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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
13/26

出立前

「さて、(モーティアは何処から攻めてくると思う?」


 盤上の駒を細長い指でつまむと前に進める。


「まずは―・・」


 老人が自身の駒を進め"将"を一つ打ち倒した。


「港…からですな」


 トリスは盤をみて苦い顔になる。

 戦況が不利になった。


「やはり周りから攻めるか、定石だな」


「左様、わが国はこのセンチュア大陸の最北端に位置致します。

西北東を生みに囲まれそして東には霊峰バジルが聳え立っておりまする故、海を渡り直接空からこようとしてもあの山脈をこえるのは至難の業。まさに自然の要塞といったところですな。

それならばやはり大陸の南から攻めいってくるのが妥当かと」


「確かに、普通ならばな」


 新たに駒を進め"将”を打ち返す。

 老人―・・十将軍の長老は考えることもなく素早く次の一手を打つ。


「むっ」


「まったはなしですぞ、トリス様」


 深い髭の間から長老の含み笑いが聞こえてくる。


「わかっている」


 多少むっとしながらも次の手を考え始める。


「先立っての奇襲のような真似は二度とできますまい」


「無論だ。同じ手など使わせてたまるか―・・港は何処から攻めてくるかな?」


「ルクライツア、バッチィ、ザーゴ、ゼット…」


 センチュア大陸の南東の海岸に位置する四国の名前が挙がる。

 その四国はラディア海を挟めばモーティア帝国と真向かいの位置に当たるー・・ただし向かい合っているとはいってもラディア海も船で渡れば一ヶ月、飛空挺で2週間はかかる。


「アーシェやリリュはどうなのだ?」


 センチュア大陸の南端の2国の名前を挙げれば長老はゆるゆると首を横に振った。


「可能性は低いかと」


「その理由は?」


 話しながらも双方はどんどんと駒を進めていく。


「この時期、あそこの海域は荒れまする」


 センチュア大陸南端の海域は、北にセンチュア大陸、南にアルライツ島ー・・モーティア帝国のある、蛇のように細長いセイファート大陸へはアルライツ島を渡ればすぐ目の前に見えてくるー・・西には"失われた半島"と呼ばれる諸島に囲まれており、ただでさえそれぞれの海流がせめぎ合うところでもあるというのに、春を過ぎた頃からは更にラディア海から流れ込んでくる暖かい海流によって大時化となる。

 ゆえにその海域は"猛る神の海"と呼ばれ、この時期に海を渡るものはいない。


「最南端のリリュやアーシェから攻め入るよりは例え海路が長くなろうとモーティアはラディア海を渡ってくるでしょうな。それにアルライツへと渡るセイファートの西にはモーティアに組しないゴルゴリアンがあります故ー・・あそこの王はモーティア嫌いで有名ですからな」


