第16話 毒して頂戴【side:モルヴェナ】
【side:モルヴェナ】
「はぁ…………。かわいい…………♡」
私は部屋に飾ってあるゼノの写真を見ながら、そうつぶやく。
ゼノはこんな私に触れてくれた。
こんな私を怖がらないで受け入れてくれた。
そんな男は……いや、人間はこれまで他にいなかった。
私はもう、すっかりゼノに夢中になっていた。
よく見ると、あの長いまつげも、少し生意気な表情も、可愛すぎる……。
最近、ゼノのことばかり考えてしまっている。
しかし、考えすぎは注意だ。
ゼノのことを考えて、興奮が高まりすぎると、また身体から毒が放出されてしまう……。
まったく、忌々しい肉体だ……。
この溢れんばかりの思いを、どうにかゼノに伝えたい……。
そして、もっとこの私を受け入れてほしい。
キスをして、お互いのことをもっとよく知って、デートして、そしてそして……。
夜には夜景の見える部屋で……きゃっ……♡
いずれは結婚して、子供が欲しい……。
ゼノは私のことはどう思っているのだろうか……?
こんな年増のおばさんのこと、興味ないだろうか……?
けど、まだ私も31だ。
肌はぴちぴちだし、胸も……。けっこうイケてると思うぞ……?
男子はこういうお姉さんがたまらないはずだ。
しかし、ゼノのようすを見ていると、どうも私のことはただの先生としか思っていないようだ。
どうすれば、ゼノを惚れさせることができるだろうか。
どうすれば、私のことを一人の女として見てくれるだろうか。
「そうだ……! 惚れ薬だ……!」
私は毒の専門家じゃないか。
そして私の得意なことといえば、毒や薬をつくること。
私にかかれば、ゼノを惚れさせる媚薬をつくることも容易い。
媚薬というのは、一種の神経毒のようなものだからな。
「しかし……そんなことをしていいのだろうか……? っく……悩ましい……ダメだ、モルヴェナ。落ち着くのよ、私……」
いたいけな少年を、薬で無理やり振り向かせるなんて……。仁義にもとるような行いだ。思いついてしまった自分が憎い。
けど……どうしても彼を振り向かせたい……。
「そうだ! 完全な惚れ薬じゃなくて、『ちょっと興奮を高める程度の媚薬』なら大丈夫よね……?」
私は、特定の人間に惚れるように作用する薬は、倫理的に問題があると考えた。
しかし、例えばちょっとした精力剤のような、興奮や感度を高める媚薬であれば、まだましなんじゃないだろうか……?
それを飲ませて、あとはこの私のえっちな肉体で彼に迫れば……。
一度夜の関係になってしまえば、あとは一直線。
きっと彼と婚約することができるはず……!
◇
私は翌日、修行場に媚薬入りのドリンクを置いておいた。
さすがにこっそり飲ませるのは気が引けたので、それとなく自分で飲む方向にもっていくことにする。
「な、なあゼノ。喉が渇かないか……?」
「いや。全然ですね」
「くっ……。そ、そう言わずに。ほら、私が特製ドリンクをもってきたぞ!」
「特製ドリンクぅ……? な、なんか……ヤバそうな色してますけど……」
「滋養強壮効果がある、疲れがとれる香草が入っているぞ。それに味も美味い。きっと飲めば、元気になるぞぉ……? むふふ……」
嘘は言っていない。
「まあ、それなら……飲んでみますけど……なんか怪しいな……」
「よし……!」
これできっとゼノは勃〇が止まらなくなって、私をすぐにでも襲いたくなるはずだ……!
ゼノはドリンクを一気に飲み干した。
しかし、なにも起こらない……。
「うーん、なんか苦い……」
「そ、それだけか……?」
「ええ……まあ……確かに少し疲れは取れたような気がしますけど……」
「そ、そうか……」
おかしい……。
どういうことだ……?
私の計算では、媚薬ドリンクを飲めば、すぐに勃〇がおさまらなくなって、ちん〇んが痛いくらいに腫れあがるはずだ。
しかし、ゼノの股間は平穏そのもの。なんとも膨らんでいない。
媚薬が効いていないのか……?
なぜ……?
「お、おまえ……ち〇こついてんのかぁ……!」
「えぇ……!? い、いきなりなんですか……!? ついてますけど……」
私は思わず叫んでしまっていた。
ここは触って調べたいところだが、さすがにそれは捕まるかもしれないから、理性でなんとか抑える。
「ま、まあいい……。修行を続けるぞ」
「な、なんなだったんですか……いったい……ただのセクハラ……?」
◇
私の完璧な調薬が、なぜ効かなかったのだろう。
家に帰って、私は一晩中悩み抜いた。
毒の魔女の異名を持つ、この私が、毒や薬に関して間違うはずがない。
考えられる可能性としては、人並み以上の毒耐性を、彼が持っているということ。
あの媚薬は一種の神経毒を応用したものだからな。
しかし、あの媚薬がきかないほどの毒耐性となると……なかなかのものだぞ……?
もしそうだとしたら、なぜゼノはそれほどの毒耐性を身に着けているんだ……?
