二章6話 天下り
「なんで?なんでぼくは死んでいないの?もうだれもいないのに!!なんでいっしょにころしてくれないの!?」
『かいと』はひどく取り乱している。日記の内容を見るに、またことろさまの回想を参考にするに彼は、いや彼にとりついたことろさまがクラスメイトや先生をみんな食べてしまったのだろう。今更寄る辺がないということなんだろう。孤独は人を追い詰めるし、自責の念は消えないだろう。
「あっ!」
短く叫んだのはつばさ。みんなが『かいと』の言葉に押し黙ってしまっているとき、瞬時に『かいと』は屋上の端から身を躍らせた。
「まずい…何して…っ!!!」
マリンが追いかけるが手はつかめない。雷の力も本当に尽きたようだ。落ちてゆく『かいと』。しかしそれを追ってひらっと飛び降りた者がある。輝登だ。
「輝登…っ!金烏がダウンしてるのに…!!」
彼はガシッと『かいと』を抱きしめ、もろともに落ちてゆく。朔たちが言葉を失い下をのぞき込むと、ちょうど輝登たちが地面に激突。しかし幸い下は柔らかい砂場である。しかもぱっと見お尻からついたようなので命に別状はないと思われる。清水の舞台から飛び降りても生存率は85%だったそうだ。大丈夫だ。きっと。朔たちは無事を祈りながら校舎から金烏を使って直滑降。
「たたた…」
もうもうと立ち込める砂塵の中、朔はその声を確実に聞いた。生きている!
「この馬鹿!!!!!」
朔は一瞬、わが耳を疑った。そんな言葉が輝登の口から出ようとは。でも、それほど怒っているのだということは分かった。
「命は…戻らないんです。どれだけ願っても、どれだけ悔もうとも。だから一瞬一瞬を、輝けるように生きなきゃダメなんです。確かに僕も諸事情で飛び降り自殺をしようと思ったことがあります。でもある人に助けてもらいました。そこで僕は生きる意味を知りました。」
不思議そうに目で問う『かいと』。
「人生は陶器なんです。今作っているものがどうなるかわからない。次の瞬間形が崩れるかもしれないし、焼くときに破裂するかもしれない。でも、それでいいんです。目の前のことに全力を尽くすんです。そして欠けたとしても、その人生には味がある。そういうことらしいです。人生は内容で決まるもんじゃないんですよ。どう向き合い、抗ったかなんですよ。」
「自分じゃどうしようもないんだよ…たよれる人もいない…!」
「だから!!僕たちがそれになるんです!かつて僕が助けてもらったように、今度はあなたを救う番なんです。だから…お願いだから…。せっかく拾った命を、無駄にしないでくださいよ…」
最後で輝登の言葉に嗚咽が混じる。彼は過去を彼なりに受け止め、その上で助けようとしたのだ。なんと清い行いだろうか。凱羅から託されたものを、次へと繋ぐ。脈々と受け継がれる思いこそが、人の強さなのだ。『かいと』はくしゃりと顔をゆがめ、大声で泣き出す。みんなは温かいまなざしで見守る。ひとしきり泣き終わって、『かいと』は恥ずかしそうに頭をかいて、言った。
「みなさん、助けてくれてありがとう。改めて、ぼくはかいと。楓松戒音。」
「よろしくね、戒音くん。」
「なんだか弟ができた気分だね、相棒。」
「うん。じゃあ、帰ろうか?」
と朔たちは大手を振って校門の万里亜のところへ。燦然と輝く赤い残光、下りる夜の帳。万里亜と合流した朔らは、金烏を呼び出し、早く帰れとばかりにカアカア鳴く本物の烏に交じって飛び立ったのであった。
◆ ◆ ◆
「いやー、おつかれ。おーおー、結構傷ついたなぁ。全員あとで医務室行きやなぁ。初仕事を終えてどうや?」
「そう、ですね。僕たちは軽々しく何かをするのは怖いことだとわかりました。僕らには責任が伴うんだと。」
「ありゃりゃ。最初からちょっと重かった感じか…?ん?時に輝登さん、その子は一体…?」
「生霊にとらわれていたのを救出しました。」
「なんと…わかった。じゃあ戒音さんだけこっちに来てもらって、あとは解散や。自由にしてて。」
「ぼく名前教えたっけ…?」とぼやきながら凱羅と戒音は別室へ。後から出てきた陽葉に連れられ、朔たちは医務室へ。そこには女の人がいた。
「お、よく来たね。怪我したの?」
金髪で、肌は褐色。黒ギャルみたいだが化粧は薄めである。目は黄色であり、口には八重歯が光る。
「あ、どうもー。医師の八重洲郁ですー。」
