一章5話 胎動
光は一瞬で収まり、後には空中で自由落下する朔とつばさだけがいた。
「はぁっ…はぁ…」
息切れが激しい。全身がこわばる。自分の鼓動の音しか聞こえない。あの刀の特異性ゆえだろうか。
しかし朔は最後の力を振り絞り、つばさに傷がつかないように抱きしめ、背中から落ちていく。
(あー…最後の最後でやばい…力が入らん…。
赤松はきちんと地獄へ、帰れただろうか?珠さん、見つかったらいいな。)
地面に衝突する瞬間、赤い袈裟の腕が2人を掬い上げる。そして雷に乗ってギリギリのところを助けてくれたマリンを含む3人は仲良く気を失った。
「ーい…」 「おーい…」 「おーい!起きなさい!」
「はっ!?」
目が覚めたら目の前に面長の青年の顔があった。もうすっかり日は昇り、野次馬も集まっている。
「二人ともどうしてこんなところで寝ていたんだ?」
「うっ…えっと…」朔が答えに窮していると、
「実は私たち旅行中で、大坂城を朝イチで見て回ろうと昨日の4時半から陣取っていたんですけど寝てしまったみたいなんです!ごめんなさい!!」
つばさが臨機応変に答える。
「昨日は雷もひどかったし、注意しなさい。」
「「はーい。」」
「刀は隠しといて。」こそっとマリン。頷く朔。
そこでけたたましい電話のコールが鳴る。青年が電話をとる。
「はい!お疲れ様です!どうされましたか?
え!?了解しました!失礼します!」
「二人とも、ちょっと着いて来てもらえるかな?上司がお呼びだ。」
「え…わかりました。」
着いていく朔たち。(しれっとマリンも)
道中で改めてつばさが隣にいるということを噛み締め、朔の感想は、
(やっぱ可愛い〜!!!)
「あ、そうだ!ゴタゴタで言えてなかったけど、天原君が私を助けてくれたんだよね?本当にありがとう!」
「い…いやいや!当然のことをしただけだよ!!」
声が上擦るが、許容範囲だろう。
「本当に助かってよかったよ。これで何かあったらお母さんに示しがつかない…」
「いろんな人に迷惑かけちゃったな…後で謝らなくっちゃね…」
「おかえり、小森さん。」
「ただいま。戻れてよかったよ!よければさっきまでの状況教えてくれない?気になるな〜」
マリンが後ろでにちゃついているが、無視無視。
「なるほど、そんなことがあったんだね~。改めてありがとうだよ…!」
「いいよいいよ!体に影響はないの?」
「んーと…なんかちょっと体がぴりつくような…」
後ろのマリンを横目でにらむが、本人は涼しい顔だ。あたしのおかげで赤松の動きを止められたんだからね~みたいなことが顔に書いてある。うん、憎たらしい。
「ああ、さっきから誰かと思ってたら、その子がマリンって言う女の子??」
「「え!?」」
「失礼な!少なくともつばさちゃんよりは年上だし!お姉さんって呼んでもいいんだよ?」
「いやそこじゃないだろ。見えてるの?」
「うん。普通に見える。」
「おいどーいうことだよ…さっきのお兄さんは見えてなさげなのに…」
マリンとひそひそしていると、つばさが予想外の事実を伝える。
「ああ、私実家が青森にあって、おばあちゃんとお母さんがイタコやってるんだよ。だからかな?」
「なんですとーーーー!?!?」
◆ ◆ ◆
連れてこられたのは近くの警視庁。
「大阪府警本部…!?おいこれだいぶやばいのでは…?」
青年に続いて入った部屋はいかにもな取調べ室。
そこには丸メガネをかけたぽっちゃりしたおっさんがいた。
「ああ、いらっしゃい。どうぞ椅子に掛けて。私は警視庁捜査一課の風野慎也だ。」
「は…はい。」
「では。」青年は退室。一対三だが(ほぼ一対二)すごい緊張感だ。
「じゃあまずはこれを見て。」
つばさが大阪城に入ってから朔が不法侵入し、最上階に向かうまでが写っている。そこから先は監視カメラが壊れていたらしい。鎧兜との戦いは記録に残っていない。非常にまずい状態だ。遺物泥棒と言われても不思議ではない。
「さて、まずは服の下の刀を出して。」
ぎくん!朔とマリンの肩が跳ねる。なぜバレている。
ごとり、と音を立てて刀を置く。
「これで何をしていたのかな?部下の話ではこんな刀は収蔵品になかったようだけど。」
マリンと視線を交わし、正直に言うことにした。
「実は…急に何者かに乗っ取られたこの子、小森さんが大阪城まで行っていたので連れ戻しに来たのです。その時に使った『宿霊剣』がこれです。本当にすみませんでした!!罰は僕が受けます!!」
「え!だめだよ私が受けます!!」
風野さんは軽く目を見開き、
「いや、君たちはもう帰りなさい。」
