二章4話 最後の戦端を開く
時間はマリンたちが朔たちと別れた直後にさかのぼる。マリンは2階の、本校舎と別棟をつなぐ通路をずっと過呼吸気味で震えているつばさの背中をさすりながら歩いていた。
「マリンちゃん…私ね…。こういうホラーゲームみたいな雰囲気がとっても怖くて…。」
「うん、あたしも好きじゃないよ。どうする?一旦体力無限な男どもに任せてあたしたちは休憩する?」
「みんながんばってるのに…そんなことできないよ…。それに向こうには澪ちゃんだっているしね。」
「確かに。じゃあ野郎共でまとめられないね…ってどんな会話やねん!」
「ふふっ。マリンちゃんは、優しいね。こうやって恐怖をほぐそうとしてくれてるんだよね?」
「たはは…。でも大丈夫だよ。何かあったら守るし!」
つばさは思う。
(やっぱり私は…いつまでも守られる側なんだな…。情けない。みっともない。自分で戦えるように力をつけようとして家で木刀振って頑張ってたのに、肝心なところでいつもこう。)
「うん。ありがとね。」
マリンは思う。
(あんの相棒ゴルァァァァ!!!!!なに勝手に分けてんの!?相場相棒とつばさちゃんは一緒だろ!?チキりやがったなぁ…。計画がパーだよ全く…。いや、ポジティブに考えろ。女子二人だけなんだし、いっちょ女子トークとでも洒落込みますか。)
「ねぇ?つばさちゃんはさー、好きな子いるの?」
「なぁっ///!?なんで今!?」
「え~~?いいじゃーん。いるの?ねぇ??うりうり~」
マリンが小突き回すとつばさは顔がトマトのように赤く染まる。反応がかわいらしいのでマリンは追撃する。そんなこんなでマリンたちは階段を降り1階へ。このフロアは全体が職員室だ。デスクを軽くあさってみるが何も見当たらない。壁に貼られたポスターも風化して読めない。まるで何者かが痕跡を抹消しているような感じだ。しかしマリンは探索に熱中しすぎた。後ろに立てかけてある箒が倒れた音で初めて、つばさがまたいなくなっており、かつての過ちをまた犯してしまったことに気づいたのだった。
「つばさちゃん…!無事でいて…!!」
なりふり構わず職員室を飛び出し、別棟を駆けずり回る。赤松を追って地上に出てきたあの日から、マリンはずっと自問していた。どうしてこの子たちを巻き込んでしまったのかと。それを飲み下せないままここまで来てしまった。巻き込んだからにはどんな不幸も起こさせてはいけない。そう思って守れるように笏を振っていた。でもまたつばさをさらわれてしまった。また守れなかった。
(いつもあたしはこうだ。大切なものを守れない…)
でも下を向いてはいけない。人生にはやることがいっぱいあるんだ。悲しんだり反省したりするのは死んでからでいいと、父は言っていた。だから。
「めげるな、マリン。つばさちゃんを、奪回するんだ!!」
2階の図工室、被服室、家庭科室と教室を回り、3階へ上がる、階段を上がった真ん前にあるのは、体育館のドア。ガラガラと音をさせ、重い扉を開くと明らかに異変が。黒いカーテンが全て閉められているのにほんのりと明るい。人魂のたぐいだろうか?床には血のような色の模様がある。光源が移動し、次第にその模様が魔方陣を模しているのが分かった。そしてその真ん中に、腕で足を抱えさせられて寝かされているのは。
「きゃあああああああああ!!!!誰か来てええええ!!!!」
気を失ったつばさであった。
◆ ◆ ◆
そして物語は前話の末尾に巻き戻る。マリンは立っていられず、その場に膝をつく。
(遅かった?…死んでる?あたしのせいだ…あたしがもっと…)
「おい」
マリンは振り返る。朔だった。
「せめて悲鳴上げるなら場所言ってくれよな。地味に何階かわからず焦ったぜ。で、マリン。つばさはそこに?」
「う…うん。こっち側の建物には何も手掛かりがなくて…しかもさっき叫んじゃったから存在もばれちゃったし。」
「そうか。ありがとな。こっちで大体の事情をつかんだから気にしないで。ほれ、この子が生き証拠。」
と『かいと』を差し出す朔。マリンは目を合わせず問う。
「…責めないの?あたしのこと。またつばさちゃんさらわれちゃって。あたしがもっとしっかりしてればこんなことには…いやそもそも君はあたしに巻き込まれたんだよ!?怒って当然でしょ!?」
