第2話 POISON 〜食いたい物も食えないこんな世の中は〜
しかしこの怯え方……今までの俺ってどんだけ酷い男だったんだ……?
すまない……ミレイユ……!
俺はどうやらまともに発言できないみたいだ!
いや……待てよ?
言葉で伝わらないなら、行動で示せばいいじゃないか!
どうにか行動で俺の優しさをアピールできないだろうか?
そういえばこの高級ケーキって、きっと俺のために運んでくれてたんだよな?
確か俺の誕生日は今月だったはず……。
もしかして、俺のために手作りで用意してくれてたのか……!?
記憶にはないが、以前のゼノなら、メイドにそのくらい要求していてもおかしくない。
だったらミレイユは、それが無駄になったせいで、俺が怒っていると思ってるはずだ。
よし、この落ちた高級ケーキを拾って口にすれば、俺が怒っていないと伝わるはず……!
女の子がミスって落としてしまった手作りのケーキを、「大丈夫だよ」と言って笑顔で口にする――これこそまさに主人公ムーブだ。
これもうラブコメのテンプレイベントでしょ!
俺は絨毯に落ちているケーキの残骸を拾い上げ、そのまま口に持っていった。
これでせっかくの高級ケーキも無駄にならずに済む。
前世がド貧乏だったせいで、もったいない精神が発動してしまった。
こんな高級ケーキ、見たこともなかったからな。
――もぐ。
ケーキを食った俺は、思わずこう言っていた。
「うげ……不味い……」
しまった……!
あまりの不味さに、声に出てしまった。
なんだこのケーキは……。
一口食べただけで身体中に鳥肌がはしるレベルだ。
いったいどういうことなんだ……?
貴族の食べるケーキがこんなにまずいなんてことあるか……?
地面に落ちて埃がついたせいなのか?
おっといかんいかん、せっかくミレイユがもってきてくれたケーキを不味いなんて言ったら、ますます好感度が下がるだけだ。
ここは嘘でも笑顔で美味い美味いと食わなければ、わざわざ落ちたものを拾って食べた意味がない。
俺は覚悟を決めて、さらにケーキの残骸を拾って食べた。
むしろこうなりゃ皿の破片ごとボリボリいく勢いだ。
うおおおおおおおお!!!!
ボリボリィ……!
なんとか笑顔を作ろうと、俺は顔の筋肉を動かすが、どこかぎこちない。
はたから見れば今の俺は、怯える女の子の前で、不気味な笑顔を浮かべながら落ちたケーキを貪り狂う完全にやべぇ奴だ。
だがこれも、怯えるメイドになんとか『怒ってないよアピール』をするためには仕方のないこと……!
毒殺回避のためなら、このくらいのこと、俺はいくらでもやるぜ!
なんか食ったら少しはまともに喋れそうになってきたな。
舌が痺れているせいだろうか?
今がチャンスだとばかりに、俺はミレイユに優しい言葉をかける。
「な、なかなか美味いな……。あ、安心しろ……。落ちてもまだ食える部分はある……だから気にするな」
俺はなんとか身体に抗って、ぎこちない笑顔をミレイユへ向けることに成功する。
よし……これで俺の誠意がどうにか伝わっただろうか……?
するとミレイユは、さっきまで怯えていたところから一変、今度は立ちあがり、大慌てで俺の手から食べ物を奪った。
「あぅ……(わ、私のケーキがぁ)――じゃなかった! そうじゃなくて、えーっと……。い、いけません! そんなものを食べては……! き、汚いです!」
「だ、大丈夫だ……」
ん? 私のケーキ?
なんのことだ?
俺の聞き間違えか?
それにしても、落ちたものを食べたくらいで、そんな大げさだな。
別に死ぬわけじゃあるまいし。
と思った矢先――。
「ゼノさまはただでさえお身体が弱いんですから!」
え?
俺って身体弱いの?
前世の記憶を思い出したときに、ゼノの記憶と混ざって、細かいところがいろいろと曖昧になっていた。一部の記憶に、靄がかかっている。
そういえば、ゼノって幼少期から身体が弱かったんだったっけ?
ゼノの弱点といえば、毒……。
てかつい最近も、そのせいで寝込んでいたのを忘れてた。
俺は 【ジャンガイモ】に含まれる微量な毒素ですら気絶するほどの虚弱体質なんだ……。
そんな俺が、地面に落ちたものを口にすれば……どうなるか……。
自覚した瞬間、猛烈な腹痛が俺の内側から肉体を破って出てきそうなほどに、暴れまくった。
俺はその場で地面をのたうち回る。
「うごおおおおお……! いてえええええええ……!!!!」
「ぜ、ゼノさまぁ……!? だから言ったじゃないですかああ!」
「だってぇ……もったいないしぃい……ミレイユが喜ぶと思ったからぁあああああ……いてええええ!!!! 死ぬううううう!!!!」
「どういう理屈なんですかぁああ……!? なんでそれで私が喜ぶんです!?」
猛烈な痛みのせいか、なぜかこのときだけは無意識に少し本音を話すことができたみたいだった。
俺はそのまま腹痛にうなされ、意識を失った。
◇
三日三晩熱と腹痛で苦しみ、俺は悟った。
この肉体――毒や菌に弱すぎる。
善人ムーブで破滅回避どころか、このままだと普通の風邪でも死にそうな勢いだ。
ゲームのゼノが傲慢不遜な性格になったのも、この虚弱体質のせいで常に不安と隣り合わせだったのが関係しているのかもしれないな。そりゃあ攻撃的にもなる。
まずはこの虚弱体質をなんとかしないとな。
地面に落ちたもの食ったくらいでこんだけ苦しむんだ。
このままだと毒なんか盛られたらすぐに死んでしまう。
俺が寝込んでいる間、ミレイユは責任を感じて、ずっと看病をしていてくれたみたいだ。
ほんとうに、申し訳ない……。
だが俺は心配してくれたミレイユに、優しい言葉をかけようとするも、また身体がいうことをきかずに、「俺から離れろ!」なんて、心無い言葉をいってしまった。
くそ、この身体じゃあ、どうやっても人に好かれるなんて無理だ!