と言った。
「そう言えば、大阪城のタイムカプセルって開けられますか?」
「?何に使うかわからないが、悪用しないならいいよ。許可は出すから。」
「ありがとうございます!!」
「私は君たちのことを信じているからね。」
と意味深な念押しをされたが、毛頭下心はないので、会心の笑みでうなずく。
そしてまた迎えに来た青年に連れられ、朔たちは再度大阪城へ向かう。それを窓から見届け、風野はどこかへ電話をかける。
「おい、衝撃のニュースだ。後で情報をまとめたPDFを送るから見て、そっちでマークしていてくれ。なんだったら引き入れても構わない。ああ。3人だ。」
◆ ◆ ◆
青年は土木工事会社へ電話をかけ、タイムカプセルをいったん取り出すことを打診した。その人たちはすぐに駆け付け、重機でそれを掘り出したうえ、カプセルを開けてさえくれた。その中の簪を特別許可の旨が記された紙を見せつつ預かる。これで大阪城でやり残したことは皆無だ。
「じゃあ、あたしはここまでで。」
「え?マリンどこいくの?」
「大丈夫、またどこかですぐ会えるよ。つばさちゃんとはあまり喋らなかったけど、大丈夫。またいっぱい話そうね!」
マリンは(多分)地獄へ帰っていった。
そして再び、舞台は東京へ。
朔はつばさを家まで送り届け、母親と彼女の涙ながらの抱擁を見てもらい泣きしてから自宅へと帰る。
ドアを開けた瞬間、父が飛び出して来た。
「おおー!!!朔!!どこへいっていたんだ!?父さん心配で夜しか眠れてないぞ!!」
「そのギャグ古いって。あと俺は大丈夫だから。心配してくれてありがとう。」
「うう…なんていいやつなんだ…育て親の顔が見たい…!!あ、俺か!…」
冷たい風が吹く。
「…にしても朔が家出したんじゃなくて本当に良かった。この辺探してもいないから本気で焦ったね。昨日勝手にお前のプリン食っちまったからなあ。え、それが理由じゃないよな?」
「んなわけないやろっ」
呆れた顔で返す朔。確かに母亡き今、唯一の家族である朔が消えたら心配するだろう。ありがたいことだ。
「これからは心配かけないようにするんで、ちょっと寝かして…非常に眠い…。」
そんなこんなで梅雨も明け、暑い夏がやって来た。朔は部活に勉強にそこそこ忙しい日々を送っており、つばさともとくに何もなかった。朔の高校は公立で、近くに大きな川がある。よって窓からの眺めは良好である。校門を入ってすぐ立派な桜の木があり、ほかのところもそこそこ緑が多い。朔の高校は一学年四クラス制であり、朔は1年3組である。そして明日から夏休み、と言うところで事件は起きた。
「はいみんな席に着いてー!今日は転校生を紹介しまーす!」
「え!こんな時期に!?」「どんな子だろー?」「可愛い女の子だったらいいなー…ぐふふ」「イケメンカモン!」「俺のことか!?」「誰のことだよ!!w」
ガラッとドアを開けて入って来たのはなんだかすごーく見覚えのある人物。ざわめくクラスメイトたち。赤い目、漆黒の長髪、ただしいつのまにか毛先をカールさせてイメチェンしている。
そいつは黒板に名前を書き、くるんと可愛らしく回転し、全力の笑みで名乗る。
「豪炎真凜です!よろしくお願いします!!」
(おいガチか…「すぐ会えるよ」ってこういうことかよ…しれっとみんなに見えるようになってるし…閻魔効果都合良すぎやろがい…)
彼女はてくてくと歩いてきて、朔の前の空いている席に座る。
「ね?すぐ会えたでしょ?みんなからも見えるようにしたし、これでハッピー青春高校ライフじゃい!」
「にしても神出鬼没だわこれ…伏線張るのうまいね…」
「で?で?つばさちゃんとはどこまで行ったの?ね?おじさんが話聞こか?」
「本当になにもなかった…」
「そんなことある…?ぐいぐい行きなよ…」
「俺は生来ヘタレなんですぅー!」
楽しそうにしゃべる二人をクラスメイトがあっけにとられて見ている。
「え?知り合い?」「ずりーぞ!」「天原お前二股か?w」「真凜ちゃん私ともお話しよー!」
「ああもう!!お黙り!!」
朔はキレ気味に返す。なんてクラスメイトだ。朔の一番はもう決まっているというのに。
そんなこんなで勉強も運動もできるマリンはすぐにクラスの人気者と化した。現に今も昼休みなので彼女はバスケをしに行ってしまった。つばさが席で未提出課題をしている朔のところへすすすとやってきて、
「今日、一緒に帰らない?」
と言った。もちろん朔はうなずく。つばさが去っていった後、宿題の効率が10倍ぐらいになった気がしたのだった。
(同じクラス、サイコーーーー!!)
