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第7話 関白宣言~言っておきたいことがある~


 ちょっと待て、情報を整理しよう。

 俺はミレイユが自分用に作っていたケーキを食って気絶した。

 自分用のケーキに毒なんか仕込むはずもないし……じゃあなんで俺はあのケーキで気絶したんだ……?


 俺はある可能性に思い至る。

 しかし、もしそうだとすると……あまりにもベタな……。


「なあマーサ。お前たちメイドは、ミレイユの作った料理を食ったことがあるのか?」

「いえ、ありませんね。基本メイドのまかないは料理担当のものがまとめて作ることになっているので……。ミレイユが料理をしているところすら、見たことありませんよ」

「そうか……ならやはり……そういうことか……」

「どういうことです?」


 俺の予想が正しければ、ミレイユはめちゃくちゃ料理が下手な『飯マズ系ヒロイン』だ。

 しかも、ただの料理下手じゃない。

 なんの変哲もない食材を、毒物にも近しいような暗黒物質(ダークマター)に変貌させてしまう……そういったレベルの料理下手だろう。

 だとしたら、すべての辻褄が合う。


 いるんだよなぁ……そういう飯マズヒロイン。

 たいていこういうタイプは自覚がなくて自分で食べる分には美味しく食べてしまえるから、指摘されるまで気づかないんだ。

 しかし、ミレイユが料理下手だったとはな……。

 ミレイユはゲームではあくまでサブキャラだったから、そこまでの細かい設定は知らなかった。

 

 だが、あのときケーキが異常なまでにまずかったのにもこれで合点がいく。

 ようは、俺はミレイユが作り出してしまった毒物級の激マズケーキ(ダークマター)を食べたせいで気絶したってわけだ。

 いやしかし……ちゃんとした高級素材から作った料理が毒物級になってしまうなんて……いったいどんな能力だ……?


 だが、これは使えるぞ……。

 毒キノコが手に入らなくなった今、俺はマーサに気づかれないようにして毒物を接種する必要がある。

 もしミレイユが料理によって毒物を生み出してしまうほどの超料理下手なのだとしたら……。

 ミレイユの手料理を食べさせてもらえれば、すべてが解決するじゃないか……!


 今でも覚えているが、あのケーキの味は舌が痺れるほどのまずさだった。

 あれなら今の俺でも簡単に気絶できるはずだ。


 そうとわかれば、ミレイユに会いにいくとしようか。

 ていうか……そういえば、最近ミレイユの姿をあまり見ないような……?

 ミレイユは今いったいなにをしているんだ……?


「おいマーサ。ミレイユはどこにいる? 今すぐに会いたいんだ。教えろ」

「あらまあ……お熱いこと。ゼノさまもついにそういうお年頃ですか? マーサ、嫉妬してしまいます」

「なにを言ってるのかわからんが……。とにかくいいからミレイユの居場所を教えろ」

「それが……あの子、ゼノさまが自分のケーキを食べて倒れたことで、責任を感じちゃってまして……。しかもその後すぐにゼノさまの様子がおかしくなったものだから……。旦那さまからもそのことで怒られて……。その……言いにくいんですけど……」

「どういうことだ? いいから言え」


「クビになりました」

「はぁ…………!??!?!?!」


 俺は今年一番の大声を出したように思う。

 なんでそうなった……。

 いやまあ、俺のせい……なのか……?

 よくわからん……。


「お、落ち着いてください。正確に言うと、まだクビにはなっていません」

「そ、そうなのか?」

「はい。ですが、ミレイユは責任を重く感じて、自室にふさぎ込んでいるんですよ……。自分がゼノさまに近づくと、またなにかやってしまうんじゃないかと思っているみたいで……。今では裏で雑用を主にやってもらっています」

「なら、クビになったというのは……?」

「旦那さまはそこまで事態を重く見ているわけではないんですが、ミレイユが自分から責任をとって辞めようとしているみたいで……。ここ最近、自部屋を片付けて田舎に帰る準備を進めているんですよ……。旦那さまも別にそれを引き留める気もないみたいで……」


 なるほど、それならまだ引き留めることができるな。

 俺のせいで責任を感じているんだったら、俺が気にするなと言えば済む話だろう。

 いやしかし……俺にそれができるだろうか……?

