御令嬢御用達! 近接航空急降下郵便配達おじさん
「飛べる豚は、もはや豚じゃねえ」
「──帰りに牛乳買ってきて」
一方的に妻との通信魔法が途絶える。
「ふっ。素直じゃね~な」
もしこの世に魔法があったなら、それを探求する事もまた科学である。
魔法を科学し、産業革命が起き、戦争が起き、紆余曲折があってやっと平和な時代が訪れ、そして便利な世の中になったこの異世界では、今、Manazonや苦天などといった通販サイトでの買い物が人気である。
しかし、その郵便物を配達する事の大変さは想像を絶する時代となった。
かつて地上の通信魔導師が要請し、要請に応じた航空魔導師がピンポイントで魔法をお届けする戦いの時代で編み出された近接航空魔法支援の技術は、郵便配達と言う民間の事業に於いて立派に応用されている。
俺は業務委託される身。
しかし時給と言う時間裁量制の奴隷ではない。やればやるほど稼げるし、疲れたなら取る仕事量を減らせばいい。俺は空飛ぶ鳥たちの様に、自由なのである。
「──ちょっとおじさん!? 緊急よ! 私の手紙をあの人に今すぐ届けて欲しいの!」
「妻の牛乳買っちゃいましたが……」
「知らないわよそんなの! はやくなさい!」
便利になった世の中、マナフォンを使えばすぐに気持ちを伝えられる時代になったのに、なぜ御令嬢は手紙と言う手段に頼るのか? そこに拘るのか? 上空1000メートルから地平線を拝んで大気を吸い考えると、なぜだか不思議と何となくわかる気がした。
──これぞロマンだろ。俺は急降下を開始する。
『お伺いで~す!』
と言う意味を持つ急降下時のサイレンは、かつては恐怖のサイレンであった。このサイレンを聞けば地上の敵兵は茂みに隠れて災禍が去るのをじっと待ったもんだ。しかし今じゃ、このサイレンを聞いて委託者は配達物の出荷準備を行う。随分平和になったもんだ。
御令嬢はバルコニーにピンクのパジャマのまま現れる。手には手紙を持っている。その手紙には気持ちがぎっしり詰まっているのだろう。まさかモーツァルトの手紙みたいに変なこと書いてないよな? とか、俺は野暮な事を考えつつもバルコニーにふわっと着陸する。御令嬢は言う。
「何があっても届けるのよ!? 気を付けてね!」
「──畏まりました」
俺は再び飛ぶ。急上昇する。発送先は度重なる依頼で熟知している。
だが、平和になった今の時代でも制空権の確保には努力が必要であった。今の俺は政財界の弱点を鞄に詰めている。この機密情報を欲しがる週刊誌は、航路の途中で伏兵を張り巡らせて待っているのだ。
「──カラスめ」
「来たなルーファス! ここであったが百年目! その鞄をよこせこの野郎!」
「取れるもんなら取って見ろ! 力づくでな!」
「良い度胸だ! 吠えづらかくなよ!」
すれ違う俺たち。かつての戦友は、今は敵同士である。始めっから気に入らなかったあの野郎は、今では鼻につく糞野郎だ。没落貴族のお坊ちゃまは、空のパパラッチに身を落として金になるゴミ袋を漁るカラスとなっていた。
空戦機動する俺達。その軌跡を描けばまるでリボンの様になるが、そんなメルヘンチックな状況ではない。運動エネルギーは位置エネルギーに。位置エネルギーは運動エネルギーに。激しく錐揉みするその機動は、激しくお互いのエネルギーを奪いあう。隙を見ては直線で速度を稼ぎ、上昇して死角の頭を上空から抑える。
あいつの癖は熟知している。またも敵機を見失って、とりあえずの上昇を開始するあのカラスに、俺は背後の六時を取った。
「貰った!」
「しまっ──」
緊急安全装置が作動する。睡眠魔法の直撃で昏倒したカラスはいびきをかきながらゆっくりと落下していった。
「お前の敗北は、また夢オチとなったな」
鼻をこする俺。日は落ち姿を現すミルキーウェイ。銀河の輝きが俺をいざなう。そして俺は宮殿の一室の窓に、そっとノックした。ヌシは笑顔でそれを受けとると、俺は去る。
やれやれ、今晩は間違いなく御冠だな……。どうするか?
俺は鼻で現状を笑った。
三十分で殴り書いた。反省はしていない。




