よくある王宮ロマンスの主人公になった私と、その背景について
私は、フレアード王国第一王女であるマリアンナ様の侍女だ。
マリアンナ様は国王陛下の妾妃の子で、異母兄である王太子殿下とは六つ年が離れていらっしゃる。
王妃が産んだ王子と妾妃が産んだ王女の兄妹だけれど、お二人の仲はそこまで悪くなかった。王妃様と妾妃様が友人の間柄で、マリアンナ様をお産みになって間もなく亡くなった妾妃様を悼んだ王妃様がマリアンナ様を引き取ったというのも大きいだろう。
私はマリアンナ様より八つ上で、もとは貴族の生まれだった。でも父の散財により経営難に陥り、資金繰りのために金持ちの中年男に嫁がせられそうになったところで、マリアンナ様に声をかけていただいた。
『ねえ、あなた。わたくしのじじょにおなりなさい』
当時八歳だったマリアンナ様のおかげで、私は望まぬ結婚をせずに済んだ。おかげで実家からは勘当されたけれど、気楽な身の上になれてむしろ助かっている。
マリアンナ様は、私によく懐いてくださった。
『わたくし、ジュリアのことが大好き! ずっと一緒にいましょうね!』
『ええ、もちろんです。ジュリアはずっと、マリアンナ様のおそばにおりますよ』
私は、私を救い慕ってくれた主君のために、何でもすると誓った。
マリアンナ様は、離宮で暮らしていた。国王陛下や王妃様、王子殿下がお住まいの本城に行かれることは滅多になく、勉強をしたり絵を描いたりピアノを弾いたりしながら、穏やかに成長された。
たまに、王子であるロベルト様が離宮にお越しになった。マリアンナ様と同じ金色の髪に緑色の目を持つ快活な美青年だけれど、マリアンナ様は兄君のことが苦手らしかった。
「よう、マリアンナ。来てやったぞ」
「ごきげんよう、お兄様。お気をつけてお帰りください」
「さすがにあんまりだろう。ジュリア、どうにかしてくれ」
マリアンナ様に会いに来た――しかもなぜか窓から――ロベルト様は、妹君に素っ気なくされてやれやれとばかりに私に応援を求めてきた。
ロベルト様は国王陛下譲りの美貌と王妃様譲りのカリスマをお持ちの方で、パーティーでは彼を慕いダンスの相手を願う令嬢たちが列を成すそうだ。
でもマリアンナ様の前ではちょっとがさつで意地悪になるようで、マリアンナ様はそんな異母兄のことを嫌いこそしないものの鬱陶しがってらっしゃった。
「申し訳ございません、殿下。私はマリアンナ様の侍女ですので、殿下にはお帰りいただくしか……」
「おいおい、俺の味方になってくれるやつはいないのかよ!」
「わたくしの侍女に突っかからないでください。相手をしてほしいのなら、王宮にいらっしゃるお美しいご令嬢たちと遊べばよろしいでしょう」
そう言いながら編み物の手を止めないマリアンナ様がツンとしていると、ロベルト様はけらけら笑った。
「俺のかわいい妹は、兄のことを勘違いしているようだな。俺はこれでも一途だから、女性をとっかえひっかえなんてしないさ」
「どの口が言うことやら」
マリアンナ様は素っ気なく返し、ロベルト様は困ったように頭を掻いている。
……これが、このご兄妹の日常だった。
妹に構ってほしがるロベルト様と、そんな兄君に塩対応をするマリアンナ様。ものすごく仲がいいわけではないけれど、悪いわけでもない。マリアンナ様も何だかんだ言ってロベルト様が来ない日が続くと不安そうな顔をなさるし、贈り物をもらえると嬉しそうにしているのだから。
私は、マリアンナ様やロベルト様と共に時間を過ごせて、幸せだ。……幸せだった。
