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7.王立図書館のガリバーさん

「やあ、ジョエル君から話は聞いてるよ!」


 週末。学園図書館では何の手掛かりも得られなったヒナノとルミエラ様は王立図書館に勤めている、ガリバー・タントルという人に会いに来ていた。


「初めまして、ルミエラ・クレプスキュールと申します。こちらは従者のヒナノです。彼女にも話を聞いてもらいたいのですが構わないでしょうか」

「ああ、もちろん! しかしクレプスキュール家のご令嬢にお会いできるとは……! 私はガリバー・タントル、ここ王立図書館で人智を超えた現象を研究している」


 ガリバーさんは二人に椅子に座るよう促し、自分も腰を下ろす。今三人は王立図書館の裏手にある研究棟に入っているガリバーさんの研究室にいた。ガリバーという名前から、男の人を連想していたけれど、実際は長身の女の人だった。ちなみにシワだらけの白衣を着て長い茶色の癖のついた髪を後ろで雑に束ねている。


「ジョエル……さん?」


 一体誰だそれは。


「私の婚約者よ」

 

 ヒナノが首をかしげると、ルミエラが簡潔に説明する。


「ああ、なるほど」


 つまりルミエラ様が、婚約者にも相談したということか。納得。


「で、私に聞きたいことがあってここに来たんだよね?」

「はい、タントル様は召喚術について何かご存じありませんか?」

「ちょっとお嬢さん、私のことはガリバーさんでいいから。そっちのヒナノちゃんだっけ? 気軽にガリバーさんって呼んでね」

「えっと、その……」


 ガリバーさんは貴族、なのかな?


「あ、もしかして君庶民? 身分のこと気にしてる? そりゃそうだよねえ。でも私も一応貴族とはいえ、ここに勤めるまではずっと世界を放浪してたからなぁ。世界中の図書館を巡ってたんだよね。で、貴族の責務もはたしていないはみ出し者だしさ、階級なんて気にしなくていいよ。ね、ヒナノちゃん」

「は、はい……」


 ガリバーさんはそう言ってくれるが、こちとらルミエラ様の従者である。自分の判断で、貴族を気軽に下の名前で呼ぶなんてしてはいけないだろう。


「あのルミエラ様……」


 ヒナノがルミエラ様に声をかけようとすると、ルミエラ様はガリバーさんをものすごい目つきで睨んでいた。


「タントル様、召喚術について何かご存じありませんか?」


 そして感情のこもっていない声で、同じ質問をする。

 ガリバーさんはコホンと一つ咳払いをする。


「召喚術……それっておとぎ話に出てくるやつだよね? リオワノンに勇者か騎士が召喚されて竜を討伐ってやつ」

「ちなみにリオワノンは私たちがあなたが今いる国よ」


 とルミエラ様が小声で説明してくれる。


「そのおとぎ話に出てくる召喚術についてです」

「さっきも言ったように私は世界中を巡って、本という本を読んだけど、召喚術は架空の話にしか出てきていないな……転移術ならまだしも」


 転移術……。それは初めて聞いたかも。でも学園図書館には、転移術について記述された本なんてなかったような。


「転移術と召喚術は違うのですか?」


 とルミエラ様がガリバーさんに聞く。


「うん、転移術ってのは二つの地点を結ぶ術で、元の場所と行先がはっきりわかっていないといけない。でも、召喚術ってのは話を読む限り、どこからともなく勇者を召喚しているだろう。だから違うものだと思うんだよね。あと転移術は基本を転移元から術をかけるんだけど、召喚術はその逆じゃないかな……」

「あの……ガリバ……タントル様」


 ヒナノはガリバーさんと言いかけるが、ルミエラ様の座っている方向からものすごい圧を感じたので、タントル様と言い直す。


「転移術というのは実際にあったんですか?」

「ああそれね。あれは私がエルワスの王立図書館にお邪魔したときのことなんだけど……」


 どこだろう、あとでルミエラ様に聞こうと思いながらヒナノはガリバーさんの話に耳を傾ける。


「350年前の世界大戦に関する記述の中で、転移術によりエルワス軍がリオワノン軍に急襲された、ってあったんだよね。だから実際に転移術は用いられていたはずなんだけど……」

