2.「なんで、こんなことに?」
「なんで、こんなことに?」
二人を追いかけたヒナノは馬車に乗せられ、ルミエラの家まで連れてこられていた。
「馬車なんて初めて乗ったよ……」
結構揺れるんだな、馬車って。ヒナノは痛むお尻をさすりながら、そんなことを思う。
それにしても……。
馬車の窓の外から、景色を見ていてわかったこと。
ここは日本じゃない。だからと言って外国というわけでもない気がする。
電車が走っていないし、車も走っていない。何台かの馬車とはすれ違ったけれど。
つまり。異世界に転移したってこと?
なんてね。
異世界なんて存在するわけないじゃん。そんなの、マンガとかアニメの世界じゃないんだから。
とヒナノは馬鹿らしい考えを一蹴しようとする。
だが、ルミエラとルナの服装や、家の外観、内装、紹介してもらったルミエラのご両親の服装も、日本にしか住んだことがないヒナノにとっては見たことがないものだ。
過去のヨーロッパかどっかにタイムトラベルという可能性も考えたけど、普通に言葉が通じるし。もしかして昔の外国人って日本語が分かる人が多いとか?
「傷は痛むかしら?」
ヒナノは、ルミエラの家の応接室にて、テーブルを間に挟み、ルミエラと向かい合って座っていた。ルミエラの後ろには、不機嫌な様子のルナが立っている。
ルナはヒナノをクレプスキュールの家に入れることを反対し、もちろん応接室に通すことも反対した。この家はやすやすと得体のしれない庶民が立ち入ってよい場所ではないと。
もしかしてルミエラって超お嬢様? ヒナノもルミエラ様と呼んだ方がいいのだろうか。
「いえ、もう大丈夫です」
本当は少し痛むが、ルミエラ様はヒナノの身体を本当に心配して聞いたわけではないだろう。ただ、会話のきっかけが欲しいだけだ。だってルミエラ様、目つき怖いし。
「そう、それはよかったわ。あなた見た目よりも丈夫なのね」
「あのヘビの毒ってどれほどだったんですか?」
「命を脅かすほどの強力な毒ではないわ。ただ、毒を抜かなければ、体に麻痺が残ったかもしれないわね」
ま、まじかぁー。よかった、あの場にルミエラ様が来てくれて。
「助けていただいてありがとうございました」
ヒナノは今一度、頭を下げる。
「いいのよ、民を助けるのも貴族の務めだもの」
「そうですか……」
なんて殊勝なお言葉……ん?
「き、貴族……ですか」
どうやらこの世界には、庶民と貴族がいるようだ。うーん、だったら、王様とかもいるのかな。
「思っていたのだけれど……」
ヒナノの驚いた顔を見て、ルミエラ様は言った。
「あなたは一体どこから来たのかしら?」
「え、えっと」
ヒナノは目を泳がせる。ここは正直に地球の日本という所から来たと言った方がいいのだろうか。しかし、そんな突拍子もない話を信じてもらえるだろうか。そう考えたところでヒナノはふと思う。もしかしたら、この世界では異世界に召喚されることは珍しくないのかもしれない、と。
ここは正直に告げてみるか……。
「その、この世界の……外から、ですかね?」
まだ確証を得たわけではないが、自分の中ではこれが最も有力な説なので、そういうことにしておこう。
「なるほどね」
ルミエラ様はふむふむ、と頷く。
「お嬢様、納得しないでください。世界に外側も内側もありませんよ」
「ルナ、それは私たちの常識の範囲内の話でしょ」
「そ、それはそうですが」
「ヒナノ。エキ、そしてすまほ、はきっとあなたの世界特有のものね。こちらにはそんなものないから」
「は、はあ」
まあ、違う世界に来てしまったことということが正しければ、駅やスマホがこの世界にあっても何の意味もないんだけれど。どうやったって家に帰れないわけだし。
「でも、安心なさい。私があなたをもとの世界に帰してあげるから」
「それは、ありがとうございます」
でも、どうやって? ルナさんの様子だと、この世界に異世界の概念なさそうだし……。ルミエラ様の言葉信じてもいいのかな?