私が二十四歳のとき、離宮に侵入した不審者によってマリアンナ様が亡くなるまでは。
「マリアンナ様! どうか、しっかり……!」
「ジュリア……」
私が縋ると、胸にナイフを突き立てられたマリアンナ様は息も絶え絶えになりながらも、私の手をぎゅっと握って微笑んだ。
「……わたくし、あなたと一緒にいられて……幸せだった。ジュリア、どうか、あなたも、幸せに……」
「マリアンナ様……!」
「ジュリア! マリアンナは……」
マリアンナ様の手から力が抜けた直後、後ろからロベルト様の声がした。
離宮襲撃の知らせを受けて急ぎ王城から来たのだろうロベルト様は、血にまみれた妹君を見てさっと顔色を変えた。そうしてマリアンナ様の体を抱き上げたけれど……もうその体は、力を失っていた。
「マリアンナ……そんな……!」
「申し訳ございません、殿下……! 私がついておりながら……!」
「……おまえのせいではない」
ロベルト様は声を震わせて言い、マリアンナ様の遺骸をぎゅっと抱きしめられた。
その後、マリアンナ様を襲った者はロベルト様によって捕縛された。どうやらそれは反王制派の者だったらしく、ロベルト様は反王制派を徹底的に追い詰めて組織を潰滅させた。
マリアンナ様の仇を討って王家にあだなす者たちを排除することはできたけれど、この事件で国王陛下は心を弱らせた。これにより国王陛下が退位して王妃様と一緒に療養地で過ごされることになり、ロベルト様が弱冠二十二歳で即位することになった。
ロベルト様は国王として立派に責務を果たされていたけれど、その眼差しはいつもどこか寂しげに思われた。たった一人の妹を救えなかったことを、ずっと心に抱えてらっしゃるのだろう。
私も、マリアンナ様を失った悲しみからなかなか立ち直れなかった。ある夜に庭園で一人泣いていると、ロベルト様がやってこられた。
ロベルト様は私の隣に座って話を聞き、私が泣き止むまで待ってくださった。そうして二人でぽつぽつとマリアンナ様の思い出話をして……その流れのまま、私はロベルト様の寝室に招かれた。
共通の悲しみを持つ者同士が、慰め合い傷の舐め合いをするために肌を重ねる。昔からよくある話だ。
翌朝、私はロベルト様の目覚めを待たずに寝室を出て、退職届を出した。私はマリアンナ様付なので、主人を亡くした以上この城にいる必要もないし――ロベルト様の近くにいることもできない。
私は城を離れ、田舎に移り住んだ。間もなく妊娠していることが分かり、私は見事な金髪を持つ美しい女の子を産んだ。
平凡な焦げ茶の髪に黒い目、ぱっとしない容姿の私から生まれたとは思えない、輝くばかりにかわいらしい女の子。私は敬愛するマリアンナ様から名前を拝借し、その子にリナリと名付けた。
貴い人のお手つきになった貧しい女が一人子を産むなんて、ありふれた物語だ。
このまま私はリナリをひっそり育て、娘の巣立ちを見送るとひっそりとこの世界から消えていくのだろう――そう思っていた。
リナリが三歳になったある日、私が離宮の侍女だった頃にお世話になった方が家に来ることになった。
彼はマリアンナ様の元家庭教師で、マリアンナ様が亡くなったときにもとても悲しまれていた。私が退職後の行き先を告げた、数少ない人でもあった。
彼が来るということで、私はリナリを近所の人に預けておいた。この村の人ならともかく、彼だったらリナリの顔を見てすぐにロベルト様の隠し子だと気づくだろう。