「………」


 考え込むトリスを尻目に長老は駒を進め…


王手チェックメイトですぞ」


「えっ?あっ…あぁっ!?ちょっ…待った!!」


「まったなしと申しましたぞ。フォッフォッフォッ」


 長老の高笑いに悔しそうにトリスは拳を握る。

 そこへチェーチが入ってきた。


「また負けたのかい?トリス?」


「何も言うな…いつまでたってもこの人だけには勝てんよ」


 トリスは椅子から立ち上がると長老もゆっくりと腰を上げ一礼した。


「いつでもお相手になりましょうぞ、女王陛下。御政務の方つつがなくなされますように」


「時間をとらせてすまなかったな長老、暇ができたらまた挑戦するとしよう」


 トリスは長老の軽口をかわすとドレスを翻してチェーチとともに部屋を後にしようとするが、ふと扉の前で立ち止まり顔だけを長老のほうへと向けた。

 -・・その顔にはすでに笑みはない、ただただ冷静なまでの"女王"の顔。


「長老、近いうちに招集をかける」


「御意」


 女王の言葉に、再び深く一礼する。

 扉が閉まっても暫くはそのままでいた長老はゆっくりとした動作で椅子へと体を沈めた。

 床まで届きそうな白く長い髭を何度も何度もなでながら盤を見つめる。


「成長なさいましたな」


 トリスの"王"の前で王手をした自分の"将"。

 トリスは気が動転していて気付かなかったのだろう…トリスの王の3つ右隣にあった"将"を動かす。

 それはななめ4つに進み、長老の"王"を"王手"した。


「危ない危ない」


 まだまだ連勝記録を破られるわけにはいかない、と長老は苦笑する。


「さて、私もそろそろ動くとするかの…」





                        *





「どうかした?」


 黙り込んだまま執務室へと急ぐトリスにチェーチは首をかしげる。


「嫌、別に。所で大陸南部の国々からの難民の数はどのくらいになった?」


「今のところこっちに流れてきているのはざっと五千くらいかな?沿岸からの女子供が多くてね。大陸内部からの難民は少ないよ」


「…戦が始まればもっと増えるな」


「そうだね…戦闘が激化される国及び地域の人たちには兵役についてるものたちをのぞいてカカザへと退避させる準備も進んでるよ。それに該当しなかった周辺地域から避難する人は西の森へといったようだね」


「西の森か…確かにあそこなら小国十個分の広さはある、深くまで行けば戦火も免れよう。しかしあそこは迷いの森。地元のものならまだしも他から来るものにとっては戦争よりも危ない場所ではないか?」


「そこらへんは大丈夫みたいだよ、地元民を案内として雇う人たちもいるって話だから。機獣石を買う人も増えたみたいだし、経済効果は少しあるみたいだね」


「戦はいつも金がついて回るー・・嫌なものだ」


 トリスは嘲笑すると兵によって開かれた執務室へと足取り軽く入っていった。

 部屋の中には妙齢の男性が三人と、墨のほうには顔のそっくりな青年が二人既に控えており部屋の主に対し一斉に礼をとる。


「姿勢を崩して結構、そうかしこまる必要はない」


 トリスが椅子に腰掛けると男性達はようやく顔を上げた。


「忙しいところ申し訳ない、待たせたか?」


「いえ、定刻通りでございます陛下」


 妙齢の男性の中でも一番体格の良い、黒と朱色のマントを羽織った男性が答えた。

 この男、名をジョー・ド・カルトリア・ラズベリアという。

 貴族の中でもきっての名家カルトリア家の主人でもあり先王の片腕として政をおこなってきた宰相であった。

 そして、あの(・・)事件で唯一最後まで部屋に居合わせて…そして只一人の生存者。


「宰相、もう起きていても大丈夫なのか?」


 彼の、衰えたとはいえ若い頃に散々鍛え上げた胸板には服に隠れてはいるが左肩から右腹にかけて深い刀傷がある。

 父母を守るために盾となった結果だ。

 幸い発見が早かったため治療魔法で回復こそしたが、つい先日まで彼は床に臥せっていた身。

 傷は相当深かったはずだ、こんなに早く起き上がれたのはまさに奇跡としか言いようがなかった。


「陛下の手厚いご行為と看病によりつつがなく復帰いたしました」


 宰相の口元には優しい笑み…だがあの日以来、その眼には憂いが宿るようになった。

 それはまるで泣いているようー・・何も出来なかった自分を責めてくれといっているようだ。


 トリスは宰相の視線をしっかりと受け止めると穏やかな笑みをつくり軽く首を振った。


(案ずるな)


