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山賊の通行料

今回から章ごとに見出しや改行の取り方、地の文と台詞のリズムを微調整しています。まだ試行錯誤の段階ですが、最終的に読みやすく臨場感あるスタイルを固めたいので、どう変化しているか意識しながらお楽しみいただければ幸いです。

――借金時計 23:48:12


 空腹は人間から理性を奪うと言うが、月城啓司の場合は逆だった。胃袋が痛み出すたび、頭の芯が冴えわたり、借金という名のパズルが鮮明に浮かんでくる。

 彼はまだ夜が完全に明けきらない市場通りを歩く。二つの月が交差する仄白い空の下、屋台の布を広げる商人たち、かがり火の煙、輪っかになった子どもが歌う不思議な数え唄。耳慣れない旋律に混じって、乾いた砂の匂いが鼻腔をくすぐった。

 チュニックの胸元を掻くと、粗い麻布が指先にざらりと触れる。焦げ茶の糸で継いだ跡があるが、十分暖かい。足元の革靴は土埃を弾き、腰の布袋は中身の少なさを示す軽い重みしかない。


◇   ◇   ◇


 まず宿を取って頭と身体を休める――そう結論づけた啓司は、市場の片隅で見かけた短髪の少女に頼った。革のキャップを深くかぶり、細身の肩に三本の荷紐、腰には分厚い帳簿を吊るした小柄な案内人だ。


「《三日月亭》って宿があるよ。いまは夜明け割引、紹介料は後払いでいいから」


 商売気よりも好奇心が勝ったような笑顔に押され、啓司はうなずいた。だが案内された木組み三階建てを前に、掲示板の料金を見て思わず足が止まる。

一泊・銀貨一枚――銅貨十に相当する額。門で支払った金貨は既に消え、財布には一枚の硬貨も残っていない。借入枠の砂時計だけが重さを主張している。


「……申し訳ない。今は資金がまったくないんです」

 額の汗を拭きつつ頭を下げると、少女は一瞬きょとんとしたが、すぐに肩をすくめた。


「そっか。じゃあ稼いだら寄って。帳簿つけるの好きだから、後払いでも話は聞くよ」


 軽く手を振り、人波へ紛れていく後ろ姿を啓司は見送る。名乗り合う間もなかったが、鋭い視線と帳簿の重みが“また会うだろう”と告げているようだった。

 結局、宿は確保できず。夜明けの風がチュニックを冷やし、頭上では借金時計が静かに赤砂を落とし続けていた。


◇   ◇   ◇


 宿を諦めた啓司は市場へ戻り、値札を見比べながら貨幣体系を頭に刻む。

  ・全粒粉パン(硬い)……銅2

  ・白パン(小)…………銅3

  ・干し肉入り……………銅4

  ・銅10=銀1、銀10=金1(仮定)

 通りがかった老婆が、立ちすくむ啓司を一瞥し、ポケットから銅貨二枚を押しつけた。「若いのに顔色が灰みたいよ」とだけ言い残して去る。

 啓司は礼を言う暇もなく固いパンひとかけを銅1で購入し、残り銅1を布袋へ。パンは歯が折れそうなくらい硬いが、嚙みしめる塩気が脳を覚醒させた。


(借入タイマー……あと二十三時間と少し。返済には百銅相当が必要。現金で返すか、同価値のモノかサービスで埋めるか)


 ブラック企業で培った逆算思考が動き始めた。


◇   ◇   ◇


 市場の端、荷車が並ぶ路地で活気の方向が変わる。

「レッドリッジへ人手募集! 畑開き、日給銅八、メシ付き!」

 声に振り向くと、筋骨逞しいポーターが資材を積み上げている。都市に留まって小銭を稼ぐより、農村で銅八+食事は破格だ。啓司は木箱の陰で計算を重ね、決断した。


◇   ◇   ◇


 東門前は泥濘の広場。粗末な幌馬車が一台、積荷の隙間に農具が刺さり、農民や籠売りが荷台へ這い上がる。啓司も躊躇なく乗り、空いた箱に腰を下ろした。座面の藁が湿り、埃が舞う。誰も名を訊かない。沈黙が暗黙の契約書。

