麗しの王弟殿下は男装も女装もこの上なく似合って最高に至高です
栗色の長い髪を、一筋も残さずにまとめ上げる。手早く化粧をほどこし、細い銀縁の眼鏡をかける。オレリアは鏡に映る自分の姿をじっと見分した。
鏡に映るのは、切れ長の目に薄い唇、ひっつめ髪のいかにも堅物そうな女の顔だ。整った顔立ちではあるが、今『美しい女性』とされる流行りの要素は持ち合わせていない。ぱっちりとした瞳も、ぷっくり膨らんだ艶めかしい唇も。柔らかな薔薇色の頬でもなければ、小柄でもない。オレリアの背は男性と肩を並べられる程高かった。容姿は『凛々しい』や『涼やか』と呼ぶのが相応しい。オレリアは鏡の中の自分に向かって、不足がないとひとつ頷く。オレリアは、そんな自分が気に入っていた。
立ち上がった身に纏っているのは詰め襟で地味なデイドレス。まるで家庭教師のような出で立ちに、きびきびとした所作。オレリアはドレスのポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
――定刻通りだ。
今から部屋を出て食堂に向かえば、ぴったり朝食の時間になる。オレリアは満足そうに淡く笑みを浮かべ、颯爽と歩き出した。
使用人が開けた扉を通り食堂に入れば、オレリアの父、ジスランが丁度執事が持つ文箱に書類を伏せたところだった。ジスランは朝食前にコーヒーを飲みながら、業務上必要となる情報を頭に入れることが日課なのだ。
オレリアの生家、ウィンスロー家の当主は、代々王宮で財務に携わる宮中伯だ。オレリアは後継ぎとして、二年前から財務局に入局している。伯爵家という身分のある立場で、朝の身支度を自分で行うのは、それがウィンスロー家の家訓だからだ。
――ウィンスロー家の当主として国庫に携わる者、決して髪を乱すことなかれ。
「おはようございます、お父様」
「ああ、おはようオレリア」
オレリアの挨拶にこたえたジスランは、黒縁眼鏡の奥から鋭い視線をオレリアに向ける。怒っているわけではない。それがジスランの地顔なのだ。白髪まじりの栗色の髪をぴったりと後ろに撫でつけた、気難しげな顔の中年男性。オレリアは、実に父によく似ていた。
ジスランも家訓に従い、髪のセットも、着替えも、全て自分で行っている。宮中で働くともなれば、忙しさに忙殺されて帰宅がままならない時が稀にある。予算案で揉めたときや、予算案で揉めたときや、予算案で担当局と揉めたときだ。身だしなみの乱れは金の乱れ。決して相手に隙を見せることなかれ。だからウィンスローを継ぐ者は自分で身支度を整えるのだ。帰れずとも、忙殺されようとも、自分でさっと整える技能と習慣を身につけるために。オレリアには、この家訓がとても性に合っていた。
静かな朝食を終え、オレリアは父より先に王宮に向かう。早くに王宮に上がり、遠回りして中庭を望む渡り廊下を歩き、気分を整えてから執務にあたる。それがオレリアの日課だから。
庭師が丹精込めて整えた美しい庭を横手に、オレリアは懐中時計を確かめる。
(——3、2、1……ここ!)
カッと目を見開き、庭の一点を横目で凝視する。花の向こうから姿を現したのは、金の髪を流した麗しき王弟殿下バスティアン。彼は毎朝、いつもこの時間に中庭に姿を現す。
(ハアアアアアアッ!! バスティアン様今日も麗しいッ!! 麗しいを飛び越えて最早神ッ!! 神の創り給うた至高の芸術……ッ!! 主よ感謝いたします!!!)
きつく瞼を閉じ、脳裏に焼き付けるかのように一瞬目にしたバスティアンの御姿を反復、そして堪能。長々と見つめ続けることはしない。不敬だ。罪だ。冒涜である。オレリアは目を開き、キリリとした顔つきで前を向いて歩き続ける。彼を一目見ることこそが——オレリアの、日課だった。
(働く……いいえ、生きる、力……ッ!)