「今年二十六歳になられたロベルト陛下は、先代国王陛下の跡を継いで立派に国を治めてらっしゃいます。ですがどこか、危なげなところがございます」
初老の年齢にさしかかった元家庭教師は今も相談役としてロベルト様の側にいるそうで、痛ましげな表情で言った。
「周りの者が何と言おうと妃を取られようとせず、睡眠の時間すら惜しんで政務に当たられています。このままでは、長くないのではと私たちは危惧しているのです」
「そうなのですね……」
私は城のことなんて全く知らなかったので、ロベルト様が今でも独身なことに内心驚いた。あれから四年も経っているのだから、もうロベルト様はお妃様を迎えてお世継ぎも生まれているのではないかと思っていたのに。
「ジュリア様は、ロベルト陛下とも関わりがあったでしょう。宮廷女官などとして戻るつもりはありませんか?」
そう尋ねられたので、私は笑顔で首を横に振る。
「そういうわけにはいきません。私はもう、ここでの生活に根付いております。それに、私ごときでは陛下のお心を癒やすことなどできますまい」
「そうでしょうか。いつも険しい表情の陛下ですが、マリアンナ様の思い出話をするときだけは柔らかい雰囲気になられるのです。ジュリア様なら、懐かしいお話で陛下をお慰めすることもできるやもしれませぬ」
「申し訳ございませんが、私では力不足でございます」
彼の気持ちも分かるけれど、私はもう城には戻れない。
一度とはいえロベルト様と肌を重ねた女など表舞台に立ってはならないし、私にはリナリがいる。私はここで、リナリを育てていきたい。
だから、彼には申し訳ないけれど諦めてもらおう……と思っていたのに。
「おかあさまー!」
「えっ!?」
聞こえるはずのない声が聞こえてぎょっとして振り向いた先、リビングのドアを開けてやってきたのは、預けているはずのリナリだった。
三歳になったリナリは、マリアンナ様そっくりに育った。賢くて優しい娘を愛おしいと思いつつも、その顔を見るたびにマリアンナ様やロベルト様のことを思い出して辛くなることもあった。
「おかあさまも、おやつたべよ!」
「リナリ、だめ、ララおばさんのところに戻っていなさい!」
満面の笑みで言うリナリに、焦る。どうやらリナリは私をおやつに誘うために帰ってきたようだけれど、タイミングが悪すぎる!
案の定、リナリを見た元家庭教師はぽかんとしている。その唇が震え、「まさか」としゃがれ声が上がる。
「マリアンナ様……? いえ、まさか、ロベルト陛下の……」
「違います! リナリ、いい子だからあっちに行って……」
「おかあさま、このおじいちゃんだぁれ?」
いつもは三歳児とは思えないほど聞き分けがいい娘なのに自分の方から元家庭教師のもとに行くので、彼にリナリの顔をじっくり見られてしまう。
「ジュリア様! この子はあなたの娘ですか!?」
「えっと……」
「うん! わたし、おかあさまのむすめ!」
私の代わりにリナリが元気よく答えたものだから、元家庭教師は目元を潤ませた。
「そうか、ジュリア様の……。ジュリア様、どうかお嬢様と一緒に王宮にお戻りください」
「できません!」
「おうきゅう!? わたし、いきたい!」
私は即答したのに、リナリの方が乗り気になったようできらきらの目で――マリアンナ様と全く同じ眼差しで、元家庭教師を見上げた。
「ね、ね、おじいちゃん! わたし、おうきゅうにいきたい! おかあさまもいっしょ!」
「ええ、ええ、もちろんですとも!」
「ちょっと……!」