全員が思った。人は見た目で判断してはいけないとは言うが。
(((((なんかこの人に診察されるの怖いんだけど…。)))))
「ああ、座って座って。じゃあまず茶髪の君からね。ほれ、患部を見せな。」
おそるおそる朔が腕を差し出すと、彼女はあろうことかアルコールを多量にしみこませた脱脂綿を持ち、傷口にすり込んだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
激痛に絶叫する朔。何故だろう、治療されている気がしない。助けを求めようと腕をつかまれたまま振り返る朔だが、マリンたちは椅子にへたばったまま目をそらし、無情にもこれを退ける。しかし、朔はいつの間にか腕が軽くなっていることに気づく。
「とうとう腕が落ちたか…15年ものなんだけどしかたない…」
「何言ってんの。よく見な。」
促されるままに腕を見るともちろん健在で方からぶら下がっているばかりか、傷が大方ふさがっていることに気づく。
「私が発明したボロブルアルコールだよ。自然治癒機能を大幅に強化するんだ。」
「す…すげぇ…」
「ん?足も刺されてる。ほら、出して?」
悪魔のほほえみ。やはりこの人怖い。
「ンギャアアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったものだ。またもや痛みに悶絶する声が高々と響き渡ったのだった。
▲ ▲ ▲
同時刻。朔やつばさたちがのたうち回り痛みをこらえる声が響いてくる中、戒音は凱羅にここまでのあらましを話していた。
「なるほど…つまり君は10年前ほどに肉体から分離し地獄へ。その後残された肉体はことろさまに憑依された。そして肉体が解放された今、精神は地獄から戻ってきて再び肉体に宿った。そう言うことやな?」
「うん。」
「なるほどな。じゃあ朔さんたちが日記を読んでいるとき現れたのはなぜ?なんでそこからの様子を知ってるんや?」
「それはあれだよ。本体が発したSOSみたいなものだと思う。そしてぼくはその分身かが見たきおくをぜんぶ共有したんだ。なんせぼくじしんだからね。」
「なるほど。ちなみにどこから合流したんや?肉体と。」
「あなが、ぼくの目の前にあったんだ。そこを通ると、あの場に出ていたんだ。出た後はすぐにとじたんだ。」
「なるほど…いや、なんで聞いたかっていうと、ここ13、4年、例の出没が著しゅーてな。どこから出てきてんのかを確かめたかっただけや。」
「なるほど。」
「君の話を聞く限り、自力で出てくることは出来んらしい。ってことは、協力者が要る。」
「たしかにそうなるね。で、いったんぼくをうたがったと?」
「いやぁまさか。君には大いに期待してるで。なんせ唯一地獄から戻った逸材やで?」
「マリンもえんま大王のむすめらしいけど?」
「まあな、だから本当は彼女も交えるべきかもしれんが、今はマリンさんは治療中やからな。じゃあ、おつかれ。この会談は口外したらあかんでぇ?」
「もちろん。なにを心配してるのかわからないけど。」
「(小声で)イクリプス。」
戒音は反応しない。
「なるほどな。聴力がある精神とない肉体が合わさったから、ちょっと耳が聞こえづらいんやな。」
「やっぱり見ればわかるか。」
「ふふふ。君は今からボクの参謀になってもらう。超高性能の補聴器を用意させるわ。頼んだで。」
そんな言葉を最後に怪しげな密会は閉会と相成ったことを、ここに記しておく。
◆ ◆ ◆
傷を乱暴に治された朔は自室の前に来ていた。時刻は22時。非常に眠い。入ろうとした瞬間、
「ばあ!」
凱羅が部屋の扉のすぐ中に立っていたので朔は全力で扉を閉める。
「ちょっ、なにすんねん!!」
「凱羅さんこそここで何を!?」
「いやー、部屋まで来るのを待っててん。なっかなか帰ってこやへんから、今夜は誰かとお楽しみコースか思たわ。」
「…何言ってんすか!?で、要件って何ですか?お金の無心ですか?」
「ん!?情報の伝達が早い!!…いや、そうじゃなくてやな…。ボクが見れる範囲で君のことを見とってな、気づいたことがあんねん。ちょいと着いてきてくれんか?」
「はぁ…いいですけど…。」
訓練所についた朔と凱羅。凱羅はおもむろに話し始める。
「朔さんはアニメみるとかとかゲームとかよくやらへん?」
