5.この世の全ては道具であり、使う為にある。
III
「さて。帝国の脱走兵とはどういうことか。説明してもらうぞ。ティピカ三等魔導師。」
「・・・はい。」
「私は元々、ミリテール強兵帝国軍の新設部隊、魔導剣術隊に所属していたです。」
『魔導剣術隊』か。
連邦の構成国家の情報はある程度集めていたが、聞いたことがないな。
「ふむ。聞き覚えがないな。」
「はい。私が生まれた時にもまだなかったです。この部隊が作られた理由は、私が生まれながらにして剣術と魔術の両方のスキルを低レベルながらも上手く両立していたからです。」
女神の情報によれば、武術系スキルと魔術系スキルを先天的に両方持って生まれる子供は、たいていどちらかを扱う才能が低いらしいからな。
そういう子供は才能のある方のレベルを上げることになるのだが、生まれながらにして両方に才能を持っていたのであれば、今後の成長が期待されることだろう。
「それで私に興味を持った軍の上層部が、剣術と魔術の両方を扱う独立部隊として魔導剣術隊を作ったです。」
意外だな。
この世界のほとんどの奴は、スキルの最大レベルが高い奴が強いという特化主義的だが、この部隊はその主義に反する手数主義に値する存在。
いくら武術と魔術の両方に才能があって将来が有望だとは言え、両方を鍛えるという事は、1つに集中するより最大レベルが下がるという事。
剣術を鍛えながら体術を鍛えるのは簡単だ。どちらも体を鍛えて筋肉をつけるのが基礎だからな。
だが、剣術と魔術となるとそう簡単ではない。
故にこの部隊を作った軍の上層部の奴は、反特化主義であるか剣術と魔術の両方を効率良く鍛える方法を見つけたか。
どちらにしても知的な奴と言える。警戒を強めるとしよう。
「そして、私はそこで期待のエースとして、別で選ばれた魔導師と一緒に剣術と魔術の訓練を受けたです。」
おそらくその魔導師は魔術系スキルのみを先天的に持っていたのだろう。先天的に剣術と魔術の両方に才能のある奴は少ないが、後天的に得たとしたらそうとは限らない。
そして、魔術系スキルを後天的に得るのは手間暇がかかるが、武術系スキルを後天的に得るのは簡単だ。俺ができたようにな。
だから選抜した魔導師を集めて、そこで剣術と魔術の訓練を行うことにしたのだろう。
「でも、私がそこでスキルレベルを大きく上げる事はなかったです。せいぜい剣術がLv.3になった程度。それに比べて他の何人かはどんどんレベルを上げて、、、」
他の奴らがどんどんレベルを上げているのに、両方の才能を持つはずのこいつがレベルを上げられない、か。
鍛える時は色々と試した方が良いかもしれないな。
「その環境に耐えられなくなった私は、夜中に兵舎を抜け出し、逃げているうちにあの奴隷商に捕まって、、、」
と過去を遡っている内にティピカが泣き始めた。
それをアヤノが慰める。
「そうだね、辛かったよね、怖かったよね、」
やはりこういう時に、日本人の同調は使える。
このままティピカはアヤノに任せて、明日の準備を進めておくとしよう。
スキル、錬金術。
鉄製の一般的な剣、槍、短剣。品質低めで量産品のような性能で良いだろう。
錬金した武器をそれぞれ一振りずつ試す。
よし。重さもちょうど良いだろう。
次は弓だが、これは特に調整できるような点がない。
そもそも、この世界において、弓に優れている物はない。
この世界における弓とは、魔術にも近接戦闘にも才能のない弱者が扱う武器。
遠距離攻撃するなら魔法の方が圧倒的に威力が高いからな。
だから弓の需要があまりにも少ないし、弓術スキルも外れスキルと言われる程人気がない。
実戦で使えないような投擲スキルでさえ、庶民のスキルと言われる程度には有用性が認められているが、弓術スキルはそれ以下ということだ。
もちろん、技術系スキルだとかその他のスキルにも無駄なスキルは色々あるだろう。