私の必死の抵抗も虚しく、リナリという味方を得た元家庭教師によって、私は四年ぶりの王宮に戻ることになってしまったのだった。
久しぶりに帰ってきた王宮にて、私とリナリはまず血液診断を受けた。
王族との血縁関係を証明するための検査で、不思議な力が宿っているとされる宝玉が使われる。この宝玉には現国王であるロベルト様の血が登録されているらしく、最後まで抵抗したものの採られた私の血と、指を針で刺すというのにノリノリのリナリの血を付けたところ、淡く光り輝いた。
これにより、リナリが私とロベルト様の娘であると証明されてしまった。
私とリナリはすぐさま、ロベルト様のもとに連れて行かれた。そうして四年ぶりにロベルト様と顔を合わせることになったのだけれど――
「ジュリア!」
「ロベルト様!?」
ドアが開くなりロベルト様は駆け寄ってきて、私の体をしっかりと抱きしめた。
二十六歳になったロベルト様は、その美貌こそ若い頃と変わらないけれどすっかりやつれていた。体を引き剥がそうと背中に手を回すとそこが骨張っていたので、驚いてしまった。
「ジュリア……話は聞いた。おまえは、たった一人で俺の子を産み育ててくれていたんだな」
「あ、あの、その……」
「四年前のあの日、悲しむおまえの心につけいり無責任なことをして、本当にすまなかった」
そう言ってロベルト様は体を離して深く頭を下げるものだから、私の方が焦ってしまう。
「お顔をお上げください! 私こそ……申し訳ございません。リナリのことで陛下のお心を騒がせないようにしたかったのですが……」
「何を言うか」
そこでロベルト様は、私の足下にいたリナリを見て……なぜかぎょっとした。
「き、君がジュリアの娘のリナリか」
「そうですが?」
そう答えるリナリの声が、やけに低くて素っ気ない。誰にでも愛想がいい子なのに……と思って下を見ると、リナリはこれまでに見たことないほど険しい顔でロベルト様を見上げていた。
その怒ったような顔は、かつて離宮で兄王子の訪問を鬱陶しがっていたときのマリアンナ様の表情にそっくりだった。
ロベルト様は急ぎその場にしゃがんで、リナリと視線を合わせた。
「その、初めまして。俺はロベルト。君の父親だ」
「認知しろ」
「えっ?」
「いえ、なんでもないです。……ロベルトさま」
「あ、ああ」
「おかあさまと、けっこんしてくれますよね?」
据わった目でリナリが言うものだから、私は焦ってしまう。
「こ、こら、リナリ! 何を言っているの!」
「だいじょうぶよ、おかあさま。リナリにまかせて。……ねえ、ロベルトさま? おかあさまとけっこん、しますよね?」
「それは……もちろんだ。俺は、ジュリアを妃にするつもりだ」
「ロベルト様!?」
まさかと思ってロベルト様を見ると、彼は私を見上げて微笑んだ。
「ジュリア。俺の子を産み育ててくれて、ありがとう。……おまえがいなくなってから、俺は必死に国作りをしてきた。おまえがどこにいても、幸せに暮らせるようにと思って。それが、俺がおまえやマリアンナにできる償いでもあると思った」
「……」
「俺は昔から、おまえのことを想っていた。……マリアンナにはどうやら俺の想いなんて筒抜けのようで、余計に嫌われていたみたいだがな」
「えっ……!?」
「ジュリア、ずっと昔から好きだった。俺と結婚してくれないか」
立ち上がったロベルト様に求婚されて、くらりときそうになった。
ロベルト様が、私のことをずっと好きだった? マリアンナ様がロベルト様に塩対応だったのは、その想いに気づいていたから?