「今はそんな術なんて聞いたこともありませんわね」

「そうなんだよね。350年の間に失われたものってことなんだろうけど」


 とガリバーさんは首をひねる。


「ということは転移術も今は存在していないということなんですね?」


とヒナノも首をかしげる。


「そうだね……でもなんでまたそんなことを聞くんだい?」

「それは……ガリバーさん。もし私が異世界から来たとしたら信じますか?」


 ヒナノの言葉にルミエラ様は硬直し、ガリバーさんは目を光らせた。


「ちょっと、ヒナノ!」

「はは……はははは! なんだい、ヒナノちゃんは自分がこの世界を救うために召喚された勇者だとでも言いたいのかい?」

「いえ、召喚されたのかもわかりませんし、なぜここにいるのかも分かりません。ただ私がこことは違う別の世界にいたんです」


 ヒナノはガリバーに自分の元居た世界、日本のこと、そして気が付いたらここにいたことを簡潔に説明した。

 ガリバーさんは首をひねりながら唸る。


「へえ、ニホンからねえ。そりゃ大変だったろ」

「信じてくれるんですか!」

「まあ、ヒナノちゃんが嘘を言っているとは思えないし、こういうのは信じたほうが面白いからな!」


 とガリバーさんは口角を上げた。そのときに彼女の白い歯がきらりと光る。

「つまり、元の世界に帰りたいわけだね?」

「ええ、ヒナノを返してあげる方法わかりませんか?」

「うーん、ヒナノちゃんが来た時の状況がわからないとなんとも……でもヒナノちゃんは気を失ってたんでしょ?」

「そのときの状況は私が」


 と今度はルミエラ様がヒナノが召喚? されたときの状況を説明した。


「え、って言うと。あの地震はヒナノちゃんがこの世界に来た影響ってことか」

「ええ、私はその調査を任されたのです。それで光を追って森に向かったのですが、そしたらヒナノがいて」

「あの、私のせいで何かが起こったんですか?」


 ヒナノが不安そうに手を上げながら質問すると、ガリバーさんは即座に否定した。


「いや、ヒナノちゃんのせいじゃないよ。ヒナノちゃんをここに連れてきた『力』のせいだろうね……。それが世界に影響を及ぼしたんだろうけど。そうなると、帰るのは難しいんじゃないかな」

「それはどういうことですか?」

「だって、帰るときに同じように世界に負荷がかかるってことだろ? 今回は運がよく被害が最小限だったらしいけど、王都で地震なんか起こったら、たくさんの人が死ぬぞ?」

「あ……」


 ルミエラ様はたった今そのことに気が付いたかのように声を上げた。その横でヒナノは無言で俯くことしかなかった。


(帰るには犠牲が伴うってこと?、じゃあ、帰れないんじゃん……。もう、私は日本に戻れないんだ……)


「ヒナノ……」


 ルミエラ様が心配そうに見つめてくるのを感じながらも、ヒナノは顔を上げることができなかった。

「私……もう会えないんですね。みんなに」


 ヒナノには両親はいない。児童養護施設で育った。その仲間や学校の友人にもう会えないんだ。

 涙が溢れてくる、手で拭っても追いつかず、スカートに涙がボタボタと落ちる。


「ヒナノ……」


 ルミエラ様がヒナノを抱きしめる。ルミエラ様の洋服が汚れてしまうと思いながらも、ヒナノの涙が止まることはなかった。





 ルミエラは己の唇を噛む。

 自分が軽々しく、元の世界に帰すなんて言うから。ヒナノに期待をさせてしまったから。


――彼女を傷つけてしまった……。


 思わずヒナノを抱きしめている腕に力が入る。

 自分はなんて無力なのだろうか。貴族にはある程度の権力が与えられる。それは伝統のあるクレプスキュール家だって例外ではない。だが、タントルの推測が正しいとしたら、貴族の力をどう使ったって、ヒナノを元の世界に帰すことができない。たとえ召喚術の方法が分かっても、それにより関係のない人が死ぬのなら……。


「ごめんなさい、私が期待させてしまったから」


 王立図書館の研究棟を出てすぐに、ルミエラはヒナノに謝罪をする。謝罪なんて意味がないと頭の中でわかっていても、今、自分にできることは謝罪しか思い浮かばなかった。


「いえ、ルミエラ様は何も悪くありません」


 ヒナノは泣きはらした目でこちらを見た。その姿が痛々しくて、ルミエラは目をそらしたくなる。だが、ここで逃げてはいけないという思いからなんとか目をそらさずにいる。


「でも、こうしてウジウジもしていられませんよね……生きます! 私この世界で生きていきます!」


 そう言ってヒナノは拳を突き上げるが、無理をしているのが手に取るように分かった。

 せめて、ヒナノを元気つけることはできないだろうか。ルミエラは、考える。


「ヒナノ、ちょっと行きたい所があるのだけれど、大丈夫かしら? しんどいなら家に帰るけど」

「いえ、大丈夫です。行きましょう」

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