18.呪い
夜。ルナさんと秘密共有したヒナノは、客間に置かれているデスクで本を読んでいた。ちなみに、ルナさんをクビにしないでほしいという旨はルミエラ様にしっかりと伝えておいた。ルミエラ様の返答はとりあえず、考えるわ。という、どっちの転んでもおかしくないものだったけど。
ヒナノが今読んでいる本は、ガリバーさんから渡された『禁術一覧』という本である。ろうそくの炎一つなので暗いが、なんとか文字は読めるので問題ない。
とりあえず、召喚術が禁術ってことはすでに読んだが、他にどんなものが載っているんだろう。ヒナノは興味本位に本のページをペラペラとめくる。そしてとあるページを開いた瞬間に手を止める。
「これは……」
そこには呪術と書いてあった。
まず呪術の魔法陣がページに書かれている。
基本の呪術陣というものらしい。その陣にどういう呪いを付与するか、そして付与する呪いによる魔法陣の変化についてが書かれていた。つまり、この基本の呪術陣を応用すれば、呪う側はどんなものでも好きな呪いをかけることができるようだ。ただし、その呪いのスケールによって、術の難易度が上がるらしい。
「なんて恐ろしい」
本に記載されている内容は、しばらく呪術応用編が続く。数ページ読んだところで、ヒナノは探していた内容を見つけた。
「あった……! 解呪の方法!」
――呪いを解く方法。呪いは、呪いをかけた竜自身もしくは、聖竜にのみ解くことができる。呪いの印の上から竜の血を用いて、解呪の陣を描くことで呪われし者はその呪いから解放される。
と書かれていた。
そしてその横に、解呪の陣の図がある。
「竜か……」
この文章だけ読むと、呪術をかけることができるのも、竜のみのようだ。
「これがルミエラ様が竜の存在を信じている理由か」
きっとルミエラ様は竜に呪いをかけられたことを知っているんだ。でも、なんでクレプスキュール家が竜に呪われているんだろう?
「うーん、わからない」
ヒナノは机に両肘をついて頭を抱える。
「ルミエラ様に直接聞くしかないか」
ただ、そうなるとヒナノがこのほかの人には読めない文字を読めることから説明しなくてはならない。ガリバーさんは研究者だからか、ああいう軽い調子の人間だからか、ヒナノのことを無条件に信じてくれたけれど。
ルミエラ様は信じてくれるかな。
「いや、信じてくれるはず。しっかりと話せばきっと」
よし話そう!
ヒナノがそう決心したとき、部屋のドアがノックされた。
「あ、起きてます」
そう答えると、ドアが開き、ルミエラ様がろうそく片手に部屋に入ってきた。
何というタイミング……。
「あなたまだ起きてたの?」
ルミエラ様は少し非難するように顔をしかめる。
「ちょっと気になることがありまして。でもそれを言うならば、ルミエラ様もでしょう?」
「それは……そうだけど」
「ルナさん、この家からいなくなっちゃうんですか?」
「いいえ。ルナには引き続き家にいてもらうわ」
「よかったぁ」
ヒナノはホッと胸をなでおろす。
「あなたが喜ぶの?」
「なんだかんだ言って、ルナさんのこと好きですから」
だって、ルナさんはルミエラ様のこと大好きだし。絶対ルミエラ様の支えになるはずだから。
「それより、ルミエラ様。今日あんなことがあったんですから早くお休みにならないと」
「もうすっかり元気だから大丈夫よ。それより何を読んでいるの?」
ルミエラ様がデスクに近づき、ヒナノの横から本を覗き込む。
「ルミエラ様、読めますか?」
「読めないわ」
「やっぱり」
なんだってできそうなルミエラ様でも読めないのか。まあ、ガリバーさんも読めなかったしね。
「そもそもこれは何なの? 文字なのかすら、判別できないわ」
「ルミエラ様、実はこの本には竜の呪いのことが書かれていまして」
ヒナノがそういった瞬間ルミエラ様の表情が固まる。
「あなたはこの本を読んで理解できるの?」
「ええ。信じてもらえないかもしれませんが。この本によると、呪いは呪いをかけた竜もしくは聖竜によって解かれるみたいです」
ルミエラ様の表情が険しくなる。
もしかして、ルミエラ様怒ってる?
