11.あなたと共にいても意味なんてない
お待たせしました……!
「出て行ったってどういうことよ!」
朝食後、ヒナノの様子を見に客間を訪れたら、ヒナノの姿がなかった。
家の中を探している途中でルナとばったり会ったので、ヒナの居場所を聞いたら、
彼女は出て行った、
と言われたのだ。
「言葉の通りですが」
「わかるように説明しなさい」
「……元の世界に帰れないのなら、この家に、あなたと共にいても意味なんてないと言って出て行きました」
「っ……」
ヒナノが、そんなこと……いうわけ……。
ルミエラは反論しようとした。でもまだ出会っておよそ二週間。彼女のこと知っているなんてとてもじゃないが言えない。それでも、自分は嫌われていないと思っていた、これからも頼ってくれると思っていたのに。
「ルミエラ様、ちょうど良かったのではないですか」
「……どういう意味よ」
正直怒りしかわいてこない。そもそも家を出るなら、なぜルミエラにそのことを言わなかったのか。なぜルナがヒナノに関しての報告をルミエラにしているのか。なぜルミエラが知らないことをルナが知っているのか。何もかもが気に食わない。
「ルミエラ様はクレプスキュール家の一人娘。忙しい身でもありますでしょう。放課後も遅くまでヒナノに付き合っておられたようですし、お疲れなのではないですか」
「それは私がヒナノを助けたくてやっていたことよ。忙しいとかそういうことは関係ないわ」
「そうですか。まあ、いまさら何を仰られても、あの女は戻ってこないでしょうけどね」
「あなたねぇ」
それになんだか、今日のルナは不断に増して表情が読めないし、攻撃的だ。いや、ルミエラが冷静さを欠いているからそう思うのかもしれない。すこし落ち着かなければ。
「明日から、学園には私が付いてまいります。クレプスキュール家の令嬢が一人でとうこうするわけにはいかないでしょうし」
「……好きにすればいいわ。でも学園内では、私に接触しないでちょうだい」
***
「ルミエラ様? 今日もヒナノはご一緒ではないのですか?」
とアリシアは疑問を口にする。
今日は昼食前の授業をルミエラ様と受けたので、共に昼食をとることにした。カフェテリアではレンディが席をとっていた。
ここ数週間、ルミエラ様は学園内では従者を連れずに過ごしている。はっきり言って異常事態である。このことに関して周りの生徒が噂しているのは知っているし、理由も気になるが、アリシアから理由を聞くなんてできない。いや、ここは友人として聞いてもいいだろうか。ただ周りの噂好きの生徒と同じと思われてしまってはそれはそれで心外だし。
レンディの話によると、従者の控室には前まで付き人をやっていたルナがいるらしい。しかし、ルミエラ様は前のようにルナとともにカフェテリアで食事をとらないようだ。
それと、普段共にいることが多いアリシアは気づいていた。ヒナノという従者がいなくなってから、ルミエラ様は元気がないということを。アリシアはこんなルミエラ様を初めて見た。今までも元気がないことはあったと思うが、決してそういう感情を表に出さない人だから。今回も、隠そうとしているんだろうが、隠しきれていない。
「ヒナノは……従者をやめたわ」
ああ、あの落ち着きのない娘なら、なにかやらかしそうだものね。クビを免れない失態を起こしたってことか。まあ珍しいことではない。アリシアの家にも三日でクビになった使用人がいた。人間向き不向きというものがある。
「まあ。確かのあの娘はそそっかしそうでしたものね、ルミエラ様の従者を務めるには力不足だったかと」
そう、そもそもあの完璧な従者だったルナを差し置いて、ルミエラ様の従者をやること自体がおかしかったのよ。どうルミエラ様に取り入ったのかはわからないけれど。
「いえ、クビしたわけではないのよ」
そう言ってルミエラ様は口をぎゅっと結んだ。
「まさか、自ら従者をやめたと? それはまたもったいないことを……」
クレプスキュール家の令嬢の従者をやめる? どういう風に育ったら、そういう発想が持てるのよ。ルミエラ様の従者をやっていたら、将来、職なんて困らないくらい引く手あまたでしょうに。
「そんなことないわ……きっと嫌われてしまったのね」
そう言って、ルミエラ様は顔を伏せる。普段は、二十代と言われてもおかしくない大人びた雰囲気をまとっているのに、今は年相応のただの十七歳の少女に見える。
しかし、ルミエラ様が嫌われる? 従者として仕えることができるだけでも大変な光栄な家柄の令嬢を嫌って、家を去ったてこと? ヒナノ、あなたプロ根性が足りなさすぎるわよ……。
「ルミエラ様、食事はどうなさいます? レンディに取りに行かせますわよ」
とアリシアはレンディに目配せをする。
「何になさいますか?」
レンディは席を立ちルミエラ様に、そう聞いた。
「……」
しかし、ルミエラ様は俯き、黙ったままだだ。
「ルミエラ様?」
アリシアはルミエラ様の顔を覗き込もうとする、その瞬間だった。
「ルミエラ様!?」
ルミエラ様の身体から力が抜けたかと思うと、そのまま床へと崩れるように落ちて行った。
周りの人間がすぐさま異変に気付き、三人の周りに集まってくる。
えっと、こういうときは、保健室よね……。頭ではすぐにルミエラ様を保健室に連れて行かないといけないと分かっているのに体が思うように動いてくれない。
「すいません! ちょっと通して! ああ、もうどいてください!!」
ん……この声は?
声が聞こえてくると同時に、人だかりが割れて、そこからあの娘が出てきた。
「あなたは……」
「ヒナノちゃん」
アリシアとレンディは突然現れたヒナノに驚く。
「なぜあなたがここに……」
「今日僕、ルナさんと会ったけれど」
と困惑する思いを隠しきれない。
「ちょっと、二人とも! なにボーっとしてるんですか! ルミエラ様立てそうですか? はあ……もういいや」
ヒナノはルミエラ様に声をかけると、えい、とルミエラ様を抱え込む。
アリシアはその姿を、幼いころに絵本で見たことがあった。
「すいませーん、通ります。ルミエラ様を保健室にお連れしますので!」
ヒナノの言葉に、周りの生徒は戸惑いながらも、ヒナノをよけるように、さっと道を作った。
「ヒナノ、どうしてあなたがここにいるのかしら」
「ルナさん」
そして道の先にいたのは、ルナだった。なんか、ものすごい怖い顔で、ヒナノのことを睨んでいるけれど。
「今は、あなたとお話ししている暇ありません。今すぐ、ルミエラ様を保健室へお連れします」
「いえ、結構よ。ここからは私がお連れするから」
「……」
ルナの言葉を無視し、ヒナノはルナの横を通ってカフェテリアの出口へと向かう。
アリシアとレンディはヒナノを慌てて追った。
「ちっ」
そして、アリシアはルナとすれ違う瞬間、ルナが小さく舌打ちするのを聞いた。