第19話 ミーはドッグとミートした
しばらく森に通いつめて、だんだんと瘴気耐性も上がってきたようだ。
今ではモンスターの肉を食っても、たいしてしんどくならない。
最初は十体食べたところで、足先が軽くゾンビ化しはじめたので、そこを限界値と定めた。
今では一日に、二十体ほどは食っても平気だ。
毒耐性も、順調に育っている。
今ではポイズントードの毒液を食らっても、少し肌が荒れるくらいで済んだ。
やはり、モンスターの肉を食うことは、ミレイユの毒料理以上に効率のいい修行になるな。
いつものように俺が森を歩いていると、いきなり目の前に、黒い影が現れた。
「なんだ……!?」
よく見ると、その黒い影は犬だった。
しかし、ただの犬じゃない。
身体中から瘴気が漏れ出ている――【ゾンビ犬】だ。
「うわ……!?」
「ガルルルル……!!!!」
ゾンビ犬は俺に向かって威嚇してくる。
しかし、すぐにクンカクンカと匂いを嗅ぎだして、近づいてきた。
どうやら敵意はないようだ。
俺も腰を落として、犬に触ってみる。
ゾンビだけど、犬だから可愛い。
「クゥン……」
どうやら俺の身体からわずかに出ている瘴気を嗅ぎつけて、仲間だと思ったようだ。
普通の人間からは瘴気なんて出てないからな。
ここ最近の俺はずっとモンスターの肉を食っているから、そのせいでわずかだが瘴気を帯びるようになっている。
俺はゾンビじゃないから、仲間じゃないんだけどな……。
まあいいか。
「よしよーし」
俺はしばらく犬を触って、可愛がっていた。
「くぅーん!」
犬のほうも、俺に安心したのか、懐いてくれて、身体を摺り寄せてくる。
ずいぶんと人間が恋しかったのか、しばらく俺から離れようとしない。
俺が去ろうとすると、どこか寂しそうな顔で、すり寄ってくる。
「お前……ずっと一人で寂しかったんだな……。わかるよ、その気持ち」
瘴気にまみれたゾンビ犬なんて、近寄る人間は俺くらいなものだろう。
俺は犬を抱き上げた。
きっとこいつは、もともと普通の犬だったのだろう。
けど、死んでゾンビ犬になってしまって、そのせいで人間からは避けられて……。
ずっと人間に可愛がられてきたってのに、人間から避けられたりしたら、きっと悲しいだろうな……。
俺も前世ではずっと孤独だったから、よくわかる。
誰にも愛されないのは、辛いよな……。
「おまえ、着いてくるか?」
「ワン!」
どうやら、こいつも俺と一緒に行きたがっているらしい。
俺はゾンビ犬に『ドッグミート』と名前をつけた。
変な名前だが、ふと思いついてしまったのだから仕方ない。
「来い、ドッグミート!」
「ワンワン!」
俺は犬と一緒に、森を駆け回った。
これから森に来るときは、こいつと一緒に行動することにしよう。
エサは一緒にモンスターの肉を食えばいいだろう。
犬だから鼻も利くだろうし、獲物を探すのにも役に立ってくれそうだ。
さすがにゾンビ犬だから、家まで連れて帰ることはできないな……。
けど、森で放し飼いにするぶんには大丈夫だろう。
「よろしくな! ドッグミート!」
「ワン……!」
「よし、さっそく獲物がいそうな方に案内してくれるか? 一緒に肉を食おう!」
「ワンワン!」
俺が案内を頼むと、ドッグミートは森の中を走りだした。
俺はそれについていく。
ドッグミートはどんどん森の奥に入っていく。
俺は見失わないように、必死だった。
「おいおい……こんな奥まできて、大丈夫なのか……? なんかヤバいモンスターとかいたりするんじゃ……」
俺がそう言いかけた瞬間だった。
「ワン……!」
と言って、ドッグミートが止まった途端、目の前に現れたのは大蛇のモンスター――【ベノムスネーク】だった。
俺の身長の5倍くらいはありそうなその大蛇は、大口を開けて俺たちを食べようとしている。
「うおおおおおお……!? やべええええ……!?」
俺はすぐさま踵を返して逃げ出した。
ドッグミートもさすがにヤバいと思ったのか、俺に続く。
なんでこいつこんなところに連れてきたんだよ……!?
もしかして、臭いだけで連れてきたら、意外とヤバいやつが現れたって感じなのかな……?
「なにも俺はボス級モンスターまで案内しろなんて言ってねええええええ!!!!」
「くぅん……!」
逃げながら、ドッグミートは少し申し訳なさそうな声で鳴く。
そうだよな……こいつもなにも悪気があってやったんじゃない。
「すまん。ちゃんと詳しく言わなかった俺が悪かったよな……」
「くぅん……」
「まあいいさ。どんな獲物だろうと……倒せば全部同じ『死体』だ……!」
俺はその場で逃げるのをやめ、立ち止まり、大蛇と向かい合うことにした。
きっとこの大きさの大蛇なら、強力な毒を持っているだろう。それに瘴気も肉にたっぷり含まれているはずだ。
最近じゃあ、普通のモンスターの毒じゃもう物足りなくなってたところだったからな。ちょうどいい。
こいつを倒して食えば、きっと大量の毒耐性と瘴気耐性を得られるはずだ……!
このデカさは、おそらくこいつは噂にきく、【ユニークモンスター】だろうな。
ユニークモンスターってのは、稀に発生する『特殊個体』で、特別な名前が与えられている。
いわゆる突然変異ってやつだ。
最近、森の中を食い荒らしているデカいモンスターがいるって街で噂になってたんだ。
たしか名前は……【暴食王ベノミノム】。
こいつを倒したとなれば、きっと賞金も貰えるし、街の人にも感謝されるだろう。
領主の息子としての俺の株もあがるはず。
領地の平和を守るのも、俺たち貴族の役目だからな。
「そうと決まれば……! 倒すしかねぇ……! かかってこいよ。蛇野郎……!」
俺は剣を抜き、魔法発動の構えをとった。
俺と大蛇――暴食王ベノミノム――との死闘が始まった。