だが、弓術スキルにはせっかくの武術スキルなのに、という失望感が影響しているのだろう。
弓以外に扱えるスキルが1つでもあるならそっちの方を扱いたい。そんな気持ちで溢れている。
それ故、前世におけるクロスボウやコンパウンドボウといったものが生み出されない。
もしクロスボウが開発されたとしても、クロスボウを扱うのに適するスキルがないということがクロスボウの普及を妨げる。
一方、コンパウンドボウのような改造した弓が開発されたとなれば、一気に普及するだろうが、そうなっていない。
つまり、誰かが開発して大々的に発表したことがないということが分かる。
だが、スキルにしか頼れないような考えで開発するべきではない。それこそ、前世におけるAK-47を開発する勢いでないとな。
俺はそうする。
そして、その為にも鍛治と錬金術スキルは大事だろう。
この辺りで話を戻して、後は魔術用の杖だ。
杖本体は、木の枝に魔石を取り付けたかのような簡易的な物にして、魔石の純度も高くなくて良いだろう。
魔力の扱いを理解するのに対して純度が高いのは難易度が簡単すぎて魔力の扱い方というのを理解できない。
純度1%の粗ミスリル。このくらいだな。
これで武器の準備は完了だ。
残りは消耗品である術式の刻まれた魔術紙と魔力回復のポーション。
これは、軽く寝て起きてから朝までの時間で無限に作るとしよう。
錬金術でポーションの原料を作成し、魔力回復ポーションを作り、錬金術によって消費した魔力を回復する。
錬金術スキルと醸造スキルが高レベルであり、魔術系スキルによって適度な魔力さえ持っていれば、半永久的に錬金と醸造を繰り返せる。
スキルの抜け穴だな。
とは言え、これほどのスキルを得るのは難しいし、持っている人が居たとしても、できないだろうという先入観が邪魔をする。
常識に縛られていない若者が、それらのスキル得ることができれば気づくことができるかもしれない。
だが、普通の人がここまでレベルを上げるというは、とても長い年月をかけなければならない。
スキルが揃った頃にはもう老人になって、常識に囚われた思考しかできないだろう。
だからこんな抜け穴があっても、これまでに誰も気づけなかった訳だ。
という訳で、ありがたく使わせてもらうとしようか。
さて。ティピカの方は泣き止んだようだな。
「よし。明日からは早速、武術系スキルと魔術系スキルを色々と手に入れる所から始めよう。早ければ魔物との実践もする予定だ。明日のために体調を整えておけ。」
「「「はい。」」」
そして翌朝、早朝に錬金した武器や消耗品をリュックに詰め、魔物の出現情報などを確認する為にギルドへ向かう。
「ふむ。グリバー平原に行くとしよう。」
「出没する魔物は、スライムLv.3前後ですか?」
「あぁ。低レベルと言っても、スライムは打撃への耐性が高い。剣などでも倒せるが、今回倒す時は魔法を使ってもらう。その為の魔術系スキルを道中で身につけさせる。」
「分かりました。」「分かったです。」「ワかりました。」
平原に向かう道中、的にちょうど良い岩を見つけた。
「よし。この辺りで良いだろう。」
リュックの中から、杖4本と様々な属性の初級魔法術式が刻まれた魔術紙、低級魔力回復ポーションを大量に取り出した。
「まずはこの魔術紙をスキルを得るまで何回も繰り返し使え。」
「魔術紙がこんなに!?」
「本当にこんなに使って良いのです?」
「問題ない。宿代よりは安い。」
まるで魔術紙を買ったようなもの言いをすることで、錬金術スキルを持っていることをひとまず隠蔽する。
その内錬金術スキルを持っている事もしくは、魔術紙を買っていないということは明かす必要が出てくるかもしれないが、そうなった場合でも嘘は言ってないということは確かだ。
「それよりも、しっかりとやり方を見ていろ。」
