73話_side_Mil_貴族学生寮_ミリティア私室
~"もう一人の転生者"ミリティア~
「それでは、第五回レクティア会議を開催します」
勝手知ったる態度で私の部屋のソファに腰掛けていたレックスは、私の宣言に対して微妙そうな顔をした。
「やっぱりその宣言は毎回やるんだな」
「様式美って言葉知ってる?」
なんだかんだでこの会合というか逢引きというか謎の集会も五回目だ。
基本的には原作でイベントが起こるタイミングに合わせて私が招集してるんだけど、微妙な顔をしつつも毎回ちゃんと付き合ってくれるレックスは相当律儀だと思う。
大抵は私が今後の展開を語って、レックスに方針を話して意見を貰うっていうそれだけの内容だ。これは単なる私の甘えである。私って前世も含めて社会に出た経験がなくて、殆ど『責任』というものを負う立場になったことがないから。
要は、自分の一存で方針を決定するのに不安があるのだ。
だからレックスには私の我儘に度々付き合わせて申し訳ない気持ちがある一方で、この会合をそれなりに楽しみに思っている私が居るのも事実。オタクって自分の趣味の話になるといきなり饒舌になる人多いけど、私も例に漏れず、レガリアの話が出来るだけで嬉しいのだ。
ただ――、
「もしかすると、この会議もだんだん無意味になってきてるのかもね」
「それは、原作の知識が役に立たなくなってきてるからか?」
「というより、今後そうなる気がしてるから、かな」
先日のゴーレム騒動は記憶に新しいし、それに原作では既に死んでいるはずのリタだって生きている。もしかして、という思いが拭えなくて今にもリタが原作通りに死んでしまうのではと危惧し続けていた私達だけど、流石にここまで来ると理解せざるを得ない。
彼女の死亡フラグはとうの昔に叩き折られていたのだと。
となれば、言ってしまえば今後リタが関わってくる出来事は、自然と全てが原作とは違うものとなる。つまりは私達が、ひいては主人公であるミアベルがリタの友人である以上、もう以降は原作通りの展開にはならないのではないか。
というようなことを語ると、レックスは「一理ある」と言った。
「てことは、貴方の考えは違うの?」
「そうだな……」
私の問いに、レックスは少し考えてから口を開いた。
「実のところ、俺はマルグリット嬢の生存は然程原作に影響しないのではないかと思う。今のところは、だが」
「?……なんで?」
「彼女が原作知識を持っていないからだ」
そんなの当り前じゃないか、と私は混乱する。
レックスは彼自身も内容を整理しつつ、みたいな雰囲気で続ける。
「ここから行くか……ミリティアさん、俺は実は、俺達のような人間はわりと居るんじゃないかと思ってるんだ」
「私達のようなって、前世の記憶持ちってこと?」
「ああ。勿論かなり珍しい存在ではあると思うが、少なくとも俺達二人だけが特別で、他には誰も居ないとは考え難い」
レックスの言葉に、私の脳裏にチラリと白い影が過る。
「検証のしようもないから、本当に俺達だけという可能性も勿論ある。これから言うことは俺の個人的な推測で、碌な根拠もないものだとだけ覚えておいてくれ」
「ええ」
「俺は少なくとも転生という現象に俺個人の資質が関与したとは考えていない。つまりは俺が『神のような何か』に資質を見出されて選ばれたわけではなく、言うなれば落雷に直撃するような確率でたまたま俺だっただけなのだろう、と」
私は頷いて先を促す。
「その考えで例えば世界中……というと想像し難いか。日本中に雷が落ちて、無作為に被雷した百人が転生したとしよう。ではその内の何人が『夜明けのレガリア』という作品を知っているのか、という話だ」
意外と多いんじゃないかな、と私は一瞬思うものの、すぐに考え直す。
あれだけ流行った作品だから、タイトルだけは知っているという人なら幅広い年代にそれなりに居ると思うけど、内容まで知っているとなると大幅に数を減らすだろう。そしてレックスが最初に言いかけた通り、世界規模で考えれば更に母数は多くなるのだ。
「原作を知らない転生者がたくさん居るってこと?」
「かもしれない、だな」
「でも、それならなんていうか、時代にそぐわない知識とかで台頭してくる人がもっと居るんじゃないの?」
「俺はそうは思わない。前世で真面な立場に立っていた人間であればあるほど、下手な真似は慎むだろう。何故なら前世の記憶があるなどと吹聴したところで変人扱いか、悪ければ異常者だ。個人で世界を変えるほどの技能や知識を持っている者なんてそうは居ないだろうし、そんな人物が作為的に選ばれて転生しているなら俺などはこの場には居ないし、無作為だったら都合よくそんな人物が選ばれはしない」
「そんなものかしら?」
「映画や小説じゃあるまいし、前世の記憶を持った一個人が出来ることなんて精々、自分の今世の暮らしをちょっと良くする程度だと、俺は思うな」