 そう胸の内で呟き彼の瞳を見やれば、宰相はもう何も訴えようとはせず、そのまま頭をわずかに垂れさせた。


「さて宰相、ならびに大神官長、国務大臣。国の要に携わる三方に命ずる」


 再び声を掛けられた三人は軽く頭を下げ女王の言葉を聴く。


「私が不在の間の留守を頼む」


「!?」


 場に驚きと緊張が走る。


「陛下!!それはもしやっ―・・!!」


 国務大臣であるエンティア・ド・パシャマイン・サイヌは緑の瞳を大きく見開き吼えた。


「陛下自ら戦地へ赴かれるということですか!?」


「そうだ」


「なりません!!なりませんぞ!!」


 強く否定するサルティアの横で静かに構えていた老人が口を開いた。


「陛下・・・陛下は今やこのラクーシュの王なのです。十将軍のときとは違うのですぞ」


 ゴーソ・ド・ラクーシュ・シャシュ大神官長―・・トリスの大叔父でもある老人の言葉は重くトリスにのしかかるがトリスは大神官長の重圧を正面から受け止めた。


「十分承知している」


「いいえ陛下はわかっておりませぬ!」


「宰相」


 トリスは大神官長の言葉を無視して宰相を呼ぶ。


「ベリアントは元気か?」


 ベリアントは大神官長の娘姫と宰相の間に出来た子息であるー・・確か今年で十を迎えたはずだ。

 何故今自分の息子の名が出てくるのかと宰相は眉を顰めると同時にすぐにトリスの意図に気付き声を荒立てた。


「陛下っ!!それはいかに陛下のご命令とあろうとも―・・っ!!」


「カルトリア宰相」


 静かに名を呼ばれ宰相は思わずピタリと止まる。

 トリスの赤い瞳が静かに燃えていた。


「―・・王命だ」


 成人もまだの女王の言葉と視線に耐えかねて宰相は力なくうなだれる。

 幾分かその瞳に宿った炎を抑えると、トリスは仕方がないだろう?と首を傾げて見せた。


「これもラクーシュの血を絶やさぬためだ、馬鹿な貴族共が何を言おうと気にするな。私はベリアント・ド・カルトリア・サダを現時点でのラクーシュ王国第一王位継承者とする。ベルトリアの後見人はサルティア国務大臣に任せたいのだが…サルティア、異存はないか?」


「陛下の…御心のままに…」


 サルティアの返答にトリスは満足そうにうなずいてみせる。


「後のことはそなたらにまかせた、カカザとの交流もつつがなく進行せよ。あちらは第二王太子マティアス殿下が代表としてこちらに来られる。彼と仲良くやってくれ」


「畏まりました、陛下」


 女王の意思を動かすことは不可能、そう悟りうなだれる三人にくすりと笑いかけた。


「そんな顔をしてくれるな、そう簡単に死にはしないさ。私はそなたたちを信じている、だからこそこの国を任せるのだ」


「陛下…」


「私は国の思いに答えよう。必ず勝利を掴み姉上を取り戻す」


「はっ」


 トリスの思いが伝わったのか、三人の顔に生気が取り戻されたように思えた。


「私が言いたいことはそれだけだ。さがってよいぞ」


 深く一礼すると三人は退出していく。

 一番最後にでていこうとした大神官長がふと振り返り顔の前で右手を上下に2回左右に3回ふる。


「そなたにライツオーネの光がふりかからんことを」


(大叔父上…)


 大神官長はふっと笑うと一礼して場を後にした。


(ありがとうございます)