「何キレてんだ?巻き込まれたとかそんなの関係ないし。新幹線でも言ったろ?手伝わせてほしいって。しかもそんなことで怒ると思ってたの?友達のミスぐらい拭えなくて仲間ヅラできるかよ。」
「とも…だち…」
「そうフレンド。そもそも俺はマリンがいなきゃ大阪城で小森さんを取り戻せてない。もっと自信持てよ。マリンはすごいよ。頑張ってる。俺は相棒なんだろ?だから君が背負ってるものを俺にも預けてほしい。」
「…。それは『一生を君の隣で歩かせてほしい』っていうプロポーズで合ってる?」
「今そんな話してた!?国語の採点なら解答要素不足で大減点だよ!!!全く変わらないなぁ、マリン。それがいいとこかもしんないけどさ!!」
自然と笑いが漏れる。
(そっか…。あたしマリンと、天原朔は相棒。)
「ありがと、相棒。早速なんだけど、助けてくれないかな?」
「おう!任せろ!」
朔たちは体育館内をのぞき込む。『かいと』が言う。
「まちがいなくこのへやの中にぼくの本体がいる。」
「生贄にする準備でもしてるんですかね…?」
「なにしろ放っておいたらまずい気配はぷんぷんするね…。」
朔が一斉に壁際の電気をつけることを提案。輝登がそれを叶える知識を授けてくれる。
「深草兎歩。忍びが使う歩法ですね。しゃがんでから両掌を地面につけ、手の甲に足をのせて進みます。」
「なるほど、やってみよう。」
朔たちはじりじりと進んでいく。手触りでスイッチのある場所へ来た。朔はおもむろに立ち上がり、照明をつける。が。
「10年前に閉校してたの忘れてたあああああ!!!」
「僕もです。そりゃ電気通ってる訳ないですもんね…」
と言いながら輝登はごにょごにょと何か唱える。刹那、入団試験のときと同じく、色とりどりの人魂が出現、あたりを照らす。見えた。当たり前だが『かいと』とそっくりの風貌の男の子が鋭い目でこちらをにらんでいる。マリンからの報告通り魔方陣の中央には気絶したつばさ。
「あぁあああぁあ…。ぁあああぁぁあ」
「『いけにえがいっぱいだ。はぐれおにをはじめよう』って言ってる…」
『かいと』が通訳する。
「はぐれおに?なんでまた今?」
「たぶんつばさちゃんが今生贄になってるんだ。それを解放するためにするんじゃないかな?」
「じゃあ絶対勝たなきゃね…。」
ゆらり、と『かいと』にそっくりな少年――便宜上『鬼』と呼ぶ――が体を揺らし、朔たちのほうへ歩みだす。
「みなさんこれ…逃げないとやばそうですよ!!!」
輝登の言葉を皮切りに、朔たちはばらけ、逃げ出した。『かいと』は朔と一緒に逃げてゆく。
◆ ◆ ◆
朔と『かいと』は逃げながら対処法を考える。全員がタッチするには、誰かがひきつけなくてはならない。
「たぶん、いちばんはやい人をおいかけてるんだよ。」
「なるほど、だから俺か。今はいいけどいつか体力きれそうなんだけど…」
本校舎に戻った朔たちは金烏の助けで4階へ上がり、図書室に潜む。ペタペタと音がする。
「来てるな…どうする…?」
『かいと』は何か考え込んでいる様子だ。
「ねぇ…どうしてぼくの本体はマリンさんが声を上げたときにおそいかからなかったのかな?」
「確かに。俺らがくるまでマリンは無傷だった。しかもなんかこちらを認識したのも輝登が人魂出してからだし。」
「もしかして…この学校は山おくにあるから、しずかだよね。もしかしたら耳が聞こえなくなっているかもしれないよね。」
朔ははっとした顔つきで、
「聴力の退化…?」
とつぶやいた。
「視覚、触角はあるみたいだし…嗅覚味覚はわからないけど…なぁ、『かいと』。実験してもいいか?」
「うん。やるべきだとは思うんだけど、もしまちがってたらここはあぶないし、かいだんのところでやらない?」
「なるほど、名案だ。賢いなぁ。」
「やることがなくて図書館の本はほとんど読んだんだ。」
「そうみたいだな。よし、行くぞ!」
4階階段の前に立ち、朔は大声で叫ぶ。
「俺はぁ!ここだぞおおおおおお!!!!聞こえねぇかあああ!?!?」
5秒経過。何も来ない。10秒経過。何の音も聞こえない。30秒経過。静まり返っている。
「これ…実験は成功じゃないか!?」
「うん。ということは、ちょくせつ見られないかぎりおいかけられないね!」
『かいと』もほっとした顔をしている。
実際、『鬼』の聴力は退化していた。しかし運の悪いことに、偶然『鬼』は4階廊下の端から2人を目撃していた。
ぺたっ、ぺたっ、ぺたっ!
