体が落ちて潰れた。

 

 ジワジワと広がる赤と、鮮やかな緑のドレス。

 謁見の間の真ん中に大輪の花が咲いた錯覚を覚える光景。


「アンジェラッ!?」「王妃様!?」


 見るも無残に頭がつぶれ所々服が乱れているー・・だがそれでもかろうじて形と色をとどめているそれ(・・)に記憶の中にある妻の姿が被る。

 

 何故、とその動かぬ体から視線を割れた天窓へと向ければ、ふっとかかる一つの影。

 その影を注視していればそれは王妃と同じようにそこから飛び降りる。

 だがこちらは頭から落ちることはなく、まるで羽のようにふわりと王妃の遺体の横へと着地した。

 

 …そしてそれに続いてもう一つ。

 勢いよく王妃の上に着地し、潰れた頭を更に潰した。

 どちらもモーティアの男。

 

 王妃の頭を踏み潰した(この男はモーティアの僧侶の服を着ていた)小男が下卑た笑いを浮かべる。


「ありゃりゃ、ひひひ…こりゃ失礼。しかし何ですなぁ」


 めり込んだ足を抜いて見る影もない王妃を見下げる。


「さっきまであんなにお綺麗だったのに。これじゃ勃つもんもたたやしねぇ…おっと、でも体だけはご無事のようだ、へへっ…兵士達の慰み者にはなりやすでしょうよぉ」


「貴様ぁっ!!者どもかかれ!!」


 瞬時にして怒りの沸点を超えた王と重臣たちは槍をかまえ、剣を構え力強い雄叫びとともに敵に包んでいく…が。


「ジュホウ殿、いささか下品すぎますよ。まったくあなたという人は」


 いままでずっと押し黙っていたー・・こちらはモーティアの成人男子の格好をしておりモーティアの民にしては珍しく瞳が青いー・・青年がやれやれと息を吐きくんでいた手を抜きはなった。

 室内に突如として突風が起こった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 二人を中心に兵士達が放物線を描いて飛ばされていく。


 たった一人の若者が手を振っただけで大の男達が飛ばされる。

 魔術の類とは違うそれに、国王や重臣達は息を飲んでたじろいた。


「ひひひ…すまねぇなぁ、テンコウの坊。じゃっまぁさっさと終わらせちまおうかねっ…と」


 兵士の後ろで控えていた王付きの魔術師達が繰り出した炎の魔法を軽々と交わすと、ジュコウとよばれた小男は舌なめずりしながら服の中から杖を取り出し魔術師達に向けた。


「ひひっ凍っちまいな」


 杖から冷気が流れ、その場にいた五人の魔術師達はあっという間に凍りに包まれ五つの氷柱が出来た。

 テンコウと呼ばれた若者は、それに近づくと勢いよく手を振るとそれらは大きな音を立てて砕け散る。


「ひぃっ」


 重臣の誰かが声を上げた。

 その声を皮切りに、その場に留まっていた多くの重臣達が襲撃者たちに背を向け、反対側の出口へと走った。

 王は動きこそはしなかったがそれをとめることもしなかった、否、出来なかった。


 -・・後にも先にもコレほどまでに恐怖を感じ得た事などなかっただろう


 我先にと、転がるように彼等が大きなその扉を開ける前に…それは開いた。


「え?」


 そして首が飛んだ。文字通り、宙へと複数の首が跳ね飛んだのだ。


「なっ、」


 王は目を見開く。


 血飛沫が上がり、飛んだ首が血とともに雨のように降り注ぐ。

 

 その血の雨の向こう側に見えるのは、一人の少女。

 

