70話_side_Rit_黒い森
~"騎士の卵"マルグリット~
黒い森近傍の観測所。
一定区域ごとをカバーするように複数立地するそれらは、魔物の動向を観測する機器の中継地点だ。魔物勢力の侵攻が予想された場合は学院側の戦力が事前に展開して迎え撃つことになるが、そうでない場合の普段はあたし達はこの観測所にて待機し、魔物の存在が観測された時だけ出撃する。
あたし達のような学生戦力は翌日も講義がある以上睡眠をとらないわけにはいかないので、基本的には魔物が活動を開始する日暮れから現場入りし、夜が更ける前には夜勤の常駐騎士団へと引き継ぐことになる。
学生戦力として復帰した初日、観測所のテラスで鬱蒼とした黒い森を眺めているとリーダーことクロト先輩が現れた。
「不完全燃焼ってか?」
もう十分もすれば交代時間だ。折角学生戦力として復帰したのに今日は一度も魔物との戦闘がなかった。まあ然程珍しいことでもない。
「平穏に終わるなら、それが一番だし、ですよ」
「そりゃそうなんだがよ」
言いつつ、あたしの横に並んでテラスの縁に立ったリーダーの横顔を見ると、はっきりと不満そうだ。
それこそ不完全燃焼なのだろう。
なにせこのヒト、説明不要のマジックジャンキーだし。魔物相手に魔法ぶっ放すためだけに学生戦力として志願して命掛けてる超変人だから。
「ベリエちゃんだって折角復帰したんだから、魔物倒してスカッとしたいだろ?」
「否定はしないけど。ですけど」
ただまあ、今日に限って言えばそれは主目的ではない。
「今日はもう出番ねぇなこりゃ。撤収準備ー」
「そうっぽい、ですね」
あたしが溜息を吐くと、リーダーは「てかさぁ」と呟く。
「どうせ明日から試験休みじゃん。ベリエちゃん、復帰するならそのあとで良かったんじゃね?」
およそ一週間後に控えた前期の中間試験のため、明日から学院は試験週間と呼ばれる期間に入る。
この間は学生戦力も余程の事態がない限りは学業優先で、黒い森に招集されることはない。これは執行部の人間や生徒会役員でも例外なしだ。魔物と戦うことが魔法使いの本分とは言え、あたし達はまだ学生の身分なので学業に支障が出ないことが前提条件だ。
だからこそリーダーは今日くらいは派手にパーっとぶっ放したかったんだろうが。
つまりあたしは今日復帰したところで、どの道試験が終わるまでは再びの休止を余儀なくされるわけだ。
「まあ、あたしにも思うところがある、ので」
「ふーん……当ててやろうか」
「え?」
「アンジュちゃんに会いたかったからだろ」
確信めいたリーダーの言葉に、あたしはバッと彼に顔を向ける。
図星だったからだ。
あたしが一日でも早い復帰を望んだのは、偏に天使様に会いたかったからだ。あたしが彼女に会える手段など、黒い森で魔物を相手に戦う天使様とエンカウントするくらいしかないと思うので。
なんでわかったの、と視線で問うとリーダーは苦笑した。
「いや、テラスでひとり只管外眺めてたら、なんか探してんのはタナカでもわかるわ」
「うぇ、そんなにバレバレ?」
「森の中の魔物なんぞ見えやしねぇけど、アンジュちゃんが飛んでりゃすぐわかるしなぁ」
ちなみに、魔物が学院に近付けば設置された観測器に反応がある。
同じく、天使様も学院に登録された戦力ではないので、現れれば観測器が反応するのだが、それは飽くまでも彼女が観測器のレンジ内に侵入した場合のみだ。黒い森から現れる魔物勢力は基本的に飛行能力を有さないか、飛行する場合も限定的なものである。なので空を飛んで学院を空襲される心配はなく、故に観測器も一定の高度以上はカバーしていない。
天使様の飛行能力はかなりの高度まで上昇可能らしく、大抵は観測器のレンジ外の高度から黒い森に侵攻し、上空から森に侵入しているようなので、わたし達とかち合うことはないのだ。
ただ、リーダーの言う通り、ただでさえ光り輝く天使様が夜空を飛行していれば上空であろうとすぐにわかるので、あたしはテラスでずっとそれを探していたのだ。
「だって、お礼言いたかったから」
「あー、それなぁ」
あの日『ヒドゥン種』の脅威から命を救ってもらったお礼すら言えていないあたしなのに、性懲りもなくまた天使様に命を救われた。今度はあたしだけでなく、間接的にミアベルの命も。
「ゴーレムにぶち抜かれた腹も、アンジュちゃんが治したんだってな?」
