第9話 主とケーキと毒と胃袋【side:ミレイユ】
【side:ミレイユ】
私の名前はミレイユ・ルナティリカ。
ただの下っ端メイドです。
ドミナル家でお世話になっています。
私には得意なことなども特になく、いつも他の使用人の足を引っ張ってしまいます……。
そんな私の唯一の趣味が、料理でした。
まあ、他人に振舞ったことはありませんので、料理の腕はあまりわからないのですが。
でも、自分で食べる分には、他の料理とはくらべものにならないくらい、美味しく作れていると思っています。
そんなある日のことでした――。
私はお給料を貯めて、自分の誕生日に、誕生日ケーキを自作していました。
一介のメイドの誕生日など、誰も祝ってはくれませんからね……。
もちろん仲のいい同僚がいれば、一言くらいはあるでしょう。
しかし……私はどうしても、高級な誕生日ケーキが食べたかった……!!!!
そうしてせっかく自作した誕生日ケーキ……。
こっそり調理場を借りて作成し、完成したものを自部屋に運んでいたところ……。
私は廊下で、ゼノさまとぶつかってしまったのでした。
怒られてしまうものと思っていましたが、なぜかゼノさまは私の落としたケーキを食べ始めたのです。
お皿ごと食べてしまうような勢いでバリバリ食べ始めたので、びっくりしてしまいました。
それに、落としたとはいえ、高級ケーキ……あとで拾って食べようと思っていたのに……。
でも、それどころじゃありませんでした。
私のケーキを食べたゼノさまは、その場で気絶されてしまったのです。
この前もジャンガイモを食べて、ゼノさまは気絶されました。
ゼノさまはお身体がとても弱い。
だから、地面に落ちたケーキを食べて倒れられたのだと思いました。
でも、なぜゼノさまは落としたケーキをあれほど夢中になって食べてらしたのでしょう?
よほどお腹が空いていたのでしょうか?
いえ、きっと違います……。
おそらく、私に怒っていないとアピールするために、あんなことをされたのでしょうね……。
私は思いました。
ゼノさま……なんと不器用な方。
怒っていないのなら、言葉でそうおっしゃってくださればいいのに……。
しかし、きっと照れ臭かったのでしょう。
普段のゼノさまは傍若無人にふるまっておられたので、そのような優しさを他人に見せるのが恥ずかしいのでしょう。
でも、私はこのとき、知ってしまいました。
ゼノさまは普段は我がままですけど、本当はあのようにお優しい方なのだと。
ですがそれと同時に、私はひどく落ち込みました。
もとはと言えば、私がぶつかって、ケーキを落としてしまったせいで、ゼノさまはまた気絶され、寝込んでしまわれました。
私が身の程をわきまえずに、ケーキを食べたいなんて願ったから、バチが当たったのだと思いました。
倒れられたゼノさまを、私は熱心に看病しました。
しかし、今回のことで、私はゼノさまの御父上である――旦那様に酷く怒られてしまったのです。
旦那様が怒られるのも当然です。
旦那様はゼノさまを溺愛しておられます。
私も責任を重く感じ、部屋で何度も泣きじゃくりました。
もし私のせいでゼノさまに大事があれば、死ぬしかありません。
何度も首を吊ろうかと考えました。
旦那様も私をクビにするおつもりです。
私のような仕事のできないメイドは、きっとこのままゼノさまのおそばにいても、また問題を引き起こすだけ……。
それならいっそ田舎に戻って引きこもって暮らそうか……そう考えていました。
でも、私は実家の両親に虐待されて育ちました。
あんな家には本当は帰りたくありません……。
だったらいっそ、死んだほうが楽になれるかも……そう考えたことも一度や二度ではありません。
きっとゼノさまも目覚めたら、私のことを許さないでしょう。
いくらお優しいゼノさまでも、私のせいで気絶し、数日目覚めなかったことを知れば、さすがにお怒りになるに決まっています。
私は怖くて、それからしばらくはゼノさまを避けるように、部屋に引きこもるようになりました。
そして目立たないところで、掃除や洗濯などの雑用をメインにこなすようになり……。
だんだんと、気分も落ち込んでいき、何度も何度も自傷行為にはしりそうになりました。
旦那様からは今週中に荷物をまとめておけと言われています。
どんどん精神も落ち込んでいき、部屋で絶望を感じる日々が続きました。
ゼノさまにはもう顔向けできません。
私は……死ぬしかないのでしょうか……?
それなのに……。
それなのに……。
ある日いきなり私の部屋にやってきたゼノさまは、こうおっしゃられました。
『ミレイユ。お前はずっと……俺のそばにいろぉ……!!!!』
その言葉を聞いたとき、私は心の底から救われた気がします。
そして、なぜでしょう……この胸の高鳴りは……?
心臓が、ドキドキして、身体が熱くなってしまいます。
どうやらゼノさまは、全然怒ってなどおられなかったようなのです。
本当に、神のような慈悲をお持ちのお方です。
そして、幸せなことはそれだけじゃありませんでした。
『ずっと俺のそばにいて、毎日食事を作ってくれ』
ゼノさまは、そんなふうにもおっしゃってくださいました。
こ、これは……ぷ、『ぷろぽおず』というやつなのでしょうか……!?