ルミエラは、ヒナノから話を聞いた後、彼女を客間に案内し、体と心を休めるように言って去った。今、ルミエラはルナとともに自室にいる。
昨晩、空を白い光が覆った。それはルミエラもルナとともに目撃している。各地で様々な自然災害が同時に発生したらしい。
そして、空からクレプスキュールの領地に一筋の光が落ちたと王都の方から報告を受け、たまたま学校が休暇期間で家にいたルミエラが調査を請け負ったのだった。
ヘビに噛まれている少女に遭遇したのは予想外だったけれど。
「お嬢様、まさかあの女の言っていること、本気にしたわけではありませんよね?」
部屋に二人きりになったところで、ルナが避難の混じった声で言った。
「この世界の外から来たという話? もちろん信じているわ。服装だって、この世界では見たことのないものを着ていたじゃない」
「ですが……」
「この世界で『貴族』という単語を聞いて、ピンとこない顔するくらいだもの」
「仮に、この世界の外からやってきたとして、どうやって来るんですか」
「そんなの簡単、転移術か召喚術よ」
「それはおとぎ話にしか出てこない代物です」
「でもそうやって架空の話に出てくるのだから、元になった何かくらいあるんじゃない?」
方法を探してみるだけ、探す価値は十分にあると思う。ただ、あまりゆっくりしている時間はない。
「ルナ、話があるのだけれど」
「お嬢様、なんでしょうか」」
ルナはルミエラの言葉に身構える。
「来週から、私は学校へと戻るけど。ヒナノを付き人として連れて行くわ」
「身元不明の異世界からやってきたと抜かす人間をお嬢様の付き人に? 気は確かですか、お嬢さま」
「ええ、もちろんよ。しっかりした理由だってあるわよ」
「その理由、お伺いしても?」
「今、ヒナノに必要なのは自分で生きていく力よ。だったら、社会にでなくてはいけないわ。でもいきなり異世界で働けって言っても無理な話でしょ。だったら、私のそばに置いて、この世界に慣れさせればいい。学校だって、授業に出すわけにはいかないけれど、従者だって図書館くらいは利用させてもらえるわ。あなたも言っていたじゃない、よくそこで好きな本を読んでいるって」
ルミエラの通う学校は貴族の子供しか通えない学校である。しかし、貴族の子息、子女の身の回りの世話をさせるため、一人だけ従者を連れていくことができるのだ。
「しかし、あの女にルミエラ様の身の回りのお世話が務まると思えません」
ルナは拳を強く握りながら強く抗議する。
「それに、そもそもなんでお嬢様があの女の面倒を見ようとしているんです、さっさと国王や国の幹部、とにかく上に突き出すべきでしょう?」
そうかもしれない、とルミエラは思った。おそらく、ヒナノがこの世界に来たせいで、空が白い光に覆われ、各地で災害が起きたのだから。本来なら彼女の身柄は差し出すべきなのだろう。しかし、ルミエラはそういうことに強い抵抗を感じた。ルミエラが、ヒナノを発見したとき、ヒナノはズタボロだった。服はところどころ破れていて、体も傷だらけで、おまけに毒蛇に襲われていた。
彼女を上に差し出せば、彼女は先ほどよりも、ひどい目に合うかもしれない。ルミエラにはそれが耐えられないのかもしれない。
ルミエラはルナの目を見据えて言った。
「上には、光の行く先には何も見つからなかった、と報告するわ」
「虚偽の報告をするってことですね?」
「そうかもしれないわね」
「そうですか……それでも、お嬢様が面倒を見る理由にはなりませんが」
「じゃあ……あなたがヒナノの面倒をみてくれる?」
「それは……」
「じゃあ、ヒナノを上に突き出して、仮に彼女が殺されてもいいというのかしら」
「……構わないと思います」
「……構わないと思います」
ルナがそう答えると、ルミエラ様の冷ややかな視線がルナに突き刺さった。だが、ルナはヒナノという少女が何となく気に食わなかった。いきなり現れて、ルミエラ様の関心を奪った少女。しかもルミエラ様はヒナノの世話まで焼こうとしている。だが、ルナはヒナノ近づきたくもなかった。見ているだけで、イライラするのだ。その理由はわからない。
「なんだか、あなたにはがっかりだわ」
ルミエラ様の言葉に、ルナは悔しそうに唇を噛んだ。