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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
11/26

( 何なのだアレは一体…!?)


 モーティア帝国第17子サレド・ド・モーティア・エクセレンドは驚きを隠すことが出来なかった。

 今、自分が見てきたモノは夢ではないのか、と思うくらいに体の震えが止まらない。


(カルジ…お前は一体この国を…っ世界をどうしたいというのだっ…!?)


 サレドは父帝の横で悠然と笑う弟の姿に戦慄を覚えた。





                        *





 カルジはその日の午後、モーティア帝に呼び出されていた。

 公式の謁見ではなく非公式のしかも帝王の自室にて二人での対話だ。


「ラクーシュの巫女姫を手に入れたようだな」


 見るものを圧倒する顔、その眉間に更にしわを深くしてモーティア帝は息子に尋ねた。


「もう抱きはしたか?」


 冷酷かつ独裁政治を行い息子皇子たちや家臣からも畏怖されるモーティア帝を目の前にしてカルジは平常である。

 彼はあっさりと応えた。


「えぇ」


「アレを妻にと望むのか?」


「出来ることなら」


「他の皇子たちがだまってはいないだろうな」


「でしょうね」


「ではどうする?」


 モーティア帝の探るような眼を正面から受けながらカルジは婉然と微笑んだ。


「武闘会を開きませんか?」


「何?武闘会だと?」


 突然のこの提案にはモーティア帝も虚をかれたらしい。


「はい。私の密偵によれば今ラクーシュは戦の準備に追われている様子、我が帝国の士気をあげるためにも武闘会を開かれた方が宜しいかと。

"優勝者にはラクーシュの巫女姫を妻に与える”とでもすればよりいっそう盛り上がるのでは?」


「皇子同士が戦うのか?」


「まさか。我が帝国には50の武団があり、50の将軍がいる。そのうち35の将軍が皇子だ。参加するものは"将軍”が選びし配下の者。選りすぐりの兵どもを競い合わせれば兵士同士の対抗心も相成って全軍の能力も向上することでしょう。

それに今どこの団がどの程度の力を要しているのかはっきりとわかれば戦の際の陣式にも役に立つのでは?」


 モーティア帝はふっと笑った。


「良いだろう、早速触れをだそう。開催は明日の正午だ…しかしお前の提案なのならば無論、勝つ気があるのだろう?だがお前が出るというのなら面白くもない。私を楽しませてくれるようなお前以上の使い手がいたか?」


「えぇ帝王、おりますとも」


 カルジが楽しそうに笑う。

 その眼は策士の眼。


「明日は私の秘蔵の駒をお目にかけてみせましょう」




                      *




「カルジ!!」


 時は夕刻。帝王との密談から三刻ばかり過ぎようとしていた頃であった。

 茜色に染め上げられた御殿の渡り通路を歩いていたカルジは後ろから自分を呼ぶ声に立ち止まり振り返る。


「…サレド兄上?」


 儀礼用の白い服に身を包み、乳白色の短髪を一房だけ長く伸ばし三つ編みにするモーティアの成人男性特有の髪型の男-・・嬉々として駆け寄ってくるのはカルジの17番目の兄・サレドであった。

 カルジは軽く一礼する。


「ご無沙汰しております、サレド兄上」


「相変わらずだなお前は、こうして生身で会うのは10年ぶりか」


 温和な兄の顔にカルジも微笑をもらす。

 数多い兄弟の中で唯一カルジが心許せる数少ない人間の一人がサレドであった。

 知らずその笑みも自然なものになる。


「兄上もお変わりないようで、今日はご公務で?」


「あぁ、まぁ立ち話もなんだ、時間があるなら私の棟へ来ないか?公務の間は"瑠璃の宮”に仮住まいをあたらえられている」


 二つ年の離れた兄の言葉にカルジは”お言葉に甘えて”と答え、"瑠璃の宮”へと足を運んだ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 瑠璃の宮へと踏み入れば、一人の女性が二人を出迎えた。

 それといって美人というわけではないが愛嬌のあるかわいらしい顔立ちをしている。


「妻のリュメイだ。リュメイ、弟宮のカルジ…"幻の漆黒の君”だよ」


「まぁ」


 リュメイは裾で口元を隠すと少し頬を赤らめた。


「お会いできて光栄ですわ、カルジ様。あら、でもまぁ大変。女官達が騒ぐ前にお部屋に案内あないしなければなりませんわね。どうぞゆっくりなさってくださいまし」


「お気遣いなく」


「リュメイ、茶を私の部屋に」


「はい、旦那様」


 リュメイはにっこりと笑うとそそくさと奥へと下がっていった。

 兄とともに棟の奥にある兄の私室へと向かう。


「兄上…先ほどの妙な呼称は何です?」


 椅子に腰掛け当惑気味に聞いてくる弟にサレドは苦笑した。


「お前のあざ名だよ、聞いたことはないか?」


「いえ初耳です」


「若くして将軍職に就いたが任命式以来人目に出ることはなく"幻”といわれ、武団の色は漆黒、そして任命式に見せた麗しい顔。婦人や女官達が騒ぐのも無理は無いさ。お前にぴったりのあざ名だと私は思うがな?」