「やっべえ、来てる!逃げろ!」
朔たちの逃走劇は、まだ続く。
▲ ▲ ▲
マリンは体育館に戻り、つばさの体に触れる。
「これでいけたかな?…にしても、鬼が全然追ってこないなぁ。どうしたんだろう?」
マリンは職員室に本当に何も残っていないかを隅々まで調べることにした。
【1/4完了】
▲ ▲ ▲
本校舎3階まで逃げていた澪。先ほどの朔の大声は、きちんとこちらまで聞こえていた。
「もしかして…私たちから気をそらすためにああやっておとりに…?」
と、若干違うがまあ朔の意図からはあんまり離れていない解釈をした澪は、体育館に向かい、おにごっこを早く終わらせようとした。が、階段から上がってきた『鬼』とばったり鉢合わせ。朔たちがうまくまいたのが裏目に出たようだ。
「――ッ!!!」
無言で2人の間に手を呼び出し、澪はそれを壁にして逃げる。が、『鬼』はうまくかわして追いかけてくる。
ぺたぺたっ、ぺたぺたぺたっ!!
「何…コレ。めっちゃ…怖い…!」
「澪さん!そこのロの字型の通路を使って鬼をまいてください!あとは僕が引き受けます!」
澪は言われた通りにしながら問う。
「輝登…どういうこと?」
「さっき朔さんとすれ違ったとき聞いたんです。『より速い人に引き付けられる』っていうのと、『耳が聞こえない』っていうことを!」
「なるほど。じゃあお願いね…!体育館に行ってみる!」
「承りました!」
澪ははぁはぁと息せき切って駆ける。こんなことならもっと走り込み頑張ればよかったと後悔しながら。階段から2階に降り、突き当りを左に曲がり、連絡通路を走り抜ける。そして別棟の階段も1段飛ばしで駆け上がる。おそらくこのメンツの中で、澪はいちばん白衣や袴の恩恵を受けていた。普段ならこんな長時間疾走し続けることはできなかろう。ガラガラと体育館の扉を開けると――
そこはただの暗闇だった。
◆ ◆ ◆
その後、まだ体力のある朔に『鬼』の対処を頼んだ輝登は、偶然入った3階パソコンルームにつばさがいるのを発見した。魔法陣ごと転移したのだろうか?
「まさか…」
あわててつばさの肩にそっと触れる。すると、近くをゆらゆら飛んでいた人魂の数が2つに増えた。
「ってことは、僕の前に誰かが体育館に行っていたのでしょうか?」
ひとりごとを邪魔することなく、静かにつばさの体がフェードアウトしていく。
「また…まずいですね。ともすると延々と同じ場所を探さなければなりませんね…どちらにしても共有しておかないとです。」
パソコンルームを飛び出した輝登は、澪に会うため別棟へ急ぐ。
【2/4完了】
▲ ▲ ▲
同時刻、逃げ続けている朔はおかしなことに気づく。
ぺたぺたぺたぺたぺた!!!
明らかに速くなっているのだ。
「マジで…どういうことぉ~~!?!?」
金烏を使い、朔たちは廊下の穴から一階まで急降下。これで少しは時間が稼げるはず…
『鬼』も飛び降りてきた。着地し、何事もなかったかのように追いかけてくる。
「嘘ん!?行動パターン変化とかやめてよマジで。HP減ったボスかよ!」
「このままだと本当にいつか…」
「あー、あー!!その先言うの禁止!!ネガったら負け!俺らは絶対勝つんだよ!!!」
「うん、そうだね。」
そのまま朔たちは階段を使ってちょっとでも距離を離そうとするのだった。
▲ ▲ ▲
マリンと澪、輝登は落ち合っていた。職員室の奥、放送室から見つけ出したマップにペンで印をつけながら悩む。
「もうほとんど探したんだけど、つばさちゃんいないね。」
「今校長室も見てきたけどいないよ…」
「あとはトイレかぁ?」
「魔法陣ごと転移するならそんな狭い場所じゃだめだと思います。可能性があるとすれば校庭か…」
と外を見て、輝登は固まる。視線の先を追うと、言わんとしていることが読み取れる。
「プールだね。」
「うん、けどそこに行くには本校舎1階を通らないといけないから、朔さんが引き付けてるとこに割って入る形になります。視認されなければいいだけなので、全速力で最短ルートを駆け抜けます。1階の廊下には木材が多数散らばっていますので、足を取られないようにしましょう。」
「うっし、行こうか!」
