最後の勅書
後漢の皇帝、献帝。
許陽の都の自室で、ひとり苦悩していた。
曹操に妻子を殺され、宮中に味方はほぼいなくなった。
そして曹操を魏の国の王位につけてしまった。
いよいよ自身が帝の地位を追われるだろう。
その日が迫っていることを、ひしひしと感じていた。
家紋 武範様主催の三国志企画の参加作品です。
鈴を鳴らすまでは誰もこの部屋に入るな、朕は臣下にそう命じていた。
朕は一人だけの部屋で椅子に腰を掛け、ため息をついた。
三年前、朕は曹操の求めに応じて彼が魏王になることを認めた。
朕は脅しに屈し、皇族ではない者に王位をあたえてしまった。
先の漢中の戦では、曹操は第一の家臣である夏侯淵を失い、漢中には劉備が入った。
劉備は民衆や家臣から漢中王の座に就くことを請われ、即位したという。
生真面目な彼のことだ。朕の許しなく王位につくのはためらったのであろう。漢中では、朕が曹操に殺されたという噂も流れたようだ。その噂が彼を決断させたのかもしれない。
彼は傍系とはいえ、漢王室の血を引く者。曹操とは話が違う。朕はうれしかったのだ。
劉備の軍師から届いた上奏文を見て少し笑みが浮かんだ。
軍師殿は朕が生きていることを確信していたようだ。
机の上の書き物に目をやった。
劉備玄徳に対する勅書だ。漢中王になったことを祝うと共に大司馬に任ずと記している。
しかし、これを届けることは不可能であろう。
劉備が漢中王と称することを曹操が認めるはずがないのだ。
信頼できる僅かの腹心に勅書を持たせたとしても、生きてこの許都から出られるとは思えないのだ。
家族はみな殺された。
母は朕が幼少の頃に毒殺された。
董卓が専横していたころに祖母も、兄も殺された。
そして妻も子も曹操に討たれたのだ。
朕はお飾りの帝だ。力など何もない。
多くの民が戦乱で苦しんでいるのをただ見ていることしかできぬのだ。
帝の位は曹操かその息子に渡す日がくるであろう。
曹操の娘を妻に加えてはいるが、その子が帝につくことはおそらくない。
高祖・劉邦から四百年続いてきた漢王家もこの代で終わる。
「すべては……手遅れか」
「いえ、まだ間に合いますぞ。陛下」
誰もいないはずの部屋で声が聞こえた。
貧相な男がそこにいた。昔から知っている占い師だ。
「来てくれたか。もう会えぬものと思っていた」
「念入りにお人払いをされておりましたな。察するところ、わたくしめにご用があったのでは」
朕は机にある詔書を巻きつけると、占い師に差し出した。
「これを蜀の劉皇叔に届けてくれ。残念だが、他の者には任せられぬ。そなたにかつて教えてもらった天下三分の計。朕もそれに賭けてみたい」
天下三分の計。強い三つの国が互いにけん制し合うことで、平和な世となる。
その三つの国の上に帝たる朕が立つ。これまで夢見ていた理想の世界だ。
そのためには劉備をまず正式な漢中王に。
この身にもしものことがあっても、劉備がなんとかしてくれる。
「かしこまりました。陛下。確かに劉備どのにお届けいたします」
占い師は勅書を懐にしまい込み、一礼して下がる。
音もなく、すぅっとその姿が見えなくなる。
「……まかせたぞ、管輅……」
三国志は、昔NHK人形劇をよく見ていました。
漫才師の紳助・竜介が演じる紳々&竜々がよかったです。なぜか彼らは歳をとらないようで。
人形劇では『第54回 玄徳王位に即く』の、左慈と管輅の仙術対決シーンが好きです。
今回のお話は、管輅は自分の死期を予知しており、最後のご奉公という設定です。
劉備が漢中王になったのが西暦216年だとすると、209年生まれの管輅の年齢は……
……え? 7歳? あう。 orz
横山光輝先生、この時期の管輅っていったい何歳ですか?
需要があるかはわからないですが、三国志の簡易マップを作成しました。
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