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ホリゾント・ヘル  作者: 神無時雨
第三章 揺蕩う飛花に山おろし

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三章3話 bilieve in myself and…

その部屋は書斎のようだった。外から見た時の異様な窓はすべてこの部屋の物だった。扉から入って左手には2列の書架が広がり、奥手には大きな机といすがある。その上には図鑑など分厚い本が積まれている。その部屋の主はそこから声をかけたのだ。まずおかしいことが二つある。一つ、その声の主は明らかに赤子の姿であるうえに、比喩ではなく蒼白く発光している。二つ。この部屋に入った瞬間、背後の大きな手のプレッシャーがなくなった。


「霊だね。」


「ああ、間違いない。」


こそこそ話す朔とマリン。その赤子はつむった眼をしかめ――――


「こんな大人数でどうしてここへ来た。」


「任務です。この家を調査するんです。」


「なるほど。この僕を悪霊だというんだね。こんなにも...僕は被害者だというのにさァ!!!」


激高した。何が逆鱗に触れたんだろうか。


「ちなみにお前らが見たものはすべて僕の幻だ。お前らはこの家を出ることができたのに、みすみすそれをふいにしたんだよ!!」


「わかった...とりあえず落ち着いてくれないか?さっきから話がつながってなくて...」


「理解する努力をしろよ努力を!お前には考える頭があるんだからよぉ!!僕と違って、体を奪われなかったんだからよ!!」


「そういうこと。きみは...若くして亡くなったんだね。でも、こんなこと言うのはつらいけど、地獄に戻ってほしいんだ。地上がめちゃくちゃになっちゃうよ。」


「それはそっちの都合でしょ?僕は長いことこの館を出ていない。」


「だとしても、だよ。...もういい。お前らとの話は退屈だ。寝ろ。」


彼がさらに蒼白く発光して、まぶしくて目を閉じると、そこからぶつり、と意識が途切れた。


◆ ◆ ◆

風が、吹いていた。風だけが、吹いていた。闇が塗りこめられた空間で、朔は目覚めた。かたい足元だけが、確かに感じる感触だ。においはしないし、何も見えないし、何も聞こえない。風だけが、追い風の方向に吹いていた。


「どこだ...?ここ...。」


とりあえず歩き出してみる。自分の足音も聞こえない中、確かに前へ進んでいった。体感時間で何時間過ぎたろうか。前方にかすかな光が見えた。朔は必死に走り出した。どんどん夜が明けていくように、光の輪が広がってゆく。それが視界いっぱいに広がる――――


「なんっ…だ…これは…」


眼前に飛び込んできたのは、仲間の姿。ただし皆血まみれで倒れている。つばさも、輝登も、澪も。凱羅ですらも。ザクッ、と足音が後ろからする。


「なんで…こんなことに…!」


そう言いながら、血まみれのマリンが倒れる。


「なんなんだよおおお!!!ここは!!!!」


叫ぶ朔。その途端、周りの風景が崩れ落ちる。砂のように。ふと気がつくと、朔は業火にのまれていた。紫色の炎。朔を焦がさんとばかりに膨らむそれは、あたかも竜巻のようだ。


「ぅ...ぁぁ...」


ろくに声も出せぬまま、朔は焔に焼かれる。肌がかすれ、全身が収縮しちぎれそうな思いがする。なぜ。どうして。このような苦しみを受けなければならない。なぜだ。なんでなんだ――――


「おかしくて…当っ然だ…!!!だって…」


朔は本当は古い洋館にいるはずなのだ!だから。


「このっ…苦しみはぁっ…現実の肉体は受けてない…!!」


目を閉じて、叫ぶ。


「これは…俺の幻覚だ…!!まぼろしなんだ!!!!」


その瞬間、炎が消える。朔はまた歩き出す。先ほど砂のように光景が崩れたと思しきところまで歩く。すると目の前に見えないのに触れる壁が。


「これが…幻覚の端っこ…!」


朔は拳を握り、打ち付ける。パリン、と情けない音を立てて、今度はガラス細工のように世界が崩壊する。途端、朔は誰かに首根っこを掴まれたような感覚をおぼえ、気を失った。


