2.法に捕まらない方法
マハト神聖皇国を離れ、フライハイト連邦との間にある中立都市エレンズシュタット。
中立都市とは言っているが、ヨーロッパ支部の旧ポーランドに似た状況だろう。
実際、元々ここはポーレンヴェルト共和国の首都だったが、連邦の勢力を拡大しようとする軍勢と神聖皇国の軍勢が衝突し、代理戦争状態になった。
それによってポーレンヴェルト共和国は2分。首都を中立都市として残すも、戦火によって荒廃しており、治安はこの世界の中で最低レベル。
その影響で良い意味で国に属さないギルドでさえ撤退しているが、逆に悪い意味で国に属さない闇ギルドの本拠地となっている。
結果、元から悪かった治安は最悪となった。
うむ。居心地の良い場所だ。
さて、エレンズシュタットの闇ギルドに向かうか。
「エレンズシュタット闇ギルドによく来たな。野朗は何の用だ。」
「信用できる奴を手に入れたい。実力は問わん、自分で鍛える。」
「ほう。信用できる奴、か。具体的にどんなのを探してる。」
「取り引きを反故にしないような奴。そして、口が軽くない奴だな。」
「なるほどな。居るには居るが、ちょいと値がはる。そこでだ。俺に代案があるんだが、どうする。」
「良いだろう。聞こう。」
「奴隷を買うんだ。」
「奴隷か。ふむ。」
「だが、奴隷には逃亡されるリスクがあるのではないか?」
「確かに従来の奴隷契約ならそうだが、ここは闇ギルドの都市、エレンズシュタットだ。ついて来い。良いものを見せてやる。」
ふむ。どんなものか、楽しみなものだな。
闇ギルドの男についていき、重厚な扉の前にやってきた。
「この奥は、闇ギルド本部。闇ギルド所属の奴でも限られた奴しか入れねえ場所だ。」
「ほう。つまり、俺は入るための要件を満たしているという事か?」
「あぁ。殺数も達成数も、『若き殺しのプロ』って言われるだけの名声もあるしな。十分だ。」
闇ギルドの男が、扉の横に立っている門番のような男に話しかけ、門番の男が扉を開けた。
「闇ギルド証を出してくれ。登録する。」
門番の男に言われ、闇ギルド証を提示する。
「よし。登録完了だ。今度からは扉の前で闇ギルド証を提示すれば入れるようになる。」
「分かった。」
「終わったか?ならついて来い。」
「ここ、闇ギルド本部は色々なものがある。後で、俺の紹介する良いもの以外にも見てみると良い。」
辺りを見回しながら男についていく。
密売に盗品販売、他にも面白いのがありそうだな。
「ふむ。確かに面白そうだ。」
「だろう?依頼も品ぞろえも、他の所からずば抜けている。上を目指すなら、ここ以上に最適な場所はねえ。」
「さて、着いたぞ。これが脱法奴隷って奴だ。」
「ほう。『脱法』と言うあたり、普通の奴隷とは違うんだな?」
「あぁ。」
「まず、檻の中の奴隷たち全員の首に従魔用アーティファクトが取り付けられているのは分かるな?」
「あぁ。本来、魔物を従える為のアーティファクトを無理やり人に使うことで、普通の奴隷商人から買うよりも強力な隷属ができる。」
「その通り。とは言え、ほとんどの国でこれは禁止されている。だからこのままでは公に連れることができない。」
「そうだな。このままでは『違法奴隷』だ。」
「あぁそうだ。だが、これはあくまで奴隷商から商品が逃げないようにする為の物。ここの奴隷は奴隷商と奴隷契約をしていないからな。そして、奴隷商が奴隷契約を結んでいないからこそ、奴隷契約を直接結ぶことができるって訳だ。」
「なるほどな。元々、奴隷商が奴隷に『新たな主人の命令に従え』と命令する事で奴隷を譲渡するというシステム上、どうしても半永久的な貸し出しという形ゆえに奴隷が逃げるなどの問題が生じるが、直接奴隷契約を結べば命令に恒久的な効果を持たせられる。」
「それに加えて、奴隷の扱いに関するあらゆる暗黙の了解を無視できる。」
