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17.ルナさん

「あのどういうことなんでしょうか」


 ヒナノはルミエラ様と馬車でクレプスキュールの家に帰り、客間でルミエラ様とベッドに隣り合って座っていた。


「ルナから話は聞いたわ」


 ルミエラ様は、ルナさんがヒナノとルミエラ様にわざと誤解を与えることを言ったのだと簡潔に説明する。


「それでもう誤解が解けたのだから、うちに戻ってきてもらおうと思って」


 なるほど。それは、とてもありがたい話だ。今までは研究所の仮眠室に寝泊まりしていたし。どこに住むか困っていたわけで。それになにより、またルミエラ様と一緒にいられるのが嬉しい。


「それで大事な話とは?」

「ああ、それね」


 と言ってから、ルミエラ様は一呼吸置く。


「あなたには学園の従者に戻ってもらおうと思って。ただ、家では客人……いえ、友人として扱わせてちょういだい」


 ゆ、ゆ、友人?


「え? ルミエラ様のお友達ってことですか!?」


 ヒナノは予想もしなかった言葉に声が大きくなる。


「そうよ、別に嫌というわけじゃないでしょう」

「むしろ嬉しいですけど……」


 で、でも貴族の友達って、ええ……。


「あなた……異世界から来たくせに貴族とか気にしているのかしら?」

うわぁ、心の中ばれてるし。


「い、いえ嬉しいです。ルミエラ様の友達、嬉しいです!」

「なんなら呼び捨てでもいいわよ?」


 え? 無理。こんな美しくて気高くて優しい人を呼び捨てとか、絶対無理。


「いえ学園で、従者をやるわけですし。家と外で呼び方を変えてうっかりほかに人に誤解を与えるのはよくないかと」

「……それもそうね、もう誤解はこりごりだわ」


 とルミエラ様が微笑む。


「それで、いまルナさんは?」

「自室から出ないようにと言っているわ。ただ彼女の処遇に困っているのよね」


 とルミエラ様はため息をつく。


「というと?」

「正直、どうして彼女がこんなことをしたのかわからないのよ。ルナは優秀な世話係兼従者だったわ。与えられた役目を果たし、主人が求めるものをしっかりと分かっていた」


 ただ、最近様子がおかしかったのよね、とルミエラ様は自分の頬に手のひらを当てる。


「あんな、反抗的なルナは初めてだったわ。今まで優秀だっただけに、今回の一件でクビにするのもね」

「あの、私、直接ルナさんに話を聞いています」


 ヒナノはベッドから立ち上がる。


「え、ヒナノ? ちょっと」

「わからないんなら、聞くしかないです。主人のルミエラ様には言えないことでも、庶民の私には話せることもあるかもしれませんし」


 ヒナノはそう言って、部屋を出た。

 幸い、ルナさんの部屋の場所はわかっていたので、足早に向かった。

 そして、ルナさんの部屋のドアを三回ノックする。

 しかし返事はない。


「ルナさん、いますか」


 ヒナノがドアを開くと、部屋の明かりはついていなかった。廊下からの光が、差し込んだおかげで、部屋が若干明るくなる。ルナさんは、部屋の窓際に置いてある椅子に座って俯いてた。


「ルナさんあの、調子はどうですか?」


 ヒナノは後ろ手でドアを閉めてから、ルナに近づく。


「来ないで」


 ルナさんは俯いたまま言った。


「ルナさん、私のことがお嫌いなのはわかりますが」

「ええ、嫌いよ……大嫌い」


 うん、まあそう正直に言われると、心にめちゃくちゃ刺さるけど。


「いきなり異世界から来たと思ったら、何もしていないくせにお嬢様に気に入られて。それに学園の従者にもなって」


 ルナさんの拳はスカートを強く握りしめている。


「今までの私の頑張りが、努力して得た場所が、あなたにこんな簡単に奪われるのが許せなかった」


 それはそうだ。ヒナノは何もしていない。ヒナノを見つけた責任から、ルミエラ様が面倒を見てくれようとしたおかげだ。それが理由で仕事を奪われては納得がいかないだろう。


「でも、それと同じくらい自分自身が嫌いになる」

「ルナさん……」

「お嬢様のことを一番に考えなければいけないのに。考えていたはずなのに、心のどこかで自分の都合を優先していたの」


 ルナさんはいい従者兼世話係だったのだろう。それがヒナノの存在一つで変わってしまったのだ。


「何が、『お嬢様の目が曇っているときは』よ。曇っていたのは私の目じゃない」


 原因を作ってしたものとして、なんて声をかけていいかわからず、ヒナノは黙り込んでしまう。


「きっと、私はクビね」

「そんな」

「きっとあなたが思っているよりずっと、お嬢様はあなたのことを気に入っているわ。そんなあなたとの仲を引き裂こうとしたんですもの、終わりよ」


 今ヒナノの目の前にいるルナさんは、あのとき、ヒナノにクレプスキュール家を出て行くように言った人間とは違った。

 もうルナさんからはヒナノに対しての敵意を感じない。


「クビにはならないと思います」


 ヒナノはルミエラ様がさっき言っていたことを思い出す。


「ルミエラ様は仰っていました。ルナさんは優秀だって。ルミエラ様が言うくらいだから、ルナさんは相当優秀な方なんだと思います」


 ヒナノの言葉にルナが目を大きく見開く。


「ルミエラ様が……?」

「はい、だから今後気を付ければ大丈夫なのではないでしょうか」

「……それだけじゃないのよ」

「え?」

「私、ルミエラ様の意向に背いたことをしたの」

「何をしたんですか?」

「光の先にあなたがいたことを、観測所の関係者に伝えたのよ」

「それで、どうなったんですか」

「別にどうもならなかったわ。何も言ってこなかった。もしかしたら、信じてもらえなかったのかもね」


 うーん、そこら辺の事情はヒナノにはさっぱりだが。結果としては、ヒナノは無事である。


「とりあえず、私はこの通り無事なので大丈夫なんじゃないですか」

「でも、このことがお嬢様に知れたら、私はもうお嬢様から信用されなくなるわ」


 とルナさんは声を震わせる。


「だったら、二人だけの秘密にしましょう」


 ルナさんが顔を上げ、ヒナノの方を見る。やっと目が合った。


「でも」


 ヒナノは強く握られたルナさんの拳の上に自分の手のひらをかぶせる。


「もしばれたら、ルミエラ様に迷惑をかけたくなかった私がルナさんに報告をお願いしたことにします」

「そんな、悪いわ」

「そんなことないです。私、わかりますから。ルミエラ様のおそばにいたい気持ち」


 普段は少し怖そうだけど、それは責任感が強かったり、背負っているものに向き合っている証拠で。でも、時折みせる笑顔はまっすぐこちらに向けられていて。そんなルミエラ様をずっと見ていたいという気持ちは、そばを離れたくないという気持ちはヒナノにもよくわかるから。


「ヒナノ、ありがとう」


 ルナさんは目元を拭いながら、ヒナノに頭を下げた。


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