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0.プロローグ


――聖域、竜の住処。地下室。



『我、我が身をもって召喚する……雪竜の名のもと、我、召喚する……今こそ、その姿を現せ……我らは雪竜に仕えし者、我が主の呼び声に答えよ……聖竜、我が呼び声に答え、その姿を現せ……』


五人の男女が声を揃えて、術式を唱え続ける声がこだます。彼らは、地面に描かれた魔法陣を囲むように立ち、数珠に雪竜のシンボルがついたものを右手に巻き付けていた。白いローブを身にまとい、右手に持つシンボルと同じ形をしたもの首からかけている。彼らの周りには足の長い燭台が置かれており、唱える言葉のリズムに合わせてゆらゆらと揺れていた。


『我、雪竜様にお仕えするもなり……かの竜に代わりこの身をささげるものなり……』


術者たちは何度も何度も術式を唱え続けているが、何かが起こる様子はない。それでも彼らは唱え続ける。


『我、我が身をもって召喚する……雪竜の名のもと、我、召喚する……今こそ、その姿を現せ……我らは雪竜に使えし者、我が主の呼び声に答えよ……聖竜、我が呼び声に答え、その姿を現せ……』


一時間、二時間……十時間ほど経っただろうか。術者たちの顔に疲労が表れているのがわかる。

失敗したのだろうか……。

セツリュウは動揺する姿を術者たちに見せてはいけないとわかっていても、その不安を顔に出しそうになる。それをこらえるために唇を強くかんだ。口の中に血の味が広がるのを感じる。それでも、セツリュウはかむ力を弱めることはできなかった。

その様子を見ていた、十代後半ほどの少女が口を開く。


「セツリュウ様、私にもやらせてください。術者は一人でも多い方が良いのでしょう?」

「だめよ」


少女の言葉にセツリュウは即座に答える。しかし、少女の言ったことは正しかった。この召喚術には、大きな力の源が必要となる。だから、術を唱えるものが多ければ多いほど良いだろう。だが、まだ若い彼女を犠牲にするわけにはいかない。


「あなたは大事な髪を捧げてくれたでしょう。それでもう十分なの」


セツリュウは、視線を術者たちから、短くなった少女の髪に移し、少女の頭をなでた。

十七年もの間、一度も切らなかった彼女の髪をセツリュウはためらいなく切った。申し訳ないとは思いつつ、それでも手段を選んではいられない。


「髪くらい、どうってことないです。髪はまた伸びますから」


少女は、セツリュウを見上げてやさしく微笑んだ。


「ありがとう」


セツリュウも少女に向かって、様々な感情が混ざった微笑みを返す。

しかし、周到に準備をしてもこの術が成功すると決まったわけではない。本当はセツリュウ自身が術式を行いたかったが、皆に止められてしまった。それなら我らが、と術式を行っているのが、かの術者たちである。


(私の守護者候補だった術者たち……)


この術式が成功しようが失敗しようが、彼らは……。

セツリュウは顔を伏せる。


「術式は成功するでしょうか?」


少女が不安そうな声で言った。


「ええ、それに――」

――大丈夫。


そう最後まで声に出して言うことはできなかった。確信がなかったからだ。


――例え失敗したとしても、その時は私の命をもって……。


と、セツリュウは言葉にしかけたが、さすがに守護者候補たちの前で、そして何よりセツリュウのことを慕っている少女を前に口に出して言うことはできなかった。

それからさらに二時間、合計十二時間が経過し、深夜の一時を回った頃であった。

魔法陣から白い光が放たれたかと思うと、立っていられないほどの揺れがセツリュウ達を襲った。数秒ほど揺れが続き、そのさなか、魔法陣が消滅していく。

守護者候補たちは地面に倒れ、微動だにしない。倒れた五人、それにセツリュウと少女。そのほかには誰もいなかった。


「そ、そんな……」


泣きそうな声を出しながら少女は、倒れている術者たちのもとにかけていく。

召喚の術式は失敗した。セツリュウは拳を強く握りしめる。聖竜を召喚することはできなかった。


「セツリュウ様!」


少女が名前を呼んでいる。彼女の様子から察するに、まだ息のある者がいるようだ。セツリュウはその者のもとに向かい、彼女の前で膝をつく。術者は苦しそうに、浅い呼吸を繰り返しながら、セツリュウのほうに手を伸ばした。セツリュウはその手を両手で優しく包みこむ。


「雪竜様……も、申し訳ございません……お役に立てず……」


術者はそう言って涙を流す。


「いいえ、あなたたちはよく頑張ってくれたわ。ほら、疲れたでしょう。もう、お眠りなさい」


セツリュウはそう言いながら術者の手を優しくなでる。

そして、セツリュウがねぎらいの言葉を言い終えるや否や、セツリュウの両手から術者の手が滑り落ちた。隣では少女がまるで幼子のように大粒の涙を流し、それを自身の手で必死に拭っている。