「「「「2人足りないけど、作戦開始!!」」」
◆ ◆ ◆
朔と『かいと』は4階を駆け抜けていた。もうしんどい。電池が切れそうである。3階、2階と階段を駆け下りていくと、輝登が先導して澪とマリンが1階を突っ走っているのが見えた。それを見ると朔は2階に引き返し、別棟を目指す。輝登が何か思いついたなら、それの邪魔はさせてやるもんか。
ところ変わり、こちらは無事に1階を走破した3人である。目の前のドアを開け、プールへ出る。プールサイドにはにらんだ通り魔法陣の中央につばさが横たわっている。澪がつばさに触ると人魂がまた1つ増え、つばさがフェードアウト。
「よし、ラスト!後者をもう一回調べなおす!」
「おーー!!」
【3/4完了】
◆ ◆ ◆
また速くなった。朔は疲労から足がもつれ、倒れこむ。
(しまった――)
しかし捕獲の手は伸びてこない。おそるおそる目を開けると、『鬼』が止まっていた。
「なんだ?どうし…」
突然、『鬼』の体が震えだす。5秒後くらいだろうか、『鬼』が脱皮した。
「あああああぁああぁああぁぁぁ…」
明らかに巨大化した。『かいと』本体は見る影もなく、蜘蛛のような8本足をはやしていると思いきや、それらのうち6本は手である。一番後ろの2本だけ足のような形をしている。湾曲した背中からはとても大きなこぶのようなものが生え、そこにできた3つのギザギザ牙の口からうめき声を漏らしている。もともと顔だっただろうと思われる個所は目以外の要素がすべて排除され、その目も巨大化し、非常に不気味である。あまりに常軌を逸した光景に、朔からは闘志が抜ける――
◇ ◇ ◇
「俺はどうして赤松がとりついたつばさが去っていくのを見守るしかできなかったんだろう…」
大阪城の戦いから少し後、陽葉との会話でのことである。
「俺はもっと力をつけないと…」
「そうだね。でもこの戦いの渦中に身を投じるんなら、自分の身は自分で守る、出来たら周りの人も守る、的なスタンスでいいんじゃないかな。そんな一人がみんなを救うなんてスーパーマンみたいなこと、ふつうはできないよ。だから人って、持ちつ持たれつ結束して生きていくんだよ。」
「そう…ですかね…」
「そう!君なんて、意中の人の前でかっこつけようと頑張るだけでいいの!そんなに多くのことを子供たちに背負わせるなんて許されないこと。だから、ここからは大人の特権でいいます。困ったときは、全力で助けを求めてもいいの。みっともなくてもいい。だらしなくてもいい。最後にかっこよくキメられればね。で、助けてもらったらお礼を言って、次頑張ればいいの。お姉さんが言ったこと、忘れちゃだめだよ?」
そうだ、俺は――
◇ ◇ ◇
――いつから自分が独りきりだと思っていたんだろう。あがいてやろうじゃないか。みっともなく泥にまみれてでも、『勝ち』をつかむためならば。
「マァリィィィィィィィン!!!!!俺は、ここだぁぁぁぁ!!!!」
口をくわっと開き、全力で叫ぶ。さっき階段前で実験で叫んだときと字面が似ているのは偶然だろうか。叫び終わった後、その場には空虚な時間が残る。しかし、音が聞こえる。『鬼』には聞こえない音が。そして大阪城で鎧兜に殺されかけた時と同じく、世界が白く染まる。
「いや~、やっとあたしを頼ってくれたね、相棒。ありがとね、あたしめっちゃうれしい!端的に説明するね。鬼がこうなったのはもうあたしたちがつばさちゃんに触ったから。つまり後は相棒だけ。で、厄介なことにタッチするごとにつばさがどこかに転移しちゃうの。だから今澪ちゃんと輝登くんが全力で捜索中。職員室から始めたから、多分今は本校舎にいるはず。合流して指示を仰いで。」
「わ…わかった。」
立ち上がり、走っていく朔と『かいと』。
「さーて。そろそろいい所見せなきゃね。今光の中で何回か斬ったんだけど手ごたえなし。はぐれおに終わるまでは手出しできないってか。」
マリンは雷に乗って走り出す。電気がほとばしり、あたりで散る。
べたべたべたべたべたべたべた!!!!!!!!
「巨体の割に頑張るね。けど、あたしには追い付かないよ?この勝負、あたしたちの勝ちだね!」
最後の逃走劇が、はじまる。




