第14話 家庭教師【side:モルヴェナ・ナイトベイン】
【side:モルヴェナ】
私の名前はモルヴェナ・ナイトベイン。
毒の魔女と呼ばれ、周囲からは恐れられている。
まあ、その名前が人を遠ざけるのだろう……。
誰も毒をつかさどるような魔法使いと、親しくはなりたくないだろうしな……。
みな、私の前では私に気に入られようと、媚びを売ってくる。
そして、誰も本当の私など見ようとしないのだ。
それに、この無駄に育った脂肪の塊がさらに邪魔をする……。
私をはじめて見る男は絶対に、この豊満な胸にくぎ付けになるのだ。
それが嫌で仕方がなかった。
それなのに……。
◇
ある日、私は貴族の子息に魔法を教えてくれ、という依頼でドミナル家を訪れた。
どうせこの家も私が強いという噂だけきいて、仕事を依頼したのだろう。
しかし、私のこの毒の能力を知れば、子供が危険だからと親は遠ざける。
どうせこの仕事も数回限りでクビになるだろう。なに、いつものことだ……。
「はじめまして。私はモルヴェナ・ナイトベイン。他人からは、毒の魔女と呼ばれているよ……」
私がドミナル家の子息、ゼノヴィウスにそう挨拶すると……。
なんと、ゼノは男だというのに、私の胸を一切見ずに、それどころかなにやら考え事をしている。
噂では非常に怠惰で不遜、かつスケベな少年だときいていたから、これは意外だ。
初対面で私の胸を見ない男なんて、はじめて会ったぞ……。
そして私の目を見て、真剣な表情でこう言うのだ。
「ゼノヴィウス・フォン・ドミナルです。俺に魔法を教えてください。よろしくお願いします!」
はう…………。
その真剣なまなざしに、私の心臓がときめく音がした。
いや……なにを考えているのだモルヴェナ・ナイトベイン。
相手はほんの子供じゃないか……。
いくらイケメンだからって、子供にときめくなんて……。
落ち着け、私。
まだ会ったばかりではないか。
「よし、それでは魔法の修行をはじめる」
私は誤魔化すように、平然を装いつつそう言った。
◆
【side:ゼノヴィウス】
この女性は間違いなく危険人物だ……。
なにせ俺の弱点である【毒】の専門家なんだからな……。
絶対に嫌われないようにしよう。
よく見たら、めちゃくちゃおっぱい大きいなオイ……。
しかも、こういうお姉さんは結構タイプだ。
でも、俺は最初にこの人に会ったとき、心に決めていた。
絶対におっぱいを凝視しないと――!
なぜなら、女性は胸を凝視されると嫌だってきいたことがあるからな。
昔、インターネットで見た。
嫌われないためにも、胸を凝視するみたいなアホみたいなことは絶対に避けたい。
それに、女性は意外と男性のそういう視線に気づくってきいたことがある。
だから俺は、目をガンガンに見開いて、彼女の眼だけを見つめて言う。
「ゼノヴィウス・フォン・ドミナルです。俺に魔法を教えてください。よろしくお願いします!」
ちょっと丁寧すぎただろうか。
嫌われたくない一心で、馬鹿丁寧な話し方をしてしまった。
最近じゃ前の性格に邪魔されることもないしな。敬語を使うのもばっちりだ。
どうやら第一印象は悪くなさそうだな。
でもまあ、なんとかうまく嫌われずに、師匠を変えてもらえるような流れにならないかな……。
とにかく、穏便に修行をやりすごそう……。
◆
【side:モルヴェナ・ナイトベイン】
「まずは初歩的な肉体強化魔法からはじめる」
私は弟子のゼノにそう言い放つ。
「はい……!」
「さっそくやってみろ」
「うおおお! 肉体強化――!」
――ズィイイイイン!!!!