五人の亡骸を部屋の隅で整えた後、セツリュウは十二時間前と同じように、再び床に召喚術の魔法陣を描いていく。用いるのは竜の血だ。


「セ、セツリュウ様!?」


少女が驚愕した様子で、セツリュウの手から陣を書くための持っていた筆を取り上げようとする。


「リア、邪魔をしないで!」


リアと呼ばれたその少女は一瞬ためらいつつも、あきらめずに筆を奪おうとした。しかし、埒が明かないのとわかったのか、そばにあった竜の血が入っている小瓶を書きかけの魔法陣に向かって投げつけた。砕け散った小瓶から竜の血が流れだし、描きかけの魔法陣を汚す。


「なんてことを!」

「セツリュウ様、冷静になってください! 何のために守護者の方たちがその身を犠牲にしたと思っているんですか……あなたをお守りするためでしょう!」

「でも失敗した! 聖竜様を召喚することはできなかった! もう召喚術を行えるのは……それほどの力を持つのは私しかいないの」


リアがなんと言おうと、セツリュウは召喚術を行うつもりだ。それが亡くなってしまった守護者候補の人たちの想いを踏みにじるに等しい行為であったとしても。


「……だったら、私も一緒にやります……」


リアは何かを決心したように目つきで、そう言った。

セツリュウはリアを召喚の儀式に参加させなかった。なぜなら、彼女はまだ若いから。それに守護者候補でもない彼女を参加させることにためらいがあった。さらに、召喚術を行った術者は死を免れないだろう。召喚の魔法陣の図式を考えているときにそのことをほぼ確信した。セツリュウは、リアを失いたくなかった。もし、術式が失敗し聖竜が表れず、リアも死んでしまったら、セツリュウにはとてもではないが耐えられない。そんなセツリュウの考えを仲間が知ったら笑うことだろう。でも、リアは生まれたときからセツリュウのもとにいた。守護者候補のものでさえ、成人しないと竜のそばには置かないというのに。そもそも、セツリュウのような竜は守護者以外の人間をそばに置いたりしないのだ。リアがセツリュウとともにいる経緯がどうであれ、いつの間にかセツリュウにとってリアは大切な人となっていた。

リアの思惑通り、セツリュウはリアの言葉にたじろいだ。リアの言っていることは自殺行為と何ら変わらない。そんなことをすれば、ただ死ぬだけでは済まないかもしれない。もし、リアをそのような目に遭わせてしまったら、セツリュウは自分自身を許せなくなるだろう。


「リア、あなたは私に聖竜様とあなたを天秤にかけろって言うの?」


セツリュウは険しい表情で、リアを見つめる。一方リアは今にも泣きそうな表情でセツリュウを見たまま何も言わなかった。

そのまま何分見つめあっていただろうか。

突如、地下室の扉が勢いよく開いた、と同時に怒号が部屋に響き渡る。


「セツリュウ、てめぇ何しやがった!」


開いた扉の先には、若い男と女、それに初老の男性が一人立っていた。皆、一様に険しい顔をしている。


「シリュウ、なぜここに、それにコウリュウ……ヘキリュウ様まで」


セツリュウは突然の来客に驚く。そもそも、こうして四人が揃うことはまずないというのに。


「セツリュウさん……まさかあなた、何も知らないのかしら」


とコウリュウが顎に手を当て、体をねじりながら、あきれた様子でため息交じりに言った。


「空が白い光に覆われた後、各国で災害が起こりました。セツさんよ、何か心当たりがあるのではないかね?」


ヘキリュウも、冷たい声をセツリュウに向ける。

三対一の構図のまま、四人でだまって睨みあう。リアはセツリュウ様の背中の後ろで不安そうに様子をうかがっていた。


――何も知らないくせに。


「おい、セツリュウ!黙ってないで何か言ったらどうだ!」


「鏡……!」


セツリュウは何かを思い出したように、扉の前の三人を押しのけて、走り出す。


「セツリュウ、どこへ行く」


セツリュウは背後からする声を無視して、ここ地下から一気に最上階、聖竜の祭壇まで向かった。

息を切らしながら、祭壇へ入ると、セツリュウは祭壇に置かれている鏡を手に取った。

円形の直径二十センチほどのものだ。


「な、なくなっている……」


十二時間前、突然鏡にヒビが入った。この鏡は竜の鏡と呼ばれていて、竜の命が消えるときこの鏡は割れる。ヒビが入ったということは、竜が命の危機の陥っているということ。

だからセツリュウは、聖竜を窮地から救うために召喚の術式を行った。そして、今は鏡のヒビはなくなり、元のきれいな状態になっている。


「救うことはできたのね……」


ここに召喚することは叶わなかったが、聖竜の死を回避することができたようだ。

セツリュウは鏡を抱きしめると、静かに涙を流した。

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