三章4話 人生のタイトル
昔は愛情にあふれた人だった。あたしの成長を、喜んでくれていた。自分が生まれた場所、罪人を裁く場所の説明もしてくれた。幼いながらも、お父さんの悪人を懲らしめる姿にあこがれた。
「あたしもパパみたいになれるかな!?」
「お前次第だ。マリン。私を超えてみな!!」
「ふっふーん!!まっかせなさーい!!ヨユーだよ!!」
でも、それはあたしの七歳の誕生日までだった。例の通りならば、あたしにはこの日、『炎』属性が付与されるはずだった。サイクルがあるのだ。閻魔一族に発現する能力には周期がある。どうやら初代はみんなのイメージ通り『炎』だったらしい。それが次代には光のイメージだけが継承され、『雷』が生まれた。そのあと明るさの概念が拡張され、『闇』になった。それが漂うイメージを持ち、『風』が発生。それが寒さや冷たさを連想させ、『氷』となった。その後は温度の概念が拡張されまた『炎』が…、といった風に。
しかしあたしには何も、付与されなかった。
でもはじめはお父さんも待ってくれた。発現は人それぞれだと嘘までついて。そんなお父さんに応えたくて、必死に修行もしたけどダメだった。でも、いつごろだろう。たぶん3年後ぐらいかな。地獄の様子がおかしくなった。なんだかいろんなところがざわざわしていた。お父さんも気ぜわしくなった。余裕がなかったんだと思う。そんな中、地獄で一つの事件が勃発した。閻魔一族の居住地、『森羅殿』への侵入及びテロだった。森羅殿は実際の見たことはないけれども中世のお城を幾倍にも拡大したような巨大なつくりだ。そこに、一人の侵入者が現れ、森羅殿の一角を爆破した。犯人は2か月前ほどに死刑になってやってきた強盗殺人犯だった。絶え間なく続く責め苦に我慢ならなかったのだろうか。事件当時、森羅殿にはあたししかいなかった。
「おいガキ…閻魔大王はいないのか?」
「し…知らない!!」
あたしはガタガタと震えながらも立ち上がり、その男を捕まえようとした。でも、その男はあたしの後ろに何げなく目をやり、「ひっ」と小さな声を上げ、全速力で逃げ出した。
「ま…待て!!」
あたしは急いで追いかけたけど、いかんせん大人と子供、追いつけないのは火を見るより明らかだった。
「はぁ…はぁっ…」
森羅殿の外に出て、やつを見失った途端、急にさっきまで感じなかった怖気が体を支配した。歯の根が合わなかった。震えが止まらなかった。その後帰ってきたお父さんに泣きつきながら一部始終を話した。するとお父さんは人が変わったような冷酷な声で言い、私を張り飛ばした。
「この、役立たずが。」
その後、あたしは殴られけられ、血の池に落とされた。あの後どうなったっけ。どうなったんだっけ…。
ここで思考は今のマリンに追いつく。今もマリンは血の池に沈んでゆく。
『わかるぜ、つらいよな。』
(は?)
今は水中(血中)にいるのに声が聞こえるわけがな――――
『わかるさ、俺もそうだった。しまいにゃ風が発現したけどよ、殺処分される寸前だったんだぜ?ひでえよな。』
誰だ。誰の声だ?こんな人、知らない。見えるのは血、血、血。ほかに何もない。どこから聞こえているんだ?
