29.合流
夜はナウネ王城の地下で瞑想をするのがセツリュウの最近の日課となっていた。
集中力を上げ、感覚を研ぎ澄ます。微かな竜の気にも気が付けるように。
ふと、いつもと違う気を感じ取った。
「この気配は……」
間違いない。セイリュウ様だ。ほかのどの竜の気とも違うこの感覚。
「セイリュウ様?」
リアが心配そうに声をかけてくる。
「リア、転移術の魔法陣の準備を」
「は、はい」
リアはすべてを察したようで、丸めてあった布を両手で広げ始めた。
セツリュウは再び集中し、気の出所を探る。距離にするとだいぶ遠そうだ。流れてくる方角は東から、おそらくリオワノン国からだ。もう少し、竜の気を追えれば正確な場所が……。
「嘘でしょ……」
よりによって、この場所だなんて。
セツリュウは転移術の魔法陣に竜の気の発生源とは少し離れた位置の座標を書く。
直接は向かえない場所だ。
「行くわよ、リア」
「はい」
二人はリオワノン城を囲む林の中に転移をした。
「ここが黒竜の国」
セツリュウが一番来たくなかった場所。
「なぜ、城の中に直接転移しなかったのですか」
リアがもっともな疑問を口にする。
そう、おそらくセイリュウ様がいるのはリオワノン城の内部。リアの疑問は最もだ。セツリュウだって、手っ取り早く城の内部に侵入したかった。だが、リスクが大きすぎるのである。
「各国の王城の警備は厳重なのよ」
それにこの城が三五〇年以上前、竜と人間がまだ友好関係にあった時代に建築されたものだとすれば。
「下手したら、こちらの動きが検知される」
「そんなことが可能なのですか?」
「ええ、竜の術に対抗するには竜の術を用いよ、っていうじゃない」
迂闊に転移術を使って、侵入を試みれば何が起こるか。
無駄に人間を刺激してはならない。それが最近できた掟だ。
「セイリュウ様は一体どういう状況なのでしょう……」
それは全くわからない。そもそもどうして王城なんかにいるのか。まさか捕らえられているなんてことはないだろうけれど。そんなことをすれば、セツリュウ達、竜が黙っていない。人間もそこまで愚かではないだろう。
どう行動を起こすか考えていると、突如城の鐘がなりだした。しかも、人に技術では到底無理な短い間隔で。
「セツリュウ様、一体何が起きてるんですか? まさか術を使ったのですか!?」
「いえ、私じゃない」
城から何事かと衛兵が飛び出してくる。これが竜の術に対する警報を意味しているのなら。
「誰かが城内で術を? この感覚……この気は……」
セイリュウ様の竜の気に混じる、嫌なこの感じ。
「シリュウ……」
どういうつもりだろう。手段を選ばずリオワノン城に侵入した? 何を企んでいるの?
「行くわよ」
セツリュウとリアは混乱に乗じて城の中へと侵入する。そして、セイリュウ様のいる場所へと向かう。
「ここね」
扉には閂がかかっていた。
「セツリュウ様、この状況って」
セツリュウは無言のまま片手で閂を引き抜き、扉を開いた。
嫌な予感しかしない。
目の前には血まみれのセイリュウ様と彼女の頭をなで続けている女がいた。
セイリュウ様、負傷している!?
セツリュウは慌ててセイリュウ様のもとへと駆け寄る。
「大丈夫、まだ……」
竜の気は途絶えていない。まだ生きている。ただ様子からすると、あまり時間はないかもしれない。
***
「あなたちょっとどきなさい!」
ルミエラが悲しみに暮れていると、誰かが現れた。
ルミエラが顔を上げるとそこには人影が二つ。二人とも知らない顔だった。背の高い、長く白い髪をした女がルミエラをヒナノから乱暴に引きはがす。
「何をするの!?」
「今は時間がないの。リア、治癒術を。私はセイリュウ様の体内に竜の気を流すわ」
「わかりました、セツリュウ様」
そういうと、背の低い、ルミエラより少し年下だろうか、少女が手早く地面に何かを描き、白髪の方がヒナノをその上に移動させる。そして何か言葉をつぶやき始めた。すると先ほど描かれた絵が光を帯びる。そして白髪の方は、ヒナノに口づけをしていた。口を通して何か渡している、そんな気がする。
「ああ、間に合って」
セツリュウは時折、口を離してヒナノの状態を確認する。が、ルミエラが見る限り、ヒナノの状態に変化はなさそうだ。
「死なせない、死なせないから」
「セツリュウ様」
「なに」
「あのじっと見ていられるお方なのですが」
とリアがルミエラの方を見る。
セツリュウと視線がルミエラの手の甲に向かった瞬間、その目が大きく見開かれ、そして苦虫をつぶしたような顔をする。
「なんてこと……。そこのあなたあなたも手伝いなさい!!」
「は、はい」
セツリュウに命令口調で言われ、ルミエラは戸惑いながら答える。
「リア、この女に呪文を教えて」
「はい。あの、セイリュウ様の身体に手をかざして、一緒に唱えてください。セイリュウ様の回復を祈りながら」
とリアは穏やかな声で言った。きっと混乱してるルミエラを落ち着かせるためだろう。
ルミエラは、言われた通りに手をかざし、呪文を唱える。
すると手のひらがほんのりと温かく感じたと同時に地面に帯びている光が強くなった。この光はさっきと同じ……。
「セツリュウ様、これなら大丈夫そうです」
「そう、不幸中の幸いね」
セツリュウはヒナノから口を離し、答えた。
ルミエラには、なぜこんなことが起きているのか理解できないが、とにかくヒナノが助かるよう全身全霊で祈りながら呪文を唱え続けた。しばらくそうしていると、かすかにヒナノのまつげが揺れた気がした。リアがヒナノの服のボタンをはずし、手で腹の傷辺りを探る。
「セツリュウ様、傷がふさがりました。それに……」
リアはヒナノの胸に耳を当てる。
「鼓動の音も強くなっています。ほらあなたも」
リアはルミエラに手招きをして、ヒナノの胸を指す。
ルミエラは恐る恐る、自分の耳をヒナノ胸に近づけた。
ドクン、ドクンと鼓動の音がしっかりと聞こえる。
「生きてる」
あんなに出血していたのに、もう助からないと思っていたのに。
「ね、もう大丈夫だよ」
とリアはルミエラに対し、微笑む。
その笑顔に見て安堵したルミエラの瞳から再び涙が零れた。