 およそ戦場には似つかわしくないほど清楚で、重たそうなモーティアの宮廷服(女童用)を着た少女がいた。

 俯き具合だった少女の顔がふっと上がり、目があう。


「っっっ」


 ゴルゴリアン王はその瞳と視線が合った瞬間、思わず反射的に己の機獣を呼び出していた。

 力が渦巻いてゴルゴリアン王の機獣が現れたのが一瞬ならば、それと同時に王の前に少女が跳んできた(・・・・・)のも一瞬だった。

 そしてそれらを一瞬というならば王が目を見開いたのも一瞬でもあり、少女との会話も一瞬だった。


「!?」


「さようなら」


ザッ―・・


 王の機獣と王自身の体が縦に真っ二つに分かれたのもきっと一瞬なのだろう。


 少女は少し遅れてあがった赤と緑の血しぶきから逃げるように再び後ろへと跳躍する。

 その小さな体は宙を飛び背から床に落ちていく、手前でその体をテンコウが受け止めた。


 横抱きに抱えられている少女は袖を口元にもってきてふぁ…と小さな欠伸を漏らした。


「…早く落ちすぎてつまらない。もういないの…?」


 不満そうな声にジュホウが笑った。


「ひひっうちの姫さんは随分と強欲でいらっしゃる…」


「ゴルゴリアンの王子たちはどうしましたか?」


 テンコウが尋ねると少女は上を指差した。

 その小さな指先を追ってテンコウとジュホウがつられて上を見やれば、割れた天窓の外でなにやら大きな物体がゴソゴソと動いている。


「…あの子が…食べてる」


 再びジュホウが笑った。


「姫さんだけじゃなく、機獣の方も強欲とはねぇ…ひひっおっかないおっかない」


「ではもうここには用はないですね。ジュホウ殿、竜海扇(タッカイセンは持ちましたか?」


「勿論さね。ほらよ」


 ジュホウは青く澄んだ魚の羽のようなもので出来た扇を取り出し見せた。

 それを確認しうなずいたテンコウは散らばる多くの屍には目もくれず、少女を優しく抱きかかえたまま扉へと足を向けた。


「次は何処…?」


「そうさね、海を渡ってアルライツへ上陸…とあそこには確かザザ族の里があったね。まぁあんなの潰すうちにも入らない雑魚だがね…ひひっ」


 ジュコウの言葉を引き継ぎ、こともなさげにテンコウは微笑して呟いた。


「次は…リリュですよ」





                        *








 ゴウゴウと強く吹き荒れる風の音が耳障りでは合ったが身に吹き付けてくる風は何とも気持ちの良いものであった。

 祖国を出発しセンチュア大陸を南下し始めて4日が立つ。

 今、トリスを筆頭とする"紅軍”とチェーチの"白の軍"に飛空挺はザーゴやセトよりも南にあるルーイ共和国上を通過していた。

 先程、共和国より来訪した大使たちと空の上での会談をすませ、共和国の”ほんの気持ち”として差し出された数々の食糧の中に入っていた林檎を一つ頬張りながらトリスはデッキへと出た。

 まばらに雲が広がり所々に間隔をとって飛空する別艦隊が見える。

 時間も刻々と過ぎて行き地平線には空を真っ赤に染め上げる程の美しい黄土色の夕日が沈みかけていた。


「グランディ」


 ポツリと呟いた主に応える様に額飾りの紅い石が淡くほのかに光った。


『美しい夕焼けでございますな主上(マスター)


 半ば一心同体と化している主と機獣だからだろう。

 グランディはトリスの思考を読み取り言葉を石の中から紡いだ。


「これ程までに価値あるものが目の前にあるというのに…人は愚かだな」


『主は戦がお嫌でしょうか?』


 ふっとトリスは笑った。


「さてどうだろう?確かに命が無暗に消える戦は好きではない。しかし今の"私”にとって"戦”こそが安息の地であることもまた事実。勝たねば手に入れることもままならぬこともまた然り…本当に人間は不思議なものだ」


『真に主のいうとおりならばこの世ももっと美しくなりますでしょうに』


「そうかもしれんな………ん?」


 ふっと眉を顰める。


『主?』


「…風の匂いが変わった…」


「陛下!!」


 デッキへと続く扉が開け放たれロウが顔を出した。


「どうした!」


 風が強いので自然と大声になる。

 中へお入り下さいとロウがいうのでトリスは夕日に背を向け中へと入る。


「何があった?」


「東海岸、ルクライツアにて戦闘が開始されました」


「相手の戦力は?」


「船体総数300、飛空艦総数200、およそ5万の大部隊です。主力部隊と見られます」


 ちっとトリスは舌打ちをする。


(読みが外れたか…?)


「わかった。全艦に伝えろ。旋廻して進路を東にとるぞ」


「はっ」


「陛下!!」


 ロウが駆け出そうとしたところに今度はアスクが飛び込んできた。


「今度は何だ?」


「リリュが―・・っ」


「アスク落ち着け」


 ロウにいさめられ姿勢を立て直すとアスクは礼をとってこう伝えた。


「リリュが"猛る神の海”より現れたモーティアと思われる一師団に奇襲をかけられました」




                       *





『『全艦、全速前進!機獣隊出撃準備!』』


「グランディ機出るぞ!」


「ハッチを開け!2分後に射出するぞ!それに続いて主力隊射出だ!」


「急げ!」


 艦内に響き渡る怒声、行きかう兵士達。

 その中をトリスは駆け足で進む。


「ロウ、アスク。両副将軍は私とともに来い。チェーチのほうは?」


「既に待機済みです」


「しかし陛下自ら先陣をきられなくとも―・・」


 しぶるアスクにかまわずトリスはすでに待機させていたグランディにとびのった。


「リリュを攻めるモーティアの師団はどこといった?」


「黒の旗に赤の線が入っておりましたのでおそらくはモーティア第26武団かと…」


 すっとトリスの瞳が細められる。


「それは裏切り者(あいつ)の武団だそうじゃないか。私が出ずに誰が出る?」


「それは―・・」


「ぼやぼやしていないでさっさと準備をしろ」


「…はっ」


 双子も左右に移動し、準備されていた鎧型機獣を纏う。


「行けるかグランディ?」


『この前のような情けない姿はお見せいたしません』


「ふっ…いいだろう。リリュまで飛ばすぞ」


 グランディの背中、丁度トリスが乗っている部分がぐにゃりと歪みトリスの足腰を包む。


『固定完了いたしました。しっかりとお掴まりください』


「ロウ、アスク!!」


『ロウ副将軍ラドルフ機完了です!』


『アスク副将軍リドルフ機完了です!』


『『第7ハッチ解放します。』』


 冷たい風と雲が勢いよく中に吹き込んでくる。


「グランディ機、出るぞ!」


 グランディがカタパルトを使い艦隊から飛び出すと同時に足元から熱風を出して速度を上げる。

 それに続くようにして紺色の機獣2体も空を切るようにして飛びでた。


 日はいつの間にか沈みきり夜が辺りを支配する…




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