25.準備
「セツリュウ様ここは」
「ナウネ国の王城だった場所よ」
竜の住処から逃げてきたリアとセツリュウ様は広い平原のような場所にいた。とても王城があったとは思えない場所である。
「え、でも」
ところどころに壁か塀だった石造りの何かは残っているけれど。これが城の跡ってこと?
「むかしね、先代が守っていた国はどんなだったんだろうって見に来たことがあったの。でもね、国土みんなこんな感じ。荒れ地よ」
そう言ってセツリュウ様は城の一部だったであろう、敷石の一部をずらした。とても重そうなのに、軽々しく石を持てるのは竜だからだろうか。
「ここから地下へ行けるわ」
地下通路を進んでいくと、そこには小さな空間があった。
「あの、セイリュウ様を探しに行かないのですか」
そもそもそのために逃げたのでは。
「そうね、でもその前に」
そう言ってセツリュウ様はそこ辺にあった石の破片で手を切る。
「セツリュウ様」
一体なにを……?
「リア、今から私が言う通りの図を私の背中に書いて」
「何をするおつもりですか?」
「竜の気で追われないように竜の気配を消すだけよ。それから、大きな布がないか探してきて」
「布?」
「ええ、それに転移術の魔法陣を描いておくわ。それを移動時に持っておけばどこからでも、セイリュウ様のもとへ駆けつけられるでしょ?」
「わ、わかりました」
リアは、服を脱いであらわになったセツリュウ様の背中に、指示された通りの図を描いていく。セツリュウ様の肌はきめ細やかで、血をまとったリアの人差し指が滑らかに動いた。
「セツリュウ様、肌お綺麗ですね」
とリアは思わず口に出して言ってしまう。
するとセツリュウ様の背中がびくりと震えた。
「ちょ、ちょっとリア!? 今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう!」
「す、すいません。つい」
「もう」
とセツリュウ様は呆れたような声を出す。しかし、その耳は真っ赤だった。もしかして照れているのかな? もしそうだとしたら、すこし可愛いかも。などと思ってしまう。セツリュウ様はリアよりうんと年上だ。少しどころか、何十歳、いや何百歳も、かな? だから、いろんなことを知っていたり、経験したりしているはずなのに。こんなことで照れちゃうなんて。そう思うと、セツリュウ様を想う気持ちが一層強くなった。
守護者になった今、リアはセツリュウ様のそばにいる権利を与えられた。もしかしたら、セイリュウ様の件が落ち着いた後で、守護者じゃなくなっちゃうかもしれないけれど。でも、今はセツリュウ様はリアを頼りにしてれて、そばにいて良くて。そのことが嬉しくてたまらないのだった。
***
とある土曜日。
「ヒナノちゃーん、ただいまー」
ヒナノが普段通り、研究室で読書をしていると、疲れた顔のガリバーさんが研究室に帰ってきた。
「おかえりなさい、ガリバーさん。お疲れのようですね」
「ああ、うん。めちゃくちゃ疲れた。あー、お茶淹れてくれない?」
ガリバーさんは持っていた荷物をその辺の床に投げるようにおいてから、ドカッとソファに座り込む。そして背もたれに背を預け天井を見上げる。
これは……相当疲れているな。
ヒナノは適当にお茶を淹れて、机におく。
「そうだ、ヒナノちゃん。これ……見つけてきた」
ガリバーさんはカバンの中から、一冊の本を取り出す。
「私にしか読めない本ですか……」
「そう、これナウネ城の地下から見つけてきた」
ナウネって確か、コクリュウに滅ぼされた国だよね?
「城はもう跡形もないって感じなんけど、地下だけは残ってるんだよね。今まで地下室への侵入を試みてんたんだけど、入り口が頑丈に塞がれていて入れなかったんだ。でもこの前さ入り口をふさいでいた石がなくなっていて――」
し、侵入? 大丈夫なのかな。そんなことをして……。
ガリバーさん曰く、いつの間にか入れるようになっていた城の地下で本を見つけてきたらしい。
「で、なんて書いてあるの?」
本は革張りで、表紙には何も書かれていない。本の厚さは、今までの本よりも薄めだ。
ヒナノはパラパラとページをめくってみる。
今まで読んだ本と違い、誰かに読ませる本というよりは、書き手が自分で読むようなのか、書かれた字が少し雑だ。
コウリュウを封印したときのことが書かれている。
当初は封印ではなく、討伐しようとしたらしい。しかし、セイリュウの慈悲によってそれは止められた。封印に用いたのは、セイリュウの血と王族の血、と書いてある。
封印を解くには、同じものを用いればよい、とも。
そして筆者の手記のようなものが続いていた。
――XXX年X月X日。
コクリュウを殺すのではなく封印することになった。セイリュウ様のご意向だ。だが私はセイリュウ様のこの判断が正しいとは思えない。コクリュウはナウネ国を滅ぼすという大罪を犯したのだ。ならばその命を以て償うべきであろう。セイリュウ様が慈悲深いのは周知の事実。守護竜として他の竜を守り、癒す。治癒術に優れたお方。だが、コクリュウをこういった形で守るのは、それは果たして正しい行いなのだろうか。
「うーん」
「どした? ヒナノちゃん、内容教えてよ」
ガリバーさんは、ヒナノが淹れた紅茶に口もつけずに、目を輝かせながら聞いてくる。
紅茶冷めますけど?
「内容はコクリュウに封印についてですね」
「というと?」
ヒナノはガリバーさんに、本の内容を口頭で伝える。
「なんか私、変な本なかり拾ってくるなあ……」
「ですねー」
それにしても。王族の血、か……。
王女様、コクリュウに利用されているんじゃ……。