『自分に自信を持て、じゃないと出るもんも出ん。自分はすげえぞぉって肩肘張って虚勢を張れ。大丈夫、成功はいつでも自分の手で始められる。超越、してやろうぜ!!』
そうか。私は強いんだ。私は弱くない。私は――――
バチバチバチっと火花が散り、黄色い電撃が血中を走る。血の池の、温度が上がる。ボコボコと沸き立つ。マリンは下から上がってくる対流に身を任せ、上へ上へ。血の池から勢いよく飛び出す。
「私はもう…なんだってできる!!」
脳に酸素が行き、思考が加速する。
(そうだ。あんときも同じように血の池から抜け出した。過去を―――追体験してたのか。)
あのときから雷の力を得たあたしは家を出、力を蓄え技術を磨き続けた。父から聞いていた地獄とは違う世界が待っていた。悪人が苦しむのは下層、その上には普通に亡くなった人が住む居住地だった。親切なある人の家に泊めてもらい、そこであたしは大きくなった。そして、下層にある森羅殿の様子を、それとなく金烏を使って確かめていた。そこでお父さんが別にあたしを探しているわけでもないことも知った。
「おどうざん…っ!!」
それでも、実の父親に捨てられた悲しみは大きかった。あたしのお母さんはとっくに森羅殿を出ていた。上層の霊が死ぬと(処刑などで)下層へ移行された。お母さんは上層出身なのでどこかに入ると思うのだが、いかんせん膨大すぎて探すことはできなかった。そして完全に肉親から離れたあたしは、たびたび地上に悪さする霊がいることを知った。あたしはそれが下層からだけでなく上層からもいることを問題だと思った。
「なら…あたしがどうにかしないと。お父さんの娘なんだから。」
と決意した矢先、地上へあがってゆく影が。それが、赤松であった。
ここまで回想を終え、マリンは歩き出す。けじめをつけに行こう。血の池から森羅殿までの道のりは体がもう覚えている。当然のように門は締まっているが、マリンは雷の力で上を超え、中へ侵入。廊下を走って、閻魔大王の居室へ転がり込む。
「マリンか。」
椅子を半回転させ、お父さんがこちらを向く。
「あたし、決めた。徹底的に地上で悪さするやつをやっつける。お父さんのところには長い間戻らなかったから、これがお父さんへの反抗期。覚悟しててね?」
そう言い放ち、マリンは建物を離脱、地上へ向かう。しかしこれは当然幻の結界なので、途中でマリンの手が端に触れる。「へ?」と間抜けな声を漏らし、マリンは気を失った。
◆ ◆ ◆
マリンはがばっと跳ね起きる。周りはみんな寝ているが、つばさだけいない。
「え嘘!?今までの、全部夢!?せっかくかっこよく啖呵切ったのに…!!」
(でも、全部夢だったわけじゃない。気持ちは確実に、前向いた。)
「よっし!!がんばるぞ!!まずはつばさちゃんさーがそっと。おトイレかな?」
と、マリンも書斎から退室したのだった。
▲ ▲ ▲
「キメェんだよ、ほら吹き!!」
「霊感あるってー?ほれほれ、証拠は?」
「イマジナリーフレンド作ってんの?おもろ笑笑」
輝登は、自分に向けられた罵倒の中に立ち尽くしていた。舞台は教室、見覚えのある高校の、ホームルーム教室。輝登は教室の隅の、掃除用具入れのところで囲まれて立ちすくんでいた。
ああ、これはあの時だ。カンパがなくなった時だ。
「人魂が見えるんだって?すげえじゃん笑立派な詐欺師になれるぜー!」
周りの景色が歪み、崩れる。真っ暗闇の中に逆戻り。その中に白文字で、罵声だけが書き込まれてゆく。その心無い言葉が、静かに輝登を追い詰める。今まで言われた言葉は数知れず、その一つ一つが彼の体を切りさいなんでいく。それはあたかも肉体的な、精神的なダメージ。
『ダッサ。』
そりゃそうだろう。信じてもらえるはずがない。当たり前。
『キャラづけでしょ?』
ほんとにそうだったらよかった。なまじ霊なんか見えなきゃよかった。だったら普通に過ごせたのかな。
『ブツブツうっせーんだよ…』
ごめん。本当にごめん。
『邪魔』
ああ、そうだ。僕は誰からも期待されない、木偶の坊。誰も、本当の僕のことを見てくれない。僕は、どうしようもない。
僕は基本、人の本性は奥底まで行くと善意で成り立っていると思っている。本質的に悪い人はいないと。だから、悪いのは自分だけ、そういった考えに縛られていた。でも、これにはもうそろそろ限界だ――――
光が、さした。暗闇の中、一筋の光が。
『――――』
聞こえない。なんだ?
『――ろ!』
近づいてくる。
『生きろ!』
『1時間前までのお前はもう死んだ。新しくやり直すんや。』
ああ、これは。
『新たな人生を、歩むんや!!』
凱羅さんの声。そうだ。僕はもう、立ち止まらない。生かしてもらった身だ。粗末にすることは許されない。そうだ。何を戸惑っている?