暗黙の了解。
例をあげるとすれば、奴隷に著しく危害を加えないとかだな。
あくまでも貸し出しという形式であるが故に、物で言う『壊す/傷をつける』に値することは皆が避けている。
労働奴隷として酷使するなり、戦闘奴隷として戦わせる分には構わないが、虐待や性奴隷として扱うことはあまり好まれない。
この世界における奴隷というのは、動物以上人間以下と言った感じだろう。
かと言って、堂々とそれらをやったから何かあるという訳ではない。
問題になりやすいのは、国にそれが伝わった時だ。
奴隷が逃亡し、国に助けを求めるのがよくある事例だが、付近の住人が通報することもある。あまり意味はないが。
まぁ、奴隷を堂々と虐待等をする奴が、通報した奴に何をするか分かったもんじゃないからな。
それでも通報するようなのは、正義ってやつに溺れた合理性のない奴らくらいだ。
話を戻そう。
国に伝わったからといってすぐに逮捕のようなことがされるわけではない。
国に目をつけられるところから始まる。
国に目をつけられると面倒だ。
国が様々な手段で監視をしてくる。
その監視に犯罪行為がバレた瞬間、そいつは終わりだ。
騎士団が素早くやってきて牢屋行きだ。
誰も国に目をつけられたいとは思わない。
だから大体の奴は檻に監禁するなどして奴隷が逃げられないようにしてやるから、結果的に表立ってやるやつが居なくなる。
闇ギルドに所属している奴らだって、どんなに悪名高くとも、表の素性が割れている奴はいない。
故に暗黙の了解として存在する訳だ。
そんな暗黙の了解を無視する方法、それが『本人の同意の上であれば』って奴だ。
これは、住人による通報にあまり意味がない事とも関係する。
奴隷が逃亡した場合は、明らかに本人の同意がないとしてそのまま国に目をつけられる。
だが、住人による通報の場合は、奴隷本人の同意の上かどうかを確認しなければならない。
そこで職務質問のような事が行われる。
職務質問で奴隷本人が同意の上でない旨の供述すれば即刻国に目をつけられるが、基本的にそうはならない。
もしそんな供述をしたとしても国がその場ですぐに動く事はない。
その確認だけして、国は奴隷に対して保護するとかなんだとかをする訳ではない。
つまり、主人の元に戻される訳だ。
そしてその後に何が待っているかなんて、容易に想像がつくだろう。
だから、同意の上でないと供述するのは、相当主人に対して憎悪を溜め込み、道連れにするつもりの奴くらいだ。
それを踏まえて、この脱法奴隷は直接奴隷契約を結ぶ事によって、本人の前でなくても契約の効果を使って命令に従わせる事で逃亡をできなくし、職務質問でも同意の上だと確実に供述させられる。
「素晴らしいな。買おう。」
「よし来た。スレイブ、客だ。」
「今行く。ちと待ってくれ。」
少しして、スレイブと呼ばれた大男が奥から現れた。
「客ってのはあんちゃんの事か?」
「あぁ。脱法奴隷を買いたい。」
「ところで金の方はどのくらいある。ここの奴隷はちっと値がはってな。安いのは普通の奴隷より高いくらいだが、たけぇのは1億ゲルトくれぇする。」
「金の方は問題ない。そうだな、、、安いのと高いのではどんな違いがある。」
「まず、読み書きにできるできないがある。見た目の良い悪い、腕っぷしの良し悪し。そんなところだ。」
ふむ。
強さは俺が鍛えれば問題ない。
見た目は、ハニートラップなどをさせる為にある程度必要だろう。
読み書きも、暗号を覚えさせるついでに出来るだろう。
「であれば、見た目がある程度良い奴隷をいくつか連れて来てくれ。読み書きや腕っぷしが良い必要はない。」
「なら、あいつらだな。」
「おい!プラハト、ティピカ、アヤノを持って来い!」
「「「へい!」」」
すると、部下と思われる男達が3つの檻を運んで来た。
「じゃあ、こいつらの説明をするぜ。」