嫌われることしかできない悲しきモンスターじゃねえか!
そのくらい物語のルール――強制力は強いのか?
仕方ねぇ、だったらいくら嫌われて毒を盛られても、死なない身体を手に入れればいいんだ。
もう方法は、それしかない。
毒を盛られても死なないくらい、この身体を鍛えまくってやる。
傲慢不遜な性格のゼノのことだから、どうせろくに努力したこともないんだろう。
そんな俺が本気で努力すれば、毒くらい克服できるんじゃないのか……?
だが、どうやって?
決まってる。
免疫だ。
毒を食らわば皿までだ。
毒を食って鍛える。
幸いまだ時間はある。
今のうちに、弱い毒から慣らしておけば、いずれこの虚弱体質も克服できるはずだ。
大人になったゼノが虚弱体質だという設定はなかったからな。
成長するにつれて、少しはマシになるはずだ。
どうせなら完璧な毒耐性が手に入るように、今のうちから修行だ。
弱い毒なら今の俺でも、三日三晩うなされるくらいで、死ぬほどではない。
だったら、その弱い毒を何度も食らって回復するのを繰り返せば、そのうち一日で治るようになるんじゃないだろうか。
そうやってちょっとずつ身体を毒に慣らしていけば、いずれ完全に克服できるかもしれない。
前世の俺はド貧乏でなんでも食べてたから、菌や毒には滅法強かった。
小さいころから毒みてぇなクソ料理食わされたからな……ま、家庭の事情でね。
その経験から言えるのは、人間ってのは汚ねぇもんでも毎日食ってりゃそのうち慣れるってことだ。
俺はさっそく庭に出ると、そのへんに生えているキノコを口にした。
名前も知らない謎キノコだが、こんなところに生えているのだから、たいした毒はないだろう。
前世で貧しかった頃、よく公園や山で野草やキノコを食っていたから、だいたい食えそうなものはわかるんだよな。
それにゲームでも毒には種類があった。
ゲームには弱毒、中毒、強毒と三種類があって、キノコの毒は基本弱毒だったのだ。
だから、まずはキノコの毒から試していこう。
ちなみに、モンスターの毒は中から強毒のことが多い。
しかし謎キノコを口に入れた直後、俺は激烈な腹痛に襲われた。
あ、これ……思ったよりヤバいキノコかもしれない。
それか、俺の身体が思ったよりも弱いのか……?
「ぐええええええええ……!!!!」
「ゼノさま……!? な、なにをされているんですか!?」
俺の叫びをききつけて、何人かのメイドたちが血相を変えて駆けつけてきた。
気絶から回復したばかりなのに毒キノコ食ってる今の俺って、メイドからしたらマジでわけわからんだろうな……。
声のトーンやざわつき方からして、ドン引きされているのがわかる。
メイドたちは困惑しながら、俺を囲む。
「きゃあああ! そんなもの食べてはいけません。ぺっしてください、ぺっ!」
メイドたちの膝に抱かれながら、俺はまた気を失った。
できればもっとメイドさんの太ももを堪能したかったぜ……ぐふ……。
「大変です! またゼノさまがお倒れになられました! 今月これで3回目です……! わ、わけがわかりません!」
◇
どうやら俺はベッドに運ばれたようで、気が付いたら自部屋だった。
そこからまた生死の境をさまよって、今度は医者まで来るはめになった。
やばい……加減を一歩間違えると、毒耐性を得るどころか下手すりゃそのまま死んでしまうな……。
これは険しい道のりになりそうだ。
「だが……これなら……イケる……!」
なんと今度は三日とかからず、二日半ほどで起き上がれるようになった。
よし、確実に俺の体内で毒や菌への耐性ができている……!
これなら、なんとか大人になるまでに毒耐性を得ることができるかもしれない。
その日から俺は、毎日毒を喰らっては気絶する日々を歩むことになる。
メイドたちからすればとんだ狂人に見えるだろうが、生き残るためには仕方がない。
最終的に毒耐性さえ得られれば、もう他人からの好感度なんて知らんもんね。
俺は絶対に毒殺の破滅を回避して、この異世界で二度目の人生を謳歌するって決めたんだ!
そしてゲームで俺を毒殺するはずの犯人、そいつを特定して、倒す……!
そのためには、毒だって、なんだって――喰らってやる。
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