彼氏が紅茶になってしまった
『紅茶になったから映画には行けない』
それが、デート当日に彼氏の流依から来たメールだった。何を言ってるんだお前は。
仕方がないので、私は流依の家に向かう。中学のときに知り合ってもう五年だ。こういうことにも慣れた。
「あらあら、よく来てくれたわね。ごめんね、流依がこんなんになっちゃって」
こんなん、と言いながら流依のお母さんが手に持ったカップを振る。
「やめろ! こぼれる!」
カップが喋った。
流依のお母さんは、意に介さず話を続ける。
「メッセージを送ったの私なのよ。映画を楽しみにしてたんでしょう? せめてペットボトルとかだったら持ち運べたのに、全く流依は気が利かないわよね」
「災難は選択制じゃないんだよ」
流依はため息混じりに言う。とても息など吐けそうにない外見をしているというのに。
「満月の次の日にデートを設定した時点で、こうなるかなとは思ってましたし。紅茶に変身するのは斬新ですね」
流依は満月や新月の次の日に何かしらの災難に巻き込まれる。そういう体質らしい。彼の家族はそんな体質では無いのだから、かわいそうなものである。
「とりあえず、この子を預けるわね。私は仕事に行ってくるから」
カップを差し出される。紅茶状態の流依を渡されても、一体どうしろというのか。
一応受け取ると、小声で流依のお母さんは言う。
「……味が薄くて、あんまり美味しくなかったわよ」
「聞こえてるぞ」
流依のお母さんを見送って、とりあえず流依をレンジにかける。
「暑っ。お前も飲むのかよ」
「流依味の紅茶を飲めるのは今しかないからね。減るもんじゃないし、いいでしょ。あ、飲まれると痛かったりする?」
他の人が飲んだのに、彼女たる私が飲めないのは悲しい。
「痛くはないけど。人をレンジにかけるのにためらいが無さすぎだろ」
「ぬるいのはちょっとね。最高の状態で飲みたいじゃん」
味が薄かろうが構わない。どんな紅茶でも私は受け入れる。
そう思って、私は流依に口をつける。
「甘っっ」
一口だけ飲んで、流依をテーブルに置きながら叫ぶ。
全然、薄くなどなかった。むしろ濃い。めちゃくちゃ甘いのに、美味しい。甘い飲み物は苦手なのに。少し柑橘っぽい味もする。
もっと飲みたいような、ここで止めておきたいような。
「だろうな」
流依が知ったように言うのが悔しい。だから、私はさらに二口飲む。
ちょうど次の日が身体測定だった。流依は十二ミリ縮んだらしい。少し恨めしそうな目で私を見ている。
身長が九ミリ伸びた私は、もう少し飲んでおけばよかったかもしれないと思う。