「まずプラハト。こいつぁ見た目は良いがそれ以外何もできねぇ。」
確かに容姿は良いし、金髪エルフ。
ハニートラップとして利用するにはちょうど良いだろう。
何もできないと言っているが、スキルの方はどうか確認しなければな。
スキル『鑑定』
ーーーーー
プラハト
・武術
なし
・魔法
なし
・技術
容姿端麗Lv.10(MAX)
・その他
なし
ーーーーー
確かに、スキルも容姿以外何もないな。
「次にティピカ。まぁこいつはどれもイマイチって感じだ。見た目も悪くはねぇが良くもねぇ。それ以外もできるようでできねぇみたいなのがほとんどだ。」
「器用貧乏と言ったところか?」
「そうとも言うな。」
人間の女か。
器用貧乏だとしても、俺が鍛えればその全てを最強に出来るだろう。
であれば、スキルはどのくらい持っているか。
スキル『鑑定』
ーーーーー
ティピカ
・武術
剣術Lv.3
・魔法
火属性魔法Lv.1
風属性魔法Lv.1
無属性魔法Lv.1
光属性魔法Lv.1
・技術
錬金術Lv.1
・その他
なし
ーーーーー
スキルも幅広く持っているな。
「最後はアヤノ。こいつが問題なんだが、、、」
問題か。
見た目的には、普通に人間の女だが。
スキルも見てみるとしよう。
スキル『鑑定』
ーーーーー
アヤノ・シミズ
・武術
体術Lv.8
・魔法
なし
・技術
なし
・その他
なし
ーーーーー
体術のレベルが高いな。
「それほどの問題があるのか?」
「あぁ、こいつは読み書き以前に、話す事さえできねぇんだ。」
「と言うと?」
「見てろ。」
「おい!」
アヤノの入った檻を蹴る。
「《ヒィッ、お願い殺さないで、やめてっ》」
「ほらな。こんな感じで意味わかんねぇ事叫び出すんだ。」
ふむ。名前からも推測していたが、やはり日本人か。
転生者というのは使えるだろう。
俺が転生者である事は秘匿するつもりだが、他の転生者が存在した場合はこいつを使えば、友好的に接し、利用する事が可能だろう。
「少し試したい事がある。良いか?」
「もちろんだ。」
檻に近づき、アヤノに対して何か喋るようにジェスチャーする。
「《助けて!》」
次に、紙と書くものを取り出し、書くようにジェスチャーする。
手が震えつつも書いた紙を確認する。
『たすけて』だな。
そして、今度はそこに書かれた文字を指刺しながら喋るようにジェスチャーする。
「《た》」
指差した文字の下に異世界語でのその音に近い文字を書く。
それを4文字分繰り返し、次にその4文字を見よう見まねで写したように見せかけて『すてたけてす』と書き、それを指差しながら喋るようにジェスチャーする。
「《すてたけてす?》」
それを聞き、異世界語での近い音の文字を書く。
その紙を持ち、スレイブの方へと戻る。
「少なくとも言葉に規則性がある事は確認できた。おそらく、何かしらの言語だと考えられるが、聞き覚えはない。」
「ほぉ。頭良いなあんちゃん。」
「よし、こいつら全員を買おう。いくらだ。」
「全部で1250万ゲルトだ。」
大神貨1枚と神貨2枚、大金貨5枚で支払い、奴隷契約を結んだ。
ちなみに貨幣の価値は、銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨・大金貨・神貨・大神貨の順に、一・十・百・千・万・十万・百万・千万ゲルトだ。
「さて。まず、最重要な命令をしておく。」
「逃亡を計るな。俺の事を安易に口外するな。俺に一切の害を与えるな。」
「「はい。」」「?」
「分かったら宿へ向かう。ついて来い。」
そして、奴隷商と闇ギルドの男に軽く感謝の意を表し、アヤノを手招きでついて来させる。
・ネス
正義から逃れる方法は、法に捕まらない方法とサツに捕まらない方法がある。
前世では早々にサツに捕まらない方法を主に行ったが、今はその段階にない。