 俺は優しい言葉をかけたくても、元々の傲慢不遜な性格が邪魔をして、ろくでもない言葉しか言えない体質だ。


 この前も、目覚めたばかりのとき、俺を看病してくれていたミレイユに酷い言葉をかけてしまったし……。

 きっとミレイユはそのことも気にしているんだろうな……。

 ほんとうに、申し訳ない……。

 ミレイユに謝って、なんとか引き留めたいが……しかし、またいらぬことを言って傷つけてしまわないだろうか。


 でもとにかく、ミレイユに辞められるわけにはいかない。

 俺のせいでクビになったのだと恨まれて、あとで毒殺を仕掛けられる可能性も、無きにしも非ずだ。

 破滅フラグはすべて排除しておきたいからな。

 それに、俺が定期的に、安全に毒を接種するためにも、ミレイユの力が必要だ。

 いや、自分で言っていてなんだが、『安全に毒を接種する』ってなんだよ……。


「よし、ミレイユは俺が引き留める。ミレイユの部屋まで連れていけ」


 俺はマーサに命令した。

 マーサは意外だという顔をして答えた。


「あらあら……うふふ……。やっぱりそういうことなんですかぁ? いったいいつの間にミレイユのことを……?」

「はぁ……? なんのことだ……? いいから、いくぞ」

「はいはい。わかりましたよ~。なるほどねぇ……ゼノさまの様子がここ最近おかしかったのは、その『病』のせいだったんですねぇ」


 勝手に納得されても困るのだが……。

 まあ、それで納得してくれるのなら、どうでもいいか。

 ていうかそもそも、ミレイユがそんな状態になっているのなら、どうしてマーサはもっと早くに俺にそれを伝えなかったんだ……?

 ミレイユを気にかけていなかった俺も俺だが……。

 しかしもっと早く知っていれば、毒キノコを食べて変人扱いされずに済んだかもしれないのに。


「おいマーサ。どうしてミレイユのことを俺に知らせなかった?」

「いえ、すみません……。必要ないかと思いまして……。まさかゼノさまが一介のメイドごときにそこまで熱を入れあげていらっしゃるとは露知れず……」

「いや普通に必要あるだろ。メイドの体調やメンタルを管理するのも雇い主の役目だ」

「あらまあ……あのゼノさまがそんなことをおっしゃるなんて……意外です」

「そうか……? 別に普通だろ」

「いえ……以前のゼノさまなら、メイドなど道具としか思ってない、という感じでしたので……」


 そうか、俺は傲慢不遜な性格で有名な、あのゼノヴィウス・フォン・ドミナルなのだったな。

 本来のゼノであれば、メイドのことなど気にするわけもないか……。

 だからこそ恨みを買って、誰かに毒殺されるような人生を歩むわけだからな。

 マーサがいちいちミレイユのことを俺に知らせないのも、当然の話か。


「なんだか最近のゼノさまは、おかしくなられたとばかり思っていましたが……。少し大人になられたのでしょうか? 剣術を学ばれたりもしていて……幼い頃から見てきた私マーサとしては、嬉しい限りですわ。変わられましたね。ゼノさま」

「ふん……お前の気のせいだろ……。俺は変わらん。……いいからいくぞ。ミレイユのとこまで案内しろ」

「はいよろこんで」


 

 ◇



 俺たちがミレイユの部屋へいくと、ミレイユは今にも死にそうな顔で、しなびた花のようにして、窓際に座っていた。

 これは……相当落ち込んでいるな……。

 

「だ、大丈夫か……? ミレイユ……」

 

 さすがの俺でも、心配の言葉が口をついて出てくる。

 ミレイユは最初こそぼーっとしていたものの、ようやく俺の姿に気づくと、顔を上げた。


「ぜ、ゼノさま……!? ど、どうして私なんかの部屋にゼノさまが……!?」


 俺の顔を見たミレイユは、ひどく怯えているようだった。


「っは……! もしかして、私をクビにしにきたんですか!? それとも、もしかして罰をお与えに!?」

「いや……そんなことしないから……」


 まったく、俺という人間はいったいどう思われているんだ……。

 怯えるミレイユに、マーサが安心させようと近づく。


「安心しなさいミレイユ。ゼノさまはあなたをクビにするつもりはないわ。それどころか、あなたを引き留めるために、ここに来たのよ」

「え……? そ、そうなんですか……? 信じられません……。どうして私なんかを……。失敗ばかりなのに……」

 

 父に怒られたせいもあってか、ミレイユはひどく自己肯定が低くなっていた。

 前からこんなにネガティブなやつだったっけな……?

 ミレイユはマーサからそう言われても、いまだに信じられないというようすで、俺の顔をうかがっている。

 怯えて、不安に押しつぶされそうになっているのが、表情からわかる。

 マーサが俺に話しかける。


「ほら、ゼノさま。ゼノさまの口からもなにか言ってやってください。そうしないとこの子、たぶんまだ安心できないので」

「お、おう……」


 そう言われて、俺はなにかミレイユに優しい言葉をかけようと、考える。

 なにか、ミレイユを引き留め、安心させる言葉をかけなければ……。

 しかし、なにかを言おうとしても、ろくでもない言葉ばかりが浮かんでしまう。

 ミレイユはなおも不安そうな顔で、俺の言葉を待っている。

 くそ、はやくなにか言わないと……。


「うごっごごごご……ぐぎぎぎぎ…………」


 優しい言葉をかけようとするも、表情筋が変な方向に動いて、身体が言うことをきかない。

 今の俺はかなりおかしな表情をしていると思う。

 ようすがおかしくなった俺をみて、マーサは困惑した表情を浮かべる。


「あ、あの……? ゼノさま……? だ、大丈夫ですか……? またおかしくなられたのかしら……心配だわ……」


 くそ……これじゃあ俺は完全におかしなやつじゃねえか!

