4.器用貧乏とは、完全の前段階に過ぎない。
Ⅴ
さてと。
アヤノ含め全員に読み書きを覚えさせ終わって、エレンズシュタットのめぼしい物も見終わった。
そろそろ魔物相手の訓練を始める為にも、連邦の地へと踏み入るとしよう。
まずは旧ポーレンヴェルト共和国の西部、冒険者業によって生計を立てる者が多く住む農村、ドルフアーベントイア。
周囲に存在する魔物のレベルも高くなく、連邦の中でもかなり田舎な所だ。
最初に踏み込む場所としてはちょうど良い。
「そろそろ皆、読み書きを覚えたな?」
「はいっ!何もできなかった私でも覚えられました!」
「私も人並みには、、、」
「ワタシもおおよそは。」
元々何もできなかったプラハトは初めてできる事ができて超上機嫌。
何をやっても人並みだったティピカは、できるようになっても別に自信はない様子。
そして、アヤノはまだ日本語訛りが残りつつも、なんら支障なくコミュニケーションできる程度になった。
ただ、アヤノに現状を教え、納得させるのには一手間かかったな。
プラハトとティピカに関しては、読み書きを教えている時点で十二分に好意的な感情があったのを利用し、闇属性初級魔法『ヒプノーシス』で軽い催眠をかけただけで道具として有用できる状態にできたが、アヤノは恩程度の感情しかなかったからな。
ヒプノーシスは初級魔法なのもあり、元々の感情を少し強める程度しか効果がない。
だからこそ使ってもほとんど気づかれない訳だが、アヤノに関しては少しばかり力づくの手段になった。
〜〜〜
・・・
「ワタシが奴隷?」
「あぁ。元々首輪を付けられていただろう?あれは違法でな。あそこの商人から買い取って、ひとまず首輪を外して引き取った訳だが、奴隷契約自体はどうやっても消せないようでな。一応俺の奴隷って事になっている。」
「そこで命令だ。お前は『自分が違法奴隷なった事を恨めしく思っている。何十年もの苦痛を与えたその元凶に復讐したいと思っている。』と思い込め。」
「え?」
「繰り返す。これは命令だ。指示通りにしなければ、奴隷契約の術式によって死ぬほどの痛みを味わうぞ。忘れたか?お前は俺の合法的な奴隷だとな。」
「イタイッ!」
「ワタシは違法奴隷となった事を恨めしく・・・」
・・・
・・・
「・・・復讐したいと思っている。ワタシは・・・」
このくらいで自己暗示にかかっただろう。
「よし。そのくらいで良い。光属性初級魔法『ヒール』」
闇属性中級魔法『デリートメモリー』
自己暗示的するように命令し、そう命令した事、命令によって自己暗示した事を記憶から消す。
結果、残るのはどこからともなく生まれた復讐心。
この方法であれば、俺が催眠をかけるよりも違和感が少なくなる。
何故かは分からないけど、自分の中で『復讐したい』と思った。
『自分の中で思った』となるからこそ、催眠だと言う結論に至りづらい。
後は、残っている記憶の最新の部分『一応俺の奴隷って事になってる。』に繋がる形で会話を再開するだけだ。
「まぁ話せるようになった事だし、生きていくのには困らないだろうから自由に───と言って放り出す訳にもいかない。この世界について何も知らないようだしな。そこで、違法に奴隷にされた恨み、何十年もの苦痛への復讐をする気はあるか?」
「・・・あります。」
「これらは連邦が関与している。」
「と言っても、奴らは証拠を巧妙に隠し続けて来た。これまで、マハト神聖皇国を中心とした各国が証拠を暴こうと色々な手を尽くしたが、1つたりとて見つからなかった。だから、マハト神聖皇国は強硬手段に出る事にした。それが俺の任務、フライハイト国家連邦の国家転覆だ。」
〜〜〜
そんなこんなもありつつ、俺が用意したボードゲーム、ルドーを読み書きの練習の合間によくやっていたというのもあって、3人の仲も良い感じだろう。
喧嘩するほど仲が良いって状態かもしれないが。
それはルドーという戦略と感情のボードゲームであるが故に仕方ないだろう。
ゴール直前の自分の駒が何度もやられたら、その恨みを晴らさんと報復を狙いに動くのはルドーにおいてよくあることだ。
まぁ、ルドーで負けた分を読み書きを覚えることで取り戻そうという意識にも繋がった。
おおよそ計画通りだ。
「なら、そろそろ冒険者として魔物狩りの依頼でも受けに行こうか。1ヶ月も依頼受けてないから、そろそろ稼がなくてはな。」