◆ ◆ ◆

朔は突然、鼻に入った埃の不快感で目覚めた。一番にくしゃみをし、少し放心してから状況を思いだす。


「はっ!!しまった!寝ちゃってた…!!…って、みんな!?」


周りには朔を除く4人がうつ伏せで倒れている。先ほどの光景を思い出し身震いするが、幸いにもみんな寝ているだけのようだ。


「目覚めたのか。思ったよりも早い。」


「やっぱり…君の術なんだな…!」


「それ以外ないだろう?」


「…にしても、あの中で見えたものはなんだ?あれは…俺の未来…なのか…?」


もしそうなら。あれが現実なら。朔は、恐ろしい運命に呑まれるということだ。


「いや?あれはお前の心の深層心理を描き出したもの。何があったかは知らないが、それはお前が無意識に感じていることだ。」


違和感はなかったが、この事態の元凶であるこの部屋の主――――便宜上『書斎の主』としておく――――と感情を挟まず対話できている。なぜか怒りは湧かない。


「僕はお前には興味を抱いている。少しだったが寝ている間に全員の装備を見ておいた。丸腰の閻魔の娘は置いておいて、お前の装備は特に面白かった。あの剣。霊の体の構成単位、『霊気』を吸い取る剣!!」


「それは…この宿霊剣のことでいいのか?」


「言い得て妙だ。霊を宿す、か。できなくはないだろう。霊媒師の存在があれば、だが。」


「なあ。なんでさっきあんなに声を荒らげてたんだ?」


「それ…聞いちゃうんだ!?だいぶ無神経なんだな!!」


「ご…ごめん!!怒らせるつもりはなかったんだ!!本当に申し訳ない!」


「言葉は恐ろしい力だ。使い方に気をつけたほうがいい。」


赤ん坊の姿の子に説教されるのは新鮮な感覚だ。


「今までこの屋敷にいろんな人間が来た。肝試し、地質調査…。みんなこの部屋に最終的に辿り着いたよ。でも、霊感のない奴は素通り。あるやつも僕が話しかけると顔を青くして出ていった。でも、全員僕は外に出さなかった。土足で入ってきて…。僕は全員殺そうと思った。でも…できなかった。」


「俺らもその一部だと思うと怖くて仕方ねぇな…。」


「不思議なことだ。あれだけ自分が望んでた生を得た人間が、憎かったはずなのに…殺せなかった。」


「もしかして…。幼くして亡くなったのか…?」


「ご明察。あたりだよ。ま、幼くしてって言っても、僕は生まれたばっかりに死んだんだ。だから現世での記憶はない。」


「…。」


「無理に言葉をかけようとするな。お前には無理だ。」


彼なりの優しさだろうか。


「だから、僕は生を享受する奴らが許せない。自分の持てなかったものを、持っている奴らが。」


「足りないものは考えちゃいけない。手持ちの駒をどううまく配置するかなんだよ。」


「何?説教か?自分の持ってないものを持ってるやつへの憎悪は!!わかんねぇだろうな!!長生きしやがって!」


彼がそう叫んだ数瞬後、先ほど幻が解けた光景が逆再生されるように結界が形成される。空はすべて雲で埋め尽くされており、雷鳴までが轟く始末。


「後悔させてやる。お前は人の気持ちもわからない朴念仁だ!!!」


「難しい言葉を使うな!!会話できなくなるだろ!!」


ややちぐはぐながら朔も負けじと声を張る。すらりと宿霊剣を抜き放つ。


「ぐぅっ...!!幻の中なら都合よく全部行くんじゃないのかよ...!!」


()()幻だぜ?そりゃないさ。さて、どこまでできるか試させてもらおうか!!」


『書斎の主』がそういい終わった瞬間、彼が上に放り投げた玉が膨れ上がり、真っ黒な巨鳥となる。


(くそっ...まずは防御だけに徹しつつ隙を見るしかない!!!)