「うん。お姉ちゃんが言うには、見たこともない魔法だったって」
実際、尋常な魔法ではなかったのだろうと思う。だってあの時あたし、絶対死んだと思ってたから。自慢じゃないけどこれまで大小色々と怪我も経験して来てるので、あの時お腹に風穴が開いた瞬間も、ああ死ぬやつだ、って気付いてた。
だがどうだろう。
どんどん冷たくなっていた身体に、いつの間にかじんわりと熱が戻ってきて、覚醒した瞬間に咄嗟に飛び起きたら、飛び起きれてしまったのだ。
あの時は悠長に確認している暇なんてなかったけど、事態が終息した後に改めて精密検査を受けてみれば、お腹の傷はほぼ完全に回復していたのだ。
「綺麗さっぱり?」
「うん。ほら、ちょっと痕が残ったくらい」
制服の裾をぺろりと捲って見せると、リーダーはひょいと覗き込んで目を丸くした。
臓器を損傷させながらお腹から背中へと抜けていた傷痕は、お腹側の表面にうっすらと火傷のような痕を残すのみで、内側は傷一つなかった。あの時、あたしが失血死しなかった大きな理由は、攻撃が雷撃であり高熱を伴っていたために、傷口の大部分が炭化して出血が比較的少なかったからだと聞いている。逆に言えば、炭化した組織すらも天使様が綺麗さっぱり治してしまったのだ。
あたしの検査をしてくれた治癒魔法使いのおじさんの、『まるで時でも戻したみてぇだ』という呟きが印象的だった。
リーダーは天使様の治療こそ見ていないらしいけど、あたしが血まみれで死に掛けている姿は見ているので、猶更信じられない表情をしている。
「アンジュ様、倒れそうになりながら治療してくれて、余程無茶をしたんじゃないかってお姉ちゃんが」
「まあ、無茶しねぇと無理だろ、そんなの」
「ね。だから、ちゃんとお礼を言いたい……んです」
そう言って、撤収のために踵を返したリーダーに続こうとしたあたしは、未練がましく最後にもう一度だけ夜空を見上げてみて、そこに金色の輝きを見付けた。
「!!」
すぐにテラスの柵にへばりつき、限界まで身を乗り出して夜空に目を凝らす。
その音でリーダーも気付いたのか、慌ててこっちに戻ってきた。
「リーダー!あれ!」
「お!アンジュちゃんだぜありゃ。間違いねえ!」
だけど残念ながら彼女はかなり高いところを飛行していて、声なんて届きそうになかった。
あたしがどうしようもなくて歯噛みしてると、横のリーダーがおもむろに魔法を唱えた。
マジックジャンキーならではの変態的な速攻魔法構築により、夜空へと放たれた炎魔法は、あたし達の居る観測所の直上に小さな火柱を打ち上げた。
すると、上空をまっすぐに進んでいた金の輝きが、少しだけ減速した気がした。
「お!」
天使様はその場で大きな光翼をはばたかせると、光そのものである豪奢な羽毛を舞い散らせ、夜空にひとつの絵を描いてくれた。
それは大きな大きなハートマークだった。
光が形作る輪郭が時間差で均等に広がっていって、波紋みたいに幾重にも描き出す芸の細かさだ。
「わぁ……!」
あまりにも幻想的な光景に、あたしは素直に感動した。
他の班員も気付いて、慌ててテラスに出てきて夜空を見上げると、それぞれに感嘆の声を漏らしていた。
天使様はハートマークの中心でもう一度大きな光を咲かせると、そのまま黒い森へと飛び去って行ってしまった。
隣で見上げていたリーダーが溜息混じりに言う。
「いやぁ……アンジュちゃんイケメンだわぁ」
「ほんとカッコイイ……」
お礼を言う目的は果たせなかったけど、お陰でなんだかこれからの試験期間も頑張れそうな気がしてきた。
なお、敢えて言うまでも無いがあたしの座学の成績はお察しである。
結局また天使様から力を貰ってしまって、あたしは苦笑するしかない。
「リーダーも、ありがと」
「いいってことよ」
「ちゃんとお姉ちゃんにもリーダーの良いところ言っといてあげるます」
「まじで?たのむわ!」
姉は今日は当番ではないので、ここには居ない。姉も一緒にさっきの光景を見ていてくれたらもっと良かったのに、と少しだけ思う。
あたしは今度こそ撤収準備を始めた班員達のもとに合流すべく歩き出した。
なんだか、ふわふわと湧いてくる元気に衝き動かされるように、小さく拳を上げた。
「よっし、がんばろ!」
・2021/9 細部の描写を修正。




