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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
12/26

武闘大会

 モーティア帝第21子ラウは憤りを感じていた。

 まだ太陽も中天まで昇りきっていないというのに酒を仰ぐ。

 度数の強い酒が喉を焼くがそれが胃の腑に落ちていっても苛立ちは収まることがなかった。


(それもこれもあいつのせいだ―・・!!)


 ラウはつい今しがたおこった出来事を反芻していた。

 武闘会が帝王によって始まりを告げられた後、各自の控え室へと向かう途中あの弟に出会ったのだ。


(忌々しい妾腹の子供めがっ…!!)


 妾腹ごときの腹から生まれた卑しい身分でありながら、私以上に容姿にも優れ政務にも優れ、何かと鼻につく弟宮は初戦で当たる相手だった。

 共もつれずに歩く弟に自分は皮肉気に行ってやったのだ。


『初戦でお前のところと当たるとはな。おぉっそうであった!闘うのはお前ではなかったな。

てっきり相手がお前だと思って我が団が誇る副将(バチョウ)を出場させてしまった…いや、お前の部下には悪いことをしたな』


 モーティア帝国五十武団の中でも一、二位を争うほどの猛者たちを抱えた第十九武団を相手に勝てるわけがない、と僅かばかりの哀れみを含めて嘲笑う自分の声にまじって追従する取巻きたちの含み笑いが回廊に響く。


 しかしカルジは顔色を変えず、口元にはわずかな笑みを湛えながらいったのだ。


『いえ謝るのは私のほうでございますよ兄上…バチョウ殿には大変申し訳ないことをした』


 あの男はそういうとそのまま失礼といって横を通り過ぎていったのだ。


(勝つ気でいるのだっあの男は!!)


 ラウは荒々しく器を机にたたきつけると目の前で準備をしていた屈強な副将軍に笑って見せた。


「バチョウよ、せいぜい叩き潰して来い。あの妾腹の子に、我が第十九武団の恐ろしさたっぷりと味あわせてやるが良いさ」


「はっお任せください」


 副将軍は敬礼すると機獣石から緑色の機獣を呼び出しそれを身に纏うと、控え室から闘技場へ直接通じている大きな門をくぐっていった。


「さて、我々は高みの見物とでもいこうか」


 ラウは笑った。

 これでカルジの部下をこてんぱんに打ちのめしたら少しは気が晴れるであろうか。








『西陣より。デュア・ド・モーティア・ラウ殿下率いる第十九武団副団長バチョウ・ド・セイ・ランティア、前へ』


 西側のゲートより緑色の機獣に身を包んだバチョウ副団長がでてくる。

 身の丈4ツィートはあるであろうその巨体に観客席がどよめく。


「ほぅ…あれが"巨漢のバチョウ”か」


 モーティア帝はグラスを片手にそれを見つめる。


「そなたの国にはあれ程の”鎧型”機獣はいたか?」


 帝王は左隣に座るセリスい言葉をふる。


「…生憎と軍事の方には関わっておりませんでしたので存じませぬ」


 微笑みすらもその美しい顔にうかべず淡々と答えたセリスに帝王はくつくつとのどを鳴らした。


「―・・お前の戦士は果たしてあれに勝てるのか」


 話を切り替え後ろに控えるようにして立っていたカルジに帝王は言葉をかける。


「さて?それはご自分の目でみていただければわかりますかと」


「ふっ生意気な」


『続いて東の陣より―・・』


拡声魔法によって場内に響く声に人々は静まりかえる。


『カルジ・ド・モーティア・グリセトン殿下率いる第二十六武団中隊長――・・ミア・フジモト』


「!?」


 聞きなれない名前に人々はどよめきセリスは知っている名故に思わず席を立ってしまった。

 

 東側のゲートより一人の少女がすたすたと出てくる。

 赤い袴と薄桃の衣ー・・モーティアの成人前の貴族の少女が纏う様な格好だ。

 

