71話_side_Pr_黒い森
~"転生令嬢"プリムローズ~
いやぁ……花火って、いいよね。
などと感慨深く噛み締める現在地は黒い森上空。転神を使用したアンジュモードである。
眼下の観測所から見覚えのある炎魔法が迸ったものだから、ついついサービスしてしまった。あれって見覚えのあるクロトくんの魔法だろうから、きっとその場に班員のマルグリットちゃんも居たのだろう。この高度からは流石に顔までは見えないが。
強引な手段で私を呼び止めたクロトくんの意図をなんとなく察して、その場で即興のファイヤワークスを実演してみたのだ。
まさか、異世界まで来て自分自身が花火になる日が来るとは。
人生ってわからんね。
と、そんな経緯で若干ほっこりしながらも、今日も元気に魔物をコロコロしますかぁ、と高度を下げて森へと侵入した私は、しかしすぐに脚を――というか翼を止める羽目になった。
人間、あまりにも理解不能な状況に遭遇すると、脳が咄嗟に仕事をしなくなるらしい。
「…………え?」
「あ~~~~、んぁ?」
滞空する私の視線の先には、大木の下で地面に張り出した適当な根っこに腰を下ろした、一人の男の子の姿が。
サバゲーでもやってそうなちょっとした野戦服染みた格好のその子は、今まさに大口を開けているところであった。
彼の片手には、どう見てもカップ麺にしか見えない何かが湯気を上げていて。
そして彼のもう片方の手にはフォーク。
つまり、謎の男の子が黒い森の中で堂々とカップ麺を食べようとしている現場に遭遇したのである。
「…………」
「…………」
「…………あの」
「ん!?お、おう」
「なにしてるのか訊いてもいいかしら?」
「なにって、見りゃわかるだろ?ヌードル食おうと思ってさ」
気を取り直して美味そうに麺を頬張る彼を私が眺めていると、何を思ったのか彼はおもむろに自身のバックパックに手を突っ込んであるものを取り出した。
「アンタも食うか?こんなこともあろうかと!余分に持ってきてたんだ」
「えっいいの?」
特になんも考えずに受け取っちゃう私もどうかと思うけど、なんだこの子。
顔立ちは結構若い。まだ幼さの残る感じで、おそらくは同い年くらいではなかろうか。深い紺色の短髪に、翠掛かった瞳の、整った面立ちの男の子だ。精悍と言うよりは無邪気そうな、憎めない雰囲気があって、よく見ると細かな傷痕が散見される活発な印象である。
適当に腕まくりした野戦服は着古されているようで、ボディバッグタイプのバックパックを背負っている。
傍らの木の根っこには少年の身の丈ほどもありそうな巨大な刀剣が突き立てられていて、そのクレイモアが彼の獲物なのだろう。
なにはともあれ私は受け取ったカップ麺に魔法でお湯を注いで蓋をする。
彼の近くに降り立って三分を待つ傍ら、周囲を観察してみた。
「すごい高度な結界を使うのね」
「そうか?普通だろ」
あ、これ自覚ないタイプだ。と私は悟った。
主人公ちゃんと同じ天才肌な人種だろう。
これだけ高度な結界を気負わず使えるだけの実力があるからこそ、黒い森の真っ只中でカップ麺を食べるなどと言う暴挙に及ぶのだろうけど。
私が結界に気付くことなく侵入出来たのは、単に人間を弾く設定になっていないからだ。ほぼほぼチート生物の私だけど、分類的には一応人間なので。
「ほい。ねーちゃんフォーク」
「ありがと」
彼からフォークを受け取り、私は手の中のカップ麺をお湯が零れないように注意して持ち上げてしげしげと眺めてみる。
へぇー、この世界にもこんなのあるんだぁ。
元の世界のそれとは当然だいぶ違って、食品表示とかバーコードとかは存在しないけど、パッケージの言語を見るに東方の国々で流通しているものらしい。ちなみに中身はちゃんとラーメンだ。私が覚えてないだけで、きっと原作にも出てきたんだろうなぁ。
原作においては作者がその場の思いつきで登場させたであろうアイテムとかも、こちらでは当たり前だけど存在するに妥当な背景とかがちゃんとあって、そういうの調べてみると結構面白い。勿論、原作者が背景までちゃんと考えて登場させていた可能性もなくはないけど。
警戒心よりも物珍しさと懐かしさが勝って、ほいほい誘いに応じてしまった。
三分って意外と長いなぁと思いつつ、もぐもぐと麺を頬張る少年に問い掛けてみる。
「お姉さんアンジュって言うんだけど。貴方は?」
「俺?俺はルーク。ルーク・トレーゼ・ダンクーガってんだ。よろしく!」
「あらまあ」
ダンクーガと言えば、この国では――というかこの世界では特別な意味を持つ家名だ。
それは今より三百年前、魔物の親玉である『宵の魔王』を討伐した勇者が率いたパーティの一員を示す名前だ。勇者のパーティは本人を含めて六人の編成だったと伝えられていて、その内の一人がリヒティナリア王国出身の『剣聖』ダンクーガである。
