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初めまして




 午後の柔らかな日差しが降り注ぐ学校の屋上にて、生徒が二人。仁王立ちをし、不機嫌さを隠すことなく自身の目の前に立っている生徒を睨みつけている女子生徒。人を殺せそうな視線を受け、なんとか場を和まそうとヘラリと笑う男子生徒。そんな二人の間を、風が吹き抜けていく。

「早速なんだけど、わたしに殺されてくれないかしら?」

「嫌です」

 突然の宣告に、作之助は淡々と言葉を返す。ここまで冷静に返されるとは思っていなかった透は目を丸くしたが、すぐににこやかに笑う。……誰が見たって、ただの作り笑いだ。

「そうでしょうね。でも残念だけど、あなたに拒否権は無いわ。……だけど、何も知らないで死ぬのは嫌でしょうから、理由は教えてあげる」

「理由は教えてくれるのか、ありがとな」

 素直に感謝する作之助に透は、顔を引きつらせる。今まで出会ったことのない人間(タイプ)なのは間違いないのだが、本当に目の前にいる男は人間なのか? もしかして宇宙人や、未知の生物なのではないのかと、作之助との距離を少し開ける。

 空気を戻すように、透は咳払いをした。

「この世界には“バランサー”と呼ばれる人がいるの。想像しやすい言葉で言うなら“霊能力者”“超能力者”“魔女”“魔法使い”なんて、胡散臭くて笑えるでしょ? でもね、横道一本それただけでも、そんな奴らで溢れている」

 その真剣な瞳には、嘘は一切ない。

「あなたは不運なことに、そのバランサーを見てしまった。――――――本当なら、一生関わることなんてなかったのに」

「はい、バランサーってなんですか?」

「はぁ……、ついでに、バランサーについても教えてあげる。あなたの出血サービスってことでね」

「あはは……」

 乾いた笑いを漏らす作之助を見て、透はゆっくりと瞼を閉じた。鼻から大きく空気を吸い込み、口からゆったりと吐き出す。目を開き、真っ直ぐに作之助を捉えた瞳は、陰りはただの一つだってない。

「表があれば、裏がある。――――――普段は表と裏は交わることなく均衡を保っているの。だけど、均衡が崩れれば表と裏は交わって一つになんてなれないのに、一つになろうと動き出す。その時に起こる最初の現象は、主にあなたたちが騒ぐ怪奇現象の類で、バランサーはその言葉通り“世界の均衡を保つ者”として、起こる現象を解決する者のこと。さっきも言ったけど、あなたはそのバランサーである―――」

「日向を見てしまった、と」

「そういうことよ」

 話は終わりだと言うように、くるりと作之助から背を向けた透の背中は少女(こども)というのは逞しく、女性(おとな)というには頼りなかった。

「今夜、学校近くのタコ公園であなたを殺すわ。――――――顔を洗って待ってなさい」

作之助を一人屋上に置いて去っていた透の背に、思わず言葉を返す。

「……そこは首だろ」

 もちろん返事がない屋上にて、ガシガシと後頭部を掻きながら作之助は教室へと戻って行った。




 教室に戻れば、興味を隠すことない数多の目が作之助に襲い掛かる。少したじろいだものの、何かを聞かれたわけではない作之助は、視線を無視して自分の席に座った。

「秋春~~~」

 捨てられた子犬のような鳴き声を上げて、机に突っ伏した作之助に隠すことなく名前呼ばれた秋春は溜息を吐き出した。

「どうしたのさ、日向透女史に告白でもされた?」

「………………」

 長い沈黙を秋春は静かに待つ。クラスメイトも、作之助の言葉聞き逃すまいと耳を澄ましている。

 もぞり、と作之助が顔を上げる。

「……告白はされてない」

 少し間の空いた返事に、クラスメイトは興味を無くし各々の会話に戻っていく。けれども秋春は、まわりのみんなの一体感に呆れたように肩をすくめながら、作之助に話の続きを促した。

「殺害予告された」

「念のため確認だけど、日向透さんに?」

「そう、日向透さんに」

 作之助の言葉を信じることができない秋春は、隠すことなく疑惑の視線を向ける。向けられた本人は、事実であるため真っ直ぐ受け止めた。きっかり三十秒見つめ合った二人であったが、先に折れた秋春は無言で作之助を殴った。

