第10話 あいつあたまおかしい【とあるシェフの独白】
【とあるシェフの独白】
私の名はマルコーニ。
ドミナル家のお屋敷でシェフをさせてもらっている者だ。
私はこれまで、ずっとゼノさまの料理を担当してきた。
有名料理店で修業を積み、このお屋敷でも長年料理長を務めてきた。
そんな私の料理は、抜群に美味しいはずだ。
それなのに……。それなのに……。なぜ…………?
なぜ、ゼノさまはあんな小娘の料理を……?
ある日、ゼノさまはなにを思われたのか、急に、ミレイユなどというメイドに料理をすべて任せるとおっしゃったのだった。
「っく……私の料理がいけないというのか……?」
私が調理場でそう落ち込んでいたところ、その様子をみたメイド長のマーサが言った。
「違いますよ、料理長。ゼノさまはミレイユにご執心なのよ」
「なに……? そうなのか……?」
「ええ。それはもう。失態を犯したミレイユを専属メイドにして、『毎日俺のために料理を作れー』だなんて言ったんですもの」
「な……! なるほど、そういうことだったのか……!」
どうやら、ゼノさまもお年頃の男性ということだ。
ミレイユのことを気に入られたのだろう。
つまり、私の料理の腕に問題があったわけではないということだ。
それなら、ひと安心。
私も面子が保たれたというものだ。
「よかった……」
しかし、最近のゼノさまはどうも行動が大胆だ。
あのジャンガイモで倒れられた日からどうも人が変わったように様子がおかしいと、メイド長も言っていた。
だがまあ、あのゼノさまも意中の相手を見つけたというのは、いいことかもしれない。
それにしても、あの味にうるさいゼノさまが、毎日食べたいというほどの料理は、いったいどれほどのものなのだろうか……?
さすがに私のほうが料理の腕は上だろうが……愛はどんなスパイスにも優るというからな。
私も一料理人として、そのミレイユの料理を確認しないわけにはいかない。
私はミレイユが料理を作りにやってくるのを、物陰に隠れて観察することにした。
もし観察しているのがバレたら、レシピを盗みに来たと思われかねないからな。
それに、誰も見ていないほうが作りやすいだろう。
ゼノさまがご執心というミレイユに近づくのも、ゼノさまの反感を買うやもしれぬし……。
しばらく隠れていると、ミレイユがやってきて、料理を作り始めた。
のだが……。
(な、なんだアレは……あんなものを料理に使うのか……!?)
それはあらゆる国の料理を知り尽くしているこの私をもってしても、とても料理とは呼べない代物だった。
あんな器具を使う料理はきいたことがないし、あんな食材を使うものなんて、料理じゃない。食い物じゃないだろそれは……。
しかも、臭いがとんでもない。あれは……もはや毒じゃないのか……?
いや、しかし、一応食べられないこともない……のか……?
ゼノさまはよくあんなものを食べられるものだと、感心する。それほど、愛の力はすごいのだろうか。
きっとゼノさまもミレイユを傷つけないために、我慢して食べているに違いない。
そうじゃなければ、舌がバグっているのか、頭がおかしい。
すると、ミレイユは完成した料理をペロっと舐めて味見する。
「うんっ! 今日も美味しくつくれた!」
(な、なんだって……!? どんな味覚だよ!?)
どうやら、あのミレイユという娘も、舌がバグっているようだ。
というか、強烈な臭いで、もうここにいることすら辛くなってきた。
さっきからなるべく息を止めているが、もう鼻水と涙で死にそうだ。
「う……もう無理……あいつあたまおかしい……」
私はその場で気絶した。
断言しよう、あの二人の愛は歪んでいる。
まさに、狂っている。
◆
【side:父ヴァルター】
私はドミナル家当主、ヴァルター・フォン・ドミナル。
最近、我が息子――ゼノのことが心配だ。
ゼノにはもしかしたら、変な癖があるかもしれん……。
ミレイユというメイドの作る、頭のおかしな料理を、美味しいといってモグモグ食べるのだ。
あんなもの、廊下の外にいても臭いだけでどうにかなりそうだというのに……。
「将来とんでもない変態になってしまわないか……心配だ……」
私は、執事長のクラウスにそう相談する。
しかし私のその真剣な相談に、クラウスはふざけた答えをぬかす。
「さすがはあなたの子。血はあらそえませんな……」
「こら、ひと聞きが悪い。それではまるで私が変態みたいではないか……」
クラウスとはもう長い付き合いだが、さすがに執事から主に言う言葉としては、どうかと思うぞ……?
「違うのですか……?」
「う……まあ、否定はしない……」
私もずいぶん、いろいろな経験をしてきたものだ。
なに、とは言わんが……。
「それで、どうされるおつもりで? やめさせますか?」
「いや……。子供の自主性は尊重したい。今は好きにやらせよう。父としては見守るだけだ……」
「承知しました」
クラウスとそんな話をしていると、ソファで座って聞いていた、妻のメアリーが言う。
「けど、大丈夫なんでしょうか? あの子の身体……。昔から弱いから、変なものを食べて体調を悪くしないか、心配だわ……」
まったく、メアリーは昔から心配性で困る。
私も、幾度となく注意されたものだ。
その……いろいろとな……。
それに、正直、ゼノの気持ちは私もわからんでもない。
「男には、それでも耐えねばならぬときがあるのだ。愛する女が作った料理であれば、それがいくら不味かろうと、美味いと言って残さずに食う。それが愛だ」
「……ねえ、それってどういう意味かしら?」
メアリーは怒ったような声で言う。
まだなにも言ってないのに……。
「いや別に、お前の飯がどうとはいってないぞ? ……げふんげふん」
「はいはい。どうせ私は料理下手ですよ」
私たちのそんなやりとりを見て、クラウスはにやにやと笑みを浮かべる。
「ふふ……若い頃から、変わりませんな。お二人は。やはり、似た者親子なのかもしれませんな」
クラウスの言う通りかもしれん。
まあ、いずれにせよ、私は父として、ゼノのことを見守るだけだ。