称号の通り卓越した魔法剣士であったとされるダンクーガは、魔王戦後にその栄誉を讃えて、王家から特別な爵位を与えられた。
それがこの国に一家しか存在しない爵位である『英雄伯』だ。
つまり目の前の彼はダンクーガ英雄伯家の人間であり、古の英雄の末裔だということだ。
そんでもって、
(そういえば居たなぁ……こんな子)
もはや恒例となりつつあるが、役に立たない私の原作知識が、本人と会うことで漸く仕事をする。
彼――ルーク・トレーゼ・ダンクーガは『夜明けのレガリア』の原作登場キャラだ。立ち位置的には準レギュラーとでも言うべきだろうか。メインキャラとは少し距離を置いていたような立ち位置だった気がするが、英雄の末裔と言うキャラ設定と、その名に恥じぬ圧倒的な実力で以て強烈な存在感を放っていた存在だった、はず。忘れてた私が言うのもなんだが。
性格は陽気で無邪気で人懐こく、主にお姉さんの読者層から人気の熱いキャラクターだ。
「ダンクーガ英雄伯の長男ね。てことは貴方、一年生じゃないの?」
「年齢的にはそうなるかな」
「学院に居たっけ?」
間違いなく居なかったと知っているが、訊くだけ訊いておく。
ルークくんは「うんにゃ」と首を振った。
「ちょっとトラブって入学に間に合わなくてさ。今度の夜会だかなんだかで編入のお披露目なんだとよ」
ちょっとだけ不本意っぽく口を尖らせて言う。
たぶん、入学に遅れたことが不本意なのではなくて、入学そのものが不本意なんだろうな。
ともかくそんな感じの経緯だった。
流石に英雄伯家の長男という肩書があるので、ルークくんの動向は貴族社会でもそれなりに注目されているのだ。年齢的には今年の入学生になるはずだったのだが、どうやら新入生の中にダンクーガの名前がないらしい、と一部で噂になり、彼は学院には通わないものと思われていたのだ。
既に現役の『討伐者』として魔物狩りで生計を立てている彼なので、今更学院に通わなくとも不思議ではないと。
英雄伯家は爵位を持っていても性根が貴族ではないので、見栄とか風聞とかまったく気にしないし。
初代英雄伯が言ったとされる『剣の望む場所こそ我が領地』を代々実践し、特定の領地を持たず戦場を渡り歩く壮絶な一族なのである。
なので学院になど通う道理なしかと思いきや、蓋を開けてみれば、その本業のほうでトラブルがあって入学式典に間に合わなかったというだけのオチなのだが。
どこぞの付き人くんも同じような理由で遅れて入学して来ていたし、わりと珍しいことでもないんだよねそういうの。
だがしかし、である。
「夜会って来週よ?なんで今、貴方が黒い森でカップ麺食べてるのよ?」
「そりゃあ、準備のために一週間早く来たからさ」
「うん」
「うん……って、え?」
「いや、じゃなくて、だから?」
「え?いやだって、新居に着いたらさ、周辺の散策とかするだろ?」
「するけど……あ。あーはい、理解した」
つまりなにか、新居に越してきて『周りにコンビニあるかなー?』くらいのノリで黒い森に乗り込んできたわけかこの子。
流石英雄伯家だ。発想がクレイジーにぶっ飛んでる。
百歩譲ってそれはわからなくもないとしても、だからって。
「よくこんな場所で食事しようと思うわね」
「だって、動いたら腹減るだろ?」
「横着しないで、帰ってちゃんとしたご飯食べなさい。成長期なんだから。健康にも悪いし、カップ麺ばっか食べてちゃダメよ?」
「ねーちゃんだって食おうとしてんじゃん」
「それはそれ。これはこれよ」
ついつい説教っぽく言ってしまうと、ルークくんはからからと笑って「はいはい」と答えた。
「つってもさ、『討伐者』やってると黒い森で飯食うなんて日常茶飯事だぜ?」
「そういえば貴方、御父君のクランに参加してるんですっけ」
討伐者というのは職業だ。
簡単に言えば黒い森の魔物を討伐して生計を立てている人間のこと。互助組織である『討伐者ギルド』を通して斡旋された依頼をこなす一種の傭兵でもある。
それから『クラン』というのは討伐者の集まりを示す言葉だ。有力な討伐者や、あるいは貴族などが旗印となって、一定の戦力単位として討伐者を運用するシステムのことである。ルークくんの場合は、彼の父親である現英雄伯爵がリーダーを務めるクラン、その名も『剣の誓い』に所属して活動する現役討伐者というわけだ。ちなみにダンクーガ家の人間は殆ど全員がそのクランに所属しているというのはわりと有名な話だ。
なお、いかに魔物討伐で生計を立てて黒い森に入り浸る討伐者界隈と言えど、森の中で平然と食事をするようなイカレポンチはごくごく一部の例外であるとだけ言っておこう。