だが、1ヶ月か。
たかが1言語にこれ程時間がかかるとなると、実力の方もかなり時間をかけないといけないかもしれないな。
とは言え、1ヶ月も経ったのであれば、あの痺れるような気配の正体について何か情報が出回ってる事が期待できる。
「魔物、、、ワタシ達でも倒せるの?」
「あぁ問題ない。向かう予定の村はドルフアーベントイア。低レベルの魔物くらいしかそのあたりにはいない。それに、戦闘面でも鍛えるつもりだ。特にティピカ。」
「っはいぃ!」
「・・・とその前に、何食べてんだ。」
「い、いえ!何も食べていないです!」
「なら、プラハトからこっそり盗ったパンはまだ持っているだろう?見せてみろ。」
「え、私から盗ったって?」
「・・・ごめんなさい、プラハトから盗ったパンを食べてたですますはい。」
「パンくらい隠れてコソコソ食べたりせずに堂々と食べれば良いだろう。腹が空いた程度で咎めることはない。」
「でも、、、今とか、、、」
「これは食べていたことを咎めているのではない。隠れて行っていたことを咎めている。」
「え、私のパンを盗ったっていうのは?」
初期の頃から裏切り行為との識別を明確にしておかなければな。
隠れてコソコソ何かやってるような奴は裏切り者だと言われても仕方ない。
「今後必要になるから今の内に言っておこう。任務報告を怠るな。定時連絡を怠るな。」
「情報にも攻撃力がある。故に俺の組織において情報の不行き届きを起こさせるつもりはない。もう1度言う。任務報告を怠るな。定時連絡を怠るな。分かったか?」
「「「はい。」」」
前世で言うならば報連相。
とは言え相談に関しては、報告と連絡を元に俺が口を出す必要があるないを判断して対応している為に、俺が口を出さなかったらそのままで良いと言う事を示す。
前世でも、報告と連絡だけで全て適切に対応できていた。
「で、話を戻すが、特にティピカは実力をつけられるはずだ。」
「え、あの、ティピカが私のパンを盗った話については?」
「盗られる奴が悪い。」
「そんな〜」
「っとそろそろ馬車の時間だな。行くぞ。」
もちろんだが、ここに来る馬車は普通じゃない。
密かに色んなブツを運んでいる闇ギルドが運営する馬車だ。
行きにブツを運び、帰りにただの客を乗せる。
いわばカモフラージュを兼ねている。
行きには使わなかったが、荷物を抱えている今としては馬車の方がエレンズシュタットの出入りは楽だ。
しょうもないやつに絡まれなくて済む。
そして馬車での移動中にて、
「それで、何で私が実力をつけられると?アヤノの方がスキルレベル高いのにですか?」
「あぁ。確かにアヤノは1つのスキルレベルが高いが、今はそれ以外のスキルを持っていない。プラハトも同様だ。」
「一方、お前は低レベルのスキルをいくつか持っている。その時点で、お前がアヤノに対して不利になる事はなく、逆にアヤノが不利になる可能性がある。」
「なんで?」
「世の中には相性というのがある。例えば、火属性の魔法職と水属性の魔法職では、火属性の方が不利だ。勝てないとまでは行かないが、勝つ為には水属性の魔法職の倍以上の力を出さなければならないだろうし、それは効率が悪い。そこで火属性の魔法職が土属性魔法も扱えたらどうなるか。今度は土属性のほうが有利だろう。そうなれば効率良く勝てる。だから相手に合わせて手段を変える。より少ない力で大きい力に勝つ為に。それが手数というものだ。」
「だから俺は、まずお前らに武術系スキルを中心に多数のスキルを習得させる。スキルの習得はレベリングよりも遥かに難しい。故に、既に多くのスキルを持っているティピカはその難しい過程が他より早く終わる。だから実力がつくということだ。」
「でも、私は器用貧乏で、テカズがあってもそんなに強くなれないんじゃ、どうせ後から最強にどんどん抜かされるし、、、」
「『最強』?俺の目的を達成するに必要なのはそんな程度ではない。『完全』でなければならない。『完全無欠』、あらゆる武器•スキル•道具を操り、全てに対応できるということだ。つまり、『器用貧乏』とは『完全無欠』の一歩手前に過ぎない。故に、器用貧乏は俺が目的の為に将来築くつもりの組織に適している。」
「私が、、、最強よりも…」
「ミリテール騎士団だ!そこの馬車、止まれ!」
ミリテール騎士団?