「イッタァ!!」

「……わかった、信じるよ」

「嬉しいけど、殴る必要ありましたか? 秋春さん」

「ごめん」

「言い訳、聞きますよ」

「いや、なんか、恥ずかしくなって……」

「あら~~~~~~」

 茶化す気満々の作之助に、無言で拳を振り上げる。慌てて謝れば、下げられた拳に安堵の息を吐き出す。

「それで、殺されるってどこで?」

「あー、確か、今晩に学校近くのタコ公園で殺されるらしい」

「………時間は?」

「………何時なんだろうなァ」

 そもそもの話、時間はともかく殺す宣言をされてノコノコ公園に行く奴なんていないだろう。もし行く奴がいるのであれば、よっぽど暇な人だけだろう。




PM 09:56


「はぁ………。俺、何してんだろうなァ」

 よっぽどの暇人であった作之助は、世間一般で言う夜と呼ばれる18時から学校近くのタコ公園のベンチで待ち人である日向透を待っていた。この公園はタコ公園の愛称で呼ばれているが、タコの模型は無い。この公園がどうしてタコ公園と呼ばれているかと言えば、公園の定番であるブランコの柱に誰が書いたのか小さく、可愛らしいタコのイラストが描かれていることに気づいた誰かから広まったのである。

 ――あと4分待って、来なかったら帰ろう。

 待つことに対して苦痛を感じない方である作之助であるが、時間も時間のため22時になったら帰ることにした。補導されることはないと思うが、めんどうくさいものは回避していきたい。

 もう一度スマホで時間を確認すれば、21時59分と光り輝く画面に表示された。何時に集合とは言われないまま、3時間も待ったのだ。怒られることは無いだろう。

 公園の出入り口に向けて歩き出せば、黒い影が公園へと飛び込んできた。その黒い影は呼吸が荒く、自身を落ち着かせるように大きく、深く呼吸をしようとしていた。あまりの慌てぶりに、黒い影に近づいた作之助は声をかけた。

「大丈夫ですか?」

 背中をさすろうと手を黒い影に伸ばした作之助であったのだが、「だい、だいじょうぶ、だいじょうぶです、から」と拒否する声を聞いて、触れる前に手は空中で止まった。

 肩辺りで切りそろえられた黒色の髪の毛が、つるりと目の前を滑る。初めて聞いた柔らかな声だった。作之助が聞いたことあるのは、ツンと突き刺さる縫い針のような声だけである。

「あ、いや、その……」

 歯切れの悪い作之助に、ゆったりと顔を上げたその人は目を大きく見開いた。

「月本作之助っ!!!」

 まるで親の仇の名でも叫ぶように、声を張り上げたのは作之助の待ち人である―――日向透であった。遅い時間ではあるが、まだちらほらと犬の散歩をしている人、ジョギングをしている人がいる。透のよく通る声に寄せられ、訝しむように公園をジロジロと見る。その中の一人が、スマホを片手に二人へと近づく。

「しーっ!! 近所迷惑だろっ!」

 咄嗟に言葉を返し、通報される前に透の手を引いては走り出す。

 どれだけ走ったのだろうか。約束の場所であったタコ公園からは、ずいぶんと離れたのは間違いない。二人は肩で息をしながら、冷たいコンクリートへと座り込む。自販機からわずかに聞こえる駆動音が少しだけ耳障りであった。

 先に落ち着いた作之助は、頼りない光放ちながら商品を見せる自販機から無難にお茶を2本買った。ガコンっ。なんて、大きな音はすぐに空気に溶けて消えた。

「ン」

「……なによ、恩でも売る気?」

 差し出されたお茶を睨みつける透に、作之助は呆れたように溜息をついた。視線を合わせるようにしゃがみ、お茶をもう一度差し出す。

「恩を売ろうなんて考えてないし、そもそも殺す予定の俺が恩を売ったとして、その恩で命を助けてくれるのか?」

「……何をされても殺すわ」

 ほらな、とでも言うような顔をした作之助に透は、悔しそうに眉を寄せながらも、作之助から視線を外すことなく、小さい声で確かに「ありがと」と呟いた。作之助は気にすることなく淡々と「どーいたしまして」と返す。

