6.実力は適切に見せつけ、隠すものだ。
Ⅰ
「フォルツダンジョン都市への旅客馬車と髪染めの魔道具を。」
「旅客馬車と魔道具。」
「ここはエレンズシュタットの隣やから、荷馬車を呼び寄せる事もできんだがぁ、金のかかる旅客馬車で良いんだなぁ?」
「あぁ。旅客馬車で良い。」
それを聞いて、闇ギルド職員が奥の方へと行った。
「よし、馬車の確認がとれたぜぇ。ここに着くのは明日の深夜2時頃。今からおよそ25時間後だ。金は口座から引いておく。もうキャンセルはできねぇからな?合言葉は『客か?』に対して『荷物の追加を。』だ。間違えるんじゃねえぞ。」
「あぁ分かった。」
闇ギルド口座。
普通のギルド、職業の比較ではない金の動く闇ギルドにおいては、闇ギルド証と連動した口座が存在し、闇ギルドの元に管理される。
何らかの依頼を出して金を支払う時や、報酬を受け取る時にも活用される。
それでいて、口座の使用には手数料が発生しない。
依頼者側に仲介料が発生するにはするが、それは現ナマでの支払いでも同じように発生する。
とは言え、闇ギルドが仲介しない。すなわち仲介料を取れない金のやり取りでは使えないが。
例えば、エレンズシュタットの闇ギルド本部内において、場所を借りているだけの個人間の取り引きには使えない。
世界中の有力な闇ギルド所属者がエレンズシュタットに集まって、その場所を借りてブツの取り引きしているだけで、闇ギルドはその取り引き自体には一切関与していない。
故に闇ギルド口座は使えない。
神の依頼達成後にでも闇ギルドを牛耳る機会があれば、この仕組みには少し手を加えるとしよう。
そうして闇ギルドから去ろうとして出口に歩いて行くと、
「おい、にーちゃん結構やるだろ。」
ふむ。どうやらただの酔っ払いのようだな。
念のためとは言え鑑定するまでもなかったほどに分かりやすいな。
「だから何だ?」
「ちょいと、俺と手合わせしようぜっ!」
と言うと同時に槍を薙ごうとしてきた。
随分と戦闘狂じみた酔っ払いだな。
それに対して、素早く袖から短剣を取り出し、サッと加速して喉元に逆手で持った短剣を突きつける。
「試すまでもない。」
「はえぇな。そのナイフは錬金術かぁ?それか、素早く取り出したかだなぁ。」
「どうだろうな。」
「少なくとも暗殺者だろぉ?」
「ふんっ、答え合わせするつもりはない。」
それに、全て誤っている。
この短剣は酔っ払いが絡んできた時点で袖に錬金したものだし、それを突然槍を振るってきた瞬間素早く取り出している。
どちらか片方ではない。
そして暗殺者に見えるのは、闇ギルド登録時から演じている結果に過ぎない。
必要に応じて剣士にも魔導師にもなり得る。
そうして短剣を懐にしまい、闇ギルドから立ち去る。
翌日、深夜2時頃。
静かに村にやってきた馬車に4人の人影が近づき、1人が馬車の操縦士の方をノックした。
「客か?」
「荷物の追加を。」
「荷物は馬車の中に運べ。元からある荷物は扉開けてすぐの席にある。」
「分かった。」
今回は、吹き抜けの荷馬車でなく、扉や窓のついた旅客馬車だ。
荷馬車では完全には身を隠せないからな。
前回は面倒事を避ける為だったが、今回はティピカの痕跡を断つことが目的。
移動中はカーテンを閉めて外部との接触を完全に断つ。
最後に降りる頃にはもう、見た目を変えて別人と言う訳だ。
そして、4人の人影は馬車に乗り込み、その馬車は深夜の暗闇へと姿を消した。
町を出てからしばらくして、ランプ型の魔道具によって薄く照らされた馬車内にて。
「さて。まずはこの魔道具で髪色を変える。目を閉じてじっとしていろ。」
スプレー缶のような魔道具を手に取り、調整した後に振ってティピカの髪に吹きかけた。
すると、みるみるうちにティピカの髪が赤色へと変色した。
「これで地毛の色ごと変え終わった。後は髪型だけだ。横を向け。」
今度は髪を結ぶなりして、ツインテールにした。
これによって、目立つ赤髪に目がいき、顔に意識が向かない。
そして、以前のロングだったりショートだったりを想像すらできないツインテール。
この2つによって、顔を直接見ているミリテール軍関係者は勿論、親ですらティピカだと気づくのは、直接接触でもしない限り無理だろう。