サブカル脳ですみませんね。でもここ漫画の世界ですけど。
「そもそも前世の知識や技術を持ち越して生まれてきたとしても、この世界の水準ではそれを正しく運用する下地が無いのだから、どうしようもないことのほうが多いだろうな」
「それは、確かに」
「俺と貴女が同時代の人間であるのがたまたまで、例えば俺達にとって過去や未来の人間が転生して今この時代に生まれてきている可能性もある。逆に俺達と同時代の人間がこの世界の過去に生まれていて、そこで自分の暮らしをちょっと良くした結果、それが現在で有力な家系の祖となっている可能性もあるな。どちらにせよ、おそらく実証のしようもないことだ」
滔々と語られる言葉に、私は圧倒されるしかない。色々考えてるんだなぁ、なんて暢気に構えている私のほうが考えなし過ぎるだけかも。
前置きはさておき、とレックスが言う。
「そうやって潜伏する転生者がこの世界にもそれなりに居るんだろうな、と仮定したものの、実はこの仮定には然程意味がない」
「はい?」
「何故なら、俺達は彼ら彼女らの存在に基本的に気付けない。前世でなにをしていたどんな人物であろうとも、原作を知らない人物が原作に対して目に見える影響を与えることはないと考えている。つまり、原作を知っていて、敢えてそれに沿わない行動をしない限りは、ということだが」
それがレックスの持論であることはわかったが、そこが解らない。
原作である『夜明けのレガリア』に転生者という概念が存在しない以上、この世界に私達の他に転生者が存在するとして、それらは間違いなくイレギュラーだ。それこそ、イレギュラーが行動すれば、それ即ち原作に沿わない行動ではないのか。
「俺がそう考える最大の根拠は、俺自身の存在だ」
「レックス自身?」
「俺が現在ミリティアさんの部屋に居るのは原作に沿わない行動だろう。何故そうなったのかと言うと、原作を知るミリティアさんが俺に伝えると言う行動をとったからだ。それは逆に言えば、だ」
レックスは意味深な視線を向けてくる。
「俺という人間が原作のレックスとは違うものなのは確かだろう。だが、貴女が俺に話し掛けなければ、おそらく俺の行動自体は原作のレックスと同じ流れを辿ったハズなんだ。中身が違っているにも関わらず」
「あ……」
「俺は原作レックスのようにミアベルに惚れているわけじゃないが、だがあの子を大切に思っている。動機は違えど、きっと彼女を守るために戦うし、彼女が魔王に挑むのなら共に行こうとするだろう」
「そしてそれは、表面上は原作のレックスの行動と殆ど同じになる」
「そうだ。これは俺の経験談だが、前世の記憶を自覚したその時に、ここが『夜明けのレガリア』の世界であると理解出来ているか否かの違いは相当大きい。貴女のように自覚出来ていればこの世界は前世の延長線上だ。俺のように自覚出来ていなければ、ここは別の世界、別の人生だ」
それは、原作の存在を知らないままにこの世界で十数年を過ごし、そして私に出会ったことで認識を変えられたレックスしか理解しえないパラダイムシフトだ。
例えば、戦国時代を生きていた武将が現代に転生したとして、ならば現代で天下統一しようとなるだろうか。人によってはなるのかもしれないが、普通に考えれば、転生後の時代でもう一度成長する過程でその時代に適応せざるを得ないだろう。無論、生きていくために、だ。
そしてその武将は現代を生きていく中で、現代に見合った新たな目標を立てていくのだろう。それが前世の夢である天下統一であったとしても、成し遂げる方法は戦国時代と同じわけにはいかない。仮に現代的な方法論で天下統一を成し遂げたとして、しかしそこに前世の記憶というのは単なる動機以上の関わりを持ち得ないのだ。
原作知識を持っている私は、言うなれば未来を知っているということ。本来であればレックスのように、別の世界で別の人生が始まった現状を受け入れて、今世での生き方を模索していくところが、私の場合は未来を知っているので模索する必要がなかったのだ。
その他大勢の転生者はその模索の過程でこの世界に順応し、意識することなく原作に沿った行動を取らざるを得なくなる。何故ならば成長する過程で関わる人物は、両親や兄弟、周囲の人々は皆前世の記憶など持っていないのだから。原作に沿わない行動を意図して行えるのは、故に原作を知っている者のみということだ。
「それはマルグリット嬢にも言えることで、彼女が生きていて変わることは、原作の登場人物が一人増えるだけで大筋は変わらない気がするんだ。無論、彼女の生存そのものが影響を与える出来事は変わってくるだろうが」
原作で『悲劇の姉妹』と呼ばれた、リタの姉であるユーフォリアの死亡イベント。あれはリタの生存によって大きく形を変えるか、あるいはイベントそのものが消えるだろう。
だがそれ以外は?