世にも奇妙な戦闘が、幕を開けた。


◆ ◆ ◆

つばさは沼の中を歩いていた。彼女の眼はどこを向いているのか虚ろである。墨汁をたらしたように、また影で塗り込めたように真っ黒な沼の中を。あたりには霧が立ち込めており、視界が悪い。幸いそこまで深くなく、膝より少し下まで浸かるにとどまっている。ぐっ、と足がまた引き留められる。ぬるん、と湿った感触がする。ぼんやりしているつばさは緩慢に後ろを振り返る。見るとつばさのシルエットを模した影人形が下半身を沼に埋めたままつばさの足をつかんでいる。


「私は弱い」


頭に響く声が、自らを糾弾する。


「何も、成し遂げられない」


うるさい。そんなことはもうわかっている。受け入れている。つばさは足を強制的に引き抜き、歩き出す。あてどなくさまよう。


「このまま天原君ばっかりに頼ってていいの?」


後ろから声をかけられる。またさっきの影人形だ。わかってる。私は過去に幾度も助けられた。だから今度は、私が助ける番なんだ。そこまで考えて、ようやくつばさは我に返る。


「どこなんだ...ここは...」


こんな初歩的なことに気づかなかったのか。笑えてくる。つばさは自分の両頬を張る。パチンと音がし、痛みが走る。だがそれと同時に頭も晴れた。


「さっきまで私はどっかの家にいたんだ。ってことは、これは夢なんだ!」


早く、早く起きなくては。


「そうだ!金烏...!!」


空を見上げるがあいにく太陽は見えず、それを呼び出すことはかなわない。


「急ごう...!!」


言われた。人間は補い合うものだと。まだ『合え』ていないが、ここからだ。


「大切なのは...こっから!!切り替えて、頑張ろう!!頑張れ、踏ん張れ私!!」


己を鼓舞し、前へ前へ。私が天原君を、みんなを助けるんだ。


「手に入れた能力も...すべて使って食らいつくんだ...!」

足元がもつれ転倒しかけるが、逆の足を踏ん張って耐える。目にはらんらんと光が宿り、唇は無理に三角形にゆがめられている。


「今一番弱いのが私だ。起こすんだ、番狂わせ!!!」


ネガティブな私、くよくよする私にはさよならを。生きてるときは、全力で駆け抜けるしかない。


「感情に流されてゆっくりするのは...死んだあとでいい!私は...私の人生をあきらめない!精一杯生き抜く!回り道でもいい、自分のペースで!!!」


そのタイミングで前へ伸ばした右手の指先が幻の結界の端に触れる。結界が崩れ、つばさは気を失う。


◆ ◆ ◆

つばさは目を覚ます。周りのみんなは倒れている。揺り起こそうとしたが、うなされているのかみんなうめき声を時々あげている。触ってはいけないかもしれないと思い、つばさは周りを見渡す。すると、『書斎の主』までが寝ている。そうだ、とつばさは思いつく。


「今のうちに怖いのに慣れとくか!!今はこの子も寝てるし、なんも出てこないでしょ!!」


つばさはその部屋を出て、屋敷内の雰囲気に慣れようとしていくのだった。


▲ ▲ ▲

「どうしてお前はこんなにも不適合者なのか。」


ドゴッと音がして、マリンが吹っ飛ばされる。ここは地獄、マリンの故郷。


「なぜ何も使えない。閻魔代々一族は何かの属性を持って生まれてくる。私は氷といったように。」


しゃべって、ひたすらマリンを折檻するのは彼女の父、閻魔大王だ。今はトレードマークの王冠は脱ぎ、うねった深緑の髪をさらしている。彼は赤い目を怒らせ、話し続ける。


「もしかすると命の危機まで追い込まないと発現しないのか…?いや、でもわが一族はほかの霊と違い再生能力を持たないから、やりすぎては元も子もない。」


マリンはなされるがままに吹っ飛んでいく。血の池に落下。


「ごぼっ…がぼがぼ…」


意識がもうろうとしているので、マリンは沈んでゆく。意識を失う前、()()()父の言葉を最後に聞いた。


「こんなことだったら、ネオと逆にしておくんだった。」


マリンは深く、深く沈んでゆく。

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