オレリアは今得た活力をみなぎらせ、執務室に向かい扉を開けた。
「おや、おはようオレリアさん」
「おはようございます、ロホスさん」
オレリアを出迎えたのは、ベテランの先輩、ロホスだ。オレリアの教育係を担当してくれている、頼れる財務官である。
「今日も遠回りをして?」
「ええ。この国の(至宝であるバスティアン様の)美しさに触れることで、自分がこの国(ひいてはバスティアン様という尊き存在の極々一部)を支える一員なのだという実感を得られるのです」
もちろん()内は口に出さない。出さないが、そういうことだ。糧だ。活力だ。生きる喜びだ。ロホスはまさか目の前の後輩がそんな事を考えているとはつゆ知らず、にこやかな笑みを浮かべて頷いた。
「それはいいね、とてもいいことだ。じゃあ今日も頑張っていこうか」
「はい」
今日は担当局から支払い計画の申請書が届く。内容を精査し、場合によっては予算執行現場に出向き確認することになるだろう。だが尻込みすることはない。どんなにハードな話し合いになったところで、隣には頼れる先輩が、そしてこの大気が繋がる先にはバスティアンが存在しているのだから。
——オレリアは、バスティアンの熱心な信奉者だった。
§
さて、財務官として日々誠実に務めているオレリアだが、彼女にはもうひとつ重要なお役目がある。名だたる名家の後継ぎたちが集まる園遊会に出席することだ。
今は主に、王太子であるフェリクスが中心となって次代を担う側近たちと共に交流を深めている。頼もしい限りであり、この国の未来は安泰であると感じられるひと時だ。そして現在この園遊会には、もうひとつ重要な目的が設定されている。——その中心人物となる御方が、美しい女性たちを従えて薔薇の向こうから姿を現した。
(ファアアアアアアアアッ!! 本日も優雅であり優美ッ!!)
バスティアンだ。現在この園遊会には、バスティアンの婿入り先を決めるという目的が設定されている。オレリアは慌てて瞼を閉じた。バスティアンの神々しさを焼き付けた瞳が溶け、滂沱の涙として流れ落ちるところだったから。危ない。
(今日は……ドレス姿……ッ!)
バスティアンはその日の気分によって装いを変える。衣装の色や装飾を変えるなんていうものではない。男装か、女装かだ。
男装の時は見目麗しく凛々しい美青年であり、女装の時は見目麗しくたおやかな美女である。口調も立ち居振る舞いも完璧に変えているのだ。以前女装をする理由について、バスティアンが『私は美しいのだから、男装に限られるのは美の損失だ。私は両方の装いで、人々に眼福を授けなければならない』と説明していたと知り、オレリアは感銘を受けた。まさに金言である。
オレリアは深呼吸をして、ゆっくりと瞼を開けた。大丈夫、瞳は溶けていない。
そっと送った視線の先では、バスティアンが華々しい女性たちと歓談している。おそらくは、バスティアンが研究開発を手がけている基礎化粧品の話で盛り上がっているのだろう。バスティアンは美の追求に余念がない。彼の存在理念として、化粧品事業に携わりブランドを所持しているのだ。オレリアももちろん愛用している。
オレリアは庭園の美しさを堪能していると見せかけて、さりげなくバスティアンを眺めた。何かに強く魅入られたとき……心を奪われた者が取る行動には、二種類あるとオレリアは考えている。すなわち『認知されたい』か『認知されたくない』かだ。どちらも間違いではない。そしてオレリアは『認知されたくない』方だった。
視界に入るなどおこがましい。ただそっと遠くから、崇め奉っていたいのだ。認知されたくないも何も園遊会に呼ばれる身分なのだから、当然家も名も顔も知られているわけだが、それはそれこれはこれ。出来ることならオレリアは——
(バスティアン様の私的な応接間に敷かれている、絨毯のひとすじになりたい…………)
寝室はいけない。神をも恐れぬ愚か者の欲心である。業火に焼かれて死ぬべきだ。
(いいえ、でも……)
