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27.人質


 ヒナノは断る立場にないので、声をかけてきた女についていく。どんどんと、パーティ会場から離れていく。一体どれほど歩かされるのだろうか。まあ、王城の中だもんね。そりゃ広いよね。


「こちらにてアンヌ王女がお待ちです」

「えっと」


 急に立ち止まる、女性。


「私はここからは入れませんので、どうぞおひとりで」


 そんなこと言われたって。

 目の前には古びた扉。恐る恐る手を伸ばし、扉を押すと、大きくな音を立てて軋んだ。部屋の中は真っ暗で、吸い込んだ空気にはホコリとカビのにおいが混じっている。

 一体なんでこんな不気味な場所に呼び出されたんだろう?


「アンヌ王女様?」


 ヒナノが部屋に入り進むと、即座にドアが閉じられた。そして外から閂か何かが欠けられる音がする。


「な!」


 閉じ込められた?

 ヒナノは振り返って、ドアを押したり、引いたり、叩いたりしてみるがびくともしない。


「そんなに慌てなくても大丈夫よ。別にここに監禁しようってわけじゃないんだから」


 この声は。


「アンヌ王女……」


 ヒナノの言葉に反応したかのように、部屋の真ん中でろうそくが灯される。

 そしてその炎によって暗闇から浮かび上がってきたのは、アンヌ王女の姿と手足を縛られ、猿ぐつわをされ、横たわっているルミエラ様だった。


「どういうつもりですか!」


 なんなんだ、この状況は。一体どうしてルミエラ様がここに? しかも、あんな状態で……。


「ちょっと声を荒げないでちょうだい。全くこれだから下品な庶民は嫌いなのよ」


 アンヌ王女は室内をゆっくりと歩き回りながら、ろうそくからろうそくへと火をともしていく。あかりの数が増え、部屋の様子が分かってきた。窓とヒナノが入ってきたドア以外の壁には本棚がそびえたち、古めかしい本が隙間なく並べられている。そして部屋の入り口付近には机がありそこに数冊の本が積まれていた。


「ルミエラ様、お怪我はありませんか」


 ヒナノの言葉には、ルミエラ様は目を見開きうめくような声を上げる。もちろんさるぐつわのせいで言葉にならない。

 早くお助けしなければ!

 ヒナノはルミエラ様に近寄ろうとする。


「動かないで」


 火を灯し終わったのか、王女はルミエラ様の元に戻る。そして、その手には小さなナイフが握られていた。ナイフがルミエラ様の首元に当てられる。


「一体何が目的なんですか?」

「そんなに聞かなくてもわかっているでしょう」


 王女はナイフの刃先を積まれた本へと向ける。


「これは私が今までに集めた誰にも読めない本よ。これを読んで内容を訳しなさい」


 ヒナノは本に近づき、一冊ずつ表題を確かめる。王女の目的は黒竜の復活。それしかないだろう。だが、どの本にも該当する内容は書いてありそうにない。


「王女様が欲している情報はこれらの本には書いてありそうにないですけど」

「あなたが真実を言っている証拠はないわ」

「ええ、誰にも証明はできないでしょう」


 ヒナノ以外は。


「今すぐコクリュウ様を封印を解く方法を教えなさい。さもないと、この女がどうなるか……わかるわよね」

「私はその方法を存じ上げませんが」


 ヒナノは思わず下唇を噛む。今言ったことは嘘だ。ガリバーさんが持ってきた本により封印を解く方法を知ってしまっている。だが、アンヌ王女はヒナノがその情報を知っていることは知らないはず。なのに、なんでこんな無謀なことをするんだろう。


「あなたも私のことをそうやって馬鹿にするのね」


 王女はルミエラ様の髪をつかんで無理やり立ち上がらせるとナイフで頬をなぞる。

 そしてナイフに追従するかのように赤い筋が頬を這っていく。


「やめてください!」


 ヒナノは思わず身を乗り出して叫んだ。ルミエラ様を巻き込むなんて。こうやって利用するなんて、なんてひどい人間なんだ。


「さあこの女の命が惜しければ教えるのよ」


 ルミエラ様は小さく首を横に振る。知っていても教えるなということだろうか。今ヒナノがとるべき行動は何だろう。ルミエラ様の想いを尊重するならば、ここは例え彼女の命を犠牲にしても、王女にはコクリュウの封印を解く方法を教えない方がよい。でもそれでいいのだろうか。ほかに方法はないのだろうか。ルミエラ様を救うことが出来て、王女にコクリュウを復活させない方法が。

