表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/31

第六章:声が街を変えていく

夏の終わり、重たく湿った風が吹き抜ける午後。

 その風に押されるように、未来は折れかけたチラシスタンドを立て直していた。


 「ねえ、これ本当に人来るかな」


 貼り終えたポスターの角を指で押さえながら、未来がぽつりと漏らす。


 「来るっすよ。前よりバズってたし、年配層にも届いてる感じだったし」

 鳥居はスマホをいじりながらも、どこか自信ありげだった。


 未来はふっと笑う。「“感じ”ね。……その“感じ”が、今いちばん怖い」


 そのときだった。


 「おい、ちょっと」


 乱暴に張り紙をはがす手が目に入る。振り向けば、腕章を付けた男が数人。

 その後ろには、公民館の管理人が小さくうつむいて立っていた。


 「この集会、許可おりてないから。撤収してくれる?」


 淡々と、しかし強引な言い方だった。

 未来は驚きに目を見開きながら、胸ポケットからコピーを取り出す。


 「いえ、ちゃんと許可は——」


 「形式と実際は違うんだよ。最近“トラブルが起きる可能性がある”ってことで、町内会から注意されてるんでね。こういうの、困るんだ」


 「……誰が、そんな注意を?」


 鳥居の問いに、男たちは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 空気は一気に重くなる。通りすがりの住民たちも、気まずそうに目をそらしていった。


 沈黙があたりを覆った、そのとき——


 「よう、随分強引なやり方じゃねえか」


 割り込んできたのは剛だった。作業着のまま、鋭い目つきと分厚い腕で間に立つ。


 「許可証はここにある。写しも本物も。しかも、今日は地元紙の記者が入るって伝えてある。……中止にするってんなら、それ相応の理由を、そっちが持ってこいよ」


 剛の隣には、たしかに記者らしき若者の姿があった。

 男たちは明らかに焦った顔になり、舌打ちするように踵を返して去っていく。


 張り詰めた空気が、ようやくほどけた。


 「……剛さん、やば、かっこいい……」

 鳥居が感嘆すると、剛は無言のまま、ちらりと肩越しに振り返った。


 「準備が遅れてんだ。会場、急げ」


夕刻。

 会場には、思いのほか多くの人が集まっていた。

 顔ぶれはさまざまだ。仕事帰りの作業服のままの人もいれば、ベビーカーを押す若い母親、腕を組んでじっと見つめる年配の男性もいる。


 ――だが、全員が「何か」を聞こうとしていた。


 その空気を感じながら、冬馬は、マイクの前に立った。


 「……こんばんは。東雲冬馬です」


 マイクに少しノイズが乗る。だが、誰もそれに文句を言わなかった。


 「まず……ありがとう。今日、ここに来てくれたみんなに、感謝したい。

 俺たちは、正直、何の後ろ盾もない。ただの町工場の集まりみたいなものです」


 静かに、けれど言葉に芯を持たせて、続ける。


 「でも、俺には現場があります。泥まみれで働いて、汗かいて、日々を生きてる仲間たちがいる。

 そこで感じた“違和感”を、黙って見過ごすことはできなかった。

 “なぜ、こんなに制度が回ってないのか”“なぜ、誰も声を上げないのか”……その疑問の先に、今日の俺がいます」


 客席が静まり返る。


 「政治なんて、無理だと思ってた。けど、無関心でいたら、誰かが代わりに決めちまう。

 だったら、自分が立つしかねぇだろって……ただ、それだけの話です」


 力強い拍手が起こったわけじゃない。

 でも、いくつもの頷きが、ゆっくりと会場に広がっていった。


舞台の横で小さく息を吐いた未来は、マイクを受け取ると深呼吸した。


 「……私、高校三年生です。今、進路に悩んでる時期です。

 でも、将来を決めようとするとき、“この国で”って思ったときに、不安になったんです」


 言葉に詰まる。


 誰かが咳払いをした。空調がうなる音が耳に残る。


 「何か言っても、“子どもは黙ってろ”って空気がある。

 でも、今の世の中って、“何もしない大人”の方が多くないですか?」


 その一言に、会場がざわめいた。


 だが未来は、顔を上げて言った。


 「だったら私が、“声を出す子ども”になります。私だって、この街に“希望”が欲しい。

 誰かが“ここで暮らしてもいい”って思える場所にしたい。それだけです」


 拍手が、今度ははっきりと鳴り響いた。

 それは、遠慮がちなものではなかった。確かに、何かが伝わったという証のような音だった。


夜。片づけが終わった後、事務所の前で冬馬たちは麦茶の缶を囲んでいた。


 「……未来、すごかったな」

 冬馬が言うと、未来は「もうだめ、手汗で原稿ベタベタ」と真っ赤になっていた。


 「言葉って、すごいな」

 剛がぼそっと呟く。


 サクラノは、薄い月を仰ぎながら囁いた。


 「今日の声は、風になる。

 でも、それに火がつくかどうかは――これから、ね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