オレリアはそっと庭木の葉を撫でる。下からではバスティアンの御尊顔がよく見えないかもしれない。由々しき事態だ。やはり壁紙に描かれた模様のひとつがいいかもしれない、とオレリアは思い直す。きっと御姿がよく見えることだろう。それに絨毯では、もし、もし万が一バスティアンが上を通ることがあったら。スカートの中を覗くことになってしまったら……
(許されざる……許されざる大罪……ッ)
なんという罪だ。死ね。死して償え。しかし絨毯のひとすじには自決する手段がないかもしれない。恐ろしいことだ。大罪を犯し償う術もなく、ただ神の裁きを待つばかり……やはり壁紙、壁紙が正解。オレリアはほうと息を吐いた。
「ごきげんよう、オレリア様」
後ろからそっと声をかけられた。振り向けば、親交のある令嬢が頬を染めて柔らかく微笑んでいた。
「ごきげんよう、レーネ様」
「花を愛でていらっしゃったのですか?」
「いえ……とても美しいと、ただ眺めていたのですよ(バスティアン様を)」
穏やかな微笑みを浮かべたオレリアに、レーネはうっとりとため息をつく。オレリアは女性人気が高いのだ。長身で、すらりとした細身。凛とした立ち居振る舞いにきりっとした顔立ち。厳格な人柄かと思えば、穏やかで優しい気づかいを見せる麗人——女性の間で、オレリアはそう評されている。令嬢たちにとって、きゃあきゃあと持てはやすのに安全でピッタリなのだ。ごく限られた内輪の集まりでは、男装をしてダンスの相手になることをねだられることもあるくらい。
(婚約者か……)
オレリアは自身の結婚に自信がない。政略のみで繋がる結婚なら出来たかもしれないが、あいにくこの国は恋愛結婚が推奨されている。オレリアは、バスティアンに恋をしているのか、と聞かれると答えに窮してしまうのだが、何よりも心を捧げていることに違いはない。聞かれる機会はないが。誰にも打ち明けていない上に、誰かに悟られた気配もないので。
誰か将来を考えようと言ってくれる殿方が、父の紹介や職場の伝手で現れてくれたとして。その殿方とバスティアンが並んでいたら、オレリアは間違いなくバスティアンに視線を奪われると断言できる。これは最早本能であり、魂なのだ。……さすがに不誠実ではないか、と思うので、オレリアは出来れば将来的には弟たちの子どもをひとり後継ぎとして預かることはできないだろうか……と真剣に考えていた。もう本当に結婚できる気がしないから。
では、オレリアはバスティアンの結婚についてどう考えているのか……オレリアもこの園遊会に招かれる立場。バスティアンの婿入り先として当然資格を有しているのである。
しかしオレリアは認知されたくないタイプの高火力強火信奉者。胸に渦巻く感情を端的に表すのならば。
(子孫繁栄して欲しい…………)
なんかもうよく分からないけど未来永劫繁栄してほしい。『子孫繁栄』と願いながら、具体的に婚姻や子宝を願っているかと言われると首を傾げざるを得ない。彼が幸せであれば何でもいいからだ。概念としての繁栄。幸せであれと、ただもうそう願うばかりだった。
「あちらに座って、お茶をいただきませんか?」
葉を指先でなぞり穏やかな微笑みを浮かべたオレリアに、レーネがどぎまぎしながら誘いかけた。
「ええ、喜んで」
オレリアは快諾して、レーネについて歩いていく。
——その後ろ姿をバスティアンが一瞥したことに気付かないままに。
§
「ねえティアン、お前いい加減婿に行きなさいよ」
王宮の最奥、王の私的な歓談室。そこに王族男性が三名つどっていた。国王陛下アンゼルム、王太子殿下フェリクス、そして王弟殿下バスティアンだ。
「こないだの園遊会も化粧品やドレスの話に終始したんでしょ、聞いてるからね」
「おや、フェリクスの告げ口ですか?」
バスティアンは隣に座るフェリクスに流し目を送る。フェリクスは穏やかにふふと笑った。
「すまないねティアン。父上に尋ねられてしまったんだ」