「グッジョブ、輝登。」「ナイス!」「すごいよ!」
仲間の声。そうだ。過去は過去。今は今だ。
「過去は…変えられない…!!でも…未来はこの手で…変えられるんです!いや、変えてやります!!自分の物語は…自分で意味付ける!」
人生という物語の中で、俺TUEEE!!してやろうじゃないか。
目の前の白文字に向き合う。状況はさっきまでといっしょ、でも気持ちは違う。輝登は歩き出す。文字が容赦なく襲い来る。でも、輝登は前をしっかり見据えて一歩を踏み出す。力強い一歩。
『本当はやっちゃったんでしょ?』
やってない。それは誓える。
『お前、生きてきた意味あんの?』
それはこれから探す。ここから始める。自分で意味付ける。人生に題をつけるのは僕だ、僕自身だ。
『死ねよ。』
死なない。死んでたまるか。なぜ、自分が生を受けたのか、それを見つけるまでは。
「何回転んでも、傷ついても…立ち上がってそれを笑い話にできるのは僕だけなんです…!」
文字の追撃をかわしつつ輝登はなおも前身。その手が、幻の境界に触れる。輝登は倒れ込む。その口元に、笑みをたたえて。
▲ ▲ ▲
ザクッと目の前の地面が抉られる。飛び退いていなければ今頃朔はミンチだ。『書斎の主』と相対する朔は、端的に言って非常に苦戦していた。巨鳥がまあ強い強い。先ほどから巨鳥に制空権を奪われている。上空からエネルギー弾を打ち出したりくちばしを突き刺してきたりとなかなか多彩な攻撃パターン。今はまだ受け切れてはいるが、疲弊も時間の問題だ。
「次は迎撃できるか…!?」
巨鳥が大きく旋回し、水面の魚を引っ捕えるかの如く一直線に向かってくる。朔は身を伏せ、下からくちばしをカチ上げる。初めて入ったクリーンヒット、しかし巨鳥も負けてはいない。離脱し際にその鋭い爪が朔の喉元を一閃。薄皮が乱暴に引きちぎられ、細く赤の線が滲み出る。やたら熱を主張するそれを朔は乱暴に拭い、刀を構える。
「そろそろしんどいんじゃないか?」
「うるさいなぁ…。決め手に欠けるんだよ…。」
朔は足りない頭をフル活用する。
(空が飛べないのがやっぱりキツイよなぁ…!!飛び道具でもあれば…)
不意に、思考を読まれたのかと思うタイミングで巨鳥は両翼を羽ばたかせ、その鋭い羽を多数飛ばしてきた。
「飛び道具――――ッ!!」
せこいと思いつつ、朔はそれらを捌く。しかし刀を持ってからまだ三ヶ月にも満たない身で、全てを凌ぐことはできなかった。細かい擦り傷切り傷が手足にできる。じんじんと痛さというか熱というかを訴えるそれらを全力で無視して刀を振るう。
「っしゃああ!!降りてこいや!」
しかし巨鳥は無視する。
「怖くて降りられないんでちゅかー??」
煽っても効果なし。
「まだママンのもとでピーチクパーチク鳴いてる雛の頃が懐かしいんでちゅね〜!図体はでかいけ、ど!!」
語尾のあたりでさきほど抉られた地面の、割られた岩のかけらを投擲。それほどコントロールは良くないが、下手な鉄砲もなんとやら。
「いっぱい投げりゃ…当たる!!!」
「当たる」のタイミングでしっかり当たったので、巨鳥はくちばしをこちらへ突きつけ、翼を軋ませ、超速でこちらに突っ込んでくる。しかしくる場所がわかっているなら、それを読むことは容易い。
「ふっ――――!!」
身をよじって体を左に半回転。ねじりのエネルギーを活かして距離をつめる。巨鳥ではなく、『書斎の主』に対して。
「っ―――!!!」
『書斎の主』もこれは想定外らしく、少し後退り。でも、もう逃さない。
「覚悟し「突っ込めぇ!!」」
覚悟しろ、というセリフに割り込まれ、朔は『書斎の主』の視線の先を振り返る。巨鳥は―――巨鳥は、体を回転させ、くちばしをドリルのようにしていたのだった。
(ここだ―――!!)
「食らえ必殺――――っ!!!」
朔は大上段に刀を構える。十分なためとともに繰り出すそれは――――
「『葵鏡刃』…」
――放たれた技名を置き去りに、巨鳥が最高速度で飛来する。とっさに技を中断し、左腕を差し出せたのは、奇跡だと言えるだろう。左側に腕を振り、なんとか狙いを逸らそうとするも、左の前腕を少し抉られる。肉に直接熱湯をぶっかけられたような激痛。
「実際は…!、ダメージ0!!ノーカン!!!」
奥歯を噛み締め、耐える。そして今もなお抉られ続ける腕の中の繊維を締める。
「こりゃ俺ドッグトレーナーみたいだな!!」
そうやって磊落に言うが早いか朔は自らその場で跳躍する。『書斎の主』の方に背中が向く。地面からの摩擦がなくなり、巨鳥に押された朔は『書斎の主』の方に向かっていく。『書斎の主』にはその猛進を止める術はない。
「覚悟しろ!!決着だ!!」
後ろ向きに飛んでくる朔は『書斎の主』にぶつかる直前で全力で身をよじりくちばしの捕捉から逃れる。今度こそは決める。
「スピードイズパワー、だぜ!!」
ものすごい速度を感じながら朔が振り抜いた刃はうなりを立てて『書斎の主』にせまる。
――――朔の剣はついに『書斎の主』の胴を両断した。
幻惑の結界が、綻ぶ。