そして、日の出を迎えようとしている頃にフォルツダンジョン都市に着いた。
「さて。ここからは門まで歩きだ。」
フォルツダンジョン都市は、付近に魔物の出没場所とダンジョンが多数ある。
その影響でスタンピードが起きることもよくあるこの都市は、ミリテール騎士団や魔導師団が常駐する要塞都市。
軍だけでなく、冒険者も大量に集まるこの都市では、冒険者の為に売られる武器やポーションなどの装備品は良質なのが揃っており、ダンジョンで得たアーティファクトも色々と売られている。
特に、アーティファクトに関してはヴィッセンシャフト技術公国の商人が、積極的に買ってくれるから儲かるとのことだ。
とまぁ、冒険者関連にてかなりの規模の売買がある事から、この都市においては冒険者ギルドとして普通のギルドとは別に建物があり、そこで売買を仲介している。
それほどにここは冒険者の為の都市という訳だ。
そして、この都市の周囲は城壁に囲まれており、門番が出入りを監視している。
入る時にギルド証を見せれば良いだけの形式上ではあるが、わざわざ旅客馬車で門を通って目立つ必要性はないから、ここからは徒歩だ。
しばらく歩いて、都市の東門にたどり着いた。
「これがフォルツダンジョン都市。ジョウヘキがとても高い、、、」
「カイザー城都くらいあるです。」
まだ夜明けの時間帯だが、城門では夜に現れる魔物を狩ってきたのか、何人かの冒険者と思われる人達が出入りしていた。
「通ってよし。次!」
「ギルド証を見せろ。」
「後ろの3人はお前の奴隷か?」
「はい。」
「通ってよし。次!」
そうして門をくぐり、早速冒険者ギルドへと向かう。
そして冒険者ギルドに入ると、
「おいおい、見ろよ。エルフの女だぜ。」
「フュ〜、カワイイじゃん。」
流石、スキル容姿端麗Lv.10だな。
冒険者の男達にはクリティカルのようだ。
プラハトには早めにハニートラップを覚えさせるとするか。
「なぁなぁ、そこのエルフのねえちゃん、そんなちびっ子とパーティー組んでないで、俺達と組もうぜ。」
「ぇ、いや、あの、その、、、」
案外人見知りらしい。
ハニートラップで他人に対して、演じるということを覚えさせればなんとかなるだろう。
「なっ、良いだろ〜?」
「問題にならない程度に足払いしておけ。」
と小声でプラハトに囁き、プラハトが素早く足払いした。
突然の事に対応できなかったチンピラ達はそのまま足払いを受け、転んだ。
「「うおっ」」
「あ、大丈夫ですか?僕のパーティーメンバ―は喧嘩っぱやくて、すいません。」
そう言って大銀貨2枚を取り出し、渡す。
「あ、あぁ。」
それを受け取った瞬間、懐に分かりやすくしておいた大神貨を目にしたチンピラ達が固まる。
「どうしました?」
「な、なんでもねぇよ。」
「じゃ、じゃあ俺達はもう行くわ。」
そしてチンピラ達は足早に立ち去っていった。
大神貨。
冒険者における呼び名は『血塗られた硬貨』。
冒険者にとって、大神貨を手にするような機会はない。
冒険者で大神貨を持っているというのは、一度の依頼でそれほどの報酬を得られるという事。
そんなのは、ドラゴン討伐をこなすようなSランク冒険者か、表向き冒険者として活動している裏社会の人間かしかいない。
特に、裏社会の人間の印象が強いからこそ、血塗られた硬貨と呼ばれる。
つまり、チンピラ冒険者程度ではとても敵う相手じゃない訳だ。
「どうしてあんなに慌てていたんでしょうか?」
「さあ?」
後は、無自覚かのように装えば、周囲の奴らは事実を深く探れないだろう。
この世界の常識を知っている転生者が見ていたならば、そいつには無自覚系チートのような奴に見える。
さて。それはそうと、魔物の情報を見ておくとしよう。
まだこの時間帯は夜行性の魔物が多いか。
まずはこのレベル帯の魔物との戦闘に慣れさせることが先決だ。
少し時間をおいて昼行性の魔物が出るまで待つとしよう。
夜戦はその後だ。
「今回は、オーク、ワイルドウルフ、ポイズンスパイダーを狙って、早ければ今夜にシャドーウルフ、ゾンビ、スケルトンも狙う。その為にも昼頃まで休憩して準備を整えておけ。」
「ミリテール名産の味付き栄養食を食べて良いです?」
「良いが、食べ過ぎるなよ?戦闘中に腹が痛くなっても俺は対処しない。」
