第12話 みなさんやられていることですので
「で……なんでお前も脱いでんだ……?」
俺が風呂へ行くと、なぜだかミレイユまで服を脱ぎだした。
意味が分からない……。痴女ですか……?
「今更女性の裸くらいで恥ずかしがらないでください。それに、私とゼノさまの間柄じゃないですか……」
「えぇ……? 今更って……俺、女性の裸とかあまり見た覚えないんだけど……?」
「以前もメイドとよく混浴されていたではありませんか」
「そ、そうだったかな……」
あかん……全然覚えてない……。
そのへんの記憶が全然思い出せない。
もしかして、毒のせいで記憶障害でも起きているのだろうか。
まあ、あれだけ毎回強い毒で気絶してたら、多少記憶が変になってもおかしくないわな。
それに、最近ミレイユと普通に喋れているのも、それのせいかもしれない。
毒のおかげで前世の醜悪な性格が、なりを潜めててくれたのはいいが……そのせいで記憶までも曖昧になるなんてな……。これは少し不便かもしれない。
俺はなるべくミレイユのほうを見ないほうにして、湯舟につかった。
さすがにメイドとはいえ、嫁入り前の生娘の身体をジロジロとみるものではないだろう。
「あれ……? まだ恥ずかしいんですか? おかしいですねぇ……。以前のゼノさまなら、大喜びで舐めるように見ていらしたのに……」
「えぇ……」
前の俺……どんな子供だったんだよ……。
恐ろしい……。
せめて、ミレイユが適当にでっちあげているだけだと思いたい……。
しかし、もともとのゼノの性格は最悪だったからな……それもあり得るんだよなぁ……。
まあ、せめて俺は嫌われないように、変なことはしないでおこう。
久しぶりに湯舟にゆっくり浸かると、疲れが癒えた。
それからミレイユに背中を流してもらい、身体も綺麗になった。
すると、ミレイユはどこからともなく、オイルを取り出して、自分の手でそれを広げだした。
「私が特別なオイルでマッサージをしてさしあげます。そちらにごろんと寝てください」
なにやら嫌な予感がする……。
「え、えっちなマッサージじゃないだろうな……!?」
前世でも童貞だった陰キャの俺には、これ以上先はさすがに刺激が強すぎる。
「大丈夫ですよ。ゼノさまはまだ子供ですからね。そんなことはしませんよー」
「こ、子供ではないけどな……」
ミレイユだって、5歳ほど上なだけでまだ子供だろう。
「私の祖国に伝わる伝統のマッサージです。オイルも数百年続く伝統のものなんですよ?」
「ほう……たしかに、なんだかいい匂いがするな」
ただし、最近俺の鼻はだんだんと腐ってきている。
多分、ミレイユの料理のせいだろう。
最近ではミレイユの料理ですらいい匂いだと感じるようになってきたくらいだ。
味も、前ほど悪いとは感じない。
人間の身体って……慣れって……恐ろしいな……。
ミレイユはオイルを俺の背中に塗りながら、身体を密着させてきた。
俺は思わず、「ひゃん」と変な声が出てしまう。
さすがに、ミレイユみたいな可愛い女の子にここまで密着されると、俺も恥ずかしいし、変な気になる。
「な、なあ……! これ、ほんとうにえっちなやつじゃないんだよな!?」
「大丈夫ですよー。みなさんやられていることですので」
「みなさんって誰だよ……なあ、ほんとうに大丈夫?」
「大丈夫です。マッサージ中に滑ってそうなってしまうだけなので……」
「法の抜け穴かよ!?」
なんだか薄い本みたいな展開になってきたけど、大丈夫か……?
さすがにこれ以上されると、俺も理性を抑えきれないぞ……?
しかし、その心配は無用だった。
「ん……? なんかこのオイル……変じゃないか……?」
まさかとは思ったが……ミレイユの持ってきたオイルだもんな……。
もしかして……料理と同じで、このオイルもなにか変な素材が使われていたり……?
オイルを塗られている部分が、だんだんとひりひりしてきた。
そして、そのひりひりは確実な痛みに変わっていく。
どんどんと皮膚が熱くなり、焼けるように痛い。
熱くなってるのは興奮のせいかと思ったが、違う。
身体中に痛みがはしる。
「なんだこりゃああああ!!!! いでええええええええ!!!!」
「はわわわ……! す、すみませんゼノさまあああ! 大丈夫ですかあああ!?」
俺はあまりの痛みにその場でのたうち回り、絶叫し、気絶した。
ねえ、ミレイユ……このオイル……毒とか入ってない……?
◇
俺が目覚めると、あれから丸2日ほどが経っていた。
ミレイユの毒料理ではもう気絶しても10時間ほどで目覚めるほどに鍛えていたというのに……。
あのオイルはおそらく別種の毒だろうな……。
それにしても強烈だった……。
「だ、大丈夫ですかっ……!? すみません、また私のせいで……」
ミレイユは申し訳なさそうに謝る。
しかし、俺はミレイユの頭に手をそえ、優しい言葉をかけようとする。
今の俺には、それができた。どうやら毒のおかげで、普段からずっと意識が朦朧としていて、以前の性格にひっぱられずに会話ができるようになってきたみたいだ。
まあ、ずっと意識が朦朧としているから、すぐに眠りそうになるんだけどな!
そこは気合いだ。
ミレイユの頭を撫で、俺は言う。
「いや。そんなに謝ることはない。大丈夫だ」
「ほ、ほんとうですか……? うそじゃない……?」
「ああ、嘘じゃない。それに、あのマッサージは気持ちよかったぞ! またやってくれ」
後半は嘘である。めちゃくちゃ痛かった。
だが……!
だからこそ、いいのである!
あの毒オイルによる謎の伝統マッサージを受ければ、俺はまた新たな種類の毒耐性を得られることになるからな……!
この世に毒は一種類じゃない。
暗殺の可能性を限りなくゼロに近づけるためには、ありとあらゆる毒を接種して、慣れておく必要があるからな。
あのマッサージは、あと何回かやってもらわなければならないだろう。
「き、気持ちよかったって……あれだけ痛がっていらしたのに……? もしかして、ゼノさまは痛いのが気持ちいいという変態さんなのでしょうか……?」
「い、いや……それはちがう……。お、俺はもともと肌が弱いからな。だがあのオイルを塗ったところが、ほら……」
俺はオイルを塗った部分を見せる。
ミレイユがオイルを塗ってくれたところは、一度は赤く腫れあがったみたいになっていたが、治ったあとは肌がすべすべになっている。
「ゼノさまのお肌がすべすべになってます……!」
「そうだろう……?」
どうやら毒成分は強いが、たしかに伝統なだけあって、いい効果もあるようだ。
うまい言い訳ができてよかったぜ……ふう……。
もしかしたら、あのオイルは免疫力を高めて肌をきれいにしてくれるのかも?
それにしても、あの痛みはすごい副作用だが……。
まあ、俺にはそれもいい修行になる。
身体の内側からだけでなく、外側からも修行が必要だ。
「よし、そうと決まればさっそく、またマッサージしてくれ!」
「はい……!」
数分後、俺はあの激痛と共に、また深い眠りにつくのだった――。
「ぎやああああああああ!!!!」
「ぜ、ゼノさまああああああ!?」