 こくり、こくり、とゆっくりお茶を飲む透を、ガードレールに腰を掛けて見つめる。これから殺される自分、これから自分を殺す相手。そんな二人の僅かな会合。不思議と恐怖は無かった。ないのは、やはり自分が死ぬことが想像できないからか、実感さえも持てはしない。きっと包丁を持って追いかけてきたり、災害に巻き込まれたり、目に見える何かがないから実感がわかないのだろう。

 一息ついた透が、作之助を見据える。

「なるべく痛みは無いように殺してあげる」

「お気遣いありがとうございます」

 右手を前へ出し、静かに指を指す。狙いを定めているのか、指先がゆるく動く。ドラマか、アニメで見たが、脳幹を狙うといいらしいとうのは本当のことなんだろうか。白魚のような指が、ぬるりと止まる。




「――――――さようなら」




 冷たくて、重たい音だった。

 昨晩見た稲光に似た青白い光が、真っ直ぐ突き進んでくる。不思議とスローモーションに見えた。頭の片隅で、光がこんなに遅いわけがない。と理解しつつも、別の隅ではこの事態を回避しようと過去にヒントがないか早送りで流している。己の意思とは反対に、殺される気のない体に少しだけ笑いが漏れる。

 回避しようもない現実に、目を瞑る。

 いつまで経っても、来ない痛み。ずっと回っている思考回路。何かがおかしいと感じた作之助は、ゆっくり目を開ける。

 目の前にいるのは、目を見開いて固まる透がいた。

「、なんで?」

 震える声は、彼女の心情をよく表していた。とにかく何か変わりがないか、自分の身体を触ったりした作之助であるが、傷の一つない自身に首を傾げる。

「俺って、殺されるんじゃなかたっけ?」

「ちゃんと当たったわ! なんで生きてんのよ!!」

 理不尽すぎる言葉に、乾いた笑みがこぼれ出た。とにかく一つわかることは、作之助は死んでないことだけだ。

「そもそも、世界のバランスを保つための力じゃ、殺せないとか?」

「そんなことない! ……とも言い切れないわ。他の人はどうか知らないけど、部外者に見られたの初めてだっただし」

「初めてって、今まで本当に誰にも目撃されることなかったのか?」

「そもそも、あの日わたしは人除けのために自分に細工をしていたのよ。わたしに気づく人間なんていないはずだった。なのに―――」

「俺だけが気が付いて、後を追ってしまったと」

 恨みがましそうな二つの瞳に見つめられ、明後日の方を見る作之助は後頭部をガシガシと書いて、透に一つ提案をする。

「もしよかったら俺の家に来ないか?」

「何を言っているのか、わたしにはまったく理解できないのだけど?」

 青筋を立てる透に、一歩下がりながら作之助は言葉を続ける。

「俺の親が何かわかるかもしれない」

「どうしてあんたの親が、解決できるかもしれないのよ」

 もっともな疑問だ。





「俺の親も———」

「っ、あぶない!!!!」

「へ?」




 ゆらりと視界の端に黒い影が揺れた。後ろに振り向こうとした瞬間、作之助の身体は地面へと叩きつけられた。

「ッ!?」

 声も上げることもできないほどの痛みに、息を飲む。そして絞られる果実のように、作之助の身体から、だらだらと汗が噴き出しては、アスファルトへと滑り落ちていく。何が起きたのか理解ができない。理解する前にことが起きたのだ。

「あぁ! そうか、ここは―――」

 透は知っていた、この場所がどこなのか。

 作之助に引きずられるように、タコ公園から夢中で走っていたから周りの建物なんて気にしている暇がなかった。確認するようにあたりを見渡せば、最近話題になっている“心霊スポット”の交差点であった。