「はいです。」
ミリテール軍発祥の味付き栄養食。
栄養補給を時短でき、栄養素的にも有用な軍の栄養食を改良し、美味しく食べられるように色々な味をつけたものらしいな。
ティピカ改めタンゴは、軍に居た時に食べてハマったのだろう。
俺も栄養食に関してはよく食べている。
こういう合理性に満ちた効率な物は良いものがほとんどだからな。
とは言え、この世界の栄養食は前世と比べると劣っている。
必要があれば、前世の完全栄養食を再現して販売し、ミリテールの名産品を1つ潰せるだろう。
「イチゴ味に、チョコバナナ味、コナバナナ味、ココア味、ウォーターメロン味、、、」
「・・・眠いです。」
「ワタシも、」
ふむ。昨日早めに寝て休んでから夜中の馬車に乗って移動して、移動中も寝させていたはずだが、馬車の揺れであまり寝付けなかった様子か。
「なら、早めに宿を確保するとしよう。タンゴは何味にするのか決めたか?」
ティピカの偽名はひとまず、頭文字のTを取ってタンゴにしたが、鑑定されたことを感知できるアーティファクトか鑑定を阻害できるアーティファクトを3人分手に入れるまでは偽名の使用は最小限にせざるを得ないだろう。
「ウォーターメロン味に決めたです。」
そして、味付き栄養食を買った後、宿の部屋を用意して、そこでプラハトとアヤノは寝て休み、ティピカは買った味付き栄養食を食べてそのまま部屋の中の椅子で寝た。
全員寝たか。
であれば、魔力探知Lv.10の『魔力把握』で追っていたさっきの奴らの口封じに行くとしよう。
そうして、部屋に揮発性睡眠薬を残し、入った時とは別の門から出て追った。
一方、チンピラ冒険者達は、シャッテン森林で魔物を狩りながらダンジョンへ向かっていた。
「やっぱ早朝にダンジョン入って、夕方にダンジョンから出るのが一番魔物狩りのタイパ良いっすね。」
「俺らが1日中ダンジョンに潜ってられるほど強いタマやからできるんや。」
「やっぱ他の冒険者達はダメっすね。」
「せっかくこの都市に居るってのに、ダンジョンだけとか夜の魔物だけとか、そんなんじゃ稼げねぇっての。」
そう言ってガハハと笑いながら森を進んでいくと、ダンジョンで手に入れたと思われるアーティファクトが落ちていた。
「お、ラッキー。」
「せっかくのアーティファクトを落とすなんて、どこのアホだ?」
「あっちにも落ちてるっすよ!」
「おい!そっちは道から逸れるぞ!」
そうして落ちているアーティファクトを拾いに行ったチンピラの1人が突然、足を矢で貫かれて倒れた。
「いってぇ〜!」
「スケルトンか⁈」
今度は他の1人が3本の矢で腹と脇腹、心臓を貫かれて大量の出血と共に倒れた。
スケルトンか?いや違う。
アーティファクトの落とし物を拾っているタイミングに来るのはタイミングが良すぎる。
つまり、
「まずい!これは罠だ!」
リーダー格の男が足をやられて倒れている仲間に叫んだが、その仲間は首に矢が刺さって既に息絶えていた。
「死ぬ前に罠だと分かって良かったな。正解だ。」
「!、誰だ⁉︎」
その声に素早く反応して、声のした方へ顔を向けると、そこにはフードで顔を隠した謎の男がこちらに弓を構えていた。
そして回避をする余裕もなくそのまま頭を射抜かれた。
〜〜〜
さて。偽装の為に両肩にも矢を刺しておくか。
よし。これで全員片付いたな。
後はアーティファクトを回収して、弓を処分して証拠隠滅すれば、スケルトンにやられたとしか思われないだろう。
弓を扱うような指名手配レベルの殺人犯はいないしな。
火属性初級魔法『ファイア』で弓矢を燃やし、風属性初級魔法『ウィンド』で空気を供給して完全燃焼させることで、灰すら残さずに凶器を消した。
そして、アーティファクトを回収していると、魔力感知で異変を感じた。
少し急いでずらかるとしよう。
どうやら森の奥が騒がしくなってきた。
ちょうど宿の部屋に戻ったタイミングで、前世で言う空襲警報とかJアラートに似たサイレンが都市に鳴り響いた。
「《ミサイル!?》」
それをJアラートと思ったアヤノが飛び起き、元々軍にいたティピカはサイレンを聞いて寝ていた机から素早く立ち上がった。
やはりさっきの異変はこれだったか。
「スタンピードだ。冒険者にも集合がかかっている。全員起きて準備しろ。行くぞ。」
