8.宝石店にて
「うわあ、すごーい」
ヒナノは思わず声を上げる。はしたないと怒られるかと恐る恐るルミエラ様の方を見たが、何も言われなかった。
ルミエラ様と訪れたのは王都内の宝石店。一応ヒナノも日本の宝石店を訪れたことがあったが、そこで売っていた宝石よりもこちらで売っている宝石の方が大きさが二回りくらい大きい。
「ヒナノ、好きなのを選びなさい」
「はい?」
「どれでもいいわよ。それとも宝石は嫌いだったかしら」
ヒナノはルミエラ様の言葉に目が点になる。元気づけようとしてくれているのかな。じゃなきゃ、従者に宝石を送るって発想はきっとでてこないよね。
「あの、ルミエラ様!? 私もう元気ですから、大丈夫ですから!」
「それはとても良かったと思うけれど、私の気が済まないのよ。謝罪の代わりにならないのはわかっているけれど、何か贈らせて頂戴」
「いやいや、なんでルミエラ様が謝るんですか!」
「それは私があなたに期待をさせてしまったから」
「あの、先ほども申し上げましたけど、ルミエラ様は! 何も! 悪くありません」
ルミエラ様は、この二週間ヒナノが元の世界に帰る方法を一緒に探してくれたのだ。ルミエラ様が適当を言ったのではない、本気で方法を探してくれた。それはヒナノにも伝わっている。
「あなたもわからない人ね! 私の! 気が! 済まないのよ!」
ヒナノの調子に合わせるかのように、ルミエラ様も声を荒げた。
そして、その様子を引きながら見ている店の主人に、ヒナノは気づく。
「る、ルミエラ様?」
ルミエラ様も店の主人の様子に気が付き、こほんと咳払いをした。
「ルミエラ様ようこそお越しくださいました。ご連絡いただければ、こちらからお伺いいたしましたのに」
「いえ、今日はたまたま近くに寄ったものだから……」
「盗み聞きをするつもりはなかったのですが、本日はそちらの方への贈り物ということでよろしいでしょうか」
「え、ええ……」
ルミエラ様の顔が少し赤い。
「何かご希望のものはございますか?」
「ヒナノ、なんでも好きなものを……」
「いえ、ではルミエラ様が選んでください……どれがいいと思いますか?」
「そうね」
ルミエラは真剣なまなざしで宝石を選び始める。
その横でヒナノはホッと胸をなでおろす。
ヒナノは宝石のことなど何一つわからない。そして何より問題なのが、この店の商品、どれも値札がついていないのだ。
そんな中、好きなものを選べて言われてもそれは無理な話だろう。
別に謝罪も宝石なんていらないのに。何度もそう言っているのにルミエラ様は聞かなかった。 正直そんなに責任を感じなくてもいいと思う。それともそれだけこの国において、貴族の発言力が大きいということなのだろうか。貴族の言うことは絶対信じろ! みたいな……。
ヒナノは別にこの国、この世界で生まれ育ったわけじゃないし、全然大丈夫なんだけどな。
あ、もしかして。
さっきあんなに大泣きしたから、心配をかけてしまったのだろうか。そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちが大きくなってくる。
「ちょっと、ヒナノ?」
ヒナノが悶々としていると、ルミエラ様が横からヒナノの顔を覗き込んでくる。
「これ、あなたに似合うと思うのだけれど、どうかしら」
ルミエラ様が見せてくれたのは深い青色をした石がついたネックレスだった。
「わあ……きれい……」
「ふむ、そちらは『学者の夜』という名の石ですな。そちらの方にもよくお似合いです」
と宝石店の主人がにこやかに言った。
もちろん、ヒナノはその宝石の名前を初めて知る。
「じゃあ、箱に詰めてくれるかしら」
「かしこまりました」
店の主人はそう答え、箱に詰める作業を始めた。
「あのルミエラ様、本当にいいんですか」
「いいのよ。私があなたに贈りたいと思っているのだから。私の謝罪を受け取らないという意味で、贈り物を拒否したいのならそうしてちょうだい」
「いえ、そんな、いただきます、ありがとうございます!」
ヒナノが慌てて頭を下げる姿を見て、ルミエラ様はクスりと笑う。ずるい、そうやって結局ヒナノに宝石を受け取らせようとするのだから。
「すこしは元気出た?」
「はい、ありがとうございます」
「ヒナノ……」
「なんでしょう、ルミエラ様」
「あなたのことは私が責任をもって面倒を見るわ。その……私が生きている間はずっと、ね」
ルミエラ様は、儚げに微笑む。
「ありがとうございます」
ルミエラ様の言葉に感謝しながらも、ヒナノは胸の奥が締め付けられるのを感じる。
――呪い
呪いのせいで、ルミエラ様は長くは生きられない。本当はヒナノに構っているひまだってないはずだ。生きている間にアリシア様と遊んだり、ジョエルさんとデートしたり、いろいろやりたいことがあるはずなのに。
――はやく自立しなきゃ
そうだ、もう元の世界に帰れないと分かった以上、自分で生きる術を見つけなくちゃいけない。ルミエラ様はきっと責任感の強いお方だから、ああ仰ってくれているけれど、その言葉に甘えちゃいけないんだ。でもしばらく、ルミエラ様が学校を卒業するまでは、従者としてルミエラ様のおそばにいられるといいな。