そういえば、私の肉体から毒が出ていたときも、彼は平然としていた。
普通であれば、私の毒は、死ぬことはないまでも、近づくと気分が悪くなる程度の威力はある。
しかし、彼はまったく動じずに、私に触れてきた。
ということは、やはりゼノには一定の毒耐性があるのだろう。
問題は、なぜ、いったいどうやってそんなものを身に着けたのかということ。
もしかしたら、ゼノには私がまだ知らない秘密があるのかもしれない。
日々魔力が成長していたことも、気になっていたしな。
ここは少し、彼のことを調べてみるべきかもしれないな。
◇
私は、毒の技術を応用してさまざまなポーションを作ることにも長けている。
透明化ポーションを作成し、ゼノをしばらく観察してみることにした。
すると、あることがわかった。
どうやらゼノの食事は、ミレイユというメイドが用意しているようだった。
そして私は、そのミレイユが持ってきた料理に驚愕する。
(な、なんだあれは……!? あれが料理と呼べるものなのか……!? いや、そもそもあれは食べ物なのか……!?)
しかも、驚いたことに、ゼノはミレイユのその謎料理を喜んで食べているではないか……!
だが案の定、暗黒物質を食べたゼノは、腹を抑え、叫び、その場でうずくまっていた。
「ぎゅあああああああああああああ!!!!」
あれ……?
そういえばこの叫び声、どこかで聞いたことあるような……?
あのとき私が修行の声だと思っていたものはこれだったのか!?
しかし……。
まさか、こいつは毎日こんなことをしているのか……!?
もしかして、アホなのか……!?
完全に狂ってる……。
すると、食べ終わったあとのゼノの魔力が、少し上がっていることに気づいた。
身体から漏れ出す魔力の量が、わずかだが変わっている。
なるほど、暗黒物質を食べて一度瀕死になったせいで、魔力が成長しているのか!
(ま、まさか……! こいつはこれを修行としてやっているのか……!?)
いやそれにしても……狂ってる。
なんのためにここまでやっているんだ……!?
私はてっきり、親がやらせているのだと思っていたが、どうやらゼノは嬉々として自分からやっているようなのだ。
いったいどういうことだ……?
あの料理を詳しく調べる必要がありそうだ……。
◇
私は、今度はミレイユの料理工程を観察することにした。
透明状態で、調理場に潜入する。
すると、ミレイユが使っている食材が、とんでもないものだとわかったのだ。
ミレイユは料理のスパイスに、【アボカンド】と【ピーナウッツ】を使用していた。
それが問題だ。
あまり知られていないが、アボカンドとピーナウッツは、混ぜて使用すると、毒素を生み出す。
そのせいもあって、料理を食べたゼノはあそこまで苦しんでいたのか。
いや、それ以外にも普通にめちゃくちゃな料理方法だが……。
他にも私の知らない、いろんな毒が発生していそうだ。
さすがにアボカンドとピーナウッツの毒だけではあそこまでにはならないだろうしな……。
とにかく、これでゼノの異常に高い毒耐性にも納得がいく。
異常に高い毒耐性に、日に日に上がる魔力量……。
そうか、つまり、すべては修行のため、わざとやっているのか……!
けど、なぜそこまでして、彼は強さを追い求めるんだろうか……?
もっとゼノのことが知りたい。
もし、なにか特別な理由があるのなら、彼の力になりたい。
そして、彼に必要とされたい。
役に立って、認められて、私のことを肯定してほしい……!
そうすれば、もしかしたらゼノも私を好きになってくれるかもしれない。
こうなったら、直接確かめるしかないな。
◇
私はゼノを問い詰める。
「お前、毒耐性を鍛えているだろう……?」
「う……な、なんのことですか……?」
「とぼけても無駄だ。私は毒の専門家だぞ? お前のメイドの料理を見た。あれは紛れもない、猛毒だ。まったく……あんなものを食って……。運よく死ななかったからいいものの、危険すぎるぞ」
私がそういうと、ゼノもあきらめて観念したような顔で、話をしてくれた。
「わかりました……。すべてをお話します。たしかに、そうです。俺はミレイユの料理を使って、毒耐性を鍛えています」
「なぜそこまでしてそんなことを……? なにか理由があるのだろう? 私でよければ力になる。話してくれ」
「……俺は、怖いんです。毒殺されるのが。俺は貴族です。しかも親は有力貴族のドミナル家当主。いずれ何者かに毒殺される可能性もある。そうならないために、今のうちから鍛えているんです。俺はもともとは虚弱体質で、毒も弱点でした。これまで鍛えて、ようやく今の毒耐性を手に入れたんです」
嘘は言っていない……ようだな……。
だが、すべてを話しているというわけでもなさそうだ。
まだ彼にはなにか隠さねばならないことがあるのだろう。
そこは私の信用がまだ足りぬということか。
なら、いつかは彼がすべてを話してくれるようになるまで、精いっぱい協力してやろうじゃないか。
そもそも、貴族というのは、暗殺と隣り合わせの存在だ。
だから、毒殺を恐れるのはわかる。
だが、それは毒味役を用意するなどして、普通に対策すればいいだけのはなし。
ここまでして毒耐性を鍛えようとするなんて、聞いたこともないし、正直狂っている。
だとしたら理由は一つだ。
彼は、自分が本気で暗殺されると思っているということ。
なにかその心当たりがあるのだろう。
何者かが、ゼノを狙っている。その確信があるのだ。
だとしたら、私はそれを全力で阻止したい。
「そこまで毒殺を恐れるとはな……。なにか訳ありのようだ。だが理由はわかった。いいだろう……。その毒耐性を鍛える修行……私も協力してやろう。なにせ、毒には詳しいからな」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございます!」
どうやらゼノも私が敵ではないと安心してくれたようだな。
これで、ゼノとの婚約に少しは近づいただろうか。
すると、ゼノはとんでもないことを言いだしたのである。
「じゃあ、さっそく。俺に毒をぶっかけてもらうことってできますか? 死なない程度に。ギリギリで、お願いします」
「は…………?」