 俺は必死に顔の筋肉を動かして、自分の意思に抗おうとする。

 そして、最終的に口をついて出た言葉が――。


「ミレイユ。お前はずっと……俺のそばにいろぉ……!!!!」


 あれ……?

 俺今なんかおかしなこと言ったか……?

 しかし、俺がそう言った途端、ミレイユの顔がぱぁっと明るくなった。

 よし、正解だったか。

 優しい言葉を言おうとしたが、命令口調でしか言葉にならなかった。

 でも正解っぽいからいいか。


「そ、それは……どういう意味でしょうか……」


 ミレイユは恐る恐る、そう尋ねる。


「文字通りの意味だ。ずっと俺のそばにいて、毎日食事を作ってくれ」


 俺の望みはそれだけだからな。

 俺の思いを、ストレートに口にした。

 だってミレイユの食事がなければ、俺は毒耐性を鍛えられないだろうからな。

 俺が毒耐性を鍛えるために、今後どうしてもミレイユが必要だ。


「お前が必要なんだ……! ミレイユ……!」


 俺がそう力説すると、ミレイユはその場に泣き崩れた。


「うわああああん。ありがとうございます。ゼノさまぁ!」


 そして俺に抱き着いてくる。


「こんなダメな私を必要としてくださって……。私を許してくださるなんて……! このミレイユ、一生ゼノさまに尽くします……!」

「おう。もう辞めるなんていうなよ?」

「はい。言いません!」

 

 よし、なんとかなったみたいだな。

 あとは親父さえ納得させればいい。


 俺たちの様子を見ていたマーサは、まるで面白いものを見るかのように、ニヤニヤしていた。

 なんだこいつ……。


「あらあら、あらあらまあまあ……。若いっていいわねぇ……。でも旦那様はどう説得するおつもりですか? 旦那様はミレイユのことでかなりお怒りでしたよ?」

 

 マーサは俺にそう問いかける。


「大丈夫だ。責任は俺がとる」

 

 俺がそういうと、なぜだかマーサもミレイユも顔を赤くする。


「そ、それは……つまり……そういうことなんですね……。本気なんですね……。この愛は……。ゼノさまのお覚悟、甘く見ていました……」

「なにがだ……?」

 

 マーサの言っている意味がわからない。

 そしてマーサは、

 

「まあ、それじゃあ邪魔者は退散しますかね……。あとはお二人でお幸せに~」


 といって部屋を出ていったが、どういう意味なんだ……?


 ミレイユはそのあと、泣きつかれて安心したのか、眠ってしまった。

 俺はミレイユをベッドに寝かせ、布団をかけてやると、静かに部屋を出た。


 そして一人、親父を説得するために、親父の部屋へと向かった。



 ◇



「お父様、お話があるのですが……」

「おお、ゼノか。入れ」


 部屋に入ると、俺の親父――ヴァルター・フォン・ドミナルがそこにいた。

 俺にとっては溺愛してくれる優しい父だが、その性格は俺と同じく傲慢不遜。

 領民にとっては邪知暴虐の最悪貴族と呼ばれている人だ。

 そんな人を説得しないといけないとなると、気が滅入るな……。


「それで、話とはなんだ?」

「ミレイユのことなのですが……」

「ああ、あのメイドのことか。追い出せというのだな?」

「いえ、違います。あの者は俺の専属メイドにします」

「なに……!? それはまたどうして……?」


 父――ヴァルターは怪訝な顔をした。


「あの者の食事を毎日食べたい……そう思ったのです。だから伝えました。ずっと俺のそばで食事をつくれと」


 俺がそう言った瞬間、ヴァルターは驚いて紅茶を口から吹き出した。


「な、なんだと……!? お前、あのメイドのことをそこまで……。まあ、いいだろう……。貴族たるもの、メイドの一人や二人侍らせてナンボだ。側室とするのもいいだろう」


 側室……!?

 いや俺は別にそこまで言ってないんだが……。

 なにか勘違いされてないか……?

 まあいいか……。


「だが、お前は他でもないあの娘の料理を食べて気絶したのだぞ? もしまた、まさかの事態に陥ったらどうする……? あの娘を完全に信用できるのか……?」

「大丈夫です。俺がすべて責任をとります」

「せ、責任だと……!? ま、まさかすでにあの娘とできているというのか……!? ま、まあいいだろう……さすがは我が息子だ。手がはやい……まだ11歳だというのに……」


 ということで、ヴァルターを説得することに成功した俺は、さっさと部屋をあとにした。

 さっそくその日から、ミレイユは俺の専属メイドとして働くことになった。

 一度クビになりそうなところを救い、専属メイドにまでしたのだから、ミレイユには恩が売れただろう。

 

 なるべくメイドには媚びを売って好かれたいからな。

 これで毒殺の可能性も減ったというわけだ。

 まさに一石二鳥。


 なんだかいろいろ勘違いがあった気がするが、結果オーライだ。


 

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