 御者の影が前板から覗き、「通行料は頭割りだ」とだけ呟く。橋? 料金? 啓司は質問を飲み込み、車輪が泥を弾く音に耳を澄ませた。


 借金タイマーが視界上部で赤く瞬く。二十四時間の砂は確実に減り、焦りは沈黙の底で膨張していく。


◇   ◇   ◇


 幌の裂け目から差し込む陽が眩しさを増すころ、荷馬車は花咲く丘を越えた。遠目にわずかな白煙を上げる農家、小川と石橋、畑を耕す人影が絵巻物のように流れる。

 しかし同乗者たちは寝息か、低い咳。啓司も疲労と空腹で意識が霞む。揺れに合わせて視界の文字が細かく震え、砂時計だけが律儀に砂を落とし続ける。


 頭の中で返済計画を組むものの、銅八では十三日。現実には初期費用も必要だ。つまり副収入が必須。畑仕事以外に何を差し出せるか――プログラム? アルゴリズム? この世界に通じるのか? 自問自答の霧は抜けず、次の障害が突然現れる。


◇   ◇   ◇


 峡谷。地盤を裂く切り通しの上に懸かる木造のハイスパン橋。欄干は苔色、支柱は乾いた音で軋み、大地から吹き上がる風が馬の鬣を逆立てる。

 橋の前に掲げられた塗料剥げの看板。

  通行料 一名金貨一枚

 車輪が止まり、列が静かに前へ進む。橋守―—名札替わりに革帯へ刻まれた文字“ホブ”―—が椅子から立ち上がり、巨躯の体を揺らして集金を開始した。鎖帷子に継ぎを当て、顔には良くも悪くも“人好きのする皺”。


「金貨噛むぞ、偽物なら突き落とす!」冗談めかした叫びに前の農夫が震え、銀貨十枚を差し出す。ホブは嚙み跡を付け、満足げに頷く。

 次は啓司。一歩進むと布袋の軽さが憎らしいほど伝わった。銅四枚で金貨一枚分の通行料? 不可能だ。


(借りるしか……しかし重ね借りはリスク跳ね上がり)


 背筋を冷やす蝗害のヴィジョンがちらつく。だが戻れば職を失い、タイマーは進むだけ。啓司は静かに目を閉じ、「借りる」と心で唱えた。


 掌に湧き上がる熱。硬質な重量感。指を開けば龍の横顔が刻まれた金貨が光を反射し、HUDの角に赤い「2」のバッジが点く。同時に新規の砂時計が浮かび上がる。二重ローン。


 ホブに差し出すと、彼は歯でコリリと噛み、白い歯形を確認した後に笑った。「ドラゴン鋳造か。銀が泣いとるわ」

 啓司は引きつった笑みで頭を下げる。「また通るときは値切ってください」

「稼いでからだな!」ホブは朗らかに笑い、荷馬車の背中を押した。


◇   ◇   ◇


 橋板が軋む音に混じって、啓司は背後の林へ視線を投げる。葉の陰で反射する一点の光。覗き具――スパイグラス?――を下ろした細身の影がこちらを見ている。風向きが変わり、草を擦る微かな笛の音が届く。

 同乗者たちが気付く気配はない。だが啓司は確信した。金貨が空中から現れる瞬間を見られた者がいる。その事実は、借入残高より冷たい恐怖となって胸に張り付いた。


◇   ◇   ◇


 峡谷を越えれば、赤土と黄金色の牧草が交互に広がる大地。夕陽は傾き、馬車の影は長く延びる。人々は明日の宿営地――リバーゲートの野営場――の話に花を咲かせるが、啓司はただHUDに並ぶ二つの砂時計を眺める。

 片方は空の半分近くが落ち、残りは七時間を切っていた。腹は空っぽ、布袋には銅貨四枚。何より、新たなローンが二十四時間後に牙を剥く。


(日没までに金貨一枚分。方法は? 畑仕事先払い? 情報仲介? 何でもいい。やるしかない)


 遠く谷間に見える灯りがレッドリッジの集落だと御者が指差す。藁屋根にともる橙の光が、啓司には次のタスクバーに見えた。


 チュニックの袖をまくり、革靴の紐を締め直す。胸奥の鼓動は速い。しかし恐怖は既に目的へ転化されていた。

 ――借りた以上、返す。それが仕事人としての最低限のプライドだ。


 馬車が軋む音に、彼は低く呟いた。「稼ぐ。必ず」

 砂時計は黙って砂を落とし続ける。

 蝗害の幻影は薄れもせず、夕闇の向こうで羽音を立てていた。

ここまで読んでくださってありがとうございます! 文体やテンポ、改行の間など気になる点があればぜひコメントで教えてください。「もっと会話が欲しい」「説明は短めが好み」など具体的にいただけると、次章以降で調整しやすくなります。ご感想お待ちしております。

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