13.ルミエラ様と再会
「よかった……あった……」
ヒナノは心がぐったりするのを感じながら、カフェテリアの机に突っ伏した。ちなみに今日は白身魚のムニエルをいただく。
ヒナノはあれから、一時間かけて何とかガリバーさんの言っていた本を探し出し、ついでにディスプレイされていた本も持ち出していた。結構仰々しく飾られていたので、持ち出し禁止かと思い、司書にも確認をとったが、特に外に出しても問題ないらしい。本は二冊とも埃っぽかったので布切れで包んでからカバンにしまった。
本を探すのに予想以上に時間がかかってしまい、お昼ご飯の時間が学生と被ってしまったのは想定外だったけど。とりあえず、はじっこの学生以外の人間が座っても目立たなそうな場所に座る。それから、一応学園に入るまで羽織っていたフード付きケープコートを再び羽織り、フードで顔を隠す。
(ルナさんに見つかったら、なんか言われそうだし……)
怪しさ満点の格好だが、誰かに何か言われそうになったら、職業証明書を出しておけばなんとかなるだろう。ヒナノはムニエルの乗った皿を自分の方に手繰り寄せ、それをいただくことにした。学生以外の人間がカフェテリアを利用する際は、その都度お金を払わなければいけない。でも安心。ご飯代は経費で落ちるそうなので、遠慮なくそうさせてもらう。
十分程度で食事を終えるころには、カフェテリアは昼休憩に入った学生たちで混み合っていた。幸いなことに誰にも声をかけられなかったので、知り合いに気づかれることもなく、怪しまれることもなかったということだろう。
「さてと、そろそろ行くか……」
ガリバーさんを待たせたら悪いしね。ああ、こういう時にスマホがあったらなあ。そういえば、この世界に来てから電話を見たことがないけど、もしかして電話自体存在しないのかな……。
ヒナノはカバンを肩から下げ、食器の返却所へ向かった。そのとき、周りの視線がカフェテリアの中央に向かっていることに気が付く。
何かあったのかと思い、ヒナノもみんなと同じ方向を見やる。すると、誰かが倒れていた。
(って、ルミエラ様!?)
なんとルミエラ様が倒れているではないか。周りの生徒もそのことに気が付き、ルミエラ様の周りに人だかりができていく。
(人だかりなんか作ったら、保健室に行けないじゃない)
ヒナノはトレイをその辺に置いて、人だかりに飛び込み、道をあけるように言う。
「すいません! ちょっと通して! ああ、もうどいてください!!」
ああ、もう! このやじ馬たちめ! 見ている暇があったらちょっとは助けたらどうなんだ!
道を半ば無理やりに開けさせ、人だかりの中心にたどり着くと、ルミエラ様が倒れていた。意識はあるようだが、息苦しそうだ。そしてそばでアリシア様とレンディさんが硬直している。いや、なんで硬直しているんだ? はやく保健室に連れて行かないと。
「なぜあなたがここに……」
とアリシア様がとても小さな声で呟いているが、今はそんなこと言っている場合ではない。この状況に対処できない二人に対し、無性に腹が立つ。
「ちょっと、二人とも! なにぼーっとしてるんですか! ルミエラ様立てそうですか?」
とルミエラ様に声をかけるが、反応はない。こっちが思っている以上に辛いということか。熱があるかどうか確かめたいが、触れていいかわからない。今はルミエラ様の従者ではなく、ただの部外者だし。庶民だし。
というかルナさんはなぜいないのだろう。あの人がいたらもっと迅速に対応できていただろうに。
「はあ……もういいや」
後で、罰でも何でも受けよう。庶民が貴族に失礼なことをしたときにどんな罪に問われるか、ヒナノは知らないけれど。
ヒナノはルミエラ様の背中とひざの下に手を入れ、そのまま抱きかかえる。いわゆる、お姫様だっこというやつだ。本当はおぶった方が楽だけど、貴族令嬢しかもスカート姿、をおぶるのはまずい気がする。
(意外と軽いんだな)
ヒナノよりも身長は十センチも高いくせに、体重はそれに比例していないっぽい。
「すいませーん、通ります。ルミエラ様を保健室にお連れしますので!」
ルミエラ様とヒナノをじっと見つめていた集団が我に返ったように道を開けた。
