一章1話 はじまり
「なんでこんな目に…」
茶髪の少年、天原朔はぼやく。見たところ中学生くらいの身長ではあるが、れっきとした高校1年生である。彼は低身長なことをコンプレックスに思っているため、あまりここでは書かないでおく。
彼はまた不運体質であった。食べたいと思っていた店に並んでいたら彼のひとつ前で売り切れる。訪れたテーマパークの目玉はなぜか点検中。今だってそうだ。学校に出発するまではしとしとと降っていた雨が急に土砂降りになり、これまた急な突風で傘が飛ばされ木に挟まってしまった。彼は今、哀れな濡れ鼠であった。
「マジかよ…どーしたもんかねー…」
彼は不運体質であったが、それを補ってあまりある行動力と運動能力があった。そこで、朔は木に登り始めた。しかし、傘をつかんだ瞬間、足を滑らせ落下した。彼は後先考えるのが苦手であった。盛大な尻餅をついた朔の前に、傘が差し出される。
「大丈夫?手を貸したほうがいい?」
黒い髪で、毛先を少し青く染めたボブカットの少女だ。ぱっちりした瞳が愛らしい。大丈夫だと答えて立ち上がる。その少女ー小森つばさは可愛く微笑む。彼女とは通学路が同じでよく会うのだ。スマホを取り出し始業まであと7分だと急かすつばさに先行して渋谷のスクランブル交差点に差し掛かかった時だった。
突然、地面が裂けた。
中から飛び出してきた何者かが朔たちに飛びかかってきた。ビビって閉じていた目を開けると、つばさは少し離れて俯いていた。心配になって近づくと、つばさは狂ったように笑い出した。
「ははははは!!ああ、久方ぶりの現世よ。血の通う感覚に肉踊るわ。おなごの体ゆえに万全とはいかぬがまあよいであろう。小僧、悪いがこの体はもらってゆく。さらばじゃ!!」
「絶対悪いって思ってないだろーー!!」
いつも優しく天使みたいなつばさがどうしたのだろう。これが本性なのか狂ったのか。いや、ちがう。信じられないけど、体を奪われているのだ。早く引き止めなければまずいかもしれない!
「ちょ、待て待て待てーい!!」
腕を掴もうとしたものの、あべこべに腕を尋常じゃない力で掴まれてしまった。ウソだろ?俺より強くないか??
「なんだ。しつこいのう。」
その瞬間、ふっとつばさが消えた?鳩尾に強い衝撃が走る。吹っ飛ばされながら、低く沈んだ体勢のつばさ(?)が正拳突きをくり出したのだ。朔は去っていく姿を立ち上がれないまま見ていた。
「待ちなさい。それ以上暴れるなら裁くわよ。」
吸い込まれるような漆黒の長髪に燃えるような切れ長の赤の瞳の少女だった。赤い袈裟のようなものを着たその少女は地の底から抜け出してきたかのように突然現れた。
「ほう。裁けるものならやってみるがよい。ただしこの体自体がどうなるか分かったものではないな。」
つばさの体に巣食う怪人は脅迫を続ける。
「着いてくるでないぞ。人質を忘れるな。」
少女は悔しげに目を伏せる。つばさ(?)は膝を曲げて駆け出し、どこかへいってしまった。
「なんでこんな目にーー!!」
みすみす見逃してしまったことにしょぼくれていると、先ほどの少女が話しかけてきた。
「見逃してごめんなさい。けれどあたしではあの女の子ごと巻き込まないとあの霊を止められない。君、ちょっと手伝ってくれない?」
「俺?さっきも一発もらっただけで動けなくなるヘタレ&ザコだけどいいの?」
「あたしでは使えない兵器があるんだ。それを君に使って欲しい。それに君あの子のこと、想ってるんでしょ?」
「やだ何この人。会ったばっかなのに遠慮がねえな!?」
…とはいえ、否定できないので口車に乗っておく。
「ちなみにあたしは厳密に言うと人じゃないよ。」
「俺は天原さん家の朔だけど、君の名前は何?」
「あたしはマリン。閻魔大王の娘なの。」
「いやいやいや…マジすか?そもそもさっきの奴も足透けてたし寄生しないといけないみたいな感じだったのに君は単体で存在してるじゃん。これも閻魔効果ってやつ?」
「ちょっと何言ってるかわからないけど、別にとりつかなくても存在できるよ。でもとりつくことでその人の知識と技術を盗み見できるんだ。あたしもとりついたらもっと強くなるよ。」
「今でどれくらい強いのか知らないけれど、ちょっと周りのぼんやりしたあいつらに仕掛けてくれない?なんか気味が悪い。」
「あぁ、あれはあたしの強大な霊力に引き寄せられてきた魂だね。霊にまだなりきれない存在だよ。」
じゃーいくよーと言葉を切って、マリンは叫ぶ。
「裁きの雷!!」
刹那、周囲が光り、雷鳴が轟く。周りの魂は跡形もない。
「強すぎんか…?ほんとに俺必要?邪魔じゃね??」
「閻魔ですから。」
マリンは胸を張り、ほこらしげだ。朔は脱力し、結局マリンについていくことにしたのであった。