「やりますけど…それがどうかしたんですか?」
「いやー、そこの人たちってさ、何かしら技持ってるやん?」
「そうですね。もはや形式美みたいなもんですけど…。」
「そんで、君をこのかた見てて、思ったことがあってなぁ。君は類まれなるリズム感がある!!!」
「…。それって褒められてます?」
「もちろんやで。めっちゃ長所やん。そんでもって君はそれを戦闘にも活かせてる。回避もしかり、白刃取りもしかり。」
「なるほど...?」
「そこで!や。君にも必殺技を授けよう。きっと、君をもっと輝かせてくれるはずや。」
そうして、男2人による壮大な夜更かしの日々が始まったのだった。
◆ ◆ ◆
翌朝早く。つばさは師団長室の前でたたずんでいた。彼女は意を決し、ノックする。中からあくび交じりの許可が下りる。寝れていないのかと1%くらいの心配をしつつ入室。大きな机の前で凱羅が回転いすに座っている。つばさは大きな机の前まで行く。
「少しだけ外出を許してくれませんか?青森の祖母のところへ行きたくて。数日かかると思います。」
「許可も何も、別に許可なんかとらんでもええで。軍隊ちゃうねんから。名前こそ師団やけど。」
「ありがとうございます。行ってきます。」
「ほいよ。羽のばしてきーやー。」
つばさはドアを閉める。ドアが閉まりきる寸前、凱羅は背を向けて言った。
「気に病んだらあかんで。何が起こっても、君だけのせいなんてことは絶対にない。」
その言葉に少し目を見開いたつばさは、静かにドアを閉めた。そして彼女は歩いていく。何かを決心したように、しっかりとした足取りで。
◆ ◆ ◆
つばさは東北新幹線から青森駅に降り立った。もう日は暮れているため近くのホテルで一泊。翌朝早く、つばさは近くのホームセンターで申し訳程度の登山具を用意し、バスとローカル鉄道を乗り継ぎ、恐山のふもとまでやってきた。時刻は昼過ぎ、登山にはちょうどいい感じだ。山に足を踏み入れる。とたんに硫黄のにおいが鼻を衝く。ごろごろと岩石が大小を問わず転がっている地帯を抜け、つばさはもっと深山幽谷へ。そのご、どんどん時間が経過するにつれ、息苦しさが増してくる。手が、足が言うことを聞かない。つばさは簡易の酸素ボンベを当て、前へ進む。全身がだるいのに、眼だけが狂人のようにらんらんと輝いている。結局、つばさが『結城 七瀬』と表札にかかれた古民家を探し当てたのは日もとっぷりとくれたころだった。かがり火がたいてあったので、たまたま吸い寄せられるように向かうと奇しくも目的地だったのだ。つばさは立て付けの悪い扉をがたがたと横にスライドさせ開きながら呼び掛ける。
「おばあちゃん!いる?」
「なんじゃつばさか。侵入者かと思って武器振り上げるところじゃったぞまったく...。」
慌てて声のほうを向いたつばさに、その人物は続ける。
「にしても大きくなったのぉ。紫音(つばさの母)がわしのところを出て行ってもう5,6年かの。わしがイタコやってるからと言うて、つばさに悪影響が出んように逃げていきよった。でも、わしはあいつを恨んどらん。それだけ伝えてくれんか?」
後ろから現れた、髪が完全に白い老婆が話しかける。つばさの祖母、結城七瀬だ。
「で、どうしたんじゃ?ここまで来るのはさぞ大変だったことじゃろう。そこまでして何かあるのかえ?」
答えようとしたつばさだが、それより早く七瀬が椀を差し出す。
「今日その辺でとれたイノシシで鍋を作ったんじゃ。詳しい話は食べながら。な?」
「うん...。」
つばさは少し躊躇したのち、話し出す。
「実は...。私、詳しくは言えないけど、おばあちゃんと一緒で霊に関する仕事してるんだ。でも悪霊退散!って感じだからイタコとは違うけど...。で、2回戦ったんだけど、2回とも私が人質に取られちゃって、足手まといなんだ。それを補おうとなぎなたの訓練もしてるんだけど追っつかなくて。もう、こんなみじめになりたくないよ...。」
ここで言葉を切り、つばさは土下座する。
「お願い...。おばあちゃんのイタコの術を...教えてください...。急に何?ってなってると思うけど、それでもいいから教えてほしいです...。みんなは気にするなって言ってくれるけど、そんないい人ばっかりだけど...。みんなから守られてるだけじゃ嫌だ...!私だってみんなを守りたい...!!」