とにかく、ゼノさまは私を旦那様からかばってくださり、しかも専属メイドにもしてくださいました。
なんとお礼をしたらいいのか、わかりません。
私は心に誓いました。
一生涯、ゼノさまへ忠誠を誓い、お仕えするつもりです。
なにがあってもゼノさまを裏切りません。
ゼノさまを害する存在はすべて、この私が排除します。
この私のすべてを、ゼノさまに捧げる所存です。
そして将来はゼノさまと一緒に……。
◇
そして、私がゼノさまの専属メイドとなり、さっそく毎日ご飯を作らせていただけることになりました。
私の趣味だった料理が、誰かに必要とされる日がくるなんて……。うれしいです。
まだ他の人に食べさせたことがないので、実質ゼノさまが『はじめての人』です。
例のケーキは、一度地面に落ちたものなので、カウントしません。
初日から、私ははりきって料理をしました。
今日は普段は入れないような特別な香草も加えてっと……。
きっと最高に美味しいご飯になったはずです!
私はゼノさまのお部屋へもっていき、提供します。
「失礼します。ゼノさま。お食事をお持ちいたしました」
「ごくろう」
「でも、本当に私なんかのご飯でよいのですか? 私、料理はこれまで他人に振舞ったことがありませんので……。美味しいかどうか……」
「大丈夫だ。ほかならぬお前の飯がいいのだ。お前でなきゃだめなんだ」
「ぜ、ゼノさま……。そこまで言ってくださるなんて……。私、嬉しいです……。私は幸せな女の子ですね。えへへ……」
私でなきゃダメだなんて……。
ほんとうに、ゼノさまったら……。
二人きりの部屋で、少し照れてしまいます。
ほんとうに私は幸せな女の子です……。
しかし、ゼノさまが料理を口に運んだ瞬間――。
「ぐぎゃおおおおおおおおん!!!!」
ゼノさまはまた倒れられてしまったのでした……。
「またゼノさまが寝込んでしまいました……。私の料理を食べたせいですあわわわわ……」
な、なぜなのでしょうか……。
私の料理がいけなかったのでしょうか……?
で、でも……ゼノさまは美味しいとおっしゃってくださりました。
それに、なにか虫さんが喜んでいるみたいなことも……。
なのにどうして、ゼノさまはまた……。
私はそのあと、また旦那様に怒らてしまいました。
けど、私はゼノさまの認めた『大切な人』だから追い出すわけにもいかないと言われ、なんとかクビはまぬかれました。
しかも、旦那様によると、ゼノさまは私のことを旦那様の前でまで『責任をとる』とおっしゃってくれていたのだとか……。
と、ということは本当に……け、結婚……!?
いえ、私はただのメイド……。
そうなったとしても、きっと側室です。
でも、それでもかまいません。
愛するゼノさまのご寵愛を受けられるのであれば……。
私はこれからも、ゼノさまにお仕えし続けるのみです。
ですが……さすがにゼノさまが望むこととはいえ、また私の料理を食べて倒れられた……。
今度こそは、ゼノさまもお怒りになられても、無理のない話です。
ですがそれも、私は受け入れます。
ゼノさまになら、いかなる罰を与えられても、すべて愛の力で乗り越えてみせます!
私は、ゼノさまになら、なにをされても痛くありません!
◇
しかし、目覚められたゼノさまは開口一番――。
「よっしゃあ! 勝機はここにあり! ミレイユ、お前の料理はすごいぞ!」
と、なぜかご機嫌なご様子……。
「はへ……? お、怒っていらっしゃらないのですか……?」
私はおずおずとそう尋ねます。
「なぜ俺が怒る必要があるんだ? 俺がお前に料理を頼んだのだぞ?」
「で、ですが……ゼノさまはまたお倒れに……」
「あ、ああ……たしかに……。こ、これは美味しすぎて倒れてしまったのだ! そうだ、お前の料理が美味しすぎるんだよ……! あはは……」
「そ、そうだったのですか……?」
料理が美味しすぎて倒れるだなんて……そんなこと……。
それほどまでに私の料理を愛してくださるなんて……!
私は、本当に幸せです。
「ありがとうございます。なんだか私、自信がついてきました。今まで他の人に料理をふるまったことはありませんでしたが……。今度、まかないで他のメイドたちにも作ってみます!」
私がそう言うと、ゼノさまは大慌てで言いました。
「そ、それはやめろ……!」
「ど、どうしてですか……!? まさか私の料理……実は美味しくないとか……?」
少し不安になってしまいます。
しかし、すぐにゼノさまはそれを否定します。
「お、お前の料理は俺だけのものだ。他のやつに食べさせてなどなるものか! 毎日俺のためだけに作ってくれ。いいな?」
「わ、わかりました……!」
う、うれしすぎる言葉でした。
まさかそこまでの独占欲を発揮するほどに、私のことを愛してくださっているとは……。
このミレイユ、幸せすぎて死にそうです。
意外と嫉妬深いゼノさまも、可愛いです。
「で、ですがまた私の料理を食べると倒れてしまわれるのでは!?」
「かまわん、俺はそれでもお前の料理がたべたいんだよ! お前の料理が食べられるのなら、倒れるくらいどうってことない!」
「倒れてでも私の料理を求めてくださるなんて……しゅき……♡」
ゼノさまは目覚められたばかりで、きっとお腹が空いているでしょう。
私はさっそく、料理場へ行き、ゼノさまの新しいご飯をつくりはじめます。
「あそこまで言われたら、こっちもより一層、腕をふるわなければね……」
私はさらに特製素材をふんだんに使用します。
ノリノリで調理を続けます。
「えへへ……私の料理にそこまで惚れ込んでるんだ……。まずは胃袋を掴めっていうけど……これならばっちりだよね……」
私がノリノリで食材を混ぜていると、同僚の一人が声をかけてきます。
「ミレイユったら。なんだかうれしそうね」
「えへへ……。だって、ゼノさまが喜んでくださるんだもの」
「そ、それは……よかったわね……うん……。二人が幸せなら、それでいいんじゃない……?」
それから毎日、私はゼノさまのためだけに料理を作り続けるのでした――。