 茶化すような兄の言葉にカルジは呆れたようにはぁ、と溜息をついた。


「どうした?嬉しくは無いのか?」


「…迷惑なだけですよ」


「贅沢な奴だな」


「そうですか?」


「そうだとも」


 楽しそうににやりと笑うサレドにカルジはしょうがないなというふうに苦笑した。

 と、そこにリュメイが茶を運んできた。

 香りのよい茶が茶器から湯気を立てている。


「まぁ、何を話していらしたのですか?楽しそうですわね」


「我が弟宮はお前達のつけたあざ名がお気にめさんらしい」


 あら、とリュメイは眼を見開く。


「良い名だと思いますのに、囃し立てられるのはお嫌いですかカルジ様?」


「えぇ、あまり」


 少し申し訳なさそうに答えたカルジにリュメイはホホホと笑った。


「無理をなさらなくても宜しいのですよカルジ様。でもこれからはもっと騒がれるでしょうね。何せ10年近くも人前におでにならなかったのですもの。女達が放っておくわけがないですわ、お気をつけ下さいまし」


「お手柔らかにしていただくのを願いますよ」


 ふふふっと楽しそうに笑うとリュメイは一礼して退出していく。

 そのリュメイの後姿を愛おしそうに見送る兄宮にカルジはふっと笑みをこぼす。


「素敵な奥方ですね、確かご結婚なされたのは4年前でしたか…」


「あぁ、リュメイは本当に素晴らしいよ。私には勿体無いくらいにね」


 ふと、サレドは人の悪い笑みをこぼした。


「いくら女泣かせのおまえとはいえやらんぞ?」


「まさか、兄上から奥方をとろうとしたら後が怖いですからね。そんな無謀なことはしませんよ…と、誰が”女泣かせ”ですか」


「ははっ、まぁ事実なんだから仕方ないだろう?お前を思ってどれだけの女性がこの10年恋焦がれたと思っている?」


「さぁ?」


「全く罪作りな奴だ…あぁ、そういえば先ほど帝王からこのような書状が届いたんだがな」


 サレドはそういうと傍らにおいてあった書簡を一つ広げてみる。


「帝王も突然酔狂なことをなさるものだ。全ての皇子と将軍に届けられたらしいが…お前は参加するのか?」


「えぇ」


 いつの間にか日が沈み、部屋は紫色へと染まっていくと、燈籠に魔法によって自動的に火がともされて辺りをぼんやりと照らしていった。

 その中でサレドの瞳は目の前に座る弟宮の考えを読み取ろうとするように揺れた。


「ラクーシュの巫女姫といえばお前が連れてきたそうだな。この話…父上にもちかけたのもお前だろう?」


「よくお分かりで。兄上はご参加なされないのですか?」


「馬鹿を言うな、私には愛する妻が一人いればいい。まして文官だぞ、私の配下には書に通ずるものしかおらんよ」


カルジの冗談にサレドはくくっ笑った。


「しかし勝算はあるのか?私はお前の第二十六武団の部下達をしらないからよくわからないが、第二武団や第十九武団のように精鋭ぞろいの武団はいくらでもいる。お前が直に出るならまだしも配下の者同士ならば力の差は」


「兄上、ご心配なく」


 カルジはサレドの言葉をさえぎると最後の一杯を飲み干したちあがった。


「カルジ?」


「明日を楽しみにしていてください、とても面白いものをお見せいたしましょう。お茶をご馳走様でした、今日はこれにて失礼致しますよ」


「あ、あぁ…」


 カルジは深々と一礼すると瑠璃宮を後にする。

 サレドはそのカルジの後姿をただ見送ることしか出来なかった。




                       *




 月が中天にさしかかる。

 セリスは満天の星空を欄干に座り見上げていた。


ニャァ―・・


 小さな声に視線を落とせば頭に挿してある簪がチリンと音を立てた。

 髪も服もすべてモーティア式に飾られたセリスは白い指をそっと差し出す。


 影の中から出てきた黒猫はその手に身を摺り寄せてきた。


 そっと猫を抱き上げるとセリスは黒猫のあご下をなでながら再び空を見上げる。

 青白く光る月の南西に燃えるように赤い星が浮かんでいた。


 南東には光る金の星。


 しかしその金の星は半分黒い影に覆われつつある。


「…金は囚われ赤の星に向かうことかなわず。だが赤の星は他の星に導かれ東に進む…赤の星がこのままゆけばあるいは」


「”あるいは”…何です?」


 背後に音もなくそっと忍びよってきたカルジに驚きもせずセリスは頭を振る。

 チリィンと再びなる簪の音が心地良い。


「…いいえ、何でもありません」


「そうですか…冷えますよ、こちらに」


 カルジに手をとられ身を起こすと腕の中にいた黒猫はそこから抜け出しセリスがいた所へ座りなおした。

 そのまま彼の手に導かれ部屋の中へと入る。


「また、無益なことをなさるそうですね」


 寝台に座らされ長く口づけをされた後にセリスは伏せ眼がちに呟いた。


「何故?無益などではない、勝てば正式にあなたが手に入る」


 首筋に口付けを落としセリスの体とともに体を寝台へ沈めた。


「愚かなことを…」


「何とでも」


「あ…」


 白い吐息が闇に浮かぶ。


 



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