26.誕生パーティー
アンヌ第一王女の誕生パーティ当日。
満月が昇る夜にヒナノとルミエラは馬車でリオワノン城を訪れていた。
「すっごい、私こんな立派なお城見るの初めてです」
とヒナノは空高くそびえたつ城を見上げる。日本の城は校外学習で訪れたことがあったけど、こういう西洋のお城のようなものはテレビでしか見たことがなかった。
「あまりはしゃがないように」
とルミエラ様にたしなめられる。
なんか出会ったばかりのことを思い出すなぁ。
「あなたが王女様と知り合いなのはわかったけれど。どうしてあなたを招待したのかね」
「さ、さあ」
それに関しては嫌な予感しかしない。正直、ヒナノがこの場に従者ではなく招待客として訪れるのは場違いも甚だしいと感じている。
ヒナノは王女には好かれていない、それはこの前ガリバーさんの研究室でのやり取りで十分わかっている。だから、ヒナノに誕生日を祝ってほしくて招待したわけではないだろう。ということは何かほかの思惑があると想定して然るべきなのだが。その思惑が何なのかは全く見当がつかないのである。
「もしかして王女様に気に入られたのかしら?」
「それはないと思います。ただの一庶民ですし」
えへへ、とごまかしておく。
「そう……。ヒナノ今日はずっとそばに入れないけれど大丈夫そう?」
そうだよね、ルミエラ様は貴族の交流がある忙しい身、ヒナノに構っている暇はない。
「が、頑張ります」
「お嬢様、ヒナノのことは私にお任せください」
と背後から囁いてきたのはルナさんだ。今回のパーティ本来ならば付き人は許されないらしいのだが、ルミエラ様は呪いの印持ちで体調がすぐれないことがあるため特例ということで、付き人を一人つけてもいいと国王に了承を得たそうだ。ルミエラ様曰く、呪われているからと言って虚弱体質なわけではないけれど、利用できるものしておこうという考えらしい。
「ヒナノ、あなたがどんな失敗をしようと私がフォローするから安心して」
とルナさんが笑う。その笑顔はなんだか怖い。
「ど、どうも」
全然安心できそうにないんですけど。その笑顔が逆にプレッシャーなんですけど!
三人は城内に入り、パーティが催されている広間に向かった。
天井には強大なろうそくが何本も建てられたシャンデリアがぶら下がっている。ここでまた声を出して感想を言えば、ルミエラ様から小言を頂くのは言うまでもないので、ヒナノははしゃぎたいのをぐっとこらえる。
「じゃあ、ルナ。ヒナノをよろしく」
ルミエラ様はそう言い残し、広間の中央に向かっていった。そこでは、多くの貴族がグラスを片手に歓談をしている。
ヒナノは、なんとなく居心地の悪さを感じ、部屋の隅まで移動し、壁のそばに立った。
「本当に心当たりはないの?」
「はい?」
「アンヌ王女様が、あなたをここに呼んだ理由」
ルナさんはヒナノの隣に立ち、周りにはヒナノ以外の人には聞こえない程度の小声で話す。
「それはどういう意味でしょうか?」
「お嬢様から聞いたわ。王女様とあなたは王立図書館の研究所で出会ったって」
「その通りです」
「それで。その後、連絡は取っていたの?」
「いえ」
いうか、連絡なんて取ろうもんなら、ルナさんにバレているだろう。
「でしょうね。じゃあ、あなたは一度しかあったことのない王女様に招待されたというわけね」
「はい」
「庶民なのに」
「……あの、何が言いたいんでしょうか」
さっきから、ルナさんがなんでこんな話をしてくるのか全然わからない。
「あなたがどんな人間と出会い、どんなことをしようが、正直言ってどうでもいいわ」
そうですよね、ルナさんの関心はルミエラ様にしか向きませんもんね。
「ただ、その結果ルミエラ様に迷惑がかかるとしたら話は別よ」
ヒナノだって、ルミエラ様に迷惑なんてかけたくない。というかルナさんはまだヒナノのことを信用してくれていないらしい。
「っと、少し言い過ぎたかしら」
「いえ、ルミエラ様のことを想ってでしょうから」
「言っておくけれど、私あなたのこと結構好きなのよ?」
「え?」
ヒナノが思わず目を見開くと、その様子がおかしかったのかルナさんが柔らかく笑った。
「最初に森で出会ったときは、とんでもない娘に会ってしまった思ったけれど」
「はは」
ヒナノは、ルナさんの第一印象を思い出す。とにかく怖かった。なんというか険がある感じで。
「でも今はあなたに感謝してくるくらいなんだから」
なんという予想外の言葉。感謝? ルナさんがヒナノに感謝してるだって?
「最近のルミエラ様はよく笑うようになったわ」
とルナさんは呟く。
「そうですか……」
クレプスキュール公爵もそう言っていたっけ。
「あなたが来てくれてからよ」
「それはどうも」
なんかルナさんに褒められると、背中がむずむずするな。
「それに私も目を覚ますことができた。私ずっとルミエラ様のためにって働いてきたつもりだったのに。いつのまにか、自分がルミエラ様を求めてたのね」
「でも、それって普通じゃないですか?」
「え?」
「自分が好きな人とか、慕っている人に、好かれたい、気に入られたいって思うのは」
ただ、ルナさんはその感情で周りを不幸にしようとしちゃったのがいけなかっただけで。
「ヒナノってやさしいのね。そういえば、今はヒナノさんて呼ばなければいけないかしら。ルミエラ様の友人だもの」
「いえ、なんか変な感じがするのでそのままで」
「何よ、それ」
ふふっとルナさんは笑う。
ルナさんだって、前よりも笑うようになったじゃないか。何か吹っ切れたのか、そんな様子を感じる。
そうやってしばらく二人でルミエラ様のどこが素敵かを話しているときだった。
「ヒナノ様、アンヌ様がお呼びです」
と見知らぬ女性に声をかけられた。格好から察するに、城でアンヌ王女の世話をしているうちの一人だろうか。
しかし、王女に個人的に呼び出されるとは。うーん、少し警戒しちゃうかな……。