「でも、私、あなたの妃になるなんて……」
「この四年間で、俺はこの国のためだけに働いてきたんだ。そんな俺が好きな女を妃にすると言って、反対する馬鹿はいないさ。それに……リナリのこともちゃんと娘として迎えたい」
な? とロベルト様がリナリを見ると、リナリはぷんっとそっぽを向いてから私のスカートの裾を引っ張った。
「おかあさま。わたし、おかあさまにおきさきさまになってほしい」
「リ、リナリまで……」
「だって、ロベルトさまとけっこんしたら、おかあさまはさみしくないでしょ? わたし、もうおかあさまにないてほしくないの」
リナリに言われて……たまに一人で泣いていたのが娘にばれていたと分かり、頬が熱くなってくる。
ロベルト様はそんな私を見て、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ジュリア、約束する。おまえのこともリナリのことも、俺が守り幸せにする。そうしておまえには王妃として、俺が国を治めるところを見ていてほしいんだ」
「ロベルト様……」
「おかあさま、ね! いっしょにしあわせになろっ!」
リナリまでそんなことを言うので、つい笑ってしまった。
「……ありがとうございます、ロベルト様」
……これは、物語の脇役で終わってしまうはずだった私が、王宮ロマンスの主人公になったお話。
* * * * *
我が輩は、リナリである。
名字はない。三歳の幼女だ。
私には、前世と前々世の記憶がある。
まず前々世の私は、フレアード王国の第一王女だった。王妃の息子である兄とは六つ年が離れていて、妾妃だった母の没後に王妃様に引き取られて、離宮で育った。
腐っても王家の娘だから、いつか政略結婚の駒にするためだったのだろう。でも離宮での日々は穏やかで楽しくて、何よりも大好きな侍女がそばにいてくれた。
侍女の名前は、ジュリアといった。昔は家名があったけれど、家を勘当されてからは名字なしになったのだと本人はすっきりした顔で言っていた。
私が八歳のときに、父親に腕を掴まれてどこかに連れて行かれそうになっていたジュリアに声をかけたのが、始まりだった。ジュリアは私に恩を抱いているようで、まめまめしく仕えてくれた。
私は、ジュリアのことが好きだった。
だから……そんなジュリアに想いを寄せ、私の様子を見に来るというのを口実にジュリアに会いに来る兄のことが、鬱陶しかった。
兄のロベルトは、身内の贔屓目なしでも顔のいい男だった。王宮では模範的な貴公子として令嬢を侍らせる兄だけれど、離宮では本当の顔であるがさつで俺様な面を見せていた。
そんな兄は、自分より二つ年上のジュリアのことが好きみたいだった。本人の口から聞いたことはないけれど、見ていれば分かる。むしろジュリアが気づかないのが不思議でならなかった。
次期国王と没落令嬢では、身分の差がありすぎる。間違っても兄のお手つきになってはならないと思って見張っていたけれど、それができたのも十六歳のときに殺されるまでだった。
私はジュリアの幸せ――あと貞操も――を願って息絶えた。
そして私は地球の日本という国で生を受けた。
私は元王女の記憶を持たずただの女性としてのびのびと暮らしたのだけれど、そのときに私はとある恋愛ゲームを知った。
それは王宮ロマンスもので、国王の隠し子だと判明した主人公が王女として王宮に迎えられ、そこで多種多様なイケメンたちとの恋を繰り広げるというものだった。
前世の私は、特に何も思わずそのゲームを遊んだ。そうして寿命を迎えた後、私は再び転生した。
最初は自分が何者なのか分からなかったけれど、三歳の誕生日を迎えてしばらくした頃に一気に思い出した。
私、あのクソ兄と大好きな侍女との間に生まれた隠し子じゃん!
あとついでに言うと、前世遊んだ恋愛ゲームの主人公じゃん!
リナリとは、例のゲームの主人公のデフォルト名だ。リナリは十六歳まで田舎で暮らし、母の死をきっかけに王都に行ったことで自分が国王の娘であると知る。
……そう、つまりこのままだと、前々世で大好きだった侍女もとい母のジュリアは死んでしまう!
ジュリアには幸せになってもらいたかったのに、あのクソ兄の毒牙にかかったのみならずこんな田舎で娘を産み育てることになり、しかも娘の成人を待たずに病気で死んでしまうなんて。
それは絶対にだめ!
私の王宮ラブロマンスとか二の次でいいから、ジュリアを助けなければ!