私の言葉に、ルークくんは嬉しそうに笑う。
「おう!『剣の誓い』!ねーちゃんも一緒にどうだ?」
「お誘いは嬉しいけど、もう別のクランに入ってるから」
「まじか!てかやっぱ同業者か!普通にヌードル受け取った時点でそんな気してたけど」
カップ麺基準で判断しないでほしいなぁ。
一応言っておくと、私は確かに討伐者のライセンスを持っているが、殆ど活動らしい活動もしたことがないペーパードライバーみたいなものだ。
所属クランは『ホワイトファング』。名前からお察しの通り『ヴァイスヤークト』のフロントクランである。
私が設立してハイメロートが隊長を務める特務部隊『ヴァイスヤークト』は、主にアシュタルテ侯爵領において帝国軍からの侵攻を秘密裏に撃退する役目を担っているわけであるが、当然親愛なる隣人は四六時中訊ねてきてくれるわけではない。アシュタルテ侯爵家の人間は全員がそれぞれの私兵部隊を持っているが、領内の治安維持や帝国対策などにおいて主体となるのは基本的には頭首――つまりお父様の麾下部隊となる。お父様麾下の実働部隊と、お母様麾下の諜報部隊は常に活動していることになるが、子供である私やお兄様達の麾下部隊は両親からの情報に従って都度行動するスタイルだ。
つまり、お父様からの指示がない限りは行動しないということだ。かと言って、あれだけの戦力を待ちぼうけさせておくのも勿体ない話なので、任務外の時分には討伐者として活動させて運営資金の調達や練度維持、連繋訓練などさせているのだ。
なお、私は『ホワイトファング』ではなんら役割を持たないヒラ団員である。ほんとに籍を置いてるだけ、みたいな。
そうこうしているうちに三分経過。
私はわくわくしながらカップ麺の蓋を開けて、フォークを構えた。
カップ麺と言えば、私自身はそれほど拘りがあったわけではないのだけど、彼氏が好きだったんだよなぁ。あんちくしょうと来たら、私の手料理よりもカップ麺食べるときのほうが嬉しそうにしやがるもんだから、対抗心を燃やしたのも今となってはいい思い出である。
前世のライバルを前に、私は厳かに呟く。
「……いただきます」
程好い硬さの麺をフォークで絡めると、ぱくりと頬張り、そして思いっきりズルズルと啜る。
麺を啜るとか、貴族的には即アウトのマナー違反なので普段は絶対しないけど、ここは黒い森であり、アンジュモードの私は無敵なので気にしない。
「うぅん。おいしい」
いいねこれ。
思ってた味とちょっと違ったけど、これはこれでイケる。ちょっと海鮮っぽい風味のスープも、王国に居るとなかなか味わえないものだ。インスタントとは言え悪くない。東方国家の謎の熱意と技術力を感じる。
ズゾゾゾ、と麺を啜る私の姿を見たルークくんは、何故かもの凄く嬉しそうに破顔した。
「ねーちゃんわかってるなぁ!やっぱそうだよな!啜ってなんぼだよな!」
「もぐもぐ……それな。ずるずる」
「いや俺もダチに勧めてみるんだけどさぁ。どいつもこいつも『ありえない』みたいな顔すんの!」
それはあれだよ。食文化の違いってやつ。
郷に入りてはなんとやらと言うけど、リヒティナリア王国の人間に麺を啜る文化を理解させたければ、当人を東方に連れて行くのが一番手っ取り早いと思うよ。
そもそも王国って、啜れるような麺料理そのものがポピュラーじゃないしね。
思ったよりも全然美味しかったので、なんだかんだであっという間に食べ終えてしまった。
私はフォークを魔法で洗浄してルークくんに返し、カップ麺のゴミを同じく魔法で焼却した。
「さてぇ。食ったら、腹ごなしに運動しねぇとな!」
「そうね」
立ち上がったルークくんは、傍に突き立ててあったクレイモアを蹴り付ける。すっぽ抜けて飛び上がったそれを軽々とキャッチすると、慣れた所作で肩に担ぐ。
それから彼がパチンと指を鳴らすと、周囲を覆っていた結界の魔法が消失するのを感じる。
私もまた光翼をはためかせ、ふわりと浮き上がる。
「ねーちゃん、良いなそれ。飛べるとかマジうらやま」
「へへん。良いでしょ?」
ぞわぞわと蠢く黒い森からは、すぐにでも魔物が集結しつつあるようで、物騒な気配がどんどん増してくる。
暢気にご飯食べてたけど、ここって一応黒い森のそれなりに奥地だからね。
言うまでもなくゴリゴリの魔物テリトリーである。
「きたきた……んじゃあ、俺突っ込むから、ねーちゃん援護な!」
「ほいきた。食べた分くらいは働いてあげるわ」
ダンクーガの名を持つ彼の実力は素直に気になるし、これで放っといて彼がやられちゃったら罪悪感どころの騒ぎじゃないし。
などと内心言い訳しつつ、私は久方ぶりに孤独じゃない戦場に、なんだかんだ胸を躍らせるのであった。
・2021/10 細部の描写を修正。