つばさは泣き顔を上げる。
「強ぐ.....なりだい...!!!」
つばさの涙ながらのお願いを聞き、七瀬はふっと微笑む。
「わかったよ。お前の無力感はよーくわかる。何もできないつらさが、一番身に応えるってことも。教えてあげるから、こっちへおいで。あんまり泣きすぎるとお前、かわいい顔が台無しじゃよ。」
七瀬はつばさをそばに招き、膝枕をする。
「つばさはちっちゃい頃、これ好きだったからのう。」
「もう子供じゃ...ないもん...。」
「わしからしたら、成人しても、結婚しても、中年太りしても、つばさは大切な孫じゃよ。紫音もそう。子供に恵まれて、わしは幸せじゃよ。」
つばさはしばらく鼻をグズグズ言わせていたが、ほどなくして寝入ってしまった。七瀬はつばさの体をそっと抱き、布団に入れてやる。そして耳元で囁く。
「稽古は明日からじゃ。ぐっすり眠りな。」
甘美な時間が、更けていった。
翌朝、泣いてしまったばつの悪さをこらえながら居間へ向かうつばさ。七瀬はもう起きていて、朝ご飯を作っていた。「老人は早起きなんじゃ」と言っていたが、さすがに3時半に起きるのはいかがなものかと思う。山の珍味をふんだんに使った料理を堪能した後、散歩に連れ出されたつばさ。心地よい山間の風がそよぐ。
「そういえばなんでわざわざイタコを習得しようと思ったんじゃ?剣道とか習っとけばよかったんじゃない?」
「ああ、それが...。凱羅さん、あ、いや、その仕事上のトップの人に秘められた才能があるって言われて...」
とつばさが何気なく言って横を向いたとき、七瀬の目がこぼれんばかりに見開かれていた。
「凱羅?凱羅といったかの?」
「え?うん。星宮凱羅。」
それを聞いた七瀬は急いで家へ戻りだす。つばさは慌ててついてゆく。
「奴は今どこにいるんじゃ?」
「たぶん伊勢だとおもうけど...。」
「よしわかった!つばさ、稽古は後回しじゃ。向こうでやろう。」
「?????」
分からないことばっかりだが、とりあえず全速力で荷物をまとめて家を出る。戸締りを済ませた七瀬が下山ルートに誘導してくれる。
「じゃあつばさ、着いてきて。」
「わかった。」
2人は気持ち早めに歩き出すのだった。そこに、はぐれたのかクマが現れる。つばさがビビって後退りする中、七瀬はどこから取り出したのか分厚い鉈をクマの首へ叩きつける。
「安心せい。峰打ちじゃ。少しすればまた目覚めるじゃろう。」
「実際に言ってる人初めてだよ…!!」
2人はそのまますたこらさっさと青森駅を目指すのだった。
◆ ◆ ◆
ところ変わり、とき代わり、退霊師団本部。またもや凱羅と朔の秘密の特訓が行われていた。
「くっ…!キツすぎる…。」
「まああんま寝れてへんしなぁ。まあがんばれ!何とかなる!!」
「もうやだ根性論…!!」
「ほーらもっと剣を振る訓練しとかんから~。なまり散らかしとるやんか。」
「くそっ…まだまだ…!!」
朔はかかっていくが、足払いで転ばされ、背中に座られる。
「この調子じゃまだかかりそうやなぁ。だいじょ…」
「ちょっと見んうちにえらい傲慢になったのう。」
凱羅の煽りに声がかぶさった。暗がりから二人の人物の足音が聞こえる。
「ん?聞き覚えのない声。あー、ここ外部の人の立ち入り禁止なんでとっとと出てってくれると助かりますー…」
「老いの一鉄!!」
と声がした瞬間、凱羅は朔の上から吹っ飛ばされ、転がる。しかし師団長の意地を見せ、すぐに起き上がる。
「もうわしを忘れたんか?悲しいことよのう…」
そう言って暗がりから出てきたのは誰であろう七瀬とつばさであった。青森から引き返してここまで来たのだった。
「山を下りたのも何年振りかのぅ…」
などとのんきに小さくつぶやいている。それを見た途端、凱羅は「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、バックステップで距離を取り、つばさに尋ねる。
「つばささん…お母さんの旧姓なに?」
「『結城』ですよ。」
「うわガチか…こんな登場の仕方…ありえへんで七瀬ばあちゃん!!!」
夜中ということも忘れて絶叫した凱羅であった。
「…にしても、『老いの一徹』じゃないの?」
と、よく聞いていたつばさが疑問を呈していたことは、今は捨て置いてよいだろう。