 幼さが抜け切らない少女の姿に、ざわめきと失笑が場を支配した。


「カルジの奴、気でも狂いおったか?」


 ラウは笑いをこらえ思案に暮れる。

 …いや、もしかしたら所持している機獣が凄いのかもしれない。


『両者、かまえ―・・始めっ!!』


 場が再び静まり返る。

 バチョウはその場にとどまりミアの出方を待っている。

 美阿はゆっくりとした動きで懐から機獣石をとりだした。


 その色は茶色。


 それを見た人々が笑いの渦を作った。

 バチョウも笑い始める。


『どれだけ凄い機獣石がでてくると思えばっ!茶石(コルト)だとっ!?下級の機獣しか呼び出せぬではないかっ!』


 バチョウは背につけていた槍を掴むと美阿に向かっていった。


『憐れな娘よ、せめてもの慈悲だ、一瞬で終わらせてやろう』


 土ぼこりが巻き上がり巨体が美阿の元へとやってきた。

 振り下ろされる槍。


「きて」


 美阿の小さな声は轟音と巻き上がる砂埃でかき消されてしまった。


 と。


『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?』


 美阿のいた所を中心に風が舞いおこり続いてバチョウの叫び声がこだまする。


 煙の晴れたそこにあったのは三つの影。


 美阿は先ほどと一寸も変わりなくそこに立っている。

 その前にはコルトの機獣石から呼び出されたであろう、かろうじて人型をたもっているごくごくありふれた形の機獣の姿。


 …そしてその機獣の前には膝から下を失ったバチョウが倒れていた。


「なんと!?」


 これには帝王も驚きの声を上げていた。

 機獣を纏ったその両足からは緑色の体液が流れ出、その鎧の下からはさらに苦痛に満ちた声が地響きのように上がった。


『くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』


 さすがは精鋭中の精鋭、第十九武団の猛者共をまとめる副団長、痛みに耐えそれでもなお上半身だけで起き上がり槍を目の前の茶色い機獣に突き立てようとする。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 だがそんな彼の抵抗もむなしく、美阿の機獣はその肩をいとも容易く粉砕していた。

 バチョウの声がだんだんと弱くなりやがて纏っていた機獣が消え、後には汗まみれで失神しているバチョウが倒れているだけとなった。


『しょっ・・・勝者っ東の陣ミア・フジモト!!』


 ワァァァァァァァァァァァァァ―


 一歩遅れて場内に歓声が上がる。

 そんな歓声には応えようともせず美阿は機獣を元に戻すと東のゲートへと歩いていった。


 と、そこにはいつのまにかカルジが立っていた。


「殺してはないですよ、機獣の方を壊しただけだから。それでよかったですよね?」


 瞳がうつろな美阿のあっさりとした口調にカルジは満足気にうなずく。


「えぇ、上出来です」


「…でもつまらない。殺しちゃいけない(・・・・・・・・)なんて」


 まるで表情というものがないその顔でぼそりと美阿は呟いた。


「大丈夫ですよ、すぐに本当の戦場にいけるようになりますから」


 そんな美阿の様子にカルジはー・・心の底から満足そうに笑うのだった。

 それはいっそのこと残酷なまでに…







(ほっ、あれがあやつの”秘蔵”か…)


 帝王はほくそ笑むと横目でセリスをみやる。

 あの娘の試合になるたびに白い顔が更に蒼白になっている。

 先ほどの初戦でいきなり立ち上がったことにも驚きはしたが…成程、どうやらあの娘とは何かしらつながりがあるらしい。


「見事な闘いだな。の娘は。屈強な大の男達がかるがるとまかされておるわ」


 帝王の言葉にセリスがピクリと体を揺らして反応するが言葉に返ってこない。

 再び歓声が上がる。


「ほぉ…カウサまで倒しおったか。くくっあっというまに決勝よ」


 小さく息を呑むのが聞こえた。


「さてどうだ、ラクーシュの巫女姫よ。そなたの婿が決まるぞ?」


 セリスがようやく重い唇を動かした。


「…捕虜の身である私に何が言えますでしょうか」


 その言葉に感情はない。

 感情がない故に震えているのが伝わってくる。


「…それはそうであったな」


 にやりと口元を吊り上げる。


「それはそうと…巫女姫は知っておいでかな?」


 大歓声とともに決勝が始まる。


「何をでしょう?」


 現れる2体の機獣。散る火花。


「そなたの妹御のことだ」


 片腕を食いちぎられた蒼い機獣が耳障りな甲高い叫び声をあげる。


「妹が…どうかいたしましたか?」


 茶色の機獣が腕を一本斬られる。


「女王になったそうだ」


 だが美阿も機獣もまったく動じなかった。


 斬られて宙にはねあがった自らの腕を残った腕で掴むとそのまま勢いよく前へ突き出す。


ドスッー・・


 硬い外殻を破り肉に突き刺さる音がやけに耳に付いた。


―・・ヴぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ


 突き破られた前後二つの穴から体液をたらしながら叫ぶ機獣のくぐもった悲鳴が五月蝿い。

 一歩遅れて鳴り響いた歓声も五月蝿い。


 今…何といった…?


 セリスが?

 女王?


 ならば―――――・・ならば父君と母君は…


 今この瞬間、セリスの心の中は憎しみと自分自身に対する苛立ちで一杯だった。


 父も母も死に、そして今、遠い祖国の地で最愛の妹は女王という責務に立たされている。


 自分は敵国に囚われ金の使徒を導くことも…そして自害することすら許されない…


 あぁ!何という…っ!


『―・・勝者!!ミア・フジモト!!』


 無情にも拡声魔法によって大きく勝者の名を告げたその声にただただセリスは打ちしがれることしか出来なかった。


 あぁ神よ―・・何故…




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