 一カ月ほど前になるだろうか、この交差点で若い男性が車に轢かれて死亡した。文字にすれば、それだけのことだ。

 死亡した若い男性は、仕事も順調で昇進が決まっていたのと、プライベートにおいては結婚も控えていたという。幸せ絶頂のさなかでの———不幸な死であった。現実と死との差が大きいほど、そこには“想い”が焼け付く。焼け付いて、焦げた気持ちは世界へ侵食し始める。最初は嫌な場所、不幸な場所という認識だった交差点で、事故が起きた時間帯に人影を見る人が現れ出した。それから間もなくして、交差点で怪我をする人が増えた。その侵食の速さは、幸せと不幸の落差を語っていた。

 自身の不幸と、他人の不幸を蓄積して肥大した体は、15mはあるだろうか。辛うじて人のような形を保っている影は、右腕で作之助を圧し潰す。

「ここまでの奴なんて、見たことがないんですけど……」

 自分でもびっくりするほどの弱弱しい言葉に、透は絶賛圧し潰され中の作之助を見る。なんとか歯を食いしばって、意識を飛ばさないように体中に力を入れて耐えている。けれでも、意識を飛ばすのなんて、時間の問題だ。早く対処しなければ、小さな蟻が人間に踏みつぶされるように、あっけなくその命を終えるだろう。

 わざわざ透が手を汚さなくても、無慈悲に現実に圧し潰れて死ぬ。そもそも殺す予定だったのだ、このまま作之助が死んだのを確認してから対処しても問題はない。



 そう、問題はないのだ。



 それでも、

 そうだったとしても、




 ここで意図して見逃して、これから先の人生胸を張って生きるなんて日向透にはできない。



「そいつを殺すのは、わたしなのよ!!!」



 頭部と思われる場所に狙いを定め、閃光が放たれた。

 それは現在の透の全力であった。稲光に似た青白い光は、曲がることなく一直線に影に向かう。瞬きのような一瞬、暗闇は眩い光に包まれた。影の頭部は花火のように弾け飛び、力が緩んだ瞬間を透は見逃すことなく、力を振り絞り二発目を右腕へと発射する。頭部と同じように、右腕も弾け飛んだ。

「ッ! げほっ!!」

「ちょっと! 早く立ちなさいよッ!!」

 咽る作之助に、透は怒鳴る。

 透の言葉になんとか逃げようと体を動かすが、思うように動かない。芋虫のように地面を這いつくばる作之助を見て、透は思考を巡らせる。影の方が透よりも思考が速く、左手を地面について、失った首から作之助に倒れこもうと、体を傾けていく。

 執拗に作之助を狙う影に、透は作之助を助けようと駆け出した。―――けれども前に出たのは右足だけで、左足は地面に縫い付けられたかのように動くことはなかった。勢いに任せた体は、アスファルトへと容赦なく倒れこむ。落ちている小石が、柔らかな肌を切り裂いた。浅い傷からは、じんわりと血が滲み出る。じんじんと痛みを主張する手のひらを握りしめ、目をそらすように顔を上げる。

「そ、んな……」

 黒い影は蠢きながら、作之助の口から体内へと入っていく。いや、よく見れば僅かに意識は残っているのか、弱弱しくも抵抗するように首を動かしている。小さな抵抗であった。その小さな抵抗に、透は舌打ちをした。

「あ~~~、もう!」

 握りしめた手のひらを解き、黒い影に再び照準を合わせる。

「これが本当に、本当の、全力の一発なんだからッ!!!!」

 一発目とは比べ物にならない光が弾けた。まるで昼間と錯覚するほどの光量に、黒い影は霧散して消えてゆく。ちかちかと弾ける視界に、目を回した透は遂に力尽きた。




「おやおや、まぁまぁ。愉快なことになってきたじゃあないか!」




 どこからか、ぬっと出てきた女は楽しそうに笑っている。作之助と、透を見下ろしながら「こっちだ、こっち」と何かを呼ぶ。すぐに一台の車が女の隣に停車した。

「開けて」

 車は女の指示に従い、後部座席の扉を開いた。女は透を優しく後部座席へと寝転がす。倒れている作之助に目を向けて、少し思案する。

「……作之助はトランクでいいか」

 少し雑に作之助をトランクの中へと放り込んだ女は、何事もなかったように運転席に乗り込んだ。




「それじゃあ、帰ろうか」




 女の言葉を合図に、車は暗い街を走り出した。







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