 ヒナノは考えを巡らせながら、言葉を紡ぐ。


「アンヌ王女、家族の方を大切にお思いですか?」

「何よ、突然」

「こんなことをして、国王がお喜びになるとでも?」

「それは……」


 王女はルミエラ様を盾にするかのように一歩後ずさりをした。


「黒竜を解き放てば、国王はあなたこのことをどう思うでしょうか」

「そうやって、またコクリュウ様を悪者にするんでしょ? お父様もあなたも!」

「そう仰るのであれば、あなたには黒竜が良い竜だと証明することができるのですね?」


 王女はヒナノの言葉に笑う。


「そうよ、コクリュウ様はいつも優しい言葉をくれた。コクリュウ様だけが」


 正直ヒナノには黒竜が善き竜なのか、悪い竜なのか、その判断はつけられない。だけど、たとえ黒竜が良い竜だったとして、王女が勝手に封印を解いてよいとは思えない。

それに、一つ気になることがある。もし黒竜が悪い竜だとしたら。封印されたことを恨んでいたとしたら。

 とりあえず、この状況からルミエラ様を助け出すのが最優先事項だ。

 どうすればアンヌ王女を説得できるのだろうか。


「アンヌ王女はルミエラ様のことがお嫌いですね?」

「ええ、そうよ。じゃなきゃこうして人質になんて取らないわよ」

「なぜ、お嫌いなんですか?」

「こいつには裏切り者の血が流れているから。クレプスキュールは昔コクリュウ様の守護者だった。でもコクリュウ様を封印するのに協力したのよ。コクリュウ様のそばにいなきゃいけない人間が裏切ったの」

「封印に協力、ですか。では黒竜も守護者をさぞ恨んでいるんでしょうね」

「それは、そうよ。きっとコクリュウ様だって解放されたら真っ先にクレプスキュール家を根絶やしにするわ」


 良い竜じゃなかったのか? それとも、王女の中では復讐は当然の行いとなっているのだろうか。


「……封印に関わった人間を皆殺しにするかもしれないですね」

「当然の報いよ。私がコクリュウ様だったとしてもそうするから」


 と王女は鼻で笑った。


「コクリュウ様がどのようにして、封印されたかご存じですか?」

「クレプスキュールがやったんでしょ?」

「ですが、守護者一人で封印されたのでははない」


 ルミエラ様の表情を伺う。彼女は小刻みに顔を横に振っていた。


「どういうこと?」


 王女が眉をひそめる。


「封印に用いられたのは、セイリュウの血と王族の血です。そして、封印を解くに必要なのもこの両者の血」


 王女は信じられないという風に目を見開く。


「つまり、あなたの血です。ただ、少量というわけではないでしょう。そうであれば封印は簡単に解けてしまう」

「嘘よ」

「嘘ではありません。必要であれば、タントル伯爵にここまでそのことを記された本を持ってきてもらいますか?」


 王女のナイフを持つ手が震える。


「そうやって、私をだまそうとしているんでしょう?」

「だまそうとしていたのは『コクリュウ様』では?」

「ふざけないでよ! 嘘、嘘、全部! コクリュウ様が私をだます? 私の血が必要? 何を言ってるの? そうやって、私と私の大切な人を引き離すつもりね!」

「違います、私は――」


 本当ことを、そう言おうとした瞬間。

 王女がナイフを持つ手を振り上げた。刃はルミエラ様の首を狙っている。

まずい。

 ヒナノは身体が熱くなるのを感じた。王女の動きが遅く感じる。あのときと同じだ、ジョエルにキスされそうになったときと。たただ、こちらの認識速度が速くなるだけで、体の動きが早くなるわけではない。ヒナノは必死にルミエラ様に駆け寄りながら手を伸ばした。

 

 間に合え、心の中でそう必死に願いながら。

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