 トリスは見えなくなった大叔父の背中に頭を下げる変わりに数秒眼を伏せた。

 暫く部屋の中に静けさが戻ったがトリスはそれを打ち切るように素早く席を立った。


「チェーチ、お前も支度をしろ。すぐに出るぞ」


「了解!じゃっ又後でね~」


 チェーチはひらひらと手をふると部屋を退出する。


「ロウ、アスク」


「「はっ」」


 部屋に残った双子ー・・サファイヤの瞳が兄のロウ、トパーズの瞳が弟のアスクというー・・が敬礼とともに、執務室の更に奥にある部屋への扉を開けた。

 トリスはその中に吸い込まれるようにはいっていくと国王のマントを脱ぎ捨てた。

 それが床に落ちる前にロウがうけとり、アスクは扉を閉める。


「艦隊の準備は出来ているか?」


 重い王冠もはずし紅い髪を撒き散らす。


「まだ積荷の作業が終わっておりません」


「急がせろ」


「はっ」


 次々と公務用のドレスを脱ぎ始めるトリスに動じることもなくロウが応えた。


「整備は?我が隊の準備は出来ているんだろうな?」


「つつがなく」


 アスクのほうもトリスの着替えを手伝い始める。


「十将軍の状況をもう一度報告しろ」


 薄茶色の軍使用の飛行服を纏い、黒いズボンと膝まである赤いブーツを履いていく。


「メジィ将軍亡き後新任いたしましたウィ将軍率いります"鋼の軍"、長老グロック将軍率いる"銀の軍"、ファティマ将軍率いる"白金の軍"は国境地帯に配置されたまま第一戦闘態勢で待機。

サローク将軍の"鉄の軍"クレント将軍の"水銀の軍"レジラ将軍の"兜の軍"は先発隊としまして大陸南部へと降下中。

メシー将軍の"黒炭の軍”は、メシー将軍を含む隠密部隊"遊子"が諜報活動及び伝達役として各地へ散らばり、本隊はレノ副将軍に率いられ先発隊の援助へと向かいました。

コラント将軍の"道の軍"は各隊を大陸内部に配置して後方援助に向かっております。チェーチ将軍の"白の軍"、陛下の"紅の軍"は正午王都を出発の後大陸南部へと向かいますが」


 ふいに言葉をきったロウにベルトをつけていたトリスは首をかしげる。


「どうした?何かあったか?」


 ロウは訝しげに主君に尋ねる。


「何故目的地がリリュのエルモ海岸なのでしょうか?先発隊はラディア海に面したルクライツアやザーゴに向かいましたのに」


 リリュはこの大陸の最南端の小国だ。

 国の北にはアーシェ国があり南は"猛る神の海”がある。

 その”猛る神の海”の西には"失われた半島”があり、南にはアルライツ島がある。

 そしてアルライツア島の更に東にはモーティア帝国を含めた8つの国が所属する西から東へと細長く広がるセイファート大陸がある。

 モーティア帝国はセイファート大陸の東にありラディア海を挟んでルクライツアなどと向かい合っている。


 ラディア海は広い。


 その間、周りには何もないわけだからかなりの蓄えをもって進まなければならない。

 かといってセイファート大陸を西へと進み、アルライツ島に渡り"猛る神の海"を越えるにも最後の難所が強敵だ。

 更にアルライツ島を目と鼻の先に持つゴルゴリアン国はモーティア帝国と反りが悪く唯一セイファート大陸内の国でもモーティアに組していない国でもある。

 仮にそれを突破できたとしても長老が話したとおりこの時期の"猛る神の海”は磁気や嵐が凄くとてもじゃないが渡りきれるものではない。

 それならば労力はかかるがやはりラディア海を渡ってくるしかない、と先だっての長老との話し合いでも結論は出たはずだったが…


「勘だ」


 トリスの中の何かが叫ぶのだ。違う、奴らはー・・あの男(・・・)は絶対に…


「…は?」


「勘…ですか?」


 主君の発した突拍子のないセリフに双子はしばし唖然とする。


「そういうことにしておけ」


 不敵な笑みで語りかけてくる主君に双子ははっとする。

 こういう顔をするとき紅姫とよばれるこの主君が言うことは不確かなことが多かったが、確実に確信づいていてそして得た結果は全くその通りになるのだ。


「「畏まりました」」


 忠実な配下である双子に笑いかけると着替え終わったトリスは剣を帯刀し、髪を結い上げる。


「出陣だ」





沢山名前が出てきてますね…地名とか人名とか…

何で将軍10人も作ったよ!と昔の自分に問いたい…まぁ削るつもりはありませんが。

今度人物紹介でも作ります。

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