来週に控えた夜会のイベントがリタの生存で変わるかと言うと、たぶん変わらない。夜会の参加者が一人増えるだけ、ということだろう。そこでリタが生きてるからユーフォリアが原作よりも元気だとか、リタが庇うからミアベルへの嫌がらせが少し減るとか、そういう些細な違いが出てくるとしても、原作の流れは変わらないだろう。
「俺の勝手な推測がそれなりに正しいとすると」
レックスはピンと指を立てた。
「逆説的に、原作と乖離したイベントの背後には、必ず俺達以外の転生者の関与がある」
「ゴーレム事件ね」
「俺と貴女があの事件の黒幕でない以上、少なくとも一人、原作を知っている転生者が居るのだろうな。勿論、まったく気付かぬうちに俺か貴女があの事件を引き起こすきっかけになっていた、という可能性も否定は出来ないが。まぁないだろう」
レックスの推測は仮定だが、敢えて変えようとしない限り原作の流れは大きく変わらないという説は正しく思える。
だって、そうでなければこの時点でもっとはちゃめちゃになっていなくてはおかしいから。原作と乖離するしないの議論が成立していることがまずおかしいとなってしまう。
バタフライエフェクトは存在しないのだ。
そして、持論を展開したレックスがなにを言わんとしているのかが、ようやくわかってきた。
「ミリティアさん。俺は厳密には原作を知らない」
「ほぼ、ね」
「ああ。ほぼだな。だから、俺が持っている原作知識とはほぼ貴女から教えてもらった内容だけだ」
真剣な面持ちで、彼は言う。
彼の持論が告げる、もう一面での真実がある。
原作を変え得るのが原作知識を持つ者だけだとすれば、原作の流れを明らかに捻じ曲げている人物は、やっぱり転生者なのだ。
「だが、教えてもらった内容だけでも。それしか知らない俺でもわかることがある」
「…………」
「貴女の語るそれと、彼女の振舞いはあまりにも違い過ぎる」
「…………」
「なあミリティアさん、やはりアシュタルテ嬢は」
「レックス」
名を呼んで、彼の言葉を強引に遮る。
口を噤んだレックスに、私は固い声で告げた。
「私は、ミアベルを勝たせると決めたの」
「……ミリティアさん」
「もう、決めたのよ」
私がそれだけを言うと、レックスは少し黙り込み、ややあって嘆息気味に口を開く。
「……わかった。もう言わないよ」
「ん」
『夜明けのレガリア』という作品は、前世の私にとって唯一の楽しみだった。
大袈裟に言えば、生きる希望ですらあった。
原作も続編も設定資料もアニメも映画もファンディスクも、全部全部網羅したし、人一倍詳しい自信があった。尤も、私自身の学がお粗末だったせいで理解出来ない内容もあったし、そういうのは流石に覚えていられなかったけど。
誰よりもあの漫画が好きだったのだ。
大ファンだったのだ。
だから、つまり、その私が気付かないはずがない。
プリムローズ・フラム・アシュタルテの中身が、私の知るそれとは決定的に違う『誰か』であることに。
最初は、気のせいだと思った。
次は、気の迷いだと思った。
そして、そうでなければいいのにと願った。
私はプリムローズが転生者であるかどうか、確かめたい気持ちはあったが、実はそうだったとして彼女と仲良くなりたいとは少しも思わないのだ。本音を言えば、きっと確かめたくすらもなかったのだ。
もっと厳密に言えば、ミアベルの味方をするのだと、彼女を勝たせるのだと心に決めたあの瞬間から、私のスタンスは決まったのだ。だからプリムローズには一切関わりたくないのである。何故って、見れば見るほど、彼女が『違う』と気付いてしまうから。
私は、彼女が原作通りのゲスロリだったら良いのにと、心の底から思っていたのだ。
(…………そうよ。決めたのよ)
前世でなにも為せなかった私だから、今度こそ、己の意志を貫いて見せると。そして生きて見せると。
原作においてミアベルとプリムローズは対照的に描かれる。
光と影。正義と悪。未来と過去。進化と停滞。そして、生と死。
ミアベルとプリムローズは対の存在なのだ。つまりは二人で一つなのである。中庸の存在が二つに別れたからこそ、彼女達はこれほどまでに対照的なのだ。だとすれば、ミアベルが魔王と対峙する勇者の素質を持つ者である以上、プリムローズとて同じなのだ。
では、二つに別たれた力で、魔王の打倒が叶うのか?
答えは否である。
原作において、魔王戦の前座にプリムローズ戦を持ってきたのは、意味があったのだ。
二つに別たれてしまった勇者の力をあるべき姿に戻す方法はただ一つ。
どちらかが、死ぬことだ。
ミアベルが魔王を打倒するために必要不可欠なプロセス。それはプリムローズの死だ。
私はミアベルを勝たせると決めた。
それ即ち、プリムローズを殺すと決めたのだ。
だから、彼女が原作通りの外道ならば良かった。
ミアベルにその正義のあるがままに打倒されてくれる存在であれば良かった。
間違っても、自分と同じ境遇の人間であって欲しくはなかったのだ。
「彼女は、原作を知っているのかな……」
「どうだろうな」
レックスは空気を読んで濁してくれるが、彼の持論に則って言えば、知らないはずがないのだろう。
だとすれば、彼女はどんな思いでこの学院に居るのだろうか。
遠からず自らが死に至る、という未来が見えている人生。
私も、それを嫌というほど知っているのだ。
・2021/11 細部の描写を修正。