◆ ◆ ◆
夢の時間の始まりだ。この時間を心待ちにしていたんだ。俺はこの瞬間のためならなんだってやるさ。広い田んぼだって耕しちゃうし、道に迷ったおばあさんに付き添っちゃう。いやだが落ち着け。ニヤついてるとキモがられるぞ。準備はいいかい?吸って、吐いて、また吸っ
「おまたせ!ごめん部活のミーティング長引いた!」
「わひゃい!!」
声が裏返る。声の主は当然つばさ。つばさはバレー部だ。二人は連れ立って岐路につく。しかしここにきて、話題が見つからない!!二人とも顔を赤くして前を向いている。
「あ…あの!」
「は…はい!!」
「に…2か月後の試合がんばってね!!!」
「セ…セッターとしての役目をはたすね!!!!」
どちらからともなく、笑いがこぼれる。
「ぎこちなすぎない?俺たち。」
「ははは…そうだね。そういえば天原くんの部活はどんな感じなの?」
「ああ、それは…」
二人はまだ少しぎこちなくも楽しげに話しながら河川敷に出て、堤防の上を歩く。
突然、神主のような服装の女性が行く手をふさいだ。
「はーい、そこのお二人と芝に腹ばいになりながら覗き(?)してる子、止まってー。うん、抵抗しないでね?」
気まずそうに出てくるマリン。何してんだよ。
「見えないはずのあたしが見えるってことは、ただものじゃないね。」
「なんですか?俺たち帰宅中なんだけど?明日から夏休みなんで返してくれると助かるんですが。」
「んん?あ!待って!違うの!危害は加えないから!ちょっと話を聞きたいと思ったの!あなたたち、ちょっと宿霊剣とかいうブツと一緒についてきてほしいの。大丈夫、親御さんの了承は得てるから!」
全然大丈夫じゃない。どういう状況これ?誰か助けて。
「そうそう、君の机の上においてたこれがあの刀ってことでいいのかな?」
袖の中からまさにその宿霊剣を出してきた。どこから出してんだ。
「答えないってことは合ってるってことでいいのよね?お父さんに了承を得に行ったときに探してきたんだよ。大丈夫、不意に出てきたちょっとえっちな本はちゃんとまた引き出しの奥にしまっといたから。」
「わ、わああああああ!!わかりましたついていきますのでそれだけは!!!」
結局くすくすと楽しそうに笑う女の人に連れられ、朔たちは大きな車に乗り込んだ。車が出発する。
「向こうにいる間は全ての費用を私たちが持つね。」
「で、なにがどういうことなんですか?」
とさっきから何もしゃべらなかったつばさが問うた。
「あなたたちを私たちの所属する組織に迎え入れます。詳しい説明は現地で。」
それだけ言って女の人はすやすやと寝始めた。どこへ連れていかれるのだろう。無事に生きて帰ってこられるだろうか?でもたぶん無事に帰ってこられるはず。こっちには宿霊剣も仲間もいる。だから今回は不運のせいにしない。ちゃんと乗り越えよう。またつばさと夕焼けの中、堤防を歩けるときまで。
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