バスティアンは『やれやれ』と言わんばかりに片眉を上げ、肩をすくめる。アンゼルムはテーブルに片肘をついて、じっとりとバスティアンを見つめた。
「あのねえ。いつまで王宮に居座るつもりなの。分かってるでしょ、もうみんな、みーんな。お前と年回りのいい女性は結婚しているか、婚約者がいるんだよ」
本当は全員ではないのだが、アンゼルムは大げさに「みーんな!」と繰り返す。
「それとも何。とんでもなく年下が好きだとか、とんでもなく倒錯的な指向を持ってるとか、何かあるの。お兄ちゃんお前の幸せを願ってるけど、さすがに許容できない趣味はあるからね。協力できないことはあるんだからね」
早めに言っといてよ! とアンゼルムはバスティアンを睨みつけた。バスティアンはクスクスと楽しげに笑い、アンゼルムに返答する。
「ご安心ください兄上。私に幼児趣味もなければ、倒錯的な指向も猟奇趣味も持ち合わせておりませんよ。……ただ少し、ドレスの流行を好ましい方向に持っていくために王族の立場が便利でして」
「お前それで居座ってるの!?」
アンゼルムは大声を上げて、バスティアンは「ははは」と高らかに笑う。悪びれのないバスティアンの様子にアンゼルムは深いため息をついて、フェリクスに助けを求めた。
「フェリクス、お前からも何か言ってやってよ……」
「おや。フェリクスは私をどう説得するんだい?」
ふたりから注目を浴び、フェリクスはやれやれと言ったように軽い苦笑を浮かべた。父からの期待がこもったまなざし、叔父からの愉快げな視線を受けて、フェリクスは口を開く。
「そうだな。……私は来年、聖剣を受け継いで聖域を巡る旅に出る。それが次代としての責務だからね、当然のことだ。でももしティアンの結婚を祝えないのだとしたら、残念なことだと思うよ」
来年から五年かけて、フェリクスは世界各国に点在する聖域を巡る旅に出るのだ。さすがにバスティアンが今から六年間結婚せずにいることはないだろう、と言外に含ませて、フェリクスはバスティアンに微笑みかけた。
「——確かに、それは一理あるね」
バスティアンは納得して頷き、アンゼルムは「ほら! ほらね! さっすが我が息子優秀ッ!」と手を打って喜ぶ。
「私も君に直接祝ってもらえないのはさみしく思うよ。……よし、どうせ数年内に結婚するのだから、今しようか」
「エッ待って、相手……いるの!?」
アンゼルムは「知らないんだけど!?」と素っ頓狂な声を上げる。バスティアンは意味ありげにニヤリと笑ってみせた。
「目星はつけてありますよ。次の夜会で紹介しますので、婚約の承認を頼みます。——フェリクス、君なら誰か分かるだろう?」
「……ああ、なるほど」
分からないんだけど! 仲間外れにしないでッ!? と騒ぐアンゼルムを眺め、バスティアンとフェリクスは楽しそうに笑うのだった。
§
——そして夜会が始まる。
オレリアは壁際に立ち、ぼんやりと人が踊りさざめく様を眺めていた。バスティアンの姿は捕捉済みだ。本日はドレス姿。性別を超越した女神の降臨である、とオレリアは脳裏に焼き付けた姿を思い起こし、悩ましげなため息をつく。
その時、玉座の方向からどよめきが起こった。どよめきはだんだんとオレリアに近付いてくる。人波が割れる。ゆったりと、だが何者にも邪魔を許さぬ威厳を放ち、奥から歩んでくるのは圧倒的美の化身。げにも神々しきバスティアン。ちなみに彼は本日、「なんで女装なの!? 婚約者は!? エッ相手女性なんでしょ、お前正気なの!?」と国王陛下相手に一悶着起こしている。
オレリアはたまらず後退しようとしたが、壁際にいたため後ろがなかった。左右どちらかに寄ろうと思っても、バスティアンが嫣然とした微笑みを浮かべ、しかとオレリアを見据え歩いてくる。最早美の暴力。オレリアは鷹の前の雀のように硬直し、ただ近付いてくる神を迎えた。
「貴方、いつも私を眺めているでしょう」
——終わった——
オレリアの脳裏に浮かんだのはそれだけだった。気付かれてた。バレてた。認識されてしまっていた。これは神の裁きである。オレリアは弁明することもできず、ただ呆然とバスティアンを眺めた。