街中では、ミリテール騎士団が戦力外の住民の避難誘導を行い、ミリテール魔導師団は城壁へと駆けて、多くの冒険者が冒険者ギルドへと集合していた。
「こちらに注目して下さい!ギルドマスターよりスタンピード対応の説明があります!」
ギルドの受付嬢の方を見ると、中年くらいの筋骨隆々の男性が現れた。
「冒険者諸君!今回のスタンピードはこれまで以上に激しい。」
「通常であれば、魔導師団が魔物の密度を減らした後に、パーティーごとにまとまって残りの魔物を殲滅してもらうが、今回は魔物の量が非常に多く、城壁の魔導師団から援軍要請を受けている!」
「よって、今回は魔法を使える者はパーティー関係なく、城壁に登って魔導師団と共にモンスターへの魔法攻撃を行ってもらう!魔法を使える者は私に着いて来てくれ!」
「プラハト、タンゴ、アヤノ。行くぞ。」
ギルマスに着いて行って城壁の上に着くと、ポーションの備蓄も切れて魔力不足で疲れきっている魔導師もいる中、数人の魔導師が魔法を打ち続けていた。
「スタンピードはまだ終わっていないぞ!」
「ミリテール魔導師団、構え!詠唱開始。」
魔力に余裕のある魔導師が一斉に構え、詠唱を始める。
「放てー!」
「ファイアバレット」「ファイアショット」「テイルウィンド」
威力の高い火属性魔法の中でも射程の長い魔法に対して、風属性魔法の支援で射程をさらに伸ばして完全燃焼でさらに威力を上げて、それが魔物の群れへと辿り着き、かなりの威力を発揮する。
「連続詠唱!放てー!」
「ファイアバレット」「ファイアショット」「テイルウィンド」
そして魔法を放ってから時間が経たない内に再度同じ属性の魔法を打つことで、属性と級の詠唱を省略して放つ。
魔導師団の方は限界が近いな。
城壁の外の方をよく見ると、スタンピードから少し逃げ遅れた冒険者数名が魔法で足止めしながら城門へと向かっていた。
魔導師団も彼らの撤退を援護していたようだが、それももう望めないだろう。
「冒険者諸君!まだ城壁の外に取り残された冒険者が居る!彼らが門にたどり着くのを支援するぞ!全員横に広がれえ!」
ギルマスの掛け声で、皆が杖を構えて城壁に展開する。
「隣の奴と連携して魔法を放て!あの冒険者達が門にたどり着いて、城門を閉じ次第、私が上級魔法を放つ!」
それを聞いた冒険者達が歓声をあげる。
鑑定で見た所、ギルマス使えるのは風属性上級魔法か。
魔法を放ってから徐々に威力の上昇するウィンドストームであれば、城壁から打っても問題はないだろうが、殺傷性に問題がある。
魔物を一掃するには至らないだろう。
とは言え、俺であればこの程度のスタンピードを鎮圧するのは容易い。
気になるのはスタンピードを起こす原因となった存在だ。
しばらくは様子を見るとしよう。
「プラハト、タンゴはファイアバレット。アヤノはウィンドを打て。俺が無属性魔法で強化する。」
「「「はい」」です。」
「無属性中級魔法『マジックエンファシス』」
「「火属性初級魔法『ファイアバレット』」」
「風属性初級魔法『ウィンド』」
他の冒険者達も続々と様々な魔法を放って魔物を減らしていく。
魔導師団の数に対して、冒険者の人数はかなり多く、一気に魔物の数が減っていくが、時間が経つにつれて自然発生の魔物から、ダンジョン内に出現する大型の魔物も現れ始め、火力が不足し始めた。
ティピカは魔力にある程度余裕はありそうだが、それ以外に余裕がなくなってきた。
そろそろ冒険者としては退いて、ネスとして介入するか?
スキルのレベルアップの為にはスキルの使用が必要だが、同じ魔法を使うだけでは段々と効率が落ちる。
故に初級魔法で上がりづらくなったら中級を使わなければならないというように、レベルが上がるごとに高威力の魔法を使わなければならない訳だが、高威力の魔法は普段使いしづらい。
そうなると、レベルが中々あがらないようになる。
その中で、今回のような的だらけの状況というのは便利だ。
高威力の魔法をバンバン打ったとしても問題にならない。
そうこう考え、魔力切れを口実に戦線を離脱しようとした時、
何者かの声が城壁全体に響き渡った。
・???
庶民は実力を持たざるが、栄誉を得し者は庶民を脱却し、実力を手にするであろう。