そう言って杖を右手に構え、左手に火属性初級魔法『ファイアボール』の魔術紙を持つ。
「まず、杖を構え岩の方へ向ける。この杖の魔術回路には指向性がある。杖をしっかり構えてさえいれば妙な所に飛ぶことはない。」
「杖を構えたら魔術紙に魔力を込めて魔術を放つ。」
すると、魔術紙に刻まれた術式が光って魔術紙が燃えてなくなり、杖の先から火の球が岩に向かって放たれた。
「プラハトとアヤノはファイアボールから。ティピカはウォーターボールから始めろ。」
「魔術紙を使って魔法を放ち、ポーションで魔力を回復してをとにかく繰り返せ。今日の目標は魔術系スキルを全て入手することだ。」
そうして、プラハトとアヤノは不慣れながらも杖を構え、魔術紙に魔力を通すまではいったが、杖の先へと上手く魔力を運べず、小さな火の玉程度しか生成されなかった。
「言い忘れたが、杖の魔石の品質はかなり悪い。魔力を正確に操作しなければ威力が大きく減少する。気をつけろ。」
「マ、マリョクってどうやってソウサするんですか?」
「まず魔力の流れを感じろ。流れを感じないなら、感じるまで魔法を打ち続けろ。」
そう言って、プラハトとアヤノが何回も魔法を放っている中、ティピカは杖を持つ手が震えて、杖を構えられずにいた。
ふむ。トラウマとは面倒だな。
「ん゛ん゛っ」
「ティピカ三等魔導師、構え!」
条件反射的にティピカが杖を構える。
「魔術紙用意。てーっ!」
そのまま水の球が杖の先から放たれ、岩へと着弾した。
一応岩まで届く程度の威力は出せている。
だが、魔力操作に少し癖があるようだな。
魔力が腕を通っている間は素早く魔力を送っているが、左肩から右肩の間で減速している。
おそらく魔力を感覚的に操作しているからこそ、腕を通る魔力は操作しやすくても、それ以外の部分が上手く操作できていないんだろう。
魔石内部の魔力操作もできていない。
少し確認が必要だな。
「ティピカ、魔術紙を使わずにファイアボールを打ってみろ。」
「っはいっ」
そしてまた杖を持つ手が震え出した。
「構え!詠唱!」
「ひ、火属性初級魔法『ファイアボール』」
「てー!」
すると、魔術紙で打った水の球と同じくらいの大きさの火の球が放たれ、岩に命中した。
ふむ。腕の魔力だけを使って、他の魔力をほとんど使っていないな。
普通は全身の魔力をバランスよく杖に送り、それで魔法を放つが、こいつは腕の魔力だけを杖に送っている。
故に消費魔力が少なくなり、威力が低下する。
おそらく、スキルがレベルアップしなかったのも魔力のせいだろう。
であれば、まずは魔力操作の癖をどうにかすることからだな。
魔術紙を使うのはそのままとして、
低級魔力回復ポーションを取り出し、純水の入った容器に2,3滴垂らして希釈することでポーションの効果を弱めた。
「これを1口飲んだ後に魔術紙に魔力を込めて放て。これを繰り返せば、魔術系スキルがレベルアップするようになるだろう。」
「!」
「さあ、どんどんやれ。」
「はい!」
すると今度は、希釈した低級ポーションの影響で魔力が全身を循環している中で、魔術紙に込めた魔力を操作しようとしてもできず、そのまま全身の魔力の流れに流されたまま左腕から左足、右足、右腕へと流れてから杖に送られ、ウォーターボールが放たれた。
その結果、先ほどよりも使われる魔力量が増え、魔法の威力が上がった。
よし、予測通りだな。
ポーションの影響でほとんど魔力が回復しないながらも魔力が循環し、そこで魔法を放たせることで感覚的な魔力操作をできなくする。
全身に魔力がまわる感覚を身につけさせれば、魔術紙を使わずに魔法を打つ時の癖も修正できるだろう。
一方でアヤノとプラハトを見ると、今さっきのティピカのウォーターボールを見て焦燥感を感じたのか、特にプラハトの方は魔術紙をどんどん使っていた。
さて。