まったく、早く食事に戻ったらどうなのだろう。見世物じゃないっての。
ヒナノは開いた道をルミエラ様を抱えながら、すたすたと歩く。するとその道の終わりにとても見覚えのある顔があった。
「ヒナノ、どうしてあなたがここにいるのかしら」
「ルナさん」
どうしてあなたはいなかったんですか、
とは言い返さない。今は言い争っている場合ではない。抱えているルミエラ様の身体が熱いのだ。早くベッドで休ませないと。
「今は、あなたとお話ししている暇ありません。今すぐ、ルミエラ様を保健室へお連れします」
「いえ、結構よ。ここからは私がお連れするから」
なぜそこまでヒナノを邪険にするのだろう。ルミエラ様を保健室に連れて行くのさえ迷惑な行動なのだろうか。
ああ、もう知ったことか。
「……」
ヒナノはルナの言葉を無視して、カフェテリアから保健室へ向かう。
背後から、「待ちなさい」という叫び声と、「ヒナノ、待って」と言いながら早足でついてくる人間の気配がするけれど、歩くスピードは緩めない。
保健室はカフェテリアの隣の校舎にあるがそこまで距離は離れていない。それに幸い道のりは覚えている。物覚えの悪い、ヒナノにしては奇跡に近い。あとで学園を訪れた初日に校内を案内してくれたレンディさんに感謝しておこう。
保健室にたどり着き、保険医の指示に従い、ルミエラ様をベッドに寝かせる。ルミエラ様の表情はまだ苦しそうだったが、これ以上ヒナノにできることはなかった。
(早く良くなるようにと祈るくらいしか)
「早く良くなってくださいね、ルミエラ様」
ガリバーさんのところに戻らなければ……。
ヒナノがベッドに背を向けると、保健室にアリシア様とレンディさんが入ってきた。そしてワンテンポ遅れて、ルナも入ってくる。そしてそのままヒナノの方に向かってきたかと思うとルナはヒナノの胸ぐらをつかみ廊下まで引きずっていく。
そんなルナの様子に保健医が大変驚いていたが、どうやらもう周りの目は関係ないらしい。アリシア様とレンディさんの方を見ると、二人はヒナノの方を見ないようにしていた。どうやら、自分たちは巻き込まれたくないらしい。
「さっきはよくも無視してくれたわね」
ルナの声は怒りを抑えられないようで震えていた。
「言い争いをしている場合ではなかったので」
「私この前言ったわよね。怪しい人間がかかわったら、クレプスキュール家にいらぬ噂が立つって」
「それはクレプスキュール公爵が仰ったのですか?」
「……そうよ」
とルナはヒナノの顔から視線を逸らす
「そうですか。では今度直接そのお話を公爵に伺います」
「何を言っているの? あなたみたいな、訳も分からない人、旦那様が家に入れるわけないじゃない」
「それは、あなたの決めることじゃありません。それに私はもう訳の分からない人じゃありませんし」
「えっ?」
本当は自分自身で何か成果を上げたかったんだけど。すいません、ガリバーさん。
「王立図書館で研究員をやっている方の助手として働いています。職業証明書もありますよ、推薦人と身元保証人の名前もしっかりと書いてあります」
ヒナノはルナに職業証明書を差し出す。
ルナはそれを一目見るなり、青ざめた。
「タントル伯爵が身元保証人……?」
ガリバーさんって伯爵だったのか。それは知らなかった。でも本当に貴族だったんだな、あの人。
「というわけで、私もう怪しい人じゃないので。今度お会いしてもらえるかお伺いをたてますね。この前は早朝に家を出たせいで、お世話になったお礼も言えなかったですし。そういう意味では失礼な人間と思われるかもしれませんが」
ヒナノは相手を煽るように笑顔を張り付けてそう言い放った。クレプスキュールの家を出たころまでは、ルナの言っていることに従うことに疑問を持たなかった。でもあれから少し時間がたって、思う所があった。それに、さっきのカフェテリアでのルナの振るまい。真っ先にヒナノを敵視してきた彼女の態度。普通、ルミエラ様を一番に心配するはずなのに。彼女の目にはヒナノしか映っていてなかった。自分が仕えている人間よりも、嫌っている人間を優先した。主人より自分を優先する従者なんて信用してやらない。