ということで私は、あのクソ兄に私を認知してもらうこと、そしてジュリアを王妃として迎えてもらうことを決めた。
ゲームでクソ兄ことロベルト王は、「おまえの母には悪いことをした」「愛していると伝えたかった」なんてほざいていやがった。ジュリアはクソ兄のことを私に仄めかさなかったけれど、一度だけ「あなたのお父様は素敵な人だったわ」とぽろっと言っていた。
……悔しいことに、クソ兄とジュリアは両片想いのようだ。いや、ジュリアの方は若干分かりにくいものの、少なくともクソ兄のことを憎んではいないようだ。
クソ兄はクソだけど政治的手腕は確かで、兄の代になってフレアード王国は一気に栄えた。昔のような反王制派もおらず治安も国民の人柄もいいから、元離宮侍女が王妃になっても迫害されたりはしないはず。
それに兄はジュリアにベタ惚れでゲームでも独身を貫いていたくらいだったから、結婚したら大切にするに決まっている。
「絶対に、私のことを認知させる。そしてジュリアと結婚してもらう……」
私は一人、決意した。
ある日、母のジュリアが「ララおばさんのところで遊んでおいで」と言った。
近所のララおばさんのところにはよく遊びに行っていたけれど、ジュリアの表情から何かの予兆を感じた。そうしてララおばさんの目を盗んで家に帰ったところ、立派な馬車が停まっていたのを見てビンゴと思った。
無邪気を装ってリビングに行くと、懐かしい人がいた。彼は、私がマリアンナだった前々世で勉強を教えてくれた家庭教師の先生だ。少し見ない間にすっかり老けているけれど、変わらない。
……タイミング、ばっちりだ。
今世の私はクソ兄の子でマリアンナの姪ということもあり、フレアード王家の特徴をしっかり受け継いだ顔をしている。
案の定先生は私の顔を見てぴんときたようで、王宮に連れて行ってくれることになった。ジュリアは抵抗していたけれど、我慢してもらった。
王宮で血液検査を行い、私とロベルト王の血縁が証明された。そうしてこの世界では約四年ぶり――私は前世があるから、ウン十年ぶり――に、クソ兄と再会した。
ああ、たった四年ですっかりやつれている。ゲームに出てきたロベルト王は過労死一直線みたいなゾンビ顔で、娘である主人公と出会って少しずつ体調が戻っていっていた。ただし今はさすがにゾンビ顔まではいっていなくて、やたらきらきらしい美貌は昔と変わっていなかった。
私は何よりもまず、ジュリアと結婚することを約束してもらった。ゲームで主人公の母のジュリアが亡くなったのは、貧しい中で自分のことを差し置いてでも娘を育てたために栄養が足りていなかったからだった。
少なくとも王妃になれば、栄養失調にはならない。そして兄はクソだけど甲斐性はあるから、ジュリアのことを守ってくれるはず。
ジュリア、今度こそちゃんと幸せになってね。
かくしてジュリアはクソ兄もといロベルト王と結婚して、王妃になった。
最初はシークレットベビーの登場に王宮がざわついたけれど、ジュリアが現役の頃にマリアンナの侍女としてかいがいしく働いていたことが評価されていたようで、思ったよりもすんなり受け入れられたみたいだ。
ロベルト王の妃の座を狙っている令嬢からは嫉妬の眼差しを向けられたけれど、やはりロベルト王は一途で甲斐性があったようで、ジュリアに害を与えかねないものを全て排除した。
そして私もまた、王女として正式に認められた。血液検査での証明もあるし、誰が見ても私の顔はロベルト王もとい叔母のマリアンナそっくりだったので、疑われることもなかった。
ジュリアはロベルト王の寵愛を一身に受けたらしく何だかんだ言いつつも幸せそうで、私の下にどんどん弟妹が生まれていった。フレアード王国の王位継承ルールは長男最優先なので王太子は弟に決まったけれど私は女王になるつもりはなかったので、これでいいと思っている。
しかも私が十六歳になってしばらくした頃に、父が縁談を持ってきた。その結婚候補はなんと、恋愛ゲームに出てきた攻略対象たちだった。
あれだけやりたい放題したからゲームのシナリオは崩壊しちゃったと思っていたけれど、ちゃんとゲームの強制力は生きていた。ということで私はフレアード王国第一王女として、前世で最推しだった攻略対象と結ばれることができた。
私は推しと結婚できたし、ジュリアはクソ兄に溺愛されて幸せそうだし。
まさに、めでたしめでたし、ね!
お読みくださりありがとうございました!
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