プラハトはポーションを飲んで魔力を回復しながら打っているが、アヤノの方の残存魔力は残り僅かにも関わらずポーションを飲んでいないな。
転生者故に自分の魔力量すら分からないのだろう。
なら、1度低魔力症になって倒れてもらおうか。
しばらくして、アヤノが魔法を放った直後に倒れた。
そして即座に低級魔力回復ポーションを取り出して口に流し込み、カカオ100%のチョコかのような苦さの液体が入った瓶を取り出し、1滴舌に垂らす。
するとその直後に咳き込みながらアヤノが起き上がった。
「今のが低魔力症だ。死にはしないが、魔力が自然回復するまで意識を失ったままになる。そして、今ので自分の魔力に敏感になっただろう?魔力量管理には気をつけながら、今度は魔力操作に意識を向けて魔術紙を使ってみろ。」
「はい゛。ケホッ」
それを横でプラハトが驚愕のような顔で見ていた。
「そう不安に感じずとも、プラハトは魔力量把握はできている。それに、魔石中での魔力操作はまだだが、体の魔力はだいぶ操作できるようになっている。俺がアシストせずともスキルを手に入れられるだろう。」
「はい。」
にしても、プラハトは体内の魔力操作がかなり素早くなっている。
意外にもセンスがあるようだな。
そうこうしつつ、おやつ時には全員魔術系スキルを全て獲得し終え、昼食を取ってからスライムとの実戦に移ったが、全員問題なく魔術紙なしで魔法を放ってスライムを倒した。
中でもティピカは、これまで魔術系スキルがレベルアップしなかった分をレベルアップするかの如くレベルアップしていった。
その次の日には武術系スキルをメインに獲得していった。
武術系スキルに関してはアヤノは体術、ティピカは剣術を既に持っていて基礎ができていることからお互いに模擬戦形式で難なく進み、プラハトを集中的に模擬戦形式をするので済んだ事から、昼前には全員スキルを獲得し終えた。
その日の午後のゴブリン相手での実戦では、アヤノが人型であるゴブリン相手に殺すのを躊躇っていたが、躊躇している隙にゴブリンが棍棒で顔面を叩いてきたことにキレたのか、回し蹴りを腹に決めて、ゴブリンが尻餅をついた瞬間に槍で顔面を貫いていた。
やはり、顔が何かの地雷らしい。こいつに本気を出されたい時は敵に踏ませる事にしよう。
ともあれ、それ以降はアヤノも平然とゴブリンを倒せるようになり、夕方頃には全員の武術系スキルがほとんどはLv.2か3、高くてLv.5になった。
2日でここまでいけるとはな。
訓練中の期間、夜中に闇ギルド依頼をこなして全てのスキルをLv.25に上げて上級魔法を全クリするつもりだったが、まあ良い。
この様子であれば、早速ミリテール強兵帝国のフォルツダンジョン都市に行っても大丈夫だろう。
「全員、魔法は問題なさそうだから、近頃ここを出てフォルツダンジョン都市に行く。」
「その道中に、ミリテールで顔の割れているティピカには軽い変装、言い換えればイメチェンって奴をしてもらう。それで良いな?」
「はいです。」
そして夕方、宿にて
「さて。髪色は当然変えるが、髪型も以前と変える。前の髪型は何だ?」
「魔導剣術隊に入る前はロングですで、入ってからはバッサリ切ってショートです。」
「あと、確認だが、昔から茶髪か?」
「はいです。」
ふむ。であれば、闇ギルド経由で馬車と髪染め用の使い切り魔道具を調達するとしよう。
エレンズシュタットから遠くないここであれば、明日明後日には着くだろう。
II
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・ネス
この世の全ては完全無欠の悪の為の道具だ。故に、正しい使い方を覚え、実行する事が求められる。間違った使い方をすれば、道具に傷をつけられたり、下手をすれば死ぬこともあるだろう。素人はその点を気をつけると良い。