私が少し教えるだけで、ゼノは簡単に肉体強化魔法を使ってみせた。
剣術の才能もすごいときいたが、どうやら魔法の才能もあるようだ。
さすがは貴族ドミナル家の子息といったところか。
「なかなか筋がいいな」
「あ、ありがとうございます……!」
しかし、なぜこいつは私に敬語なのだ……?
私は敬語じゃないのに……。
ゼノは貴族であり、雇い主でもあるのだから、もっと横暴に振舞われるものかと思ったが……。
そういう紳士的な性格なのだろうか。
きいていた話とずいぶん違うな。
まあいいか……。
◇
そうして数日間、彼に教えてみて、気づいたことがある。
この少年――ゼノ……。
日に日に魔力の量が上がっていってないか……?
修行場にやってくるたびに、前回よりも魔力量が大幅にアップしている気がする。
私の気のせいだろうか……?
いや……そうじゃない。
しかしいったい、どういうことなんだ……?
人間の基礎魔力量は、基本的には、産まれたときに決まっている。
いわば、ほぼすべてが才能で決まってしまう世界なのだ。
なぜなんだ……?
基礎魔力はよほどのことでないと増えないはずだ。
もちろん、その方法が全くないわけではない。
基礎魔力は、15歳までの子供なら、増やすことができると言われている。
しかし、その方法は想像を絶するほど過酷なものだ。
基礎魔力というのは、『瀕死の状態を一度経ないと増えない』のだ。
だから、意図的に増やすことなんて、ほぼ不可能といえる。
それに、瀕死の状態を経験しても、魔力が増えるのはあくまで15歳までなのだ。
だから、余計に難しい。
普通に生きている人間なら、15歳までのあいだの人生で、瀕死の状態を何度も経験するなんてことはありえないからだ。
それに、仮にそんな経験をしても、普通は何度目かで死ぬ。
何度も瀕死の状態から生き返った人間など、普通は存在しないのである。
だったら、今私が目の前でみているコイツはなんなんだ……?
ゾンビか……?
しかも、毎回やってくるたびに魔力が増えているということは……。
いったい裏でどんな修行をやっているんだ……!?
恐ろしい子……。
日常が地獄だったはず……。
今こうして笑っていられるのが奇跡的なほど……。
私は彼に精いっぱい優しさを与えてやろうと思った。
普段は明るくしているが、もしかしたらとてつもない闇を抱えているのかもしれない。
彼への悪評も、こんな家庭環境が関係しているのかもしれない。
だとしたら……その闇を振り払えるのは私だ。
◇
私はその日から、ドミナル家に泊らせてもらうことにした。
普段ゼノがどんな修行をしているのか、知りたかったからだ。
もしかして、虐待じみた修行でも強いられているのだろうか……?
だとしたら、私が助けてやらないと……。
その日、借りた部屋で眠っていると……風呂場からとんでもない声が聞こえてきた。
「ぎええええええあああああ死ぬうううううう!!!!」
「なにごとだ……!?」
私は飛び起きた。
まさか、今のがゼノが日常的に行っている修行なのか……!?
だとしたら……あんなの……狂っている……。
あそこまでの断末魔の悲鳴を叫ぶほどに、苦しく過酷な修行なのか……!?
私はすぐにでも駆けつけてやりたかったが、すまないがその勇気が出ない。
どれほど過酷な仕打ちを、彼が受けているのか、想像することすら恐ろしいからだ。
それを直視することなど……私にはできない……。
恐ろしい……。なんとおぞましい……。
私は身体が震えているのを自覚した。
すまない……っく……。
私にできることは、君に精いっぱいの愛情を与えることだけだ。
その苦行から救ってやることが、彼への救済となるかも、正直言って、わからない。
彼はきっと、それほどまでの修行を経てまで、強くならなければならない理由があるのだろう。
ならば、私も全力でそれをサポートするのみだ。
私は心に決めた。
彼にとって、最高の魔法の師匠になろうと……!