ここは連邦内とは言え、旧ポーレンヴェルト共和国領。
統治機関はポーレンヴェルトのまま維持されているはずだ。
なぜミリテールの騎士団が現れた?
「少し様子を見てくるか。お前らは顔を隠して息を潜めていろ。」
馬車に乗り込んだ時点で、服装や装備は冒険者ハイリヒ•アポステルとしての物にしてある。
ここは、あくまでただの冒険者としてだな。
「お前がきた方向、エレンズシュタットがあるなあ。妙なモンを運んでんじゃねぇか?」
「そんなまさか。ただの相乗り馬車ですよ。」
「ほお?そりゃあどうかな。確かめてみねえと分かんねえな。」
「どうしたんですか?」
「ちょうど良い、お前に聞くとしよう。」
そう言って、騎士の1人が紙を取り出した。
その紙に書かれているのを見ると、見覚えのある奴の顔があった。
「我々は脱走兵、ティピカ三等魔導師を探している。」
「見覚えありませんね。」
「お前はどうだ?」
「あ、ありませんよ。もちろん、」
「ふんっ。まあ良い、ひとまず馬車の中を確認させてもらうぞ。」
「それは構いませんが、脱走兵と言うのであればミリテールの方へ向かうこの馬車に乗ることはないのではないでしょうか。」
「それに、ここの統治機関はポーレンヴェルトのはずです。これ以上の強制捜査は越権行為としてモラリテートに処罰されるのではないでしょうか。」
「モラリテートの連中か、、、」
派遣執政官モラリテート。前世で言うところの秘密警察とFBIのような物だ。
フライハイト国家連邦の中央政府ゲットリヒツェントルムより派遣された執政官。
こいつらには行政および逮捕の特権がある。
原則として、各統治機関は元々自国だった地域でしか活動できないが、モラリテートにはそんな制約はない。全地域でその権力が有効となる。
例えば、中央政府に沿わない法などがあれば削除修正等ができ、中央政府の定める法、神託欽定憲法に違反する各統治機関関係者の逮捕や、連邦へのスパイなどの敵勢力を逮捕する事もできる。
「隊長。脱走兵がミリテールに近づくとは考えられませんし、ここで強制捜査は危険です。張り込みをした方が良いのでは?」
「・・・そうだな。そこの馬車通って良し。」
よし。話は済んだし、馬車へ戻るとしよう。
ティピカに聞かなければならないこともできたしな。
「兄ちゃん、すまねぇな。」
「何、このくらいこういう馬車ではたまにあることだろう?」
そうして馬車に乗り込み、その後は何事もなくドルフアーベントイアに着いた。
「さて、もう日が暮れる頃だ。先に宿の確保をするとしよう。ティピカには聞きたい事もあるしな。」
「、、、はい。」
そして、村を歩きまわって小さな宿を見つけた。
エレンズシュタットの宿よりも小さいな。
とはいえ、エレンズシュタットは特殊な栄え方をしているからな。
田舎の宿はこんなもんだろう。
そうこう考えつつ、宿の中へと入る。
「4人1部屋で、空きはあるか?」
「はい。ございます。」
「1週間、6泊7日ほど泊まりたい。いくらだ?」
「食事付きで6000ゲルトです。」
6000ゲルトか。安いな。
大銀貨6枚で支払い、宿の名簿に名前を書きこむ。
「アポステル様、プラハト様、ピープル様、シミズ様ですね。お部屋へご案内します。」
Ⅳ
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・ネス
組織は数に頼る事も選択肢だ。故に、異なる最強を何人も用意すれば擬似的に完全無欠の組織を形成できると考える奴も居るだろう。だが、そんな物は完全無欠の一で各個撃破すれば対処できてしまう。だから、俺の作る組織の構成員も完全無欠に準ずる者でなければならない。