「あのルミエラ様?」
「それで、他には? その本に何が書いてあるの?」
「えっと、解呪の具体的な方法が。呪いの印に竜の血で解呪の陣ってのを描くと、呪いが解けるみたいです」
「……」
ルミエラ様はただじっとヒナノのことを見つめている。
「ただこれだけだと私には情報不足でして。例えば、なぜ竜はクレプスキュール家に呪いをかけたのか、なぜその竜の存在を誰も認識していないのか、とか」
ヒナノが恐る恐るルミエラ様の様子を伺うと、ルミエラ様は深く息を吐いた。
「信じるわ」
「はい?」
「だから、あなたがその本の内容を理解できるってこと信じると言っているのよ」
あれ、信じてくれるの? 怖い顔しているからてっきり……。
「ふざけていると思われているのかと……」
「あなたねぇ、そろそろ私があなたのことを信頼していることを自覚なさい。ヒナノが私をからかう人間じゃないってことくらいわかるわよ」
とルミエラ様は心外だとでも言いたそうである。
「クレプスキュール家が呪われた理由はね――」
ルミエラ様は350年前の戦いで、クレプスキュールがリオワノンを加護していた黒き竜を裏切り、封印したことにより、黒き竜に呪われたことを説明した。
「じゃあ350年前の呪いが今もずっと続いているってことですか?」
「そうね」
「あの、呪いの印はあるんですか」
「見る?」
ルミエラ様は後ろを向いてネグリジェの肩口をずらす。すると左肩甲骨上部、首と肩の間のあたりに複雑な円形の模様があった。
「そんな。ルミエラ様は何も悪くないのに!」
「仕方ないじゃないの。先祖が呪われてしまったんだから」
ルミエラ様の顔にはあきらめの表情が浮かんでいた。
仕方ないって……そんな。
「でも、今も竜が存在するとしたら、その竜に呪いを解いてもらえれば」
「だめよ。黒き竜は隣国に侵攻し、その国を滅ぼしたと言われているわ。仮に、今どこかに封印されているとして、そんなのを復活させたらどうなるか」
ルミエラ様は、胸のあたりで拳をぎゅっと握る。
「それに、封印なんて解いたら、先祖への裏切り行為よ」
そっか、そういうことになるのかな。とにかく、黒竜の封印を解くと選択肢はないな。ヒナノもそんな危なそうな竜を外に出したくはないし。
だったら……。
「黒き竜じゃなくて聖竜に解いてもらえればいいんじゃないですか?」
「え?」
「さっきも言いましたけど、どの竜がかけた呪いも聖竜なら解けるんですよ。だから、聖竜を見つければ――」
「あなた自分が突拍子のないことを言っているってわかっているの?」
「でも実際に竜はいたんですよね? ルミエラ様は黒き竜の呪いにかかっているんですよね? だったら、聖竜もいるはずですよ」
ヒナノの勢いに、ルミエラ様は呆れている。
「ルミエラ様、ルミエラ様の他に竜について知っている人をご存じないですか」
「基本竜の存在は秘匿されているわ。ただ、王族にはその存在が明かされているはず」
「じゃあ、王様に会えば」
「陛下はお忙しい身。個人的な理由で、そんな簡単に会えるわけないでしょう」
「そんな」
ヒナノは肩を落とす。
「とりあえず、夜も遅いのだからもう寝なさい。私もそろそろ失礼するわ」
「あ、はい」
ヒナノはルミエラ様の背中を見送りながら考える。
きっと方法があるはずだ、と