「園遊会、夜会、それから——毎朝の中庭」
(アッ)
オレリアは肩をびくりと跳ねさせ、思わずうつむく。
「私が視線に気付かないとでも思っていたのかしら?」
「……申し開きのしようもございません」
そこまで気付かれていた。これは真実神の裁きである。オレリアは裁かれる覚悟をした。この欲深き両の目をくり抜いて神に捧げるべきか。いやそんな汚らしいものをお目にかけるわけにはいくまい。ますます俯き、いや、神に頭を垂れ、途方に暮れるオレリアにバスティアンは言葉をかける。
「貴方、私の婚約者になって、もっと堂々と私を見なさいな」
「ウェッエッ、な、何を……!?」
オレリアの口から素っ頓狂な声が出た。顔を上げてバスティアンを見つめる。バスティアンはオレリアの目線からほんの少し高い位置から、満悦そうな笑みを浮かべてオレリアを見下ろしていた。
「貴方の視線は大変結構よ。私が許可を与えるのだから、堂々と見ていなさい」
神の許しだ。神の許しを得た。裁きではなく……オレリアは言葉も出ずに、ぽかんと口を開けた。
「いいこと、よくお聞きなさい。私はこれから年をとってゆくわ。顔に皺を刻み、肉付きも変わって、皮膚はたるみ、選ぶ装いも変わってゆくでしょう」
聞きたくない!! と、反射的に思ってしまった。神の言葉を拒絶する行いだ。なんという大罪を。——でも、とオレリアは手を震わせる。誰の口からであっても、たとえ本人からであろうとも。バスティアンの美しさを否定するような言葉なら聞きたくなんてない。だってバスティアンは何歳になっても誰より何より——
「——だから貴方は! 歳を重ね深みを増し、日々美しさを進化させてゆく私を一番近くから讃えておいでなさい!!」
「へゃぁぃ……♡」
解釈一致。緊張からの弛緩で脳がとろけた。オレリアの口から反射的にとろけきった返事が漏れた。神の宣告だ。是である。『讃えよ』と告げられたならば返事は『はい』か『イエス』か『喜んで』である。それ以外も何かもうよく分かんないからとにかく是。オレリアはとろとろでへにゃへにゃで思考能力を失ったまま、父と国王陛下の前に連れ出され、なんかバスティアンと婚約していた。…………していたのだ。
§
——それから六年。
「ティアン!! 今日も素敵だわ! 私の甘い甘いマシュマロ……ッ!!」
「君も素晴らしいよ、私の黄金」
毎日毎日、オレリアはバスティアンに「素直に讃えなさい」と顎クイされ、洗いざらい吐いた。もう何もかも吐露し続けた。それにより、オレリアはバスティアンを見つけた瞬間とにかく心のままバスティアンを賞賛する習性がすっかり定着していた。今では熱烈熱愛夫婦として名を馳せている。
「男装のあなたも麗しいわ……美しさが留まるところを知らないのね私の蜂蜜。もちろんあの新しいドレス姿をお披露目するときもたのしみなんだけれど」
「今日はまだ袖を通せないからね。あのドレスを着るときは、君が男装しておくれ。ぜひ君と踊りたいんだよオーリー」
「もちろんよティアン」
会話の合間にちゅっちゅとキスを送り合うことも欠かさない。新しいドレスとは、今日結婚式を挙げる王太子妃がバスティアンの全面協力で作り出した新たなデザインを元に、バスティアンに似合うよう作り上げたドレス。本日華々しくお披露目される新作ドレスだから、まだ世に出せないのだ。自分が一層美しくなる手段があるのに妥協したドレスに袖を通すことなど断じてできないと、今日のバスティアンは男装を選んだのだった。
「さあ、そろそろ行こうか。お手をどうぞ、私の砂糖菓子」
「もうっティアンったら本当に格好いいわ!!」
ふたりはイチャイチャいちゃつきながら屋敷を出て、王太子、王太子妃両殿下の結婚式へと向かう。息子たちとぬるい笑顔を浮かべた使用人に見送られて。
踏み出した外は抜けるような快晴。この国の将来と、ふたりの愛を未